序
本書は千葉県北東部に位置する骸ケ谷地区の埋蔵文化財調査に関する記録である。調査は令和五年六月から九月までの三か月間、千葉県特別埋蔵文化財調査室の主導により実施された。調査の経過、関係者の証言、出土遺物の概要、調査報告書編纂の過程——これらを、複数の視点から記述する。
各章の記述は調査関係者の手記、業務記録、現場日誌、編集ノート等を基に構成されている。記述の主体は章ごとにまた節ごとに異なる。木口照彦・現場主査の現場日誌。野田彩乃・調査員の野帳。松田誠一・整理員の台帳。中川靖広・課長補佐の業務記録。佐伯志保・編集者の編集ノート。そして、廣澤文彦・校閲者の校閲跡。
これらの記述は、互いに整合する箇所もあれば、整合しない箇所もある。整合しない部分について、本書はいずれの記述が正しいかを確定することを試みない。記述の差異は観察者の差異としてそのまま記録する。
各章の文体はそれぞれの記述者の業務上の文体を反映する。現場日誌は現場主査の慎重な文体である。野帳は調査員の観察的な文体である。台帳は整理員の客観的な文体である。業務記録は課長補佐の処理的な文体である。編集ノートは編集者の分析的な文体である。校閲跡は校閲者の——どのような文体なのか、本書の編者は確定することができない。
校閲者の文体について、編者から一言、付記する。校閲者・廣澤文彦の手による校閲跡は、本書の全章にわたって、薄く、しかし継続的に現れる。その校閲跡がいつ入ったのか、誰が入れたのか、何を意図しているのか——本書の編集の過程で、明確に確定された事項はほぼ存在しない。校閲者本人による説明も、口頭の応答に限定されており、文書として残されたものは極めて少ない。
校閲者の存在を、本書がどう扱うかについて、編者は長く逡巡した。逡巡の結果として、編者は次の方針を採用した。本書において、校閲者・廣澤文彦は調査の関係者の一名として本文中に登場する。各章の本文中における廣澤文彦への言及は原則として各章の記述者の視点から行われる。記述者の視点が、互いに整合しない場合についても、編者はこれを修正しない。読者は、廣澤文彦という存在を各記述者の視点を通じて、複数の角度から観察されることになる。
なお、本書の冒頭には、調査に先立って関係者に配布された『骸ケ谷既往記録抄』を、改めて転載する。当該記録抄は、調査の前提となる既往の関連記録を、廣澤文彦が編纂したものである。記録抄の冒頭には、「関係者の範囲は本記録を一読された者を含む」と記されている。本書を読まれた読者は、その時点で本書の関係者の一名として、加わることになる。
関係者の範囲は、各記述者・各登場人物の総数を超えて、拡大する。新たに加わる関係者の数は本書が読まれるたびに増加する。本書の編者もまた、本書を最初に読んだ「関係者の一名」として、本書に加わっている。読者の方々と編者と本書の各記述者と本書の校閲者は、いずれも、同じ範疇に属する。
読者は、本書の各記述が「誰によって、誰に向けて、いつ書かれたものか」を、都度確認されたい。この確認の助けとして、各章の見出しには、その章の基盤となった記録の種別を〔〕内に付した。前掲の六種のほか、会議録、手帳、未送信の通信文等、関係者の遺した記録を適宜、基盤に加えている。基盤となった記録を特定できない章については、〔記録者不詳〕と付した。特定できない章が本書に含まれていることについて、編者は説明を持たない。なお、各章の配列は、出来事の時系列には、必ずしも従っていない。配列は各記録が本書に綴じられた順序に従う。綴じられた順序を、誰が定めたのかについて、編者は、本書末尾において、確認することができない。本書の構造そのものが骸ケ谷の調査の性質を反映している。
なお、本書に記述される機関・地名・人物・事件はすべて架空のものとして取り扱った。実在するいかなる団体・個人・場所とも、本書は関係を持たない。ただし、「架空」と「実在」の区別が、本書の編集の過程において、いずれの方向に確定したのかについて、編者は、本書末尾において、確認することができない。読者の判断に委ねる。
関係者各位の協力に、深く感謝する。
令和七年三月
千葉県特別埋蔵文化財調査室




