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ベルゼブブ魔人戦記  作者: ましろゆう
37/38

37 心眼は見抜く

 イリア・レルフォントは彼女が戻ってきたと報告を受け、街の入り口まで駆けつけた。


 ゴブリンとの全面戦争から、丸三日が経っていた。


 あの日、いち早く戦場から戻ってきた救護隊の手によって、懲罰房の中から救出されたイリアは市民の現状を知らされて立ち上がった。長時間の監禁とゲスブルーの魔術の影響で憔悴し切っていた身体を奮い立たせ、救護隊を引き連れて領主の館に向かった。


 厳重に鍵の掛けられた個室から意識のないヴェルダン侯を発見した。イリアは街の住人を集めると、自分と領主が魔人に操られていたことを知らせ、我々とゴブリンがいがみ合うように魔人が裏で糸を引いていたのだと説明した。


 実際のところ、いつからゲスブルーが領主を操っていたのかは分からないが、弁護する価値もないし、悪行はすべて奴に押し付けても構わないだろう。怒りの矛先を向けるのはシンプルな方がやりやすい。身勝手に戦争を起こされて、多くの命が奪われたのだ。冤罪の一つや二つかぶってもらわないと割に合わない。


 戦場で救護隊を鼓舞したのはアンネローゼ・クラウディウスだったという。その迅速な救護隊の働きによって軍の撤退がスムーズに行われた。もしあのまま連合軍がゲスブルーの命令に従い続けていれば、目も当てられない惨劇になっていただろう。


 撤退後に森に現われた謎の巨大ゴブリン。逃げ遅れた一部の部隊が、あれの犠牲になってしまった。いったいあれが何だったのかはいまだに判明していない。


 領主の補佐として、戦後処理や街の復興に目を回していたとき、イリアの元にアンが戻ってきたという報告が来た。


「本当か!」


 この二日間、執務室に縛り付けられていたイリアは、これ幸いとすべての業務をほっぽり出して、アンの出迎えに行った。


 アンがいなければ連合軍は魔人に騙されたままだっただろう。彼女はカルバンの街のみならず多くの街を救ってくれた。いわば救世主だ。


 街の入り口には救護隊のメンツや救世の少女を一目見ようとする住人が集まっていた。そんな彼らの中央で居心地悪そうにしているアンの姿があった。


「アン! 無事だったか!」


 イリアは集団を掻き分けて、彼女の前に行った。

 彼女は露骨に顔をしかめながら周囲を顎でしゃくった。


「ああ、イリアか。こいつらをどうにかしてくれないか?」

「……え?」


 アンの口から出てくる偉そうな言葉遣いに、イリアは猛烈な違和感を抱く。

 明らかに様子がおかしい。同時にその言葉遣いには覚えがあった。

 反射的に『心眼』を使用し、そうしてから彼女の中身を覗いたことを後悔した。


「……ッ! お前なのか」

「そうだ」


 アンは――アンの中にいる魔人はまっすぐイリアの目を見て頷いた。


「彼女は……、皇女様はどうした」

「死んだ」


 ベルゼブブは何の脚色もなく答えた。


 この場で多くのことを問い詰めたかったが、周囲の住人が深刻な表情をするイリアたちを見て不安がり始めた。イリアはアンを連れて、領主の館に戻ることにした。


 執務室に入り二人きりになると、ベルゼブブは包み隠さず語ってくれた。


 オークと竜。地母神の宝玉。ゴブリンの巨大化。アンの死亡。魔女ベアトリクスの計画と魔人ベルゼブブの逆転劇。


 神話の内容を聞いているみたいでとても信じがたかったが、真剣な顔でアンとの別れを語るベルゼブブを見て、彼が嘘を言ってないことが分かった。


 アンは死に、魔女ベアトリクスも死んだ。それが結末のようだ。


「生き残ったゴブリンたちを別の森まで連れていってたら、こっちに来るのが遅れてしまった。そのまま出発しても良かったんだが、まあ、お前には挨拶しとこうと思った」

「そうか。……アンのことは、その、残念だったな」

「気を遣わなくてもいい。あいつはちゃんとここに生きている」


 そう微笑んでベルゼブブは胸に手を当てた。

 その笑顔はアンが浮かべていたものと同じ、慈愛の光を宿していた。

 イリアは同性の顔だというのに、不覚にもドキリとしてしまった。


「これからどうするつもりなんだ? ベルは」

「しばらくは旅を続けようと思う。今の実力じゃ魔界には戻れないしな。諸国を周って、力を付けていき、っで、気が向いたらアンがやれなかったことを代わりにやってやる。気が向いたときだけな」

「ふっ、あははっ。分かりやすい奴だな、お前は」

「あ? 何笑っていやがる」

「別に? まんま傷心旅行だなと思っただけだ」


 ベルゼブブは釈然としない顔だったが、何を言っても無駄だと悟り、そっぽを向いた。アンの身体に入ってもやることはちっとも変わらない、捻くれ者のままだった。


 ベルゼブブは一晩宿泊してから明日の朝に出立する予定らしい。


 彼にカルバンの街一番の宿の紹介状を持たせて、外まで見送ってから、イリアは執務室に引き返して業務に戻った。今日中に判を押さなければならない書類がまだ山ほどある。この忙しさも平和の証だろう、と己を慰めることにした。


 夜が更け、ようやく書類が片付いた頃、イリアは窓の外の夜空を見つめて考え込んだ。

天幕の頂点に咲いた月を眺めながら、女騎士は遠くへと思いを馳せた。


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