時の戦士
時は過去を横糸に、未来を縦糸にして、いまを織り上げる。いま、サパタは小さな農場のそばまでやってきていた。日干し煉瓦の塀で小さな屋敷を囲ったその場所は東と北がトウモロコシの畑になっていて、開きっぱなしの門の先には小さな広場があり、教会の前で銀のボール付きバトンを手にした儀仗兵とラッパ手、それにカーキ色の軍服を着たに二十人の兵隊が整列していた。ヘスス・グアハルトは馬にまたがって、門の前にいた。顔立ちの美しい将校でデンマーク製の整鬢油で念入りに端を跳ねさせたカイゼル髭をしていて、汗のかわりに香水をかいてそうな、洗練された都会の若者だった。
「将軍」グアハルトは敬礼した。「お越しいただき、光栄です。信頼には必ずこたえます。メキシコのために戦いぬく所存です」
「そうか」サパタはそうこたえただけだった。
それからグアハルトは巧みに言葉を使って、サパタとともにやってきた護衛の騎兵二十人を外に待たせた。門のそばには馬糧が積んであり、そこで馬に食べさせたらいいと。だが、護衛たちが門の外で待ったのは他ならぬサパタが、外で待つように言ったからだ。おれは自分が死ぬ日が分かっている。サパタの言葉が思い出された。
「扇。お前だけ、ついてきてくれ」
そう言われると、扇は馬の腹を軽く蹴って、農場のなかに入っていった。教会の前には年老いた農民が何人かかたまって、トウモロコシの皮の煙草をかわりばんこに吹かしていた。パナマ帽に襟のないシャツ姿のレバノン人が黒いこうもり傘を差して、懐中時計を腕時計にできる特許出願中の革ベルトを小さなテーブルに並べていた。
「旦那。革のベルトだよ。懐中時計なんて時代遅れだ。なあ、旦那」
レバノン人はよれよれの革の切れ端を手に高くかかげたが、サパタが買わないと見ると、今度は扇に絡んできた。扇はサパタから目を離したくなかったので、適当に銀貨を一枚投げた。レバノン人は革ベルトを扇の手首に巻くと、銀貨を拾って、自分の売り台へ戻っていった。
「さあさあ、革のベルトだよ。懐中時計があっという間に腕時計だ」
広場へ通じる小道には兵隊が整列している。
サパタはグアハルトと馬首を並べて、兵士たちのあいだを進んでいった。
「捧げ銃!」
儀仗兵が叫び、ラッパが鳴る。襟に交差した大砲の徽章をつけた兵隊たちが二十丁のライフルが高々と捧げ持った。トウモロコシ皮の煙草が老人の手から落ち、レバノン人が突然、テーブルの上の売り物を袋に詰め始めた。
次の瞬間、グアハルトが拍車をきかせて馬を蹴って走り出し、捧げられた二十丁のライフルが残ったサパタに一斉射撃を浴びせた。先ほどまでどこにいたかもわからない、黒いスカーフを頭に巻いた老婆が大声で叫んだ。「死んじまった! 死んじまったよ!」蜂の巣にされたサパタが地面にぶつかるより先に扇は鞭をふるって走り出した。咄嗟にふり返った兵隊がふたり、アッと声をあげた。ひとりは馬蹄にかかって肋骨を踏み折られ、もうひとりは馬体をもろに食らって五メートルも弾き飛ばされて、カスティーリャ産のアレッポ松にぶつかって首の骨を折った。遅れた銃声を背中に残し、扇はサーベルを抜くと、柄を投げ槍のように持ち、逃げるグアハルトの背中へ投げつけた。貫いた切っ先がみぞおちから突き出て、グアハルトは鞍から高々と放り出された。屋敷の柱廊にはテーブルクロスを敷いたテーブルとワインボトルがあり、サパタの亡骸を置いて酒の肴にするつもりで大きなベッドが用意されていた。グアハルトは期せずして、そのベッドに自分が倒れることになった。扇は馬から飛び降りると、砂埃にまみれながら転がり、バネ仕掛けのように飛び上がり、刺さった剣をねじりながら抜いた。ぐいっと内臓とベッドのスプリングが動いて切れる感触。そこで扇は自分がとんでもない間違いをしでかしたことに気がついた。カンパニーの時間を操る術。それをきかなければいけなかった。グアハルトを蹴飛ばして仰向けにするが、グアハルトは整っていた顔を無様に歪ませ、口いっぱいのどす黒い血を吐き出して、絶命していた。さらに間違い。サパタを殺した兵士たちが十人以上、扇を狙っていた。ブッチが運転する復刻モデルの黄色いキャデラックがなければ、扇はどうなっていたか。
「すげえ! ここ、マジでメキシコ? すげえ!」
兵士たちを次々とはねながら、ハンドルをまわし、門目掛けてアクセルを踏み込んだ。
硝煙を貫くまばゆい光に包まれて、第八区の道路に戻った。ブッチが言うにはハンツマン通りのいつもは買わない売人から買ったハーブを試しながらキャデラックを運転していると、気づけばメキシコにいたのだという。
「なんかよ。教会って苦手だからさ、ハーブキメてラリラリで運転してたらさ、戻らないといけない気がしたんだ。どこにかは分からないけど、扇がヤバイことに足突っ込んでる。助けられるのはお前だけだって、クールな声が知らせてくるんだよ。それでさ、おれ、アクセル全開にしたら、あのメキシコにいたんだ。これってすげえよな」
教会に戻ると、ドアの前に司祭が待っていた。
「戻ったな。時の戦士よ」
「扇だ。おれはそんな呼び名の人間じゃない」
「だが、お前は確かに時とともに生きた。そして、全てを知った」
「……尋問はできなかった。やつは死んだ」
司祭はにっこり笑って、一枚の古い写真をジャケットの内ポケットから取り出した。それは水浸しの遺跡をバックに撮られた写真だった。そこにはサパタと確かに一緒に扇が写っていた。




