第1100話_白状
ゆっくりとした呼吸を挟み、一度、テーブルのグラスに目を落としたが。逃げたがる自分に呆れ、軽く首を振った。
「兄さんのことを知った時の『混乱』を、抑えようとしたのかもしれない。『未来の兄さん』が『初代救世主』だってこと自体は、あの時の言葉のお陰で、すぐにぴんと来たからね」
「……確かに。あの説明が無ければ、私達も、時系列を察せずに混乱したはずね」
私が倒れた後、置きっ放しにした本から私の名前を見付けたことで、初代救世主が私と同じ時期、もしくは未来から来ている可能性について、女の子達だけでも察していたそうだ。
前知識がなければその混乱は、強い『恐怖』に変わった可能性も高い。私も、女の子達もね。
ただ、結局、女神がしてくれたのはそれだけ。
「女神は人じゃないから、人の心情はあまり理解できない。混乱を抑える『措置』を取ったものの、それ以上のケアは分からなかったのかもね」
どんなケアをされたら悲しみを抑えられたとか、まるで想像がつかないし、私にも分からない。だけど女神なんていう特別に高位な存在なら、もっと何か無いのかと、理不尽な不満を抱いてしまう。
「強引に『納得』を埋め込んで、疑念を押さえ付けた、か……」
私に『白い夢』を見せていた理由について、シエはそう言っていた。その考え方に近しい行動にも思えるね。思わず呟いたら、ナディアが不思議そうな顔で首を傾ける。
「なに?」
「あー、そっか、ええと」
今の話は、私が倒れた時に、夢の中でシエに聞いたもので、改めて伝えてはいない。つまり、ナディアは知らない。
……私が今まで見ていた『白い夢』のことも、女の子達には伝えていなかった。ええと。どうしようかな。
悩んだものの。「何でもない」って言葉で誤魔化されてくれる子じゃないし、下手にはぐらかしたら、余計に心配をさせるだろう。観念して、白状することを選んだ。
「みんなには言ってなかったんだけどさ」
前置きだけで、ナディアが微かに眉を寄せる。ちょっと緊張したが、怒った顔ではなくて心配してくれているように見えた。
「以前、真っ白な空間で影が動いているだけの夢を見たって、話したと思うんだけど」
あの時はまだ、元の世界の気配も何も無くて、ただの『不思議な夢』だったから話した。ナディアはすぐに思い出したみたいで、頷いてくれる。
「あなたが反動で寝込んでいた時ね。夢が穏やかだったわりに、酷く魘されていて」
よく覚えていらっしゃる。苦笑しながら私も頷きを返した。
「似たような夢を、何度も見たんだ。反動で寝込んだ日が多かったけど。次第に、普通に眠った夜にも見るようになった」
白い夢は、徐々に鮮明になるかのように音を伴い、風景を伴って、そして元の世界で縁深かった人達と、会うようになった。
「まるで都合の良い妄想だった。一人一人、大切な人と最後の言葉を交わせるような」
だけど、あれはただの夢じゃなくて。元の世界に居る私の大切な人達と本当に意識を繋いだ、女神の『措置』だった。シエから聞いた話をゆっくりと語る。ナディアは何かを言いたげにしながら、黙って聞いてくれた。瞳に悲しみの色が乗るのを、直視できなくてまたテーブルに視線を落とす。
「そういえば、兄さんと会った以降にはもう見てないね。歳が近くて、特別に親しかった人達って限定したら……あれが最後かもしれない」
兄さんが白い夢を見たのが本当に一度きりだったなら、それと比べると私はかなり数も多かった。女神の力にも限界があるだろう。特に今は、夢に引き摺り込んだ後で弱っているだろうし。
ただ、正直、『縁深い』という程度も、よく分かっていない。ほぼ毎日連絡を取り合っていても会えていない人が居る一方で、連絡は頻繁じゃなかったのに会えた人も居る。『思い合う力』と言っていたから、私からの意識と相手からの意識が、どちらも一定量を超える必要があって、かつ、喪失の『影響』を抑える意図があったことから、感情以外の要素も何かありそうだ。
「お別れを言えたからって、まるで納得はできないけどね」
思わず愚痴ってしまう私に、ナディアが悲しそうに眉を寄せたのを見て、ハッとした。そんな話をしたかったわけではない。慌てて首を振る。
「とにかく。その夢のことを思うと、世界の仕組みに関する『強い疑念』ってのが何か、良くない影響があるんだろうね。だから未来の兄さんが過去に呼ばれている矛盾を、私達に早めに『納得』させる必要があったのかなって」
焦って元の話に戻したら。ナディアはゆっくりと視線を落として、頷いた。
「それで多少の無理をしてでも、事前に説明をしておいた。……確かに、一貫性を感じる措置ではあるわね」
脱線した愚痴には触れないで、本題に対してだけ応えてくれたのは、優しい気遣いだと分かっていた。その優しさに甘えるように、私も頷きを返す。
「女神に大きな負担がある以上、世界に影響のない場合には、今後も介入はしてこなさそうだ」
ナディアは難しい顔で息を吐いてから、目の前のグラスを傾けて首を捻る。
「話が大き過ぎて、頭が付いて行かないわ。シエ様がお傍に居るのに、こんなことを言っても仕方は無いけれど」
創世から存在している高位精霊と共に暮らしていて『理解できない』『実感がない』と言うのはどうなんだと、確かにその考えも分かるけど。私達のような人の身では、途方もない話でしかないよな。
「傍から見れば私も当事者なんだろうけどさ。元々は政治にも関わりのない、一般人なんだよね」
金沢のじいちゃんみたいに元閣僚で、『国』を動かす一人みたいな立場だった人なら、『世界』についても大きな視点で考えられるのかもしれないが。私は政治の話が聞こえやすい位置には居たものの、立場は一般市民でしかない。唐突に、世界だのなんだのって言われてもねぇ。
肩を竦めて降参するように両手を上げたら、ナディアも苦笑を返してくれた。
「世界とか魔法はシエに考えてもらって、政治的なことはモニカに考えてもらうよ。私じゃ及ばないからさ」
「……お二人はきっと、あなたに頼られることをお喜びになるでしょうし、頼りにさせて頂くのが良いと思うわ」
だと助かるね。もう充分に色々と甘えているから、申し訳ない気持ちがゼロにはできないんだけどね。
「人の心はみんなに教えてもらうね」
「それは自分でも考えなさい……」
ついでに甘えようとしたら酷く呆れた顔をされた。そう言われましてもねぇ。心優しさは今更作り上げられなくてねぇ。にこにこ笑うだけで了承を避けたら、ナディアは諦めた様子で笑っていた。
真面目な話は、此処で終わり。
いつもみたいに、みんなの話とか。料理の話とか。穏やかな雑談でお酒を楽しむことにした。




