136話 かわいそうなデキムスさんとえげつないお嬢様[1/3]
ユピテル神殿で元老院議員たちと皇帝、神官による饗宴が行われているであろう夕刻。
ここ、黄金宮殿大学でも、今回の疫病終息に貢献した学者を始めとして、ユピテルの饗宴には参加できないものの、ローマでは中枢に近い地位にある騎士階級や有力商人、そして旧デキムス学校に属する面々などを招いた宴が開かれていた。
この宴の開催者であるサギッタ家――『高潔な少女』との名声をほしいままにするルシアが『身分の上下なく宴を楽しんでほしい』と発案したと言う体で、ローマの一般的な宴の定番である寝そべった形式ではなく、立食形式で歓談をし、給仕奴隷が一口大に小分けにした品々をサーブする形式。
開始時点こそ面食らった表情の参加者が多かったものの、宴が進むと人の流れが生まれ、なかなか好評なようだった。
そんな宴の中、主だったローマの新興階級の顔役との面々にあいさつを終え、俺の隣でシーフド串カツに舌鼓を打つルクレティアお嬢様。
一見のんびりとした風景だが、お嬢様の耳元では何らかの情報を持ってきた様子のポンペイ時代からの侍女奴隷さんが耳打ちをしている。
「――そう。ピソ様は良い感じの働きをしてくれたみたいね」
「ルクレティアお嬢様?」
「ドラコたちから情報が今来たわよ」
どうやら情報は事前にユピテルの饗宴のためにドミさん協力の下で派遣したドラコさんたちルクレティウス家やサギッタ家の奴隷がユピテル神殿から運んできたものらしい。
なんかお嬢様がスパイ映画みたいなことしてる……。
しれっと最新の秘密情報を確保してきたお嬢様の手配の良さに感心しつつも、それよりも気になる情報の内容を俺は確認する。
「えっと、護民官職権の件ですか?」
「えぇ、『拒否権を制限した護民官職権なら』という方向でまとまる雰囲気になってるようよ。私の狙い通り、ね」
目論見が上手くはまると気持ちいいわねぇ♪ と、いつものドヤ顔を俺に向けてくるルクレティアお嬢様。
どうやら、お嬢様の策の初動はほぼ目論見通りに進んでいるということらしい。
お嬢様の策はこうだ。
まずは騎士階級や元老院階級へとデキムスさんを押し上げようとしている元老院階級に対して、彼らが絶対に飲めない『護民官職権』という物をドミさんによってぶち込む。
実質的に元老院の権力を有名無実化できる人物が増えることになるので、当然ながら彼らは何とかこれを取り下げさせようとするが、ドミさんとしても一度ぶち上げた以上、全撤回はできない。
そこで妥協案として元老院が反対する最大の理由である拒否権を削除するという妥協案を見せる。
拒否権さえなければ元老院の力そのものは維持できるため、現状法人制度などによりドミさんと仲良くしておきたい事情のある元老院としては許容範囲となり、妥協する。
そして制限されているとはいえ、護民官職権という名が持つ権威そのものは非常に強大。
ここに下手に騎士階級だの元老院階級だのの追加の権威を持たせたとき、デキムスさんの立場が元老院にとって制御不可能になることは目に見えている。
少なくともデキムスさんの政治スタンスが明らかになるまではそのあたりの動きは控えるだろう。
と、言うのがお嬢様の読みであり、実際その読み通りの動きになりつつあると言うことだった。
「貴方とルシアが黄金宮殿の医者連中を掌握したときの経緯を見てて『あれ? これ逆でもできるわよね?』って思ってね。まあ結果はこの通りよ」
「しかしこうもうまくいくもんなんですね」
独自にドア・イン・ザ・フェイスを開発したお嬢様に感心しつつ、あまりにもうまくいった状況に疑問を持つ。
「元老院からの交渉役がピソ様になるように仕向けたから当然よ。ドミティアヌス殿下には陛下への根回しも助言しておいたから、大体状況を察した陛下がピソ様がこの饗宴で同じテーブルになるように差配してくださったわけ」
「でも陛下もよく乗って来ましたね」
「陛下は陛下で次期皇帝をドミティアヌス殿下に確定させるにあたって、元老院を安心させる方法と、そもそも殿下に元老院との交渉の作法をどう学ばせるか頭を悩ませているってネルウァ様がおっしゃってたし、何より今回の私の策は最終的には陛下のかつての失策を挽回できるものだもの。ほぼ確実に乗ってくると思ってたわよ」
あー……なるほど。
今は法人制度で蜜月関係とはいえ、元老院にとって利害が対立する案件ではドミさんが交渉できる相手かどうかは未知数なわけで、ウェスパシアヌス陛下はそこの解消をしたかったというわけか。
一方でドミさんへも今回の件で元老院との穏便な条件交渉の経験を積ませることができる、と。
「とにかく、陛下が乗ってきてくださった時点で、リバーシで言えば角をすべて取ったようなものよ」
ほぼ勝ち確じゃんそれ。
「じゃあもうデキムスさんの件はこれで解決ですか?」
「まさか。あと二手は必要よ。そのためにルシウス、貴方にはダキアを速攻で下す手配をお願いしてるんじゃないの」
「その二手ってなんなんです?」
「最後の一手はルシウスにも秘密。これは貴方がどうこうって話じゃなくて、知ってると全体の動きが上手くいかない可能性があるからよ。現状は陛下、ティトゥス殿下、ドミティアヌス殿下の3人にしか開示してないわ。……陛下の失策挽回についてはネルウァ様経由で陛下にしか伝えてないしね」
確かにダキア遠征を最速で終わらせるにあたり、元老院階級に属する軍関係者にも接触することは出てくる。
その時、情報を言っているとそこから元老院階級のデキムスさんを押し上げたい派閥が察知するかもしれない、ということなのだろう。
陛下の失策と言うのが何なのかは気になるが、お嬢様のことだ、ことが終わったら教えてくれるだろうし聞かないでもいいか。
「で、次の手は今根回しを終えたところ、後はデキムスを躍らせてあげれば仕込みは完了よ。さ、行きましょう」
そう言うと、お嬢様は食べ終わった皿を給仕奴隷に返し、人だまりの中でも一層大きな一角、デキムスさんとルシアが居る方へ、俺の手を引っ張っていった。




