お茶会(1)
「あー気が重い」
「うだうだ言ってると間違えるぞ」
「間違えないわよ!…ヴァデッドが見張ってるし」
部屋の隅の空きスペースに、あたしはせっせと移動用の魔方陣を書き込んでいた。
今書いている魔方陣は、別に猛獣を召喚するだとか、どでかい魔法を使おうとしている訳じゃない。単純な移動魔法だ。行く先はあたしの住んでいる町を治める侯爵様が、夏から秋にかけて滞在する別荘だ。その時奥様が開催されるお茶会に招待されているのです。
侯爵夫妻とは、一度奥様のひどい悪阻を和らげる薬を処方したことから付き合いがある…というか、侯爵様―特に奥様―が何故かあたしをかなり気に入って下さっていて、それ以来何かとよくしてもらっている。季節の便りも送り合っているので、お茶会にも毎回招待されている。―前回は蹴ったけど。
「よし」
パンパンッと服と手を簡単に払う。
「…本当に服はこのまんまでいいのか?俺はいいとしても、貴族のお茶会って着飾った連中が腹探り合ってるイメージしかないんだが」
なんと、今回はヴァデッドも呼ばれているのだ!…多分あたしがお手紙でヴァデッドのことめちゃくちゃ自慢したせいだと思うけど。ごめんヴァデッド。
「いーのいーの。ラーシャ様、娘さんがいないからあたしをきせかえ人形にするのが楽しいの。多分ヴァデッドのも用意してるんじゃないかなぁ」
「…俺のサイズなんていつ教えたんだお前、っていうかいつ知った」
「見てればわかります」
きっぱり言うと、ヴァデッドは心底嫌そうな顔をした。ふふーん、あたしの底力、思い知ったか!
「じゃあ行くよ」
精神を集中させて、呪文を唱える。ぼうっと魔方陣から青白い光が放たれる。詠唱が終わった瞬間、光は霧散してあたしとヴァデッドを目的地に誘った。
「まぁまぁまぁ!!いらっしゃいミリファちゃん!久しぶりねぇ~」
領主様の別荘につくなり、ラーシャ様からあたしは熱烈な抱擁を受け取った。齢30のラーシャ様は、いつも陽気で優しく、いるだけで周りを明るくさせる太陽みたいな人だ。燃える金髪に、好奇心できらきらしてる空みたいな目。きっとラーシャ様はいくつになってもこんな感じなんだろうなぁ。
「こら、君はいつもミリファをきつく抱きしめすぎだよ。窒息してしまう」
領主様ことジス・コーリン侯爵様は、柔らかくラーシャ様を制した。ジス様は落ち着いた雰囲気が素敵な男性で、ラーシャ様が騒いでもそれをおっとりと見守っているが、しめるところはしめる人だ。プラチナブロンドの髪を綺麗に撫で付けていて、翡翠色の瞳は知的そのものだ。
「あらごめんなさい!私ったらついつい…。そしてあなたがウワサの使い魔さんね!」
ラーシャ様の興味の対象が私の後ろに控えるヴァデッドに変わった。
「お初にお目にかかります。マスターの使い魔を勤めています。名は明かせませんので、適当に呼んでください」
ヴァデッドが礼儀正しく腰を折る。銀髪がさらさらと落ちるのが綺麗だった。
ヴァデッドってこういうのもそつなくこなせるんだなぁ。まぁ生きてる時間が違うし、色々あったんだろう。
「あらあら、じゃあなんてお呼びしましょうか。ミリファちゃんはこういう場では彼をなんて呼んでいるの?」
「ヴァス、と」
「じゃあ私達もそうしましょう。ね、いいでしょうジス?そしてヴァスさん?」
「そうだね、私もそう呼んで構わないかな」
「どうぞ、ご自由に」
ヴァデッドがにっこり笑うと、あたしはなんとも言えない気分になった。ヴァデッドの営業スマイルなんてそうそう見れるもんじゃない。本気の笑顔はもっとレアだけど。
「ご挨拶が遅れてしまいましたが、改めてお招きありがとうございます」
裾を持ってきちんと礼をする。こういうことは、実はラーシャ様に教わったのだ。
「去年は会えなかったものねぇ。今回は来てくれるって信じてたから、用意に力入っちゃったわ」
「お手柔らかにお願いします…」
ふふふ、と笑うラーシャ様を見て、あたしは冷や汗を流した。フリフリか、ビラビラか…いや両方だな…。
「ヴァスさんのも用意してきたのよバッチリよ~!あなたも何でも似合いそうね~」
「あ、ヴァスは何でもいけるクチですよ」
「やっぱりそうなのね!!素敵だわ!」
「マスター…」
「いーじゃない、たまには。それに大丈夫よ、ラーシャ様センスはいいから。ジス様もいるし変なことにはならないわ」
こっそり耳打ちしてくるヴァデッドに、あたしはにっこりと笑った。ヴァデッドがラーシャ様に着飾られた姿を見てみたいのが半分、ヴァデッドが押されているのを見るのが楽しいのが半分ってとこね!
その時、部屋の一角が光に包まれた。それと同時に床に魔方陣が浮かぶ。
「げっ…」
その魔方陣から、人が一人徐々に姿を現し始めた。床から人間が生えてくるみたいに。
「ミリファ!!!!!やっぱり来てたんだな!!!!!!」
魔方陣から姿を現したそいつが、あたし目がけて一目散に駆け寄ってきた。
―抱きつかれる!!
そう思ってヴァデッドの後ろに隠れようとした時、ふわりと体が床から浮き上がった。
「へ」
ズシャーァッとふわふかの絨毯の上をそいつがスライディングした。見た目は痛そうだけれど、絨毯の上だから問題ないはずだ。
がばっと顔をあげたそいつを視認して、だから気が重かったんだとあたしはうんざりした。
「ミリファ!!」
「テオファドート…」
「やだなぁ、テオって呼べよ。俺とミリファの仲だろ?」
にっこり笑ったこいつはテオファドートという名前の、ジス様に仕える専属魔法使いだ。さらさらストレートの黒髪にアーモンド型の紫紺の瞳、パーツがバランスよく配置された顔はかなり麗しい。ケチをつけるとすれば身長が低いことと性格がおかしいことだ。身長は「可愛い」とお姉さま方には受けてるらしいけど。
魔女や魔法使いはいわゆる誰かに仕える「専属」と、主人を選ばず自由に活動するそれ以外に大別される。あたしは後者、テオファドートは前者だ。
「あたしのお得意様の専属ってだけで愛称を呼ぶ仲に発展するとは思わなかったわ」
「つれないなぁ。それよりそこの使い魔はなんなのかな。俺とミリファのハグを邪魔するなんて」
チロリとテオファドートがヴァデッドを見やる。
「申し訳ありません。私、テオファドート氏のことはマスターから一言も聞いたことがございませんでした。それ故、マスターに襲いかからんばかりのテオファドート氏の勢いに、マスターを保護するため体が勝手に動いてしまったのです」
そう。体が床から浮いたと思ったのは何のことはない。ヴァデッドが抱え上げてくれたのだ。今あたしはヴァデッドの腕に抱えられてテオファドートを見下ろしている。
それにしても嫌味満載の発言ですなぁー…流石ヴァデッドというか。テオファドートを敵認識したな、これ。あたしには有難いけど。
「ふぅん。でもいつまでミリファをだっこしてるつもりなんだ?俺だってしたことないのに!さっおいでミリファ!」
テオファドートが満面の笑みを浮かべて私に手を差し伸べてきた。
「マスター、どうされますか?」
「テオファドートのところに行くぐらいならこのまんまがいい」
どうされますかとか分かりきったこと聞いてくるんじゃないやい!今降りたらテオファドートにセクハラされちゃうじゃんか!
「承知致しました。テオファドートさん、ご命令がありますので私はそれを遵守させて頂きますね」
「なんでだよミリファ。なんでそいつはよくて俺はダメな訳!?」
むしろこっちがなんで?と聞きたいわ!なんでそんなに付きまとわれないといけないのよ!
「主人の前で平然とプライベートなことしてるからよっ!!」
テオファドートは私の発言でようやく主人夫妻の存在に気がついたようで、バツの悪そうな顔をした。
今回は一話じゃ終わらないです。




