特等席
「・・・」
俺は眉間に思いっきり皺を寄せた。
耳元でスースーという規則正しい呼吸音がしている。目線をちらりと斜め左下に動かすと、漆黒のウエーブヘアーと、白い肌がやっぱり居座っている。安心しきった顔して、俺の左上半身に体を預けてすやすや眠っているのが何を隠そう、俺のマスター・・・・ミリファだ。
先程、『ねむいー』と言いながら魔術書を読んでいる俺のところにきたかと思ったら、さもそれが当たり前かのように俺の膝上に陣取ると・・・・、まぁ・・・・このように寝息を立て始めたというわけだ・・・。
まず、いつも思うが何故こいつは俺の上に乗るんだ。俺はこいつの座椅子でもソファーでもベッドでもなんでもないんだぞ。こいつそこんとこわかってんのか?わかってるって言いそうだけど本当にちゃんとわかってんのか!?理由を聞いてみてもよくわからない言い分聞かされて、結局こっちが折れる始末。つかめねぇ。つかめねぇにも程がある。
じっ、と俺はミリファの顔を見た。白くて、すっきりとしているというよりは全体的に丸みを帯びた顔。二つの瞼の中には炎のように真っ赤な瞳が居座っている。俺とは、正反対の色。
触れようと思って手を伸ばしたら、指よりも先に爪先がミリファの頬にあたってしまい、思わず顔をしかめた。
やっぱりこの長く鋭い爪はどうにかしないと危ない。出し入れ自由とかいうモンでもないから、やっぱりつんでしまうしかないんだろうな。一つ武器が減るが、まぁたいしたことはないだろう。
頬にあたったままの爪先を、顔にかかっているミリファの黒髪にくるくるとからめた。よくミリファが俺の髪でやる仕草だ。本人は『真っ直ぐストレートがよかった・・!これ大変なんだよ朝とかー湿気とか多いとほんと最悪なんだ』って言うけれど、ミリファにはストレートよりこっちの方が似合ってる気がする。ヒトのいうこと聞かないとこなんかミリファそっくりじゃねぇか。
「・・・」
ふあ、と俺は大きく欠伸をした。何だか俺まで眠たくなってきた・・・。
首を少し下に傾けると、ふわりと鼻腔をミリファの香りがくすぐった。日がな魔術書を読んだり、薬草を煎じたりしているミリファは、太陽の下に出てる時間よりも部屋の中にいることが多い。なのに、何でこいつはお日様の匂いがするんだろう?しかも妙に暖かくて、その体温が心地いい。
俺は眠っている間に落としてしまわないように、左腕をミリファの腰に回して、そのまま意識を手放した。
「・・・!!」
あたしはギャーーーーと叫びだしそうになるのを両手で自分の口を塞ぐことで何とか防いだ。
目を覚ましてみると、目の前には涼やかな寝顔。びっくりしないわけがないじゃないですか。乙女的に。
「・・ヴァデッド・・・?」
おずおずとその涼やかな顔の持ち主さんの名前を呼んでみる。反応ナシ。ほんとーに寝ちゃってるみたい。
珍しいなあ、ヴァデッドがこんな風に寝てるのって。いつもあたしより先に起きてるし、あたしより後に寝てる。睡眠時間何時間ですかーって感じ。
・・・それにしても。
・・・なんで男の人なのにこんなに寝顔綺麗なのかなぁ・・!!神様ってやつはとっても理不尽だっ・・!!!
スッとした目元に、綺麗な曲線を描いた眉。鼻筋はスッと通ってるし、唇は薄い。顎はシャープなラインを形作ってる。いつもある眉間の皺がない分余計に綺麗に見えるわ・・・・。眉間の皺って、やっぱりすごい影響力があるんだわ、うん。
寝顔見れたのもラッキーって感じだけど、やっぱりあの青の双眸がこっちを見てないのは惜しい気がする。あたしとは正反対のどこまでも澄んだ、でも吸い込まれちゃいそうなくらい深い青。
サラサラの銀髪。ものすごくうらやましい。手触りも最高すぎる。わけてほしい。せめて髪質だけでもわけてほしい。ヴァデッドは『今のそれが何でそんなに不満なんだ』ってバカにしたみたいに言うけれど、くせっ毛って本当に大変なんだからっ。
肌に指を添えてみる。うっわー・・・すべすべー・・・・ほんと、何でこの人は全世界の女子が羨むものを全て持ってらっしゃるんですかね!?
「・・・・ん・・・」
「!!!」
声がして思わずあたしは手を離した。心臓がバクバクと暴れまわる。ひいいいいいいい!すいません変態行為してすいませんっ!
「・・・」
・・・お、起きて・・・・な、い・・・・?あああ、びっくりしたああああ。
はあ、と一息ついて呼吸を落ち着かせる。
ああ・・・もう、起きて何かしよう。特に何にも思いつかないけど何かしよう。
そう思って体を起こそうとすると、腰の辺りに何かがあるのに気づいた。・・・ヴァデッドの腕が、しっかりと腰に回されていた。あたしはヴァデッドの顔を見上げた。・・・・落ちないように、支えてくれていたのかな・・・・?
あたしはまた、体をヴァデッドに預けた。あたしの一番休まる場所だ。下手をするとベッドやお風呂よりもこの位置の方が心地よくて安心する。
ヴァデッドはいつも『俺を座椅子かなんかと勘違いしてんじゃねーの』と言うけれど、あたしはいつだって確かめたいだけだもん。『ヴァデッドはあたしだけの使い魔』で、『ヴァデッドは確かにここにいて』、『この場所はあたしだけの特等席』だって。
・・・独り占めしたいの。何とか口説き落として手に入れた最高級の使い魔さんを。
・・だって。ヴァデッドは知らないんだもん!っていうか自覚ないんだもん!
自分が結構なんだかんだ言っても優しいところとか、そういうのが周りの女の子達にはすんばらしく見えることとかっ。この前だって、あたし一人で町にお買い物いけるからお留守番しててって言ったのに、『ついていく』って言って聞かなくて!それで何でついてきたのかと思ったら荷物持ちとボディーガードのためだったっぽいし(何故か理由を聞いてみても教えてくれなかったから想像だけど)!しっかり人ごみから守ってくれちゃったりして・・・・
ただでさえ見た目いいのに町にいた女の子達にどれだけ自分が注目されてたと思ってるんだろっ・・・!!そんなに女の子から人気者になってどうするつもりなのか問いただしてやりたいっ。
中には、『あの子がマスター?絶対勝てる』だなんてあたしにだけ聞こえるように呟いていった子とかいるんだから・・。
やだやだっ!絶対ヴァデッドはあげないんだから!!!あたしのなんだから!!!
あたしはぎゅっと目を強くつむった。
「・・・ミリファ・・・・?」
耳元で低い掠れた声が落ちた。甘さに体がぴくりと震えた。
「・・・あ・・・あたし・・起こし、ちゃった・・・?」
おずおずと目を開けると至近距離に青の双眸があった。
「・・?お前寝てたんじゃなかったのか・・?」
ヴァデッドはそう言いながら首をおこした。だるそうに首を左右に動かしている。
「いや、ちょっと前に起きました。んでちょっとまどろみタイム?」
「まどろみタイムの人間が眉間に皺よせんのか。器用だな」
うっ見られてた。
「変な夢で見たのか?」
「ううん!何でもない!」
ミリファは俺の目を見ずに言った。こいつは俺に嘘をつくのがへたくそだ。絶対に目を合わせないからすぐにわかる。
「ミリファ」
声を強めてやると肩が震えた。やましいことがある証拠だ。
「・・ヴァデッド・・」
「何だ」
「あなたは、あたしの使い魔だよね?」
紅蓮の瞳が俺の瞳を真っ直ぐ射抜く。本気の視線だ。こいつの瞳には、本気がよく似合う。
「・・当たり前だろ。俺が誰と契約したと思ってるんだ」
「あたし」
「だろ」
それでもちょっと不服そうな顔をミリファはしていた。
「・・・お前、まさかとは思うが・・・・、『あの子がマスター?絶対勝てる』なんて戯言本気にしてるんじゃ・・・」
俺がそう言うと、ミリファは目を瞠った。・・・マジかよ。
「何!ヴァデッドあれ聞こえてたの!?」
「俺は耳聡いんだ」
「地獄耳の間違いじゃ・・・」
「お前にだけは言われたくない。そもそも人間と俺の聴力比べる方がバカげてるだろ」
はあ、と俺はため息をついた。
「俺はあんな女ごめんだ」
「・・綺麗だったよ?」
「見た目はな」
俺はあんなせっこいみみっちい真似するような女ごめんだ。
「お前が俺を選んだように、俺だってお前を選んだんだよ」
今度はちゃんと指で頬に触れた。
「俺は、お前がいい」
そうだ。最初からお前のその赤に俺は突き動かされていた。
「~~~っ!!!!」
ミリファの顔が朱に染まった。
「何だ、お前・・・照れてんのか?」
「バッ・・・!!そそそそんなんじゃないもーん!!!!」
そのあまりにも必死すぎる様子に、笑みが浮かぶ。おもしれーの。
「・・・っ」
「ん?」
「顔近いから!!」
首を下にさらに傾けると、ミリファから抗議の声があがった。・・・・自分から抱きついてくるやつのセリフじゃねぇよな・・・。
「ほっ・・他の人のところにホイホイ行ったりしたら、許さないんだからねっ・・・!!」
「信用ねぇなぁ」
ヴァデッドは天然たらしです(笑)




