自分「まなみ」
私の両親は幼いころに事故で死んでしまったみたいだ、
みたいだと言うのは小さいころからお父さんとお母さんは物語の中の登場人物と一緒だった。
私のお父さんとお母さんはおじいちゃんとおばあちゃんだ
「まなみのすきなパンケーキを焼いたからおいでー」
おばあちゃんは、私の好きな事や物をぜーんぶしってる
「まなみ!おはしはちゃんと持ちなさい」
「こう持てばいい?」
「おっ上手になった」
おじいちゃんは厳しいけれど、とてもやさしい、そして物知り
そんな環境だったからか本当にそれが普通だった
だけど、物語の登場人物であってもお父さんとお母さんには会ってみたかった
あるときおばあちゃんと二人の時に質問したことがあった
「おばあちゃん」
「なあに?」
「お父さんとお母さんってどんなかな?」
「お父さんとお母さんはとても愛し合っていたわ」
「それは何回もきいた、会う事は出来ないの?」
「そうね、会う事はできないけれど、いつか話すことが出来るようになるかもしれないわね」
「えっ生きているの?」
「生きていないわ、事故で死んでしまったって言ったでしょ」
「おばあちゃんの嘘つき!!!!!!!」
泣きながら走っておばあちゃんから遠ざかるまなみ
あれはきっと、わたしを慰める為に言ってくれた優しさだったんだと最近になって気が付いた
なぜならおばあちゃんのいう事はいつだって私の為だった
なんにも考えていない私に道を示してくれる
勉強もおばあちゃんが教えてくれたからこそ主席だった
友達もおばあちゃんが認めてくれたゆずきは最高の友達だ
スポーツだっておばあちゃんは見ただけで修正したほうが良い事を瞬時に教えてくれる
上位とは言えないけれど一通り人並以上にできるようになった
ちょっと気になると言えばおじいちゃんがおばあちゃんにたいして少しよそよそしくなった様な気がする
気のせいかもしれないけれど、だけど気になるのもそれくらいの些細な事だ
おばあちゃんは授業参観にくると、いつもおかあさんとまちがえられるほど綺麗で自慢だ
中学校でもおばあちゃんが進めてくれていた部活に入部する事が出来たし満足している
いつもあしたは何をしたらいいのかと楽しみだ!
今現在の人は、元々そのような人である人もいるけれど、違う人もいる、その人を形作る背景があるという様な章でした、後に続きます。




