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きまじめ悪女の薬箱〜初恋の皇子様に嫁ぎましたが、彼は私を大嫌いなようです〜【書籍化・コミカライズ決定】  作者: 水野沙彰
第1部

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6章 無駄では無かったの

「──ここに書いておけば、忘れても見れば良いの。やらなきゃいけないこと、料理の作り方……お菓子や薬のような正確さが求められるものは、余計に大事ですね。細かい分量を覚えているのは難しいことだから」


 クラリッサは子供達の顔を見る。


「覚えておきたい素敵な景色を描いておけばまた思い出せるわ。文字が書けなければ絵で記録をしても良いと思います」


 貴族や皇城で働く官吏は当然のようにやっていることだ。

 商人も、紙とペンがなければ仕事にならないだろう。


「でも文字を知っていれば、より早く簡単に記録できます。計算ができれば、料理や薬もより正確に作れるでしょう」


 知識を詰め込もうとしても、本人に使うイメージがなければ実にならない。

 クラリッサは、アベリア王国でドレスを換金して寄付していたときからずっと、もし自分が許されるならばこんな授業をしてみたいと考えていた。

 実現できている今、子供達は授業が始まったときと比較して、目が輝いている。


 あの頃考えるばかりだった時間は無駄では無かったのだと、クラリッサは嬉しくなった。

 その表情は柔らかく、とても悪女と呼ばれていたなどとは誰も思わないほど美しい。


「──さて、授業を始めましょうか」


 子供達の多くが早速配られた鉛筆を持ち、ノートを広げている。

 クラリッサは、まずは名前を書くところからだと、黒板に文字を書き連ねた。





 授業は大成功だった。

 途中から見に来た神父は真剣に授業を受ける子供達に驚いていたし、クラリッサも手応えがあるように感じていた。

 問題があるとすれば、子供によって学力の差が大きすぎることだろうか。


「こんなに多くの子供達が真面目に勉強をしているところなど、この教会で初めて見ました。ありがとうございます」


 神父は、クラリッサに感謝の言葉をくれた。

 聞くと、望む子供にはできるだけ教育をしようとしていたが、少ない職員と日々の忙しさから、難しい状態が続いていたのだそうだ。


 クラリッサは嬉しくなって、可能な限り毎週来ると約束をした。

 教会での授業は毎週生徒数を増やし、子供達は文字や計算、絵画に文学と、それぞれにできることを増やしていく。

 クラリッサは楽しくて、元からあった悪女の噂がレベッカ達によって強化されても無視して、通う孤児院を三か所に増やしていった。


 授業が終わると、クラリッサは必ず孤児院の子供達と遊ぶ時間を取った。

 やがてクラリッサが薬草学に詳しいと気付くと、積極的に質問してくる子供が増えた。


「あのね、こっち。来てほしいの」


 女の子に手を引かれて連れて行かれたのは、孤児院と教会の裏だった。

 大抵の孤児院では、土地として所有していても管理しきれず荒れさせていることが多いところだ。

 しかしそこには、立派な畑と温室があった。


「っまあ……すごいわ!」


 クラリッサはそれを見て目を輝かせた。

 孤児院で食べる野菜を育てる畑はこことは別にある。その畑と温室で育てられていたのは、全て薬草だった。

 町の中に立派な薬草園があるのだ。


「リュウノウギクにアロエ……こっちにはコノテガシワの木まで。ここのダイズとキキョウは薬用なのね……」


 クラリッサが名前を挙げた以外にも様々な薬草となる草や花が植えられている。それらはどれも子供達によって手入れされているようだ。

 クラリッサを連れてきた女の子が、上目遣いに見上げてくる。


「ここにある葉っぱの名前、教えてほしいの」


「名前?」


 クラリッサが聞くと、女の子はこくりと頷いた。


「お薬を作るのに使うんだけど、いつも忘れちゃうから。書いておきたいな、って」


 女の子はそう言って、ポシェットからノートを取り出した。

 クラリッサはそれを見て驚いた。

 クラリッサが授業をするようになってから二か月で、女の子のノートはもう三冊目になっていたのだ。


「見せてくれる?」


「……恥ずかしいけど、いいよ」


 ノートを受け取って、一冊目からページをぱらぱら捲る。

 最初は文字に見本がぎこちない筆跡で書き写されているところから、練習を重ねたのかどんどんきちんとしたメモになっていく。

 二冊目からは皆で作っている薬の手順が簡単な絵と共に書かれるようになっていた。


「すごいわ」


「そんなことないよ。ヘレナとカルラもやってるから」

 どうやらこうしてノートを使っている子はこの子だけではないらしい。

 クラリッサが想定していた通りの使い方だ。


「……そうなの」


 目頭が熱くなる。

 せっかくここで薬を作っているのに、孤児院の中だけで終わってしまうのは勿体ないと思っていたのだ。

 できるならば、子供達が大人になってここを出て行くときに、確かな知識を持っていてほしい。そうすれば、薬師としてでも身を立てていくことができるかもしれない。

 ラウレンツもそう考えていたのかもしれないが、あのままでは記録がない分記憶頼りになり正確性が担保されなかっただろう。


 少しでも、クラリッサがラウレンツの力になれていたら良い。

 溢れてしまいそうな涙をぐっと堪えて、クラリッサはノートを女の子に返した。


「教えてあげるから、他の子にも声を掛けてみて。知りたい子皆にお話ししたいわ」


 女の子はノートをぎゅっと握って、嬉しそうに笑った。

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