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漂流する微睡み  作者: 廉価広也


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1/5

第1話:午後の薄暮(アフタヌーン・トワイライト)

翻訳されていない原文については、著者のページをご覧ください。

――14時14分。日曜日。


埃の舞うブラインドの隙間から、薄い秋の日差しが差し込んでいた。


狭いリビングの床に、定規で引いたような冷たい光の縞模様を描き出している。


ここが、彼の「聖域」であるはずだった。


一週間のうち、あの忌々しい会社の巨大な歯車から解放される、わずか数時間の安息。


それなのに、皮膚が酷く焼けるように熱い。


何の前触れもなく、突発的な高熱が全身を襲っていた。


オットーは、半分ほど中身の残ったマグカップをじっと見つめた。


静まり返ったアパートの室内で、湯気が力なく揺らめきながら消えていく。


人生に絶望しているわけではない。


ただ、骨の髄まで摩耗し、空っぽにされているだけだ。


だからこそ、彼はこの安全で予測可能な「枠組み」に依存していた。


冷蔵庫の低い駆動音。


エクセルの正確なグリッド線。


単調で、それゆえに安息をもたらす日常のルーティン。


重い四肢を引きずりながら、彼は這うようにして布団へ潜り込んだ。


目を閉じても、真昼の太陽の残像が冷酷に瞼の裏を焼き続ける。


月曜日が来る前に、汗をかいてこの熱を追い出したかった。


ただ短く、深い眠りを。


終わりが約束された、平穏な眠りだけを欲していた。


――じきに日没が訪れ、その先には薄暮が待っている。


心地よい微睡まどろみの抱擁の中で、オットーは気付いていなかった。


太陽が緩やかに西の果てへと沈み、週末を惜しむ人々が月曜日の朝に備え始める頃。


街灯が一つ、また一つと灯っていくその瞬間に。


しかし。


オットーに訪れたのは、約束された「有限の眠り」ではなかった。


まるで巨大な力によって空間そのものが歪められたかのように。


ブラインドの向こうの景色が、急速に不透明な闇へと変質していく。


寝室の窓から見えるはずの、いつもの見慣れた街の灯りが跡形もなく消えていることに、彼はまだ気付いていない。


代わりに流れ込んできたのは、破れた障子の隙間から漏れ出す、淡く差し込む月明かり。


そして、壁の向こうからかすかに聞こえてくる、聞いたこともない虫の鳴き声。


夢の続きを彷徨うように、オットーは目を開けた。


胸を突いたのは、奇妙な、それでいて致命的な違和感。


言葉にはできない。だが、何かが決定的に欠けている。


穴だらけの障子から吹き込む冷たい風が、彼の肌を撫でた。


その生々しい寒気に、脳の朦朧とした霧が強制的に吹き飛ばされる。


……ここは、どこだ。


慎重に周囲を見回す。


自分が横たわっているのは、冷え切った畳の上だった。


部屋の隅には、化石のようなブラウン管テレビが鎮座している。


湿気った壁に掛けられた古いカレンダー。


そこに打たれた赤丸は、彼が生まれた日を指していた。


すべてが完全に静まり返っていた。


まるで、途方もない歳月の間、誰の指先一つ触れられなかったかのような空間だった。


再び冷たい風が首筋を通り抜け、強烈な悪寒が背骨を駆け上がった。


引き戸のわずかな隙間から、外を覗き込む。


――そこにあったのは。


風にせわしなく波打つ、果てしない大草原の水平線だった。


この建物の雨戸は植物の根によって侵食され、破壊されていた。


要するに。


彼はどういうわけか、見渡す限りの荒野にぽつんと佇む、昭和に取り残されたような廃屋の中で目を覚ましたのだ。


「……そうか。夢、だな」


オットーは大きく息を吐き出し、再び布団に身体を沈めた。


月曜の朝が来る前に、少しでもリラックスしておこうと自分を納得させるように。


だが。


思考の海に、ひとつの歪な疑問が浮かび上がる。


――俺は一体、どれだけ眠っていた?


脳の歯車が噛み合い、意識が急速に、そして最悪なほど明晰に覚醒していく。


それに伴い、心地よかった眠気は完全に霧散した。


代わりに、どこか非現実的でありながら、妙に生々しい現実感が広がっていった。


「待てよ……夢、だよな? なあ」


誰もいない空間に、自分の声が虚しく響く。


現実を、世界の境界線を、必死に繋ぎ止めようとする声。


「はは……ハハハ。何だこれ、高熱のときによく見るっていう、たちの悪い夢か? そうに決まってる」


乾いた笑いが口から漏れる。


しかし、その言葉とは裏腹に、現実感はむしろ強まっていくばかりだった。


額から冷たい汗が伝い落ちる。


オットーは、自分の拳を強く、白くなるまで握りしめた。


自分の意思で動くその拳を、じっと見つめる。


「……殴ってみるか?」


確信の持てない声。


だが、一呼吸の思考ののち、彼はその選択を捨てた。


「いや、駄目だ。もし本当に怪我をしたらどうする。状況がわからないうちに自分の身体を傷つけるのは悪手だ。特に……ここが『危険な場所』だった場合は」


「落ち着け。頼むから落ち着いてくれ、俺」


オットーは両手で自分の頬を強く叩いた。


内側からせり上がってくる、底なしのパニックを力づくで抑え込む。


「そ、そうだ。まずは計画を立てないと……」


「外の様子を……確認すべきか?」


その瞬間、冷徹な思考が彼の脳を支配した。


(待て。外が『危険』である可能性を失念していた。……ここでは声を出すのも命取りだ。よし、決定だ。まずはこの建物の中を探索する。構造から見て、そこまで広い空間じゃないはずだ)


しかし。


彼が身体を動かそうとした、まさにその瞬間だった。


通電などしているはずのない、あの古いブラウン管テレビが、唐突にパチパチと音を立てて起動した。


画面に映し出されたのは、激しくのたうち回る、白黒の砂嵐スノーノイズ


「っ――!?」


心臓が跳ね上がり、一瞬だけ完全に停止したかのような錯覚。


全細胞が恐怖に染まり、身体がガタガタと震え出す。


アドレナリンが、限界を超えて脳天へと突き抜けていく。


パチパチと鳴り響く砂嵐の音。


そのノイズの隙間を縫うようにして。


彼が閉じこもるこの小屋に向かって、かすかな「足音」が近づいてきていることに、オットーはまだ気づいていなかった。


このささやかな作者へのご支援に感謝いたします。物語を楽しんでいただければ幸いです。

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