J・S(修正完了)
鉈が和貴に振り下ろされる瞬間、和貴はこの怪物について梶山にかつて質問した出来事を思い出していた。二年前、和貴が高校一年生になったとき、梶山に敵の怪物について一番危険なのは一体誰なのかという質問だ。
その質問に対して梶山は少し悩んでから様々な怪物の特徴を説明したが、当時の和貴はその答えに満足せず、一番強いのは一体どんな怪物かと質問する。すると梶山は考える間もなく即答した。
――一番やばいのはJ・Sだね。戦場で経験を積めば、いつか和貴も出会うかもね。出会ったらまず逃げなさい。じゃないと死ぬからね――
その言葉の意味を死ぬ直前で理解し、和貴は目を閉じた。直後、耳が切り裂かれるような激しい金属音と大地が抉れ、岩盤ごと断ち切った音が響きわたる。
目を見開くとそこには漆黒の龍が立っていた。手に持っている黒い槍は先ほどの鉈の一撃を受けてなお傷ついておらず、持ち主も傷一つなかった。肩甲骨から生えている漆黒の翼は夜と思わせるほど美しく、何より穢れがないような神秘性を感じられた。
「大丈夫か少年。…ん?お前はあの時の?」
話しかけられたことにより和貴は正常な思考に戻る。アテナの加護も発動し、眼の前の人物を冷静に分析する。先ほどの感想で眼の前の人物が何者なのかすぐに理解できた。
「…龍神族か。まさか大将がここに来るなんて予想外だな」
和貴はすぐに倉沢に連絡を取ろうとしたが、眼の前の龍神族によって無線機だけ破壊される。目に映らない槍さばきに和貴は何をされたのか一瞬理解できなかった。
「ここに味方を呼ぶな。死人が増えるぞ?」
「あんたが殺すってことか?」
「いや、俺達の負けは既に確定している。目の前のこの怪物に全滅されたからな」
ようやく鉈を岩盤から引き抜いたJ・Sは標的を和貴から龍神族へ標的を変えた。不気味な呼吸音を挙げながらJ・Sは鉈を振り上げ、龍神族との間合いを詰めた。その速さは常識を遥かに超えており、和貴は動作の起こりすらは勿論、間合いを詰める瞬間すらも視認することができなかった。
「…ふむ。遅いな」
しかし、目の前の龍神族は違った。J・Sの間合いを詰める速度以上に黒い槍を薙ぎ払っていた。和貴の近くに暴風が舞い、辛うじて見えた和貴の視界に信じられない光景が映っていた。
突進した筈のJ・Sが宙を舞っていたのだ。だが、鉈は完全に捻じ曲がり、既に武器として使える代物ではなかった。J・Sが落下し、周辺に土煙が舞うと龍神族は改めて和貴を見た。その瞬間、和貴は理解する。これは逃げることはできない。ここが自分の死地であると。
「身構えているところ申し訳ないが、今すぐ離れろ。無残に殺されたくないだろう?」
「…大将が目の前にいて、みすみす逃がすわけないでしょう。援軍ももうすぐきます。あなたこそ撤退したほうがいいと思いますが?」
「J・Sはともかく、この駐屯地の敵程度なら例え一人でも落とすことができる。最も、俺はそんなことに興味はない。立ち去るというのであればお前の息の根を止めることはしないし、見逃してやろう」
和貴は龍神族の眼を見る。その瞳は蛇の瞳のように鋭く、威圧感を感じたが、その誠意に偽りはなかった。だが同時に何故逃がすのかという理由も理解できなかった。龍神族は最後に和貴を一見し、J・Sが落下したと思われる場所へ向かっていった。
脅威が完全に去ったとは言い難かったが、和貴は奇跡的に命を拾えたことに大きなため息と同時にその場に座り込んだ。加護の効果が切れ、今まで耐えていた恐怖感が和貴を襲い掛かる。激しい呼吸とうるさい心臓音に和貴は改めて生きていることを実感した。
「う、運が良かった。あれほどの化け物が今回の大将だったなんて…。もし最初から参戦していたら」
全滅していた。その言葉を飲み込み、和貴は改めて周囲を見渡した。既に海岸は海魔族の死体が転がっており、波と同時にその肉片も海岸に集ってきてる。この肉片こそ、敵の主力部隊だったのかと考えるが、今となっては判別することはできない。
「とりあえず、倉沢さんに連絡を。それから雪花と凍原に合流しないと…」
未だに足の震えが止まらなかった和貴は震える声で倉沢と連絡を取り始める。しばらくして無線が繋がり、倉沢の声が聞こえていた。
「和貴君!大丈夫ですか!予定よりも無線の連絡が来なかったので死んだのかと思いましたよ」
「予想外の敵にあった。次の作戦の指示をお願いします「こっちも大変です!砲台に昨日襲撃してきた龍神族が五分前に現れて現在交戦中です!」…なんだって?」
倉沢の報告に和貴は砲台を見上げた。倉沢の報告通り、銃撃音が聞こえ、時折紅色の炎が燃え上がっていた。目の前の出来事に和貴は無線を手から滑り落ちる。その場で立ち尽くしている和貴は現状を把握し最悪のパターンを想像した。
「まさかとは思うが…。最悪だ。こんな、こんなことがあるのか?」
和貴は薄ら笑いをあげ、その場で笑い始めた。するとその笑い声に反応し、二人和貴のところへ寄ってきた。
「和貴!お前どこに行ってた?急いで倉沢さんに連絡を取れ!龍神族が砲台じゃなくてこっちに来やがったことを説明する必要があるだろう!」
「…凍原、悪いが報告は任せてもいいか?俺は今すぐこの馬鹿げた状況の打開策を考えないといけないからさ…」
凍原と雪花は和貴の様子がおかしいことを察し、海魔族によって精神ダメージを受けたのかと一瞬考えたが、和貴の指さす方向を見て二人は絶句する。
「嘘…でしょ…」
「俺も思ったさ。だが、よくよく考えれば、可能性はあった。昨日現れた龍神族は軍師兼大将なんだろ?なら、総大将は一体誰だったんだ?…答えはあの黒い龍神族だった。それだけのことさ」
ところどころで大きく砂が舞いう上がり、軍人の悲鳴が聞こえる。もはや戦場から地獄と変わったこの場所に無事に帰還するという選択肢は断たされた。
「帰還しても龍神族、この場にとどまっても龍神族。なんで学生のうちにこんな経験を積まなきゃならないんだよ…。本当に、本当に、くそったれな状況だな。正直生きる希望すらわかなくなるさ」
「和貴、それは本気で言ってるのか?」
「ああ、本気だ。だが、だからこそやりがいがある!ここんな馬鹿げた戦場を生き残ればそれは俺が戦場に立つ資格があったということだ!なら、俺はあえてここに残り、生き残る!」
先ほどの死んだ眼から光を取り戻り、和貴はアテナの加護を発動する。すると今までと違い何故か頭の中がすっきりとしていた。和貴は周辺を見渡し改めて無線で倉沢に連絡を取り始めた。
「倉沢さん。先ほどは無線を切ってすみませんでした。一つお願いがあるのですが…」
和貴は澄んだ思考で新たな作戦を倉沢に伝達する。全てを伝え終えた和貴は近くに落ちていた槍を手に取り、前へ進もうとした。
「和貴?どこに行くつもりなの?」
雪花の呼び止めで和貴は歩みを止め、半分やけくその状態で和貴は答えた。
「決まっているだろ?J・Sと黒い龍神族の戦いを見に行くんだよ。その戦場で生き残ることができなかったら俺は所詮、その程度だったってことだ」
和貴は雪花の質問に答えると駆け足でその戦場へと向かっていった。その姿を見て雪花と凍原は一人にするわけにもいかず、和貴の後を追っていった。
J・Sとバハムートが戦い始めて数分後、修復された砲台を再び破壊した俊龍は飛翔しながら八人の軍人と会いまみえていた。そのうちの一人の顔を見つけると俊龍は嬉しそうな表情でその人物、神崎有樹に話しかける。
「昨日とは別でいい面構えになったじゃないか?餓鬼」
「餓鬼じゃない。お前を倒す者、有樹だ。昨日は随分と世話になったな。落とし前、つけさせてもらうぜ」
有樹はエンド・ワールドに代償石をはめ込み、銃口を俊龍に向ける。すると、先ほどの笑顔から一変し、俊龍の目つきが変わった。
「落とし前だぁ?それはこっちのセリフだ有樹。俺の腕を破壊しやがって、お前こそ、覚悟しろよ?今度はお前の腕を破壊してやるからさぁ!」
俊龍は怒りの雄たけびをあげながら自身の鱗を抜き、紅の炎で炙る。鱗は紅色の曲刀に変わり、翼を折り畳み、急降下しながら有樹に切り裂こうとした。有樹はそれに臆せず、引き金を引き、衝撃波の弾丸を放つ。透明の弾丸を察知した俊龍はそれを紙一重で避けきり、曲刀を振り下ろした。しかし、曲刀は有樹の肉体を切り込むことができず、巨大な戦斧によって防がれていた。
戦斧を持った戦士、竹蔵理雄は雄叫びを上げながら俊龍を吹き飛ばす。吹き飛ばされた俊龍は宙を舞い、翼を広げ体制を立て直した。
「おいおい、なんだお前は?本当に人間か?」
「おう!俺は正真正銘人間だ!」
「はは、本当に最高だぜ。最高すぎて怒りと笑いが止まらねえよ!」
俊龍は理雄との間合いを詰め、曲刀を振り下ろした。しかし、その刃は理雄の肉体に傷一つつかなかった。それどころか曲刀が破壊され、俊龍は目を丸くしていた。
これを好機と有樹は判断し、銃口を俊龍に向け、弾丸を放つ。今度は弾丸を回避することができず、地震に匹敵する衝撃波によって遠くに吹き飛ばされた。
「理雄!大丈夫か?」
「ああ、問題ない。たまたま『鎧強筋』が発動していたからな!それよりナイスアシストだったぜ!おかげでクリーンヒットしたぜ!」
理雄は喜んでいたが、先日攻めてきた俊龍と今の俊龍では気迫に差があったと感じた有樹は違和感を覚え倒れた俊龍を視界に入れる。俊龍はゆっくりと立ち上がる
先ほどの弾丸の効果があったのか、全身に纏っていた鱗が粉々になり、口からは血反吐を吐く。満身創痍と有樹は感じ取ったが、負傷があったとは思えない怒りと先日以上の気迫を感じ取った。
肌で感じ取った気迫から、この場にいる皆が理解する。今の俊龍は先ほどの俊龍とは別物であると。静かに怒れる俊龍はゆっくりと口を開く。
「イラつくぜ。…ああ、本当にイラつくぜ。ここまで怒ったのは久方ぶりだぞ、てめぇらぁぁ!」
怒鳴り上げた俊龍の声はこの場にいる皆を一瞬怯ませる。だがここで信じられない光景を有樹達は目の当たりにした。俊龍の口元から紅色の炎が漏れ出し始めたのだ。紅色の炎は口だけでなく、破壊した鱗も燃え上がっていた。さらに、先ほどまで額になかった紅色の頭角の姿が現れていた
煉獄の炎と思わせる炎は倉沢が選んだ精鋭の軍人達と有樹達を分断させ、退路を断つ。そのまま燃え続けた炎はコロシアムのように円状に広がっていった。
「なんだこれは…これが奴の本当の力なのか?」
「綺麗だな!でも熱そうだ!この炎で肉を焼いたらおいしそうだな有樹」
「冗談言っている場合か!?早くここから脱出しないと…」
有樹が言葉の続きを言おうとした時、大地が揺れた。一体何が起きているのかと考えるがその思考を目の間の敵の存在によってかき消された。
「俺をここまで本気にさせるとは思っていなかったな?改めて称賛するよ。霧和同様、お前らは将来俺達の障害になるだろう。故に俺は本気でお前らを刈り取る」
一歩一歩と近づいてくる俊龍の手には新たな武器が握られていた。先ほど理雄の肉体によって破壊された曲刀であった。だが、その大きさが明らかに桁違いであった。
破壊した曲刀は一メートルより少し大きかった程度であったが、今俊龍が持っている曲刀は三メートルは確実に超える強大な物であった。その得物を見て有樹は理雄に相談し始めた。
「理雄、あれを受け止めることはできるか?」
「わからん!だけど、さっき能力で防げたってことは奴は格下ってことだから多分大丈夫だと思う!」
「そうか…。倉沢さんが抜粋した精鋭はこの炎の外で別れてしまったからな。頼むぞ。俺は今度こそ奴を仕留める。…来るぞ!」
俊龍は曲刀を担ぎ、有樹達の作戦会議が終わるのを待たずに直線的に向かっていた。理雄は再び俊龍の一撃を防ぐために戦斧を構えた。俊龍が曲刀を振り下ろそうとしたところを狙い、理雄は戦斧を早めに振り下ろす。
得物が大きい分、振り下ろすのに時間がかかると考えた理雄は早めに振り下ろすことにとって牽制できる。そう考えて振り下ろした一撃であったが、俊龍は理雄の予想に反した行動にでた。
振り下ろされる戦斧に対して、俊龍は紅色の頭角で受け止めたのだ。角と戦斧がぶつかり合い、激しい金属音が響き渡るが、勝っていたのは俊龍の頭角であった。
頭角は理雄の戦斧を弾き飛ばすどころか、綻びを作った。体制が崩れた理雄に対して俊龍か担いでいた曲刀を理雄に向かって振り下ろそうとした。
「まずはお前からだ!死ね!」
曲刀は理雄の肩に向かって振り下ろされる。とっさに理雄は戦斧を使ってその一撃を防ぐが、ここでも理雄にとって予想外な出来事がいくつも重なった。
一つは俊龍から感じられる凄まじい熱である。皮膚が焦がされそうな体温に理雄の力が僅かに緩んでしまう。二つは力の差であった。先ほど一合交えた時と比べて今の俊龍の一撃は何十倍にも跳ね上がっていた。結果、理雄は力の差によって膝を屈する。
「な!?押され負ける!」
「あばよ!強敵よ!」
三つ目の要因。それは理雄の戦斧の破壊であった。先ほどの打ち合いで理雄の戦斧に亀裂が入っていた。その亀裂が偶然、俊龍の曲刀にぶつかってしまったのだ。結果、理雄の戦斧は破壊され、その刃は理雄の肉体を切り裂いた。
目の前の出来事に有樹は唖然とした。クラスメイトの中でも最強とされた理雄があっさりと殺された。だが、それが事実だと認識するのに時間はかからなかった。返り血を浴びた俊龍の目つきが語っていた。次はお前だと。それを理解した有樹は銃口を俊龍に向けた。
「よくも理雄を!俊龍!」
「へぇ、こいつは理雄というのか…。覚えたぜ。俺を本気にさせた一人の男の名をな。さて、次は」
お前の番だ。そう聞こえた時、周囲の炎に異常が起こった。炎が徐々に沈下してきたのだ。その異常に俊龍は特に気にしていなかったが、有樹は俊龍の強さの秘密を徐々に理解していった。
――炎が弱まった?一体何故?…理雄を倒したからか?…気迫もさっきと比べて弱く感じる。まさか…――
俊龍の強さの秘密に気付いた有樹は俊龍の様子を観察する。自身の回答が正しいことを証明するために有樹は俊龍に話しかける。
「お前の強さの秘密。理解したぞ。…怒りだな。それがお前の強さの原動力だな!」
「ほう、よく理解したな。ま、ここまで堂々としたらそりゃばれるか」
俊龍は曲刀を再び担ぎ、有樹と対面する。有樹は俊龍の様子を見ながら話を続けた。
「わざとばれるように仕込んだのか?それだけ自分の力に自身があったのか?」
「はぁ?そんなわけなだろ。これでも頑張って隠した方だくそったれ」
周囲の炎が 若干熱く感じた有樹は改めて自身の結論が正解だと認識する。有樹はエンド・ワールドに代償石をありったけ詰め込み、銃口を俊龍に向ける。その行為に俊龍は違和感を覚えたのか、イラつきながら有樹に問いかける。
「おい、何の真似だ?」
「見ればわかるだろ?決着の時だ。お前が俺の一撃を外したら俺が死に、お前が躱せば俺は死ぬ。守るものがいない遠距離砲なんて近接格闘を得意としているものならただの的にしかならない。なら、俺の選択肢はただ一つ。一撃で終わらせる。それだけだ」
その返答に俊龍は笑みを浮かべる。曲刀を担いだまま、視線は有樹に向け、いつでも突撃できるように構えた。この一撃で決着がつく。それを両者理解しているためか、二人の集中力はこれまで以上に研ぎ澄まされていた。
――間合いはやく十メートル程度が。これぐらいの間合いなら、一歩で届くが…有樹の方が微妙に早い。僅差で負けるな。だが、それは今の状態ならの話だ。もっと、もっと怒りを…――
周囲の炎は再び勢いを取り戻し、熱気が二人を襲う。準備万端にになった俊龍は笑みを浮かべながら有樹に呟いた。
「行くぞ強敵。これが決着だ」
「ああ、いつでもかかってこい。俺の仇よ。その瞬間、その眉間に弾丸をぶち抜いてやる」
刹那、炎の勢いが大きく高まった。それが彼らの合図だった。たった一歩踏み出しただけで有樹との間合いを詰めた俊龍は曲刀を大きく振り下ろした。有樹は直前に敵が迫る瞬間を狙い、引き金を引いた。
「代償石全消費。…これが俺の全力だ!」
轟音と衝撃波。その二つが交わり、彼らを包んでいる炎が吹き飛ばされた。




