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まぶしい。
まぶたの裏側まで白く塗りつぶされるような光を感じて、僕はゆっくりと目を開けた。
視界に飛び込んできたのは、ひび割れたコンクリートでも、どす黒い植物が絡みつく廃ビルの天井でもなかった。
どこまでも高く、どこまでも清潔な、白い天井。
等間隔に並んだ埋め込み式のライトが、穏やかな光をフロアに投げかけている。
「……あ。夢じゃなかったんだ」
体を起こそうとすると、背中に「コツン」と硬い感触が伝わった。
僕が寝ていたのは、モールの通路脇によくある、合成皮革が張られただけのシンプルなベンチだ。
家にあるベッドに比べればずっと硬いけれど、半年間アスファルトや瓦礫の上で寝ていた僕の体にとっては、高級ホテルのスイートルームも同然だった。何より、背中に石が食い込まないし、不快な湿気もない。
鼻をくすぐるのは、昨日手に入れたばかりの真っ白なシャツの、パリッとした糊の匂いと、新しい布特有の清潔な香りだ。
世界が崩壊してから半年間、僕は一度だってこんなに深く、静かな眠りにつけたことはなかった。
いつゴブリンに襲われるかわからない恐怖も、ネズミが這い回る音も、ここには一切ない。
僕は大きく背伸びをしてから、視界の右端に意識を向けた。
浮かび上がった半透明のウィンドウには、昨日と変わらない文字が並んでいる。
『エリア:はじまりのモール(ランク1)』
『開放店舗数:1』
『現在滞在人数:1名』
『エオンマネー残高:5』
「おはよう、エオンモール。……さて、まずは顔を洗いたいな」
トイレの入り口に立つと、自動でパッと明かりが灯った。
何度見ても、この当たり前の文明には涙が出そうになる。
僕は洗面台の前に立ち、蛇口の下に手をかざした。
ジャァァァ……と、透き通った水が勢いよく流れ出す。
僕はそれを両手で掬い、一気に顔を洗った。
冷たくて、気持ちいい。
「……ぷはぁ。生き返るなぁ」
ふと鏡を見ると、そこには見違えるほど小綺麗な僕がいた。
でも、一つだけ猛烈に気になることがあった。
「……ズボンが、あまりにも汚い」
上半身がまぶしいほど白いせいで、下半身のボロボロさが際立っている。
半年間一度も洗えず、泥が染み込んで変色し、膝のあたりが擦り切れたジーンズ。
これでは、エオンモールのこの綺麗な空間にふさわしくない気がしてきた。
せっかくのベンチも、僕のズボンのせいで汚してしまうかもしれない。
「……よし。まずは、全身を清潔にしよう」
そう決めた瞬間、僕のお腹がまた「ぐぅぅ」と抗議の声を上げた。
そういえば、服は手に入ったけれど、食べ物はまだどこにもないんだった。
僕はベンチに戻り、リュックから大切に保管していたカロリーメイトを取り出した。
一袋に二本入り。今日の朝食は一本だ。
もぐもぐと咀嚼しながら、僕は今後のことを考えた。
「このモールを、もっと大きくしないといけないんだよね。店舗が増えれば、きっと食べ物屋さんだってオープンするはずだ」
ウィンドウの説明によれば、ランクアップには滞在人数や時間が関係しているらしいけれど、他にも条件があるみたいだった。
僕は昨日シャツを買った『UNIKLOO』に向かった。
「いらっしゃいませ。エオンモールへようこそ」
店に入ると、昨日と同じ店員さんが、寸分の狂いもない角度でお辞儀をしてくれた。
名札には『佐藤』と書いてある。
「あの、佐藤さん。ちょっとお聞きしたいんですけど」
「はい、何なりとお申し付けください、お客様」
「このモールって、どうやったら新しいお店が増えるんですか? 今、すごくお腹が空いてて……」
佐藤さんは、柔らかな微笑みを浮かべたまま答えた。
「当モールは、経済を回すことでも成長いたします。お客様、視界の端にある『店舗管理』の項目をご覧ください」
言われた通りに意識を向けると、新しい文字が浮かび上がった。
『次の店舗開放まで:累計使用マネー 10/100』
「100マネー……。あと90マネー分、お買い物をしなきゃいけないってことですか?」
「左様でございます。新しいズボンや靴下、下着の替えなどを揃えていただければ、すぐに目標へ近づけるかと存じます」
残高は5マネー。
あと85マネー分、魔石を拾ってきて、何かを買わなければならない。
「……わかりました。稼いできます。全部は、おいしいご飯のために」
モールの入り口、あのガラス張りの自動ドアの前に立つ。
僕は大きく深呼吸をして、外の世界へ出る覚悟を決めた。
「佐藤さん、僕、ちょっと稼いできます」
「いってらっしゃいませ、お客様。……ご武運を」
ウィィィィン……。
機械的な音とともにドアが開き、僕は再び、終わった世界へと足を踏み出した。
モワッとした埃っぽい風が、鼻をつく。
さっきまで嗅いでいた、新品のシャツの清々しい匂いが一瞬でかき消された。
「……よし、頑張ろう」
僕は背後の自動ドアが静かに消えていくのを感じながら、瓦礫の山へと歩き出した。
まずは、魔石。
そして、次のお店。
一歩ずつ、僕のモールを広げていくんだ。




