第47話_密かな再訪
ナディアやリコットに夜の相手をお願いしない時、私と同じテントで眠るのはラターシャであることが多い。まあルーイが望まない限り、姉二人が私とルーイを二人で寝かせてくれる気はしない。別に何もしないのにねー。
そんなわけで、私の隣のベッドでは相変わらず腕周りが涼しげなラターシャが毛布から肩を出してすやすや眠っている。風邪を引かせないようにと肩まで毛布を引き上げれば、微かに身じろいで、またラターシャは夢の中へと戻って行った。
「さてと」
私はローブを羽織ると、そっとテントを抜け出す。三姉妹もすっかり寝入っているようだ。今日は森沿いの川辺で野営をしていた。地図の通りであれば、此処から半日ほど馬車を走らせればまた新しい町に着くだろう。しばらく野営が続いているから、きちんとした宿が取れるなら少し長めに滞在して、みんなの疲れを取るのがいいかなと思っていた。
空を見上げる。東京で見ていたより、ずっとずっと広い空だ。高い建物なんて、城くらいしかお目に掛かっていない。見渡す限りが自然で、海外旅行に行った時と似てる。……いや、そうでもないかな。旅行中は、こんな風に一人きりになることは無かった。やっぱり例えようも無く、此処は私の知らない世界だ。
「行くか」
テントだけじゃなくその周囲までを覆う大きめの結界を張ってあることを確認し、私は自分の足元だけの小さな黒い沼を出現させて、中へと身体を落とした。
次に目を開けた時、景色は一変する。人気の無い裏路地。フードを深く被って、そっと歩みを進める。人の気配は、そこかしこに感じる。眠らぬ街とはまでは言わないけれど、零時を少し過ぎた程度の時間だ。まだまだ飲み歩く者は多いだろう。そんな賑やかさを避けるよう、裏道から裏道を抜けて、ようやく大通りに出たところでフードを背後に落として顔を晒した。
「――おい、止まりなさい。此処へ何の用だ」
真っ直ぐに歩みを進める私へと、男がはっきりとした声でそう告げる。だが私は聞かずにそのまま進み続けた。
「止まれ!!」
私の動きを見て、共に立っていたもう一人も大きく叫び、手に持っていた槍を私へと向ける。二人からそれぞれ槍を向けられて、切っ先が私の胸まであと十五センチくらいの位置に止まった。リハーサルでもしたみたいに正確に揃う彼らの動きに、流石は《《ウェンカイン王城を守る》》騎士様だと少し感心する。
「王様に伝えて」
「なん……、っ、あ、あなたは!」
一人が目を見開いて槍を引くと、もう一人も呼応するみたいに息を呑んで、慌てた様子で槍を引いた。門番が私を知っている可能性は低いと思ったんだけど、あの時も同じ人だったのかな?
「明日、同じ時間にまた此処に来る。話があるから、会ってね。――以上。お仕事中にごめんね。じゃあまた明日」
騎士様らは何か言ったようだけど、すぐに踵を返して離れて歩いたせいか、もしくは動揺のあまり彼らが噛み噛みだったからか、何と言っているのかはよく分からなかった。「畏まりました」みたいな音だったかな。まあ、私は宣言通りに明日また来るだけだ。どうでもいい。
再び裏路地へと入り込み、辺りから人の気配が無くなったのを確認して、黒い沼で転移した。転移先はテントのすぐ傍じゃなくてその脇にある森の中。別に彼女らにまで転移魔法を隠すつもりは無いが、驚かせることもないだろう。今は眠っているだろうけど、念の為にね。
そう思って消音魔法を纏って戻ったら、何故かテントのすぐ外に、ナディアが立っていた。
何やってんのこの子……。
確かにテントの周囲にも結界は張っているけれど、出来れば中に居てほしい。何かあったら危ないでしょうが。しかもこの状況、私が背後から出てきたら絶対に怖がらせるよね。声を掛けても、うーん、駄目か。はあ。仕方ないな。何をしているのかは知らないけど、夜空をぼんやり眺めている彼女の気が済んで中へと戻ってくれるまで、テントの脇に隠れて待ちますか。
どっこいしょ。
消音魔法で消えてしまうそんな掛け声と共に座り込んだその時だった。
「……アキラ?」
「え」
ナディアが小さく私を呼んで、思わず顔を上げたら、テントの裏側を覗くように顔を出した彼女と目が合う。音は消していたはずなのに、何で姿も見ないで気付いたんだ? 口を開きかけて、消音中だと気付いて閉ざす。それから魔法は消すのではなくて、範囲を広げた。この魔法は範囲内での会話は普通に出来て、中の音が外に漏れない魔法だ。私達の会話で、きっともう眠っているだろう他の三人を起こしてしまわないように。
「何で分かったの?」
「匂いよ。あなたの匂いがこっちからしたから」
「……嗅覚、鋭いんだ?」
「少しね」
ナディアの『取引』中にこっそり後ろに回ったあの時は気付いていなかったようだけど――と思ったところで、そうか、あの時の彼女は『仕事』の直後で、薬による状態異常は避けられていても、お香の影響で多少なりと嗅覚は鈍っていたのかもしれない。聞けば猫系獣人は、人族よりは優れた嗅覚と聴覚を持っているらしい。
「アキラ、何処かに行っていたの?」
「うん、ちょっとね。それよりナディア、あんまりテントから出ないでよ、危ないよ」
「……そうね。ごめんなさい」
珍しく、と言うと睨まれそうだけど、でも普段の彼女にしては随分と柔らかく謝るものだから注意したことがちょっと申し訳なくなる。彼女は考えなしに動くタイプでもないし、事情がありそうだ。
「どうかしたの、ナディ。温かいものでも淹れようか」
私に出来る限りの優しい声で囁けば、視線を落としたナディアはいつになく弱く、儚い印象を受けた。
「お願いしても、いいかしら。眠れなくて」
「勿論」
慰めるみたいに軽く彼女の髪を撫でて、一度は始末をした焚火の方まで、彼女を促した。




