上司の雑談
和貴と有樹が合流した頃、とある二人はエジプト支部の中で互いに殺気をぶつけあっていた。
片方はこの基地の総監督を務め、天災の英雄の一角である鯨井凛。そしてもう一方は彼女の殺気を受けても一切ひるまず、それどころか彼女と同等の殺気を出して対抗している和貴の姉であり、能力者の頂点に立つ王、霊峰綾華である。仮にこの場に人がいれば立ったまま気絶してもおかしくなかった。それだけの殺気がこの部屋に充満していた。
「・・・・おい、そろそろその手をどけろ。でなければ綾華とはいえ、その額に風穴を開けることになるぞ?」
「ほう、王の私に向かってそういう風に言ってくるのはお前ぐらいの者だ。だがな、これは決して譲らん。凛こそ、その手をどかすがいい。それは私の物だ」
互いの視線に火花が飛び散り、近くに引火物があれば間違いなく炎上しそうになるほど張り詰めていた。少しでも視線を外せば間違いなく殺されるだろうという確信もあった。
勝負は一瞬で始まった。ホルスターに閉まっているリボルバーを引き抜き、綾華の額にむけて発砲する。それに対して綾華はそれを予測していたのか、顔を下にしゃがむことによって額に向かってくる弾丸をかわすと同時に第二射撃が来る前に綾華は能力を使い、凛の動きを制限した。
凛は突然現れた重圧によって膝をつく。動けないと確信した綾華は勝ち誇ったかのように机の上に載っているそれに手を伸ばした。
だが、その表情はすぐに驚愕へと崩れる。突然机から棘が生え、綾華の手に襲いかかってきたのだ。それだけでなく、突如生えてきた棘によって堅牢な牢となり机の上に載っていたそれは守られた。
「ああ!?ずるい!?」
「勝てばいいのだ!!さてどうする?綾華がそれに触れれば手は串刺しになるし、かといって能力で解決しようとするなら中に入っている物は滅茶苦茶になってしまう」
沈黙すること五秒。綾華は溜息を吐き、やれやれとした表情で凛にかけられた重圧を解除し、自身の敗北を認めた。
「わかった。私の負けだ。それはお前の物だ」
「では、遠慮なくもらうとしようか」
凛は能力を操り、棘の牢獄から解放された物、イチゴのタルトを手にしてあらかじめ用意していたフォークを用いて食べ始めた。
「んん~!!やっぱり、甘い物は最高だ。こんな何もない偏狭な地だと、甘い物に巡り合わせる機会なんて年に数回あるかないかだからな」
「本当に凛は甘いものに対する執念が異常だな。そんなに甘い物が欲しければ本部に戻ればいいじゃないか」
「あんな腐った老害がいる場所の空気なんて吸いたくない。何より、無理やり結婚相手を決めさせられるのも癪に障る。自分の夫ぐらい自分で探すさ」
先ほどの空気とは一転して凛はいちごタルトを頬張り、綾華はその光景を眺めて仲良く話していた。選抜試験のために基地にいるほとんどの兵士が南アフリカに飛ばされたため、この状況が凛にとって何者にも束縛されない一番自由な時間であった。
「にしても、この姿をこの基地にいる誰かに見られたら一体どんな顔をするのか見てみたいものだな。きっと驚くに違いない。『あの鬼軍曹が、笑顔でいちごタルトを頬張ってる!!』なんてね」
「それだけは勘弁だな。部下に舐められたら示しがつかん。第一、鬼になっているのは訓練の時だけだ。まぁ、私の訓練を受けたほとんどの兵士がマゾ化するのが難点だがな」
ところで、と凛は話題を切り替え、疑問に思っていたことを綾華に質問し始めた。
「綾華の弟の和貴のことだが・・・って何故急に殺気を放つ?質問する前だろうが」
「もしも、和貴を侮辱するならこの場で息の根を止めるつもりだからな。言葉は選ばよ?」
「私が甘いものに執着があるように、綾華は弟に執着が強いな。・・・話を戻すが、あいつの持っているあの武器についてだ。あれは間違いなく龍神族の槍だ。何故和貴が持っている?」
綾華は槍の出所について詳しく説明し始めた。説明し終えた頃にはイチゴタルトは全て食べ終えており、綾華が入れた紅茶をを楽しんでいた。
「なるほどな・・・。黒龍の言う選別の品がそれだと。あいつは一体何を考えているんだ?雷神卿は何か言っていたのか」
「雷爺さんに聞いてみたけど、恐らく本当に感服したから与えたのだろうと言っていたさ。まぁ、龍神族の槍は別に一人一本というわけじゃないからな。和貴にあげたところであいつらの戦力が下がるわけじゃない」
綾華は口の中を潤すために紅茶を一口含んだ。人類の最大の敵である龍神族の長、黒龍は一体何を考えているのかわからない。しかし、一つ分かっているのは黒龍は間違っても人類の味方ではないということだ。
「凛。そう言えば話は変わるが、最近真似猫族の侵攻に何か変わったことはないか?」
「あのクソ猫のことか。いや、最近は特に大きな異変はないぞ。戦いに来るわけではないし、ましてはこの基地に進軍してくるわけでもない。だが、そいつらがどうしたっていうんだ?」
「今は鳴りを潜めているがここ本格的に活動を始めようとしている報告を聞いた。最近、何か変わったことはあったか?」
綾華に問われ、凛は手に持ったてぃティーカップを机の上に静かに置いた後、ここ数年の出来事を思い出していた。
(和貴を鍛えていた二年間の間、真似猫族は何もしてこなかった。それ以前に、ここ数年間あいつらは何もしてこなかった)
胸に引っかかる感覚を覚えつつも、凛は綾華の質問に答えた。
「近年、くそ猫どもが侵攻してきたことはない。いや、むしろ何もなさすぎた。まるでこれから始まる大きな戦いのために戦力を溜めているかのように・・・」
「そうか。やっぱり、凛もそう考えるか。私の考えを聞いてくれないか?」
綾華にも考えがあったらしく、凛は机の上に置いた紅茶を手に取った後、綾華の推測を聞き始めた。
「結論から言って、真似猫族は恐らく選抜のことを知っている可能性がある。だが、どうやってそのことを知ったかはわからない。まぁ、選抜のことを知っているのは天災の英雄の他に政府及び軍の上層部だけだ。手段として考えられるのは内部に諜報員が潜入している。あるいは裏切り者がいるか・・・」
綾華は視線を凛に向けてそう言い切った。それに対して凛は視線に怯むどころか微笑し、笑みを浮かべながら綾華に反論した。
「私のわけがないだろう。そもそも、私は二年間和貴を鍛えまくっていたんだ。情報を流す暇もない」
「何を真に受けている。冗談に決まっているだろ。疑ったわけじゃないが、少し脅しておこうかと思っていたんだ。悪かった」
綾華はティーカップに残っていた紅茶を飲み干すと、新たに紅茶を注ぐために席をたった。凛はやれやれと思い、机の引き出しに閉まっていた各拠点で行われた選抜の参加メンバーの資料を眺めていた。
(さて、他の拠点の参加者は一体どんなメンツだろうか。できれば骨のある奴がいればぜひとも顔を合わせておきたいんだが・・・)
新たな紅茶を入れ終えた綾華は凛の様子を見て一体何をしているのか気になったのか、凛の隣に移動し一緒に選抜の参加メンバーの資料を見始めた。
「これは参加メンバーの資料か?一体何を探しているんだ?お前の未来の夫か?」
「私の夫を探すのは無理だろ。条件として、まず年下で、私よりも身長が高くて、筋肉質で、少し童顔で、何より私が育てて私以上の実力者になる可能性がある者が好ましいからな。そんな理想的な人物はこの世にいるわけがない」
凛は鼻で笑い、資料を次のページへとめくった。すると、丁度一人の兵士のプロフィールを見つけた。その人物に凛は興味を持ったのか、綾華に話しかけた。
「なぁ綾華。この人物はどこの基地にいるんだ?」
「ん?この子のことか。確か和貴の親友の竹蔵理雄だったな」
すると、凛は資料を取り出し、それを懐に入れた。その仕草を見逃さなかった綾華は一体何をしているのか凛に問いただした。
「資料を持ちだすなんて一体どうしたんだ?」
「この資料を少し借りる。理雄という少年に興味を持った。こいつは間違いなく選抜の試験に合格するだろう。ならば出会った時にしっかりとしごいてやらんとな」
「ほう。言っておくが、和貴曰く理雄は相当の天然らしいぞ。まぁ、しごくならほどほどにな。脱走兵の原因が凛の訓練が厳しすぎるなんて汚名さっさと吹き払ってくれ」
綾華は忠告を含め、凛に警告した。凛は必要以上に鍛える癖があることを知っている綾華だからこそ、言える警告であった。事実、凛が駐屯しているこのエジプト基地の脱走兵の割合が他の基地の割合に比べ、異常に高いのだ。
そのことを指摘され、凛は冷や汗を掻きつつも綾華に反論する。
「私の訓練が厳しすぎるのが悪いわけじゃない。脱走兵の精神が軟弱すぎるのだ。実際、私が鍛え上げた兵士は他の基地に比べ、レベルが高いだろう!!・・・・なんだその目は。私は大切な兵を無残に死なせたくないから心を鬼にして厳しくしているだけだ!」
「はいはい。凛の言いたいことはわかった。とりあえず、その泣きそうな表情はよせ。私がいじめているように感じてしまう。・・・試験のことで思い出したが、和貴達がこの基地に戻ってくるのにどれくらいの月日がかかる?」
泣きそうな表情を変える為に一度頬を両手でバシンと叩き、真剣な表情に変わった凛は綾香の質問を正確に答え始めた。
「よその兵士なら間違いなく二か月以上はかかる。南アフリカの広大な土地と森は方向感覚を狂わせるには充分すぎる場所だ。加えて、食料、水、安全な住処の確保も全て己一人の手でやらなければならない。サバイバル術を学んでいない兵士ならその時点で精神が崩壊するだろう。だが、私が鍛え上げた兵士は生半可な弱者ではない。タフな精神、一人でも生き残る手段、そして未知の環境に対する適応力。その全てを引き上げてきた。万が一のために特別な地図も持たせている。故に、最速でも三週間。遅くても一か月でこの基地に戻ってくるだろう」
「そうか。じゃあ、和貴はいつ頃に戻ってくるのだ?」
凛は綾華を見ると、返答次第ではただでは済まないことを視認できるほどの圧を感じていた。しかし、それにひるまず、凛は堂々と和貴がいつ帰ってくるのか答え始めた。
「二年間、私が付きっ切りで体術やら武器の使い方などを教えていたんだぞ?一切の弱音を吐かなかった和貴は本来なら、二週間で戻ってくる。だが、前提条件としてマンツーマン指導した和貴と他の兵士とでは和貴の方が選抜に圧倒的に有利だからな。だから一般の兵士達よりも多少離れた場所からスタートさせたし、地図も渡さなかった。それでようやくこの基地の帰還が三週間だろう。選抜の条件として対等だからな。綾華とて、文句は言わせないぞ」
圧はなくなり、綾華はしばらく寝ると言ってソファーの上に寝転び夢の世界へ行った。凛はその様子を見つつ、溜まっている資料の整理や、支部長としての仕事を務めるためにペンを持つのであった。
森林の中に作られた拠点の場所に置いて、一匹の猫が今の状況を嘆いていた。
「おいおい、こりゃあ一体どういうことだぜよ。何で・・・、何で・・・俺の待機させた隊が全滅してやがるんだ!?」
本来、真似猫族はこのように喋ることはできない。それなのに、この真似猫族は普通に喋っていた。
驚愕と怒りに身を任せたかった真似猫族だったが、一体誰が襲撃してきたのかわからないこの状況では怒りをぶつける場所すらなかった。
畜生が!!!と大声で荒げたて、近くにあった木を斬りつける。すると、その木は綺麗に斬れ、爪が当たっていない他の木も斬りつけられ大きな音を立てながら倒れていった。
「おい、お前ら!!何か盗まれていないか倉庫を確認しろぉ!万が一あれが盗まれていたら厄介なことになる!!」
その声に反応し、他の真似猫族は拠点内で盗まれている物がないか確認し始めた。すると、すぐさまに倉庫から騒がしい猫の鳴き声が聞こえてきた。
真似猫族はその様子を見て急いで倉庫へと向かった。そして真似猫族は驚愕する。倉庫に埋まっていた大切な代物が無くなっているのだ。
「畜生!!あれが盗まれてやがる!!野郎ども!!急いでこの基地に残っている痕跡を探せ!!盗人から聖骸布を取り戻すぞ!!」
こうして真似猫族は盗人を追いかけるべく森の中へと進撃を始めた。これがのちに人類への被害に繋がるとは真似猫族達すらも知りえなかった。




