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PASTIME!!!  作者: 暮
1104/1105

第1104話_獣人族

 三人の戸惑いにはきっと気付いているのだろうに、カンナはそれ以上何も言わず、黙々と手を動かしている。整理している品は、モニカから頼まれた品のようだ。壁際のテーブルの上で、メモを見ながら買い物袋の中身を丁寧に仕分けしていた。

「あのさ、カンナ」

「はい」

 リコットはテーブルにも着かないまま、少し迷いながら話し掛ける。カンナは作業中にも拘わらずメモから視線を外してきちんと振り返った。彼女らしい誠実な対応だが、真っ直ぐに返された瞳に少し、リコットはたじろぐ。一つ、呼吸を呑んでから口を開いた。

「ナディ姉のお父さんのこと、アキラちゃんは、殺したんだよね?」

 あの状況でアキラが彼を殺さなかったとは思わない。

 けれど、家の中を気にしていたリコットに、アキラはそれを明言せず、「もう捨てた」とだけ言った。あの時は気にしていなかったが、後から考えるほど気になっていたとリコットは言う。

 カンナはすぐに反応せず、二人は少しの時間、黙って見つめ合う形になった。ラターシャとルーイがおろおろと二人を見比べる。その気配を察したからか、カンナは短く視線を落とした後、三人をダイニングテーブルの方へと促し、自らもテーブルに着いた。

「考え得る限り最も残酷な形で、処理なさいました。もうこの世におりません」

 誤解のしようのない形で、カンナは男の死を告げる。

 リコットは言葉を選びながら小さく唇を震わせたが。カンナは彼女の返事を待たずに、続きを述べた。

「私では、あの男が受けるべき報いとして、即死を避けながら身体中を刺し、苦しませた末に失血死をさせる程度のことしか思い付きませんでしたが」

「ちょ、ちょっと待って、えっと」

 淡々と述べられた内容がすぐ飲み込めず、リコットは慌てて口を挟む。カンナは素直に口を閉ざした。数秒ほど唸ったリコットが、こめかみを押さえ、言葉を選んだ。

「カンナの発想にも充分びっくりしてるんだけど、……それより、残酷なやり方だってこと?」

 恐る恐る尋ねるリコットの目を真っ直ぐに見つめ返しながら、カンナは表情を変えないままで「はい」と答える。

「幼い頃のナディアの痛みと悲しみを思えば、どのような苦痛を受けようとも罪は洗い流せません。ですが、……相応しい罰であったと、私は思います」

 その罰を下したのが、自らの主であるアキラだからではない。カンナにとっても今は大切な人であるナディアを、苦しめてきた張本人。許せない思いは、間違いなくカンナ個人の感情だ。残酷な罰だったが、カンナはそれを過剰だとは全く思わなかった。

「ただ」

 続けられた声は唐突に小さくなり、ゆっくりと視線を落としたカンナの姿が、弱々しい印象になった。

「皆様に、詳細を告げることは、躊躇います」

 挙げられた例を思えば、内容が残酷であることだけは、リコット達にも分かっていた。知りたいと望むことは、容易いことではなかった。けれどリコットは、力強く首を横に振る。

「……それでも、私は聞きたい。今でも身体の奥が煮えたぎるみたいに、憎くて許せない。あいつ、ナディ姉を殴って、しかもあんな言葉!」

 リコットは身体を怒りで震わせた。だがそれは此処に居る全員の共通の思いでもあった。

 あの場にアキラ達が到着した時、二人は口論の真っ最中だった。そして、最初に彼女らの耳に入ったのは、『お前さえ生まれなければ』という、男の叫び声。

 言葉では言い表せない怒りと悲しみが、彼女らの身体を駆け巡った。

 リコットとルーイにとって、自らの心や命を守ってくれたと言っても過言ではない、大切な人が、どうしてあんなことを言われなければならないのか。

 そんな二人を上回るような怒りで身体を震わせたアキラが居なければ、あの瞬間、リコットは飛び込んで殴り掛かっていただろう。

 しかしアキラから溢れ出した殺気が反射的に女の子達の身を竦ませ、乱入の足を止めた。

 それを狙って殺気を漂わせたわけではないだろうが、そんな彼女が中へと向かったから、他の子達は飲み込んで、待つことができた。

「ラターシャとルーイも、知ることを望みますか?」

「聞かせてほしい」

「私も聞く」

 二人が同時に頷いて、そこに迷いは見えない。カンナは少し眉尻を下げて頷く。

「アキラ様が『捨てた』と仰った時にはまだ、生きておりました。明言を避けたのは、……ナディアの心情を慮った故のことでしょう。ともすれば再び、ナディアが迷ってしまうかもしれない、と」

「……殺したくないって言うかもしれないって? あの男を?」

 信じられないと言うようにそう尋ねるリコットに、カンナは苦い表情でゆったりと頷く。

「男を置いて家を出る時、ナディアが最後に彼を見下ろした目は。……憎しみでも怒りでもありません。『諦め』です」

 あの瞳を見たのは部屋の中に入り込んでいたアキラと、外の三人の目を遮る意味で入り口近くに立っていたカンナだけだ。

 見た瞬間は、カンナにも、驚きがあった。信じられないと思った。けれど、何度思い返してもナディアの瞳からは憎しみが見出せなくて、……カンナに辿り着けた結論は一つだけだった。続きを述べる声は、飲み込みきれない苦い気持ちを滲ませていた。

「ナディアは、あれだけの悪意を向けられても……愛していたのですね、父を」

 彼女の言葉に、リコット達は絶句した。言葉が出なかった。そんなわけがないと言いたくても、思い出すほど、ナディアから一度も父への憎しみを聞いたことがないという事実に行き当たるばかりだ。自らの痛みを表に出したがらない彼女だから、言わないのはそういう理由だとずっと思い込んで、そんな考えには至らなかった。

「獣人族には我々とは異なる感覚がございます。心情に拘わらず、親の匂いは忘れられるものではないそうです」

「本能的に……」

 絞り出すようにしてようやく呟いたリコットに、カンナが慎重に頷きを返す。そのような知識はカンナも貴族社会の教育の中、各種族について並べられる違いや特徴の一つであり、獣人族から直接聞いたものではない。しかしナディアの例を知った今、その性質が人族である彼女らには分かり得ない形で作用している可能性が高いと感じられた。

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