12章 まだ走れる
◇ ◇ ◇
アベリア王城に辿り着いたクラリッサ達は、強固な護りを維持されている正門を馬に乗ったまま突破した。
剣を向けようとした騎士達は、先頭にいたのが王女であるクラリッサだと気付いて混乱する。
後を続く騎士達もアベリア王国の騎士服を着ていたため、慌てて剣を腰に戻した。
クレオーメ帝国のラウレンツが入城したことに気付いた者は誰もいない。
「案外ばれないものね」
「……これは仕方がないと思うよ」
ラウレンツはクラリッサのすぐ斜め後ろを馬で駆けながら呟いた。
ラウレンツは、アベリア王国近衛騎士団の上着を借りて羽織っていた。
代わりに、本物の騎士の一人がベスト姿だ。
馬で突破したのだから、クラリッサ達を視認したのは数秒のこと。服装で判断するのも仕方がないだろう。
「議場はこっちよ。急ぎましょう!」
騎士達に守られながら貴族議会が行われている議場前に辿り着いたクラリッサ達は、そこで足止めされることになった。
アベリア王国の騎士達が、クラリッサ達に剣を向けている。
クラリッサはしっかりと立ち、騎士達を睨み付けた。
「──そこを通しなさい!」
「何者も通してはならないと命じられております」
騎士達の目には確かに殺意が宿っている。
それを向けられているのは、隣に立っているラウレンツだ。
クラリッサは眉間に皺を寄せた。
「……貴方達も、この国の騎士ではないのね。ここまでの腐敗を放置してきたお父様に、心から失望したわ」
国の中枢たる貴族議会を守っているのが異国の人間など、実質包囲されているのと同じことだ。
それを見逃した国王は、なんと無能で愚かだろう。
ゆっくりと息を吐いて、微笑んだ。
もう土埃で汚れが付いている赤いドレスの裾を、この国の誰よりも優雅にふわりと持ち上げる。
「ありがとう。おかげで最後のためらいも無くなったわ」
クラリッサはこれまでで最も酷薄な笑みを浮かべて、指示を出す。
「──ここにいる、アベリア王国の騎士を騙る不届き者を、全員牢に入れなさい!!」
瞬間、騎士達の剣が交差した。
抜き身の剣がぶつかり合う鋭い音が周囲を包む。
ラウレンツも右手で剣を抜き、クラリッサを守るように前に立った。
「クラリッサ。まだ走れる?」
「ええ、勿論よ」
しっかりとした返答にラウレンツの口角が上がる。
「なら、急ごう」
ラウレンツは襲い来る敵の剣を右手だけで受け流しながら、痛むはずの左手でクラリッサの手を引いた。
騎士達が扉への道を切り開こうと援護してくれる。
クラリッサとラウレンツは、身体ごと扉にぶつかるようにして議場の中に飛び込んだ。
突然開いた扉と、同時に聞こえた剣戟の音に、議場内に緊張が走る。
クラリッサは慌てて内側から扉を閉めた。
ラウレンツも剣を鞘に収め、武力を行使する意図がないことを示す。
クラリッサはくるりと振り返り、王太子の席で立ち上がり書類を掴んでいるエヴェラルドに向かって微笑んだ。
「お待たせいたしました、お兄様。ご希望のもの、お持ちいたしましたわ」
「クラリッサ……!」
エヴェラルドが安心したように名前を呼び、クラリッサとラウレンツのぼろぼろの姿に目を見張った。
ラウレンツがまっすぐに歩き、貴族議会に出席している全員が見える証言台に向かう。
通常、審議のために証人等を呼び出すときに使われる場所だ。
辿り着いたラウレンツは貴族達に対して一礼し、騎士から借りていた上着を脱いだ。
着ている服は、町人のような粗末なものだけ。しかもところどころ擦り切れ、血まで付いている。
「──クレオーメ帝国より、軍事同盟の提案に参りました。クレオーメ帝国フェルステル公爵、ラウレンツと申します」
これまでで一番の困惑の声が上がった。
ラウレンツは、それを表情一つで黙らせ、口を開く。
「条件は王太子であるエヴェラルドへの王位継承と、ベラドンナ王国の介入排除の二点のみです」
「随分と破格の条件ですが……何故そのような同盟を?」
演技がかった態度でエヴェラルドが言う。
ラウレンツはエヴェラルドに向かってではなく、貴族達に向かって答えた。
「この国で、クラリッサは様々なものに抑圧されていました。愛しい妻の憂いを取り除くため、故国を守ってやりたいと願うのは当然のことです」
クラリッサは両手で口元を覆った。
当然、政治的な理由をはっきりと言うわけにはいかないからという理由の方便だろう。
しかしそれでも、愛しい妻、などという呼称が自分に使われたことが嬉しくて仕方ない。
ラウレンツはみすぼらしい服装でありながら、クレオーメ帝国の皇族であることを少しも疑わせない堂々とした気品ある態度で、微笑みすら浮かべながら同盟書を読み上げた。
皇帝のサインが入っている頁を見せられてしまえば、否を言える者は一人も残っていない。
エヴェラルドが立ち上がり、語りかける。
「さて、国王陛下。この裏帳簿を見る限り、少なくとも王妃の行いを知っていたことは否定できませんね。その上で、ベラドンナ王国に言われるがまま差し出すだけしかしなかった貴方が、これ以上その椅子に座り続けることに意味はあるのですか?」
一歩、一歩。
エヴェラルドがラウレンツに歩み寄っていく。
「──私は、そのような国王は国のためにならないと考えます。さあ、国民の意見を代弁する、誇り高きアベリア王国の貴族達が集まるこの場で、しっかり審議するとしましょう」
ラウレンツの隣に立ったエヴェラルドが、勝利を確信した笑みを浮かべる。
審議には、三十分もかからなかった。




