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ハシゴを降りた先は病院の死体安置室のようだった。汚れたストレッチャーがあったせいだろう。部屋にはへこんだロッカーが並び、タイル床にはところどころ水たまりができていた。案内役のティーン・ニンジャはロッカーの扉のひとつを開けた。そのなかは細い廊下に通じていた。鉄製の籠に守られた裸電球が五メートルごとに一つブーブーと点滅していて、見張り役らしいティーン・ニンジャが腕組みをしたまま暗視ゴーグルをつけ背筋をぴんと伸ばして立っていた(たぶん最高にかっこいいと思われているニンジャのたたずまいなのだろう)。ニンジャ同士は一切言葉を交わさず、手話のようなもので意志のやりとりをしていた。そこで、案内役がうっかり忘れていたのか、紫苑に黒いマスクを渡して、それをつけるように仕草で命令した。
案内されたタイル張りの地下ドームはティーン・ニンジャのプレジャー・ランド、ニンジャ文化センターの震源地だった。そこに用意されたゲームセンター用筐体機は新作からなつかしの作品までありとあらゆるニンジャ・ビデオ・ゲームを網羅していて――『ザ・シノビ』『コールド・キル』『スラッシュ・カタナ・バクモ』――、本棚にはニンジャ漫画とニンジャ・アニメのビデオテープが全巻そろっていた。いま、プロジェクターに上映されているのは1918年、世界で初めて製作されたニンジャ・アニメ『くぐり丸の冒険』に三味線と尺八で効果音をつけた代物でティーン・ニンジャはもちろん純粋なアニメマニアや文化史学者のあいだでも聖ペテロの死体みたいに崇められている作品だった。
一言も言葉を発せずにいるティーン・ニンジャに混ざってうるさい男がいた。ヒッピー風の顎髭を伸ばした男で、白衣の上にデニムのスリーヴレス・ジャケットとサイケデリックな色選択のビーズ・ネックレス、いかにもおれは体制の敵だぜと言いたげなファッションセンスを見せびらかしていた。手には家庭用ビデオカメラとチベット・ハーブの吸いさし。そのどちらかを使うたびに「クール」という言葉を連呼した。本物のヒッピーなら「グルーヴィ」と言うところなのに。偽ヒッピーはアンデレ・ジークフリートと名乗り、ジャーナリストを自称した。ここにはティーン・ニンジャのアングラ・カルチャー・ルポルタージュをつくるためにいて、ようやく彼らと独特の手話で会話することができるようになったらしい。紫苑は見た目ティーン・ニンジャそっくりだったので、自分がティーン・ニンジャではなく、ムの修行もしてないから普通にしゃべりもすることを納得させるのにたっぷり三十分はかかった。『くぐり丸』のフィルムが巻き戻され、『コールド・キル』の最高スコアが更新されたころ、ようやく偽ヒッピーはインタビューに応じてくれるティーン・ニンジャに出くわしたわけではないことを納得した。
「でも、構うもんか」偽ヒッピーは言った。「だってさ、きみは物凄くティーン・ニンジャっぽいし、その刀、とってもクールだ。そのきみがおれのインタビューにこたえたところで誰がきみをティーン・ニンジャじゃないって証明できる?」
「でも、それはヤラセ……」
「演出だよ、演出」
アンデレは他にも嘘をついていた。彼の本名はアンデレ・ジークフリート・ツー・ザルム=ザルムだった。ツー・ザルム=ザルムとはザルム=ザルム侯爵という意味である。
「あまり気が進まない」
「みんな初めはそう言う。そりゃあ、人並みの脳みそアタマんなかに持ち歩いてれば、ルポルタージュのインタビューなんて、くされハッカーに銀行口座の暗証番号晒すようなもんだと警戒するさ。でも、最初だけだ。そのうち、価値が逆転する。もう、話したくってしょうがなくなるんだ。自白剤打たれたみたいにあることないことぺらぺらしゃべる。手始めにきみのことを教えてくれよ」
紫苑は自分が暗殺や破壊工作を遂行するためにつくられたソルジャーで、つい今さっき自分を生んだプロジェクトに関係しているかもしれないヤクザたちと大太刀回りをしてきたところだと教えた。
「ほらね。あることないことしゃべりたくなるだろ? ただ、きみが生身のソルジャーってのはちょっとインパクトが薄いからクローン・サイボーグってことにしよう。そこにカルトな連中を惹きつけるお屋敷趣味とお涙を頂戴する生き別れの兄設定も入れる。ああ、この兄のことは心配しなくてもいい。さっき出ていってしまったけど、お誂え向きのやつがいる。きみと設定が似ていて、元カンパニーだって言っていた。本物の刀を持っていてね。それをときどき触らせることで、ティーン・ニンジャたちの信頼を勝ち取り、名誉会員みたいなものになったらしい」
「その元カンパニーって、この男?」
紫苑は携帯端末からホログラムを浮かべた。
「そうそう。この男だ。これ、映画の撮影かなんか?」
「出ていったのは何時間前?」
「四時間か三時間か前だ。家に帰ったらしい」
「どこが家だか分かる?」




