6章 本当にすごいわ
「ここでは何を?」
「領主様の取り組みで、敷地内で栽培した薬草を処理しています」
「薬草を?」
クラリッサは距離を詰めて、子供達の手元を確認した。
テーブルによって作業をしている物は異なるようだ。
手前のテーブルではまさにクラリッサが先日使ったビワの葉を乾燥させたものから裏の毛を取り除いている。その隣では、もう少し上の歳の子供達がヤドリギの葉を細かく刻んでいた。
奥では子供達が何かの花を煎じているようだ。
「すごいわ……」
クラリッサは息を呑んだ。
アベリア王国からクラリッサの兄であるエヴェラルドがクレオーメ帝国に留学してから一年と少し。
それまでクレオーメ帝国では国家資格を得た医師による外科手術や、精製された高級な薬品を使った治療が基本だった。
しかし技術は皇都に集まり、地方医療がおざなりにされていた。
そこからたった一年と少しで、ラウレンツは自領内で薬を作る仕組みを作り上げようとして実際に動き出している。
感動したクラリッサは両手で口元を押さえる。
「本当にすごいわ。これなら、きっと仕組みが実現するのもそう遠くなく──」
「お前! だから、そうじゃないって言ってんだろ!?」
男の子の怒ったような声がする。
驚いたクラリッサが声の方に顔を向けると、そこでは二人の男の子が秤を前にして言い争っていた。
「でも……だって少ない気がするんだ」
「じゃあこれはなんなんだよ!」
「う、うーん……なんでだろう?」
気になったクラリッサは、二人の前に歩み寄り手元を覗いた。
秤の片側には分銅が、もう片側には薬包紙の上に何かの粉末が置かれている。
「なんでだろうじゃねえ──」
「ねえ、どうして言い争ってるの?」
クラリッサは二人の間にひょいと顔を差し込んだ。
夢中だったところに、突然簡素な服装をしていても見るからに高位貴族という見た目の女性が現れたことで、まごついていた方の男の子がひぇっと息を呑む。
威勢が良い方の男の子がクラリッサを睨んだ。
「あ? お貴族様には関係ねえだろ。今忙しいんだよ」
「こら、アル!」
「構いませんよ、神父様」
慌てて叱ろうとした神父を制して、クラリッサは秤の前に立った。
「ねえ、貴方。少ない気がする、って言っていたけれど、これのことかしら」
「は、はい。そうです」
乗せられている分銅は十グラム。反対側に乗った粉末は、確かに量が少なく見えた。
「そうね……十グラムには見えないわ」
「で、でも。ヨハンもそう言うけど、秤は釣り合ってんだろ! ならこれで──」
「これ、薬包紙を乗せた状態で釣り合わせているかしら」
クラリッサはそう言って、金属製の秤に触れないように気をつけながら薬包紙ごと粉末を取り上げた。反対側からはピンセットを使って分銅を下ろす。
何も乗っていない秤は、ぴったり水平に釣り合っている。
「粉末の重さを量りたいのなら、薬包紙を乗せてから秤が釣り合うように調整しないと」
クラリッサは粉末を調薬用の皿に戻して、薬包紙だけを秤に戻した。傾いた秤のダイヤルを回して、左右が水平になるようにする。それから反対側に分銅を戻す。
「あ……」
アルと呼ばれていた威勢が良い男の子は、その違いに目を見張る。
クラリッサがスプーンで掬った粉末を薬包紙の上に乗せていくと、先程の倍程度の量の粉末がそこに乗った。
「秤はあまり普段から見るものではないから、使い方が難しいかもしれないわ。でもこれが使えないと、薬草を計ることもできないから。頑張ってね」
「はい。ありがとうございます」
ヨハンと呼ばれたまごついていた男の子は、クラリッサに恥ずかしそうに礼を言った。
そんなヨハンが気に入らなかったのか、アルが顔を赤くする。
「あっ、おいヨハン! 何良い子ぶってるんだよ!」
「教えてもらったら、お礼を言わなきゃいけないんだよ」
「んなこと知ってるけど! このよく分かんない貴族の──」
これ以上聞いていられないと思ったらしい神父が、ぱんと両手を打ち鳴らして二人の会話を遮った。
クラリッサはそんなことはしないが、アルの言動は貴族への侮辱行為とされる危険がある。
何か事情があるのかもしれないが、神父としてもまだクラリッサがどのような人間か分からない以上、これ以上アルを放置できない。
「そこまで! この方はフェルステル公爵様の奥様です。礼節を守ってください」
アルとヨハンがぴたりと動きを止めた。
クラリッサは子供相手ながら居心地の悪さを感じて苦笑する。この孤児院の薬草学の実践を見て気付いていたが、どうやらラウレンツはここによく来ているらしい。
黙って成り行きを見ていた周囲の子供達まで、クラリッサに注目している。
「……こ、こんにちは」
スカートを軽く摘まんで挨拶をすると、クラリッサはすぐに子供達に囲まれることになった。
その勢いに驚いて、クラリッサは慌てて近くにあったガラス板で粉末が乗った皿に蓋をする。
「領主様が結婚したのって、お姉さんなんですか!?」
「すっごく綺麗な人! 流石領主様って感じ」
「薬草詳しいんですか?」
「私にも教えてください!」
一歩引いたクラリッサの周りには、さっきまで真剣な様子で薬を作っていた子供とは別人のような子供達が瞳をキラキラさせて集まっている。
おそらくアルとヨハンの諍いを怒らずに仲裁したことで良い人だと認識されたのだろう。ラウレンツが良い領主としてここに来ていることも関係しているに違いない。
しかしクラリッサは、こんな目を向けられたことがこれまでに一度もない。
どうにか引き攣った笑顔を浮かべるが、返事がすぐ見つからなかった。
「あ、私は、その……」
これまでどんな社交の場でも、こんなに言葉に詰まることなんてなかったのに。そんな自分に驚いて、なんだか恥ずかしかった。
「ああ、もう。皆さん。……仕方ありません。片付けたら少し早いですが、自由時間にします。良いですか、先に片付けですよ!」
神父が諦めたように言う。それからクラリッサに目を向けて、頭を下げた。
「申し訳ございません。一度あちらの部屋でお待ちいただいてもよろしいでしょうか」
クラリッサがここにいては収拾が付かないだろう。手伝いたい気持ちもあるが、薬を扱っている以上、本来中途半端に手を出すのは良いことではない。
「勿論です。私のせいでごめんなさい」
「こちらこそ、奥様がお嫌でなければ良いのですが……」
神父の言葉に、クラリッサは首を左右に振った。




