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はじまりはじまり





『ここで死ぬか、生きてあたしのモノになるか。・・・どっちがいい?』


 自分の腕ににじむ血の赤よりも、ずっと鮮烈な赤の瞳が俺をじぃっと見定めるように見つめて言った。その手はゆるくウエーブがかかっている漆黒の髪をいじっている。


『・・・両方却下っていう隠し選択肢はない訳?』


そう言うと、彼女は俺の頭を本気の全力ではたいてきやがった。俺、生死さまよってたんですけど。










 俺はいわゆる、人間から言うところの妖精とか悪魔とか、そういう奴らの付近にいる生き物だ。どちらかといえば悪魔に近いかもしれない。魔力を持っているから魔法だって使える。

 そして、多くのそういう生き物達と同じように、俺にとって“契約”というものはひどく重要な位置に置かれている。一度結んでしまえば、必ずそれを遂行しなければならない。もし契約不履行だなんてことになったら、反動で著しく力を奪われる。

 俺が今、こうやって生死さまよってたりするのも、そのせいだったりする。あー今思い出しても腹が立つ。

 俺の今回の契約者は、見目麗しい男だった。なんでも、親友に彼女を寝取られてしまったらしい。よくある話だった。そいつの望みはそいつらの仲を引き裂くこと。報酬はそいつの生気・・・寿命10年ほど。

 比較的楽な仕事だったんだ。案の定、そいつらの仲は俺の力ですぐに悪くなった。もうすぐでそいつらは別れて、俺は契約者の男の生気をいただけるはずだった。…なのに。



 契約者の男は、他の女が好きになってしまったのだ。



 契約者の男にはもう親友と元彼女の仲を引き裂く理由などなく、むしろその好きになった女とともに歩むための寿命が惜しくなったのだ。

 そいつは俺と契約したにも関わらず、親友と元彼女との仲をとりもちやがったのだ。もともと契約者の男に罪悪感を少なからず持っていた二人は、その男に認められたことに安堵し仲の良さを復活させた。腹立たしい。俺も必死で妨害したが、どうにもならずに契約不履行。その反動が跳ね返ってきて、俺はズタボロになってしまった。たまたま新月が近づいて魔力が低くなってきてるっていう時に、俺はなんて運のないヤツなんだろう。普段ならこの程度の反動でここまでズタボロになることなんてないのに。


 そんなこんなでじっと傷が癒えるを待っていたら次はこの女だ。俺はほとほと運がない。









「おー!なっかなか色つやよくなってきたんじゃないのー?」

「・・・お前、か」


 ニコニコしながら、俺の前に現れたのはあの女だった。名前はミリファで、なんと魔女らしい。道理で思いっきり人外の俺を見ても動じないはずだ。『あたしのモノになる?』っていうのも、文字通り彼女に忠誠を誓って使い魔になれということだったらしい。


「ここまで復活したの、誰のおかげだと思ってるの?」


 俺の髪を、自分の髪にそうするようにくるくると指にからめた。


「誰も頼んでない」

「うっわーかっわいくないのー」

「俺に可愛さを求めるな。お前だって下心があって俺に施しをしているんだろう?」

「うん」


 にっこり笑ってあっさり認めやがった。


「あたし、あなたが欲しいんだもの。結構上級みたいだし」

「俺がイエスと言わなきゃ契約は成立しないぜ?」

「ん?そん時は無理やり策略でもなんでもねって契約成立まで持ち込むよ。これでもあたし、魔女さんですからね」


 ふふん、とない胸をそらせてミリファは自信満々にのたまった。はっ、と鼻で笑ってやるとぷぅと頬を膨らませた。


「何で私との契約が嫌なのよ?」

「使い魔になるのが嫌だからに決まってるだろ」


 人に使われるなんて、冗談じゃない。使い魔ってやつは、主人に絶対服従。忠誠を誓わなければならない。そんな不自由な生活まっぴらだ。


「むむ・・それじゃやっぱり弱ってるうちに無理やりやっとけばよかったなぁ・・・」

「今の俺に無理やり契約だなんて無理だぞ?」


 癪だが、こいつのおかげでかなり回復したし、魔力も戻ってきた。いくらこいつが魔女でも、無理やり俺を使い魔にすることなんてできないだろう。そう言ってやると、ミリファは悔しそうな顔をした。


「うー。でもやっぱり欲しいなぁあなたが。きらきら銀髪の長い髪に、青い瞳の魔物さんー!」

「・・・なんで俺にそこまで拘るんだよ」


 あんまりにも、悔しそうにするものだから、俺は思わず顔をしかめて尋ねた。


「え、一目ぼれ?」


「は」

「初めて見た時、ビビッってきたの」


 満面の笑みを浮かべながら、ミリファはきゅっと俺の片手を両手で包み込んだ。


「・・・」


 あ、呆れてモノが言えないってこういうことを言うのか・・・・・。


「だからあたしのモノになろう!魔物さん!」


 目をキラキラさせながら言うな。


「俺がお前の使い魔になって何のメリットもないと思うんだが。それに俺はお前に従う気はない」

「絶対服従なんてしなくてもいい!ってことかなぁ。別に何でもかんでも言うこと聞いてくれなくていいよ」

「・・・じゃあ、お前は使い魔に何を望むんだ?」


 大抵のやつは、便利な道具、もしくは仲間として使い魔を望む。仲間として望んだとしても、使い魔は圧倒的に地位が下だ。従わなければ、消滅させられてしまう。


「あなた」


 何のてらいもなく、俺の目をまっすぐ見つめて、ミリファはそう言った。


「あたしは、あなたが欲しいの」


 燃えさかる炎のように赤い瞳が、俺の青い瞳をしっかりと捕らえた。どくりと何かが脈打った。


「魔物さんを手に入れるんなら、使い魔になってもらうのが一番てっとり早いと思って」


 ・・・おい。

 俺はハァ、と息を漏らした。


「・・・ヴァデッド」

「え?」

「俺の名前はヴァデッドだ」


 硬直しているミリファの手を俺はとった。無理もない。名前を知られるというのは、命をにぎられたも同然のことだから。

 俺は今確かに、こいつに命を預けた。



「いいぜ、お前のモノになってやる」


 その手の甲に唇を這わせた。少しでも歯に力を込めれば噛み切ってしまえそうな、小さく華奢な手だ。



 なんか頼りがいも何もないようなお前だけど、俺をその気にさせたことだけは認めてやるよ。

 だから契約してやる。お前のモノに、なってやるよ。



「・・ヴァデッド・・・」


 おずおず、という風にミリファ・・・マスターがそう呼んだ。


「マスター、何用ですか?」


 俺がそう言うと顔を思いっきりしかめた。


「ミリファでいいし、タメ口でいいから」


 その顔と口調が、思いっきり拗ねたみたいなもので、俺は吹き出してしまった。使い魔に対等を望むか?普通。


「やっと手に入れた。あたしだけの魔物さんなんだからっ」


 いきなり抱きついてきて、俺の銀の髪に顔を埋めたミリファの体を両腕で受け止めた。

初投稿になります。

じゃじゃ馬な女の子と人外の青年のお話です。

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