12章 それぞれの罪状につき
◇ ◇ ◇
貴族議会は予定通りの時間に国王の宣誓と共に始まった。
エヴェラルドは王族席に座って、議場内の貴族達を眺めた。
派閥と言われる勢力は四つだ。
一つは国王派。
主要な派閥だったが、これまでの国王自身の振る舞いにより、もう国王の側近達しか残っていない。
側近達は自分の功績を奪われながらも、金払いが良い国王の側にいるのが一番得だと考えている。
一つは王妃派。
ベラドンナ王国を縁戚に持つ者や、ベラドンナ王国との商売で利益を得ている者、王妃との縁が深い者などが属している。
この貴族議会の三分の一ほどはこの派閥だろう。
一つは王太子派。
国王の統治に疑問を感じた者や、次代に期待する者、まだ若い貴族家などが属している。
王妃派と反目しているため普段表に出てくることはないが、エヴェラルドにとって貴重な支持基盤だ。
ここにいる三分の一ほどを吸収できたと考えている。
そして、中立派。
自身の家にとって最も有益な方を常に選ぶ者が多い。
争いを好まないため状況によって意見や支持先を変えることも多いのがこの派閥だ。
大きな決定をするときには、いかに中立派を取り込むことができるかが重要になる。
「……そういう意味では、王妃の手法はある意味正しい」
エヴェラルドは冷静に分析して嘆息した。
この貴族議会の会場を守っている騎士は全員ベラドンナ王国の騎士で配置されていた。
王妃という権力の成せる業だが、力を見せつけ武力で心の奥に小さな枷を付けることには成功していると言って良い。
冒頭で議長が説明した本日の議題の最後の一つの審議が終了した。
「こちらが、本日最後の議題となりました。他に緊急で検討の必要な議題がございましたら──」
議長の言葉を聞いて、エヴェラルドは机の下でぐっと拳を握った。
「──はい。私から、一件ございます」
エヴェラルドの声が静まり返った議場に響く。
覚悟なら、とうに済んでいる。
「国王及び王妃の背任行為についてです。具体的には、王妃の横領、人身売買、外患誘致。国王の黙認及び共謀について」
ざわざわ。
静かだった議場内が途端に騒がしくなる。
エヴェラルドはその騒音すら自身への追い風だと意図的に思い込むことを決めて、立ち上がると同時に、ばんと思い切り机を叩いた。
「──この場を使い、しっかりと審議していただきたく存じます!」
議場の中にいた王妃の側近が剣を抜き、エヴェラルドに斬りかかってくる。
エヴェラルドの騎士が剣を鞘から抜かないまま、それを弾き返した。
がんと重い金属がぶつかる音が鳴る。
エヴェラルドは鼓膜に響いたその音に眉を顰め、国王の隣に座っている王妃を睨んだ。
「貴族議会は、武力による解決を望まない国民により開催される神聖な場です。そこで剣を抜き、気に入らない者に斬りかかるなど……その者の主人はこの行為一つで貴族でいられないでしょう」
シルヴェーヌが不機嫌そうに奥歯を噛み締めている。
「……剣を収め、出て行きなさい」
指示をしたのは国王だ。
国王は、自分の代で築いてきた伝統が壊れることを恐れている。
エヴェラルドがこう言えば、内心でどう思っているかに拘わらず、必ず騎士を追い出すだろうとエヴェラルドは確信していた。
これで、シルヴェーヌから、騎士を引き剥がすことに確認した。
「それでは早速、それぞれの罪状につき説明させていただきます」
国王の裏帳簿は国王の寝室から先程発見され、今エヴェラルドが持っている書類の間に挟んである。
罪を立証するところまではうまくいくはずだ。
しかし、シルヴェーヌを排斥することはできるだろうが、これだけでは国王から玉座を奪うには弱い。
シルヴェーヌにベラドンナ王国を利用して脅されていたとでも言えば、帳簿一つくらい言い逃れできてしまう。
アベリア王国の王族と貴族は、もう何年も、ベラドンナ王国に圧力を掛けられてきた。奪われ、間接的に支配されることに慣れてしまっている。
必要なのは、認識を変えるに相応しいだけの大きな権力の介入だ。
クレオーメ帝国との軍事同盟には、それだけの意味がある。
大陸最大のクレオーメ帝国が、アベリア王国の自治を保証した上で守ってくれるのだ。
ベラドンナ王国がアベリア王国を含む周辺諸国に横暴に振る舞ってくれたおかげで、エヴェラルドが思っていたよりも早く話がまとまった。
アベリア王国がベラドンナ王国に吸収され、ベラドンナ王国と隣国になることを、クレオーメ帝国は望まない。
エヴェラルドはちらりと時計に目を向けた。
「まず、王妃シルヴェーヌの国費横領につき──」
資料を広げて話し始める。
エヴェラルドの可愛い妹と大切な友人のためにも、引き延ばせる限り引き延ばさなければならない。
皆の幸福な未来は、この場では今、エヴェラルドにかかっているのだ。




