第71話_第二回魔法講座(1)
「お湯ありがとう、アキラ、次どうぞ」
夕食後。湯浴みを終えたナディアが髪を丁寧に拭きながら出てくる。長い髪のタオルドライって、大変だよなぁ。私もそこそこ長い方だが、リコットやナディアほどではない。そして、いつも上がってきた順に私がレベル1程度の風魔法を当てて乾かしてあげているのだけど、四人の中で最後にお風呂に入るナディアには必ず「私は良いから、入って来なさい」と言って断られていた。
「後で入るよ、ナディこっちおいで、乾かしてあげる」
「私は良いって、いつも……」
「今日だけ。だめ?」
「……ダメと言っているわけじゃないわ」
諦めた様子で私の傍に座ってくれたから、柔らかい風を当てる。タオルドライも続けながら、ナディアは少し心地よさそうに目を細めた。
「アキラちゃん嬉しそう。ずっとナディ姉の耳見てる」
「だぁって可愛いよ〜」
リコットの指摘に正直に反応したら、ナディアがやや眉を顰めた。そんな顔しなくてもいいじゃないですか。しかし私がナディアを乾かしたくて堪らないのは確かにこれも理由なのだ。もしかしたらナディアが断る理由も、同じかもしれないけれど。
風の当たる位置によって耳があっち向いたりこっち向いたりして本当に愛らしい。勿論、耳だけじゃなく、ふわふわとしたクリーム色の髪が風に揺れる様子だって可愛い。とにかく眼福です。
尻尾もあるからナディアは乾かすところが多くて大変だな。尻尾にもついでに風を当てたら、それがふるふると左右に揺れて、あまりの可愛さに咄嗟に変な声を出してしまう。ナディア以外は笑ってくれたが、ナディア本人からは溜息が零れた。
「ごめん、ナディで遊んでるつもりじゃないんだよ、本当に可愛くて」
「……怒っているんじゃなくて。反応に困るのよ」
そりゃそうだ。ナディアって褒められた時に照れたり喜んだりするタイプじゃないんだよね。
もう一度「ごめんね」と言うと、私はデレデレと緩んでいた表情をちょっと落ち着かせて、最後までしっかりナディアの髪を乾かした。
「さてと、じゃあちょっとお話って言うか、第二回魔法講座をします」
「本当にいつも唐突だね」
私の言葉にラターシャがそう言って笑う。同時にみんながちょっと表情を緩めた。今夜の『お話』は深刻なものじゃないって言っていたのに、少なからず緊張していたみたい。ごめん、最初に言えば良かったね。でも周りにお客が沢山居る食堂で思い出しちゃったから、魔法については話しにくかったんだよ。誰かに聞かれても困るからね。
「じゃあルーイ、ちょっとこっち来て」
「え、うん」
最初に彼女を呼ぶと、ルーイは少し戸惑った声を出した。こういう時、一番は必ずナディアであって、その後は年齢順であることが多いせいだ。しかし今回はちょっと順序が違います。
「前と同じように、私の手に魔力を送ってみて」
魔力の制御については各々好きな時にやっているのを見ている。大なり小なりみんな上達しているだろう。ルーイは頷いて、小さな手で私の右手をぎゅっと握った。想像通り、前よりずっと多く魔力が送られてくる。
「うん、いいよ、合格。ルーイは次の段階に進もう」
私がそう言うと、彼女は頬を少し上気させてパッと顔を上げる。可愛い。同時に背後で見ていた三人が納得した顔をした。そうです正解。一定量を動かせないと次に進めないので、これは試験も兼ねている。ルーイを最初にすることで最年少の彼女が変に緊張しないように配慮。且つ、一番合格率が高そうなので、手本としても最初にしたかった。
「みんなも次、似たような感じでやるから、見ててね」
言いながら私は収納空間から小さめの桶を取り出す。その桶を床に置いて、ルーイにはその正面に置いた椅子に座ってもらう。私は彼女の隣で少し上体を屈めた。
「両手を前に出して、今から私が水を出すから、手で受け止めて。出来るだけ桶に流さないように」
ルーイは指示通りに両手をお椀型にして、受け止める準備をしている。手がラターシャよりも小さくて可愛くて堪らない。つい笑いそうになったけど、何とか我慢して水を注ぐ。丁度、彼女の作った小さなお椀を満たすくらい。ルーイがしっかりと受け止めた為、水は数滴だけしか桶に落ちなかった。
「じゃあルーイ、今度はゆっくりその手を解いて、水を桶に落として」
「う、うん? 分かった」
捕まえた魚を放すように、ルーイは桶に向かって水を指先からそっと流す。同じことを、三回繰り返した。
「よし、じゃあ目を閉じて、今の感覚を思い出してみて。手の中に、水が溜まって。傾けたら、流れ出ていく」
彼女がお椀の形にしている手を、私の両手で支えるようにして包む。
「ルーイの魔力が、水に変わるんだ。私に魔力を送る要領で、手の中に魔力を溜める。それが、さっきの水みたいに冷たくなって、段々、水そのものになる。私が出した水の感触を強く思い出して」
彼女はしっかりと目を閉じたままで私の声を聞き、実践しているようだ。彼女の手に、ちゃんと魔力が溜められていくのが感じられる。けれど水を生成するのはちょっと手間取っていたから、ほんの一滴だけ、私が水を彼女の手の中に生成した。それが呼び水となり、私が作っていない水が彼女の手に溜まり始める。私のようにドバドバとは出せないものの、じわじわと大きくなる水溜まり。
「ほら、ルーイ。目を開けて。レベル1の属性魔法、水の生成。成功だよ、君の魔法だ」
「すごーい! 本当に使えた! すごいよルーイ!!」
誰よりも先に声を上げたのはリコットだった。次いでラターシャとナディアも口々にルーイを褒め称えている。じわじわと実感をしたのか、みんなの顔を見回した後で、自分の手の中にある水を見つめて、ルーイは頬を上気させた。彼女の紺色の瞳がきらきらと輝いている。嬉しそうだ。私の頬も釣られて緩む。
「この桶で好きに練習していいよ、ルーイ。ただし、これがいっぱいになったら今日は終わり」
既に私が出した分で、桶の半分まで水が溜まっている。もう半分を満たす頃には、おそらくルーイの魔力は尽きるだろう。底をついて無理をしたら、……元々こっちの世界で生まれ育っている子だから私みたいな反動は出ないと思うが、昏倒する可能性はある。子供の内から過度の修練は危険です。そういうことをしっかり説明したら、子供とは言えルーイはもう十二歳だし賢いので、無理をしないと約束してくれた。
「じゃあ次は、うーん、ラタ行こうか?」
「あっ、う、うん、頑張る」
この順番で行くと誰が最後かはもう分かったね? うん、そう、あなただよ。瞬間、眉間にくっきりと皺を寄せたナディアさん。リコットも理解したようで、ニコニコとしていた。みんなのお姉ちゃん、プレッシャーに打ち勝て!




