第49話_アンネス
早朝からまた馬車で移動を始めた私達は、いつも通り昼に至る前に一度、休憩の停車をする。
「Arret,arret」
こっちの馬らからしたら馴染みのない掛け声にも最近は戸惑いなく応じてくれる。馬も可愛くて仕方がない。この二頭ももう私の子である。みんなを馬車から降ろし、椅子などを出して好きに休憩できるようにしたところで、馬にも水をあげた。
「アキラ、大丈夫?」
「え?」
可愛い可愛いと馬を撫でていたら、ナディアが傍に寄ってきてそんなことを言った。何が? もしかして、馬を愛でているのは変ですか? 頭おかしくなったと疑われているのか? 問われた意味が分からなくて首を傾ければ、ナディアは馬ではなく私の顔をまじまじと見つめていた。
「昨日あんまり寝ていないでしょう。馭者も任せきりだから」
「あはは、大丈夫だよ。しんどくなったら停めるよ」
なるほど体調を心配されていたみたいだ。馬を愛でるのは大丈夫ってことだな。ホッとした。
しかしナディアが思うほど私は頑張り屋ではない。居眠り運転しそうだったら流石に休んでいる。そう説明すれば、「ならいいけれど」と答えつつまだ少し不満そう。
「馬だって、私達に操ることは出来ないけれど、お世話なら手伝えるのよ」
「あー」
確かに、それは考えてなかったな。最初の内は馭者である私に慣れてもらう意味もあって私が全部の世話をしていたものの、すっかり懐いてくれている今なら、他の子らにちょっとお願いするのもありだ。別に苦痛とは思わないものの、今後を思えばみんなにも少し、この子らに慣れてもらうのは大事なことに思える。
「なんか二人、仲良くなったー?」
いつの間にかナディアの後ろに立っていたリコットが楽しそうにそう言うと、ナディアはすごく嫌そうに眉を顰めた。その反応は傷付きますが?
「……変なこと言わないで。ちょっと文句を言っていただけよ」
「これ文句だったんだ」
今更ハッとする。なるほどね。善処しろと。分かりました、します。鈍い私の反応にナディアが小さく息を吐く。呆れていらっしゃいますね、ごめんなさい。
「もうすぐ町に着くからさ、次の道程ではみんなにもお世話をお願いするよ」
最初から会話を聞いていたわけではないのか、私の返答にリコットが首を傾ける。ナディアは私に軽く頷いた後で、リコットに何の話だったのかを説明していた。
それはそれとして、ナディアが私を心配したのは、私が今朝からちょっとぼーっとしていたせいだろうなと、今更気付いた。
別に眠かったわけじゃない。昨夜ナディアと話していて夜更かししたのは事実だが、体調に影響が出るような寝不足は無かった。ぼーっとしていたのは、考え事をしていたからだ。みんなに『何処まで話すか』、ということを。
そのまま順調に馬車の旅を進め、次の町には、十五時を少し過ぎたところで到着した。町の名前はアンネスと言った。
「――四人部屋と一人部屋で取れる?」
「え?」
無事に見付けた宿屋で私がそう受付の奥さんに告げると、すぐ後ろで戸惑いの声を漏らしたのはラターシャだった。
「四人部屋は取れるけど、一人部屋は埋まっているよ。二人部屋なら空いてるけどねぇ」
「じゃあそれでいいや。その二部屋おねがい。長めに滞在したいから、とりあえず十日で」
「はいよ」
奥さんは直ぐに手配して、鍵を二つ渡してくれた。後ろで手続きを待つ四人が何か言いたげにしているのは分かっていたし、ラターシャに至ってはずっと服の裾を引っ張っていて可愛いんだけど、説明は後だ。みんなを促して、まず四人部屋の方に向かった。
「アキラちゃん」
「うんうん、ちゃんと説明するから」
町で宿を取る時は大体、全員一緒か、二人と三人に別れる。こんな分け方をしたことは一度も無かった。
「とりあえず、みんなはこっちで休んでね。荷物を出しておくよ」
預かっている荷物を一通り四人部屋の中に出す。ラターシャの弓と本も。巻藁での練習は先日始めたばかりなんだけど、流石に町に滞在する間は難しいから、申し訳ないが少し中断だ。その旨を伝える間も、ラターシャは頷きながら微妙な顔をしている。今、弓の練習のことなんかどうでもいいって顔だな。
「馬車移動が続いてるから、しばらくこの町で疲れを取ろう。各自、自由に過ごしてくれていいからね」
此処で長期滞在する一番の理由はそれだ。いくら快適な馬車の旅を徹底していても、移動の疲れをゼロには出来ない。元々、旅慣れしている子達でもないのだから、無意識に疲れは蓄積されているはず。目的のレッドオラムまではまだ遠い。此処で一度しっかり休んでおくべきだと思っていた。
しかし問題は此処から。さて。どう伝えれば、不安を少しでも解消できるかな。
「今夜、私は少し出掛ける。早ければ今夜の内に。遅くとも明日中には帰るよ」
告げた瞬間、ラターシャが息を呑んで目を見開いた。




