07 ここからが勝負ってこと
「美雨、美雨ぅ」
「田宮サン?」
だから。
それはやめろとあれ程言ってるのに、お前は。
「失礼しました東さんっ! ヘルプ~」
「あー?」
「この表、あと2マス右にずらしたいのぉ」
「インデントでいんじゃね?」
「うまくいかない……」
「じゃあセンター」
「真ん中じゃなくて2マスッ」
「真ん中にしろよ。つーかその表……」
まだ真っ白に見えるんですが、これは私の目の錯覚ですか智絵さんや。
ゼミに見事遅刻してきて先生に愛想笑いを放って誤魔化そうとした猛者を連れて、ゼミ後に三人で演習室のパソコンに陣取ってる最中。
この時期でよく三人固まって席がとれたなぁと思いながら出典と引用のチェックをしてると。
「智絵、今から表入れるの?」
最後の誤字脱字チェックをしながら、振り返ることもなく泉が聞く。
よく聞いたな。つーかよく見えてんな。
「最後に先生に見せる前にこれだけ入れたくてぇ」
「……え、お前まだOKもらってないん?」
私と泉は先週“卒論提出していいよ”のハンコをもらって最後の手直し中。提出期限は今週末だからまぁ余裕だ。
でも、智絵……お前何でもギリ過ぎんだろ。オネーサン心配よ?
「大丈夫~明日午前に先生のアポとってあるからっ」
「それでメッタメタにダメ出しされて返ってきたらどうすんだよ」
「そしたらまた直して出せばいいだけの話でしょお!」
お前当然知ってると思うけど……うちのゼミ、心理学部一合宿きついけど、先生のチェックも学部一、二争うくらいきついんだけど。
皆何回卒論突き返されたと思ってんだ。何回心折られたと思ってんだ。
あの先生お気に入りの浅野ですら容赦なくフルボッコにされたんだぞ。私も解釈大幅に増やすことになったし。
こういうとこ、見習えばいいのかわかんないくらいポジティブだよな……
…………よく考えりゃそんなドM精神絶対見習いたくないな、うん。私はノーマルですから!
「先生に見せる前にチェックしてやっから頑張れ」
「えぇ~? 東厳しいんだもん」
「……泉」
「今手一杯。あー……これ斎藤さん難しい字の齋藤だ…さいとうさん二人いるのに! 齋藤さんの論文三つも引用しちゃってるのに!」
駄目だ。うん駄目だ。もう何か駄目だ。
「…………よし、お前ら一旦外行くぞージャケットと煙草用意!」
「わぁ~い」
「さいとうさんが……」
テンションが違い過ぎる二人と一緒に演習室前の広場へ。
自販に寄り道しに行った泉より一足先に一服、後にため息。
「つっかれたぁ……」
「終わったら飲み行こう」
「その前にカラオケ~」
「つーかそれもうセットだろ、私ら的に」
遊び行くと99%カラオケが組み込まれるのは私らの間では当たり前だ。
流れで遊ぶと大体のコースが買い物行ってカラオケ行って飲み、ってのが定番。
……不健康だな、私ら。もっときゃいきゃいお外で遊んだりしないのか。女子の好きそうなカフェとか行かないのか。まぁ今更だけど。
「最近ガチで歌ってないから楽しみ~健司くんはカラオケ苦手みたいだしぃ」
「……うん?」
「ていうか魂込めて歌ったら引かれそうだから消化不良になっちゃったんだよねぇ」
「…………田宮サン?」
お前、まさか、もしかしなくても。
「アナタ、健司クンとデートなんか、しちゃったり?」
「やぁだ~単に二人で遊んだだけだよ。デートだったらもうちょっと報告することもあるってぇ」
こいつがデートっつぅ時は、かなり好みの相手か本命と遊ぶ時だけだ。
女郎蜘蛛の罠にかかった男と遊ぶ時は普通に遊ぶとしか言わない。
……何か、あったま痛ぇー…
いつの間にそんなことになったし。
夏休みの間にアドレス交換したのは知ってたけど、あんま話聞かなかったから何もないと思ってた。
しれっと何してんだ、お前。
「健司クンで遊ぶなよ」
「人聞きの悪いこと言わないでよぉ。今見定め期間なんだから」
「じゃあ一応はデートのお相手候補な訳だ」
「だって海でかなりきゅんきゅんさせてくれたし」
ちょっと安心した。まだエサ認定されてないよ、健司クン。
エサになったらつまみ食いと放置を繰り返されて焦れたところを捨てられるのが大体のオチだ。
もしくは相手もお遊びのオトモダチの位置をキープして続いていくか。
実際、智絵の曰く“飲み友達”は地元とこっちに数人ずついるのが確認されてる。
……やってることは、結構酷いんだよね、こいつ。自覚なくやってたら友達にもなってないと思うけど、そうじゃなくてむしろ潔く認めてるからなぁ……
ただの遊び相手になるか、智絵の琴線に触れて本命になれるか、ここからが勝負ってことだ。
正直健司クンに言いたい。色々指導したい。
でも、まぁ……
「……もしアレでも、彼の心に傷を作らない程度で引きなよ」
「そうする。私には勿体ないくらいいい人過ぎるしねぇ」
人の恋愛に口出しはしない主義なわけで。
それでもうまくいってほしいとは思う。健司クンのためもあるけど、智絵のために。
こんだけ綺麗で色々外見固めてても、智絵も自分のことを嫌いだって言う。
今じゃ面影ないけど、智絵は高校生の時まで性格も外見も本当に地味な女の子だったらしい。地元を出て大学デビューってタイプだ。
で、デビューと同時に何故か女郎蜘蛛に進化した。その過程はよくわからない。仲良くなったのは三年の時だし、実際に見てないから。
多分反動なんだろう。話聞く限りうまくいかない恋愛ばっかしてて、かなり悲惨な目に遭ってたから。
だから自己肯定力が低いんだよね、私もだけど。
私はかなり開き直ったりしてるし、佳也クンが真顔で恥ずかしい台詞言ってきたりして。多分昔よりも自分のことが好きになれてきてる。
でも、智絵にそういう相手はいない。友達がかけてくれる言葉とは違うんだ、そういうのって。
綺麗になった智絵を褒める男はたくさんいる。言い寄る男も。それでも上っ面だけ。智絵の中身に触れてくる男はいない。
どんだけ好きになった本命でも何でか売約済ばっか。当たり前だけど結局誰も智絵を選ばない。
そんな難儀な恋ばっかする智絵がいけないのなんて前からわかってる。
でも止められないんだからどうしようもない。どうせ止めても未練残ってどうしようもないから告白しちゃうし。
だから、マジで頑張ってほしいんだ。智絵を傷つけないだろう、真っ当な健司クンには。
……本当だったら健司クンに勧めちゃいけない相手だってのはわかってるけどさ。それも承知済だろうから黙っておく。
「ね、美雨は佳也くんとカラオケ行かないのぉ?」
「あー行ったことないわ。でもさ、あんだけライブで美声聴いといて自分が歌うのってきつくね?」
「美雨なら大丈夫だよ~負けないくらいエロい声で歌えるっ!」
「褒めてねぇだろそれ」
話題が前に飛んでいく。
色々雰囲気ぶち壊しだけど……まぁいいや。しんみりすんのは飲みか泊まりの時で。
「つーかバンドやってんだから滅多なことじゃ引かないと思うけど、健司クンも」
「だってぇ、私歌うの劇団の舞台曲だよぉ?」
「何であえてそこを選曲しようとすんだよ。一般向けにしろ」
「……槙野リイナとかぁ?」
「代名詞だけどさ……そこまで無理しなくても」
「東ー! タミィー!」
……何だかいやーな声がする。
「森下のいじめがひどいんですが」
「ああ、そうですね。そう思うならさっさと家に帰れば?」
「ねぇどう思う? この対応」
あー……捕まったんだな、ご愁傷様。
京介クンと会った時より苦い顔の泉と、その隣にいる浅野を見比べて。
「浅野、うぜぇ」
「えぇ? ちょっとタミィ」
「キャハハ、浅野ちゃんとりあえず帰ったら?」
何を言われてもめげない男に総攻撃をくらわせた。
寒い十二月。次の年が来るまであともうちょい。
卒業も近い。いつも通りのやりとりも、あと少しで見られなくなる。
――微妙に波乱の予感はあっても、まだ波は起こってない……一応は。
NEXT 第十章 エイトボール
ストックがなくなったので、申し訳ないのですが次章更新まで少し間が空きます。




