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母親によって月読だけが船の中に投げ込まれた。
そして漁師に向かって早く船を出せと合図を送った。
そこまでだった。
吸血鬼たちに完全に追いつかれて激戦となった。
月読が見たのはそこまでだった。
母親と妹のリュシアンがどうなってしまったのかわからなかった。
船はなんとかモロッコ側に到着して月読だけが降ろされた。
送ってくれた漁師の知り合いらしい夫婦の家に連れていかれた。
この夫婦のもとでしばらく待つことになった。
1週間以上がすぎてその漁師が再びやってきた。
母親と妹の安否を知らせにきてくれた。
もちろん、その漁師自身は見てなかった。
タリファで一部始終を目撃していた人物がいた。
その男から漁師が詳細に聞き出して月読に教えてくれた。
母親と吸血鬼たちは瞬時に激戦状態に入った。
始まりは善戦しているようであったが多勢に無勢、しかも妹を庇いながらでは圧倒的に不利になっていった。
おそらく母親のほうは残念ながら惨殺されてしまっただろうということだ。
その遺体とともに妹もどこかへ連れ去られてしまったらしい。
助けようにもその戦い方が尋常なものではなかったので足がすくんでしまってその場から動けなかったとまで教えてくれた。
しばらくの間、月読はその夫婦の家に世話になったが、ある日突然いなくなってしまった。
とにかく東へと移動していった。
今の自分の力では吸血鬼たちに対抗することができない。
それは嫌というほど認識している。
今は逃げて力を蓄えてから反撃してやろうと考えていた。
モロッコからエジプトまで歩いてアフリカ大陸を抜ける。
イスラエルから東へ移っていって中国から海を渡って日本にたどり着いた。
死ぬ寸前にまで追いつめられた生活をして苦労したが、100年もかからず数十年をかけて日本の地に足をつけることができた。
まだ戦うだけの力がなかったので逃げ回りながらの旅になったので時間がかかってしまった。
それが1500年代の日本で室町時代と呼ばれていた頃になる。
月読にとって初めての眷属になるつぐみとの出会いはこの時代の時のことだ。
その後も死にかけていた人間を何人か眷属にしてやろうと救いの手を差しのべたが眷属になれたのはちよと生田時雨だけだった。
その他は死亡するか「なれのはて」の血獣に変化してしまった。
その血獣はきっちりと月読の手で始末している。
壮絶な毎日を送っていてよくここまで生き残れたもとだと思う。
神楽月読というのは本名ではない。
世話になっていた寺の住職がつけてくれた名前だ。
こういった名前のほうがこの国では暮らしやすくなるといった配慮からだ。




