邂逅
コルシカ島出身の、口ひげを生やした小柄な男がグレイの中折れ帽、グレイのスーツといういでたちで第四地区のカンカン・ムーサ通りを車で流していた。特にぱっとしない、よく見かけるルースター・セダンだ。六十三号アパートの前に白人至上主義のストリート・ギャングの一団を見つけると、そこで車を停めた。ギャングたちはだぼっとした服で南部連合旗のキャップをかぶり、一人はレイプで指名手配されていた。彼らはコルシカ男を睨みつけた。彼は浅黒い顔をしていたのだ。
「ここはニガー立ち入り禁止だぜ」にきび顔のレイプ魔が立ち上がった。
「おれはニガーじゃない。コルシカ人なんだよ」
「は? どこの地区だよ、コルシカってのは」
「ナポレオンが生まれた島だ」
「誰だよ、ナポレオンって? そういや、そんな名前のニガーのチンポコを切り落としたことがあったが、てめえ、そいつのホモダチかなにかか?」
「きみらのなかで一人、レイプでパクられそうなやつがいるだろ?」
レイプ魔の顔が年相応の不安を一瞬だが見せた。「てめえ、サツかよ?」
「ただのコルシカ人で、耳のコレクターだ」
マグナム弾が至近距離で二発撃たれ、レイプ魔の腹と股間が破裂した。他のギャングたちは慌てて建物のなかに逃げた。コルシカ人は〈サンチョ・パンサ〉のキャンプ用品売り場で一本三クレジットで売られている折り畳みナイフと白いハンカチを出すと瀕死のレイプ魔の左耳をつまみ、ナイフを耳の付け根に当てて、手慣れた慎重さでゆっくり切った。切り損じて耳たぶを台無しにしたくなかったのだ。切った耳たぶはハンカチに包み、ポケットに入れた。立ち上がった瞬間、銃声がして、さっきまでコルシカ男の頭があった空間をライフル弾が横切った。六十三号アパートのどこかの窓からレイプ魔の仲間が撃っているのだ。コルシカ男はマグナム銃で三階の窓に狙いをつけた。黄色く濁った電球の光が遮られ、長い銃身が見えた瞬間、撃った。轟音がして、窓ガラスに血が飛び散った。
コルシカ男は車に戻ると、急発進してカンカン・ムーサ通りを離れた。コルシカ男は思わず笑ってしまった。白人至上主義のガキがカンカン・ムーサ通りにいる。ナポレオンを知らないくらいだから、中世アフリカの偉大な大王カンカン・ムーサのことももちろん知らないだろう。やつらに教えてやればよかったと思い、切り取った耳をダッシュボードに置き、カンカン・ムーサがアフリカからメッカへ巡礼に向かうその道中で、気前よく黄金をばらまいたので、金貨が文鎮くらいに値下がりした話をした。コルシカ男は第四地区を出たところで一度、パトカーに止められた。コルシカ男は素直に免許証と登録証を見せた。警官は間違いなくダッシュボードの上にある血まみれの耳を見たはずだし、後部座席にサイレンサー付きのサブ・マシンガンや手榴弾、山刀が詰まったバッグがあるのも見たはずだったが、なによりコルシカ男の目のなかに居座る永久凍土を見た。そして、警官は見なかったことにした。コルシカ男は車をゆっくり発進させると、第六地区へ向かった。
ロッド・ヒルが遠くに見える。第六地区のサウス・サイドでバラクーダ・ジミーを見つけた。オリーブグリーンのセーターにクリーム色のジャケットときめているが、あばただらけの顔は細長く、ずんぐりとした体と不釣り合いだった。バラクーダ・ジミーはデパルマ・ファミリーの組員で高利貸し稼業を走らせていていた。その取り立てと金を返さないものへの制裁で恐れられ、人喰いカマスのあだ名を頂戴していた。バラクーダ・ジミーは利子をたっぷりチャージした電子決済用指輪を光らせながら、菜食主義者の料理センターから出てくるところだった。公営カジノの転がる巨大サイコロのホログラムが目の前に現れたのに驚き、スムージーをこぼしかけた。ベジタリアンの人喰いカマス? これは高利貸しのあいだでしか通じないジョークかなにかなのだろうか。バラクーダ・ジミーの事務所の近くで車を停めて、事務所に入ると、夜勤の事務員がいた。四十代くらいの金髪で、鏡を見ながら抗齢手術の成果がどれだけのシワを地獄送りにしてくれたかを熱心に確認していた。
「女が男に手鏡を見る姿を見せるべきじゃないと思うんだがね」
「はい?」女は顔を上げた。
「だから、手鏡で自分の顔がどうなってるか、男の前で見せるのはハッカーにパスワード教えるようなものだと思うんだ。そういうのは水面下の努力ってやつだろう?」
女は別にあなたに見られても構わないのだと傲慢なところを少し見せてたずねた。「御用件はなんですか?」
「ちょっと用立ててほしいんだ」
「では、こちらの用紙に必要事項をご記入ください」
「ちょっと待ってくれ。必要事項?」
「はい」女はますます横柄になっていく。
「そんなのってあるのか? ここはマフィアの金融事務所だろう? そんな必要事項なんて紙に書くくらいなら初めから銀行に行く。それができないからここに来ているのに、必要事項だなんて。バラクーダ・ジミーに会わせてくれ。ちょっと言っておきたいことがある」
「ミスター・カッリエッラはどなたともお会いしません。それと親しい友人でもないのに、バラクーダ・ジミーと呼ばれれば、ミスター・カッリエッラはきっといい顔はされないでしょう」
「おれはバラクーダ・ジミーの生き別れの兄なんだ」
「あまり似ているように思えませんが」
「確かにおれのほうがハンサムだからな」
「どうぞお帰りください」
コルシカ男はマグナムを抜いて、抗齢手術の恩恵を受けた顔に銃口を突きつけた。
「ジミーのもとに案内してくれ」
「お、お、お金なら、そこにあるから、持ってって」
「金はいらない。ジミーの部屋へ」
奥の廊下の指紋認証ドアを受付女の指紋でロックを解除した。そこはシャワー・ルームだった。ということは受付女はバラクーダ・ジミーの愛人かなにかだ。ドアを開けると、湯気と一緒にフルーツ・マンの下手くそな歌がきこえてきた。驚いたことにジミーは風呂にも銃を持ち込んでいた。咄嗟に受付女を引き寄せて盾にすると弾が命中するたびに女の体がぶるぶる震えた。頭に二発撃ち返すと、シャンプーハットに薔薇の花が咲いた。シャワーの元栓を閉め、血と脳漿が排水口に吸い込まれる音をききながら、コルシカ男は泡のついた左耳をそぎ落とし、新しいハンカチで包んだ。
女が一人巻き添えで死んだのはいい気がしなかったが、今だって世界のどこかで難民ボートが沈没して大勢の女こどもが死んでいる。世界は女子どもに優しくできてはいないのだ。第五地区のチャイナタウンまで行くと、五丁目とジェネラル・グェン通りにあるアジア系のストリート・ギャングのたまり場〈ロウ・チン・ビリヤード・ホール〉の前で停まり、そこで車を降りた。フカヒレ・スタイルの髪形と蠢く入れ墨のランニングシャツ姿の痩せた少年が店の入り口にやってきて、にやりと笑った。
「なんだよ、おっさん? ヤクでもほしいのか?」
コルシカ男が言った。「いや、どこの床屋に行けば、そんなかっこいい髪形にしてもらえるのかなと思っただけだ」
少年はベルトに差していた九ミリに手を伸ばした。「てめえ、ふざけてるのか?」
トトトッ。小型バイクが発進するような音がして、自慢のフカヒレ・ヘアが頭のてっぺんと一緒に吹っ飛んだ。少年が倒れると、コルシカ男はサイレンサー付きのネオ・ウージーを手にぶらぶらとさせて、〈ロウ・チン・ビリヤード・ホール〉の入り口ドアを開けた。階段を降り、漆喰と一体化したポスターが続く廊下を歩いた。奥のドアの前でスキンヘッドのギャングがイヤホンで音楽をききながら雑誌を読んでいる。そばにショットガン。パシュ! ドアを開ける。ギャングが四人、一人は小太りなトライアドの組員で、ビリヤード台の上に真っ赤な錠剤――覚醒剤の袋詰めが置いてある。トライアドが銃に気づく。
「おい、あんた、やめ――」
トトトトトトトッ。左から右へ。こわばった体が次々と倒れ、コルシカ男はトライアドの耳を削いだ。覚醒剤をいただいて、生死不明のギャングたちにもう一連射浴びせると、いいかげんな鼻歌を鳴らしながら、外に出て、車で第七地区に向かった。第五地区の反対側で爆発が起きたらしく、低い地鳴りのようなものがきこえた。チャプスイ・ストリートの七十七号ビルに着くと、〈ザ・トラブルズ〉の前にはフィギー・カランが待っていた。
「よお」
「やあ」
「今日はどうも調子がよくねえや」
「何件だ?」
「二件だ。ニガーとイタ公」
「あの爆発は?」
「トミーの新作、ソフトクリーム爆弾。唾液が起爆成分になってて、なめると爆発。そっちは?」
「中国人とイタリア人と白人至上主義者。三件だ」
「ちぇっ。ほら」
フィギーは賭け金の五十クレジットをコルシカ男の手に叩きつけた。
「飲んでくか?」
「いや、耳をしまいたいから帰る。ビッグ・ママによろしく」
フィギーは〈トラブル〉でランディラを頼んで、いつものカウンターの隅に座った。テレビはハーリングの試合中継を流している。紫苑とアンデレが現れたのは選手たちがハーリングのラケットを武器にして原始時代の戦争をおっぱじめたあたりだった。七十七号ビルの上の階に行くには〈トラブル〉のなかを通らないといけなかった。その姿はビッグ・ママの目に入ったし、フィギーの目にも入った。
「おい、セン! どうしたんだ? おめえ、ちょっと見ねえうちに縮んだな? 後ろのヒッピー野郎は? なんか、怪しげだなあ。ダチは選んだほうがいいぜ」
いつものフィギーならアンデレに喧嘩をふっかけて、内臓を全部取り替えないといけないくらいの重傷を負わせただろうが、いまはハーリング撲殺大戦争から目を離したくなかったので、そのまま通らせた。七〇七号室のドアの前に立つと、紫苑は気配を感じた。あのカンパニーがなかにいる。ドアに鍵はかかっていない。なかに入ると、殺意と亡霊の圧を感じる。扇は紫苑に背を向ける形でソファに座り、アニメをつけっぱなしにしている。首を動かして、ちらりと紫苑のほうを見ると、太陽の向きが変わり、しぶしぶ動く猫のように立ち上がり、刀を手に取った。まるで鏡を見ているようだった。服も目の色もそこに宿る殺気も同じだった。哀しかった。お互いに相手を殺すことは己の半分を殺すことだと分かっていた。それでもカンパニーについて、よからぬことが起きていて、それを止めるには相手を殺すしかないのなら、ためらうつもりはなかった。二人はお互い、同じタイミングで鯉口を切った。時間が青い影を浮かび上がらせ、音は引き伸ばされた。ここが静かな森かなにかだったら、枝の鳥がいっせいに飛び立ったり、繊細な小鹿が耳を立てて不安げにあたりを見回すだろう。だが、スラム街には時間の動きを機敏にとらえるものが極端に少なかった。森と都市では時間の動き方は異なっていたし、人は時計を見る以外のやり方で時間を感じようとしなかった。紫苑と扇は刀の柄に手をかけた。刀を通じて知る時間はいつだって物悲しい納刀で終わる。カンパニーの呪縛は二人を離そうとしない。
地鳴りがした。それは操作された時間の壁に穴を穿つ巨大な質量。ビッグ・ママがビニール袋にビール数本にストロベリー・ソーダを入れて、階段を上ってきたのだ。




