学内調査
キルシュさん。貴重な意見をありがとうございました。指摘させていただいた部分は次話以降で直していきます。
梶山から任務もとい頼みごとを請け負ってから次の日、和貴は朝早く学校の図書館で資料を読んでいた。理由は過去にどのような手段で日本に侵入してきたのかを詳しく調べる為である。
休校日であるため、図書館はいつも以上に静かであった。この静寂の空間で響き渡るのは和貴が次のページをめくるときに発生する資料の摩擦音だけだ。
「ふむ。こうしてみると、本当にいろんな手段で日本に侵入してきたんだな。ここまで失敗していると流石に攻める手段が無くなってくるんじゃないか?」
和樹は過去の戦争の資料を見て、そう言わざるを得ないほどの膨大な侵入方法を怪物達は試みたことを
理解した。
怪物が最初に日本に侵入した来た時、つまり天災の英雄がまだ子供だったとき、怪物達は海魔族を利用して上陸したとされている。
海魔族は単体こそ弱い部類ではある。その弱さは天才の英雄なら敵を見ないで倒せるし、一般の兵士でも簡単に倒すことが出来る。その分個体数が異常に多く世界中に繁栄しているという話だが、ここ近年は海魔族の姿が見かけないせいか、海魔族は絶滅したのではという噂が基地内にも流れている。
だが、俺達が学んだ知識の中で最も恐ろしいのは他種族との連携の取りやすさである。海魔族は弱いからこそ、他種族に利用されやすく利用しやすい存在だったのだ。
そんな海魔族を利用して、他種族の怪物は海魔族を船のように扱い日本に侵入してきた。この特性を知らなかったためにイギリスは外部から怪物の侵入を許し、国が崩壊した。日本も同じ戦法で侵入しようとしたが、天災の英雄が上陸した敵を一網打尽にしたことによって日本が滅びることはなかった。
この出来事が起こってから以降、軍は海魔族が侵入しそうな場所にいくつもの拠点を作り、観察しているが、ここ数十年鳴りを潜ませている。
これらのことから怪物達は学んだのか、次の襲撃は海路ではなく空路で攻めてきた。しかし、そんなことはうまくいくはずもなく、軍に見つかりすぐに落とされたらしい。
資料のほとんどを読み終えた和貴は元の位置に資料を戻した後、これらの失敗から怪物達は次にどんな手段を用いて侵入してくるか考え始めた。
海路、そして空路が潰れたのなら今度は陸路ではないかと考えるが、すぐにその概念を頭から取り払う。日本は島国であるため、陸路など存在しない。それ故にそれを考えること自体が馬鹿馬鹿しく思えたのだ。
(日本に侵入することすら困難なのに一体どうやって怪物達はこの学校に襲撃をしてくるんだ?仮に上陸したところでその姿を隠す場所なんてないし…)
可能性を模索していたが、その思考を停止させる。圧倒的に情報が足りないこの現状ではあらゆる可能性は机上の空論だからだ。そんな机上の空論の中で辿り着いた結論を一つずつ纏めた。
「ありえない話だが、先生すら知らない抜け道。あるいは既に学校に侵入し布石を打っているか?叶との約束まで時間はあるし、念の為に学校を調べまわるか」
学校の警備を信頼していないわけではないが、もしかして侵入してくる敵が手練れだった場合、その警備すらかいくぐってくる可能性を考えた和貴は限られた時間で学校の中を探索し始めた。
敵が侵入してくる可能性がある場所は体育館、新入生の教室、そして校庭の三か所だろうと和貴は推測していた。
この三か所の共通点は近日中に人が出入りしているということだけだが、情報が足りない現状においては人が一回でも立ち入りしているという場所こそが最も怪しいからだ。
「最初に校庭を調べたかったが…。今は詩奈達が練習で使っているか。仕方ない。新入生の教室を一個一個調べるとしよう」
やることを定めた和貴は新入生の教室を調べるために行動に移す。新入生の教室は全部で五つある。それを一部屋ずつ丁寧に調べるのは骨が折れるが任務と思えば何ともないと心の中で和貴は自身に暗示をかける。
そう思って新入生の教室がある二階に登ると、本来この場にいない人物が廊下に立っていた。その人物は和貴にとってもよく見覚えのある人物竹蔵理雄であった。和貴は一体何故と考えるが、とにかく声をかけることにした。
「理雄、どうしたんだ?こんなところで今日も補習か?」
「和貴か。いや、今日は補習で学校に来たんじゃないんだ。ただ補習に使った教科書を学校に忘れちまって・・・。それでその教科書を回収しようとしたんだけど見つからないんだ」
理雄の理由を聞いて和貴は納得する。基本な何かが抜けている理雄なら有り得る話だ。
(友人を疑うなんて俺は一体何を考えているんだか…。気を張り詰めすぎて肝心なところを見逃すかもしれないな)
緊張した気持ちを一度落ち着かせ、和貴は普段通りに理雄と会話した。
「そうか。じゃあ、一緒に探さないか?俺も訳あって今日学校に来ているんだ。どこになくしたとかは覚えているのか?」
「いや、さっぱりだ。俺らのクラスから下に向かって全部の教室を探したんだけどさ、全く見つからなかったんだ。それで最後に残ったのかここの階の教室ってわけだ」
「それは丁度良かった。俺もこの階に用があったんだ。じゃあ、ついでに探すよ」
刹那、和貴は冷たい視線を感じた。念のために後ろを振りむいたが、廊下には和貴と理雄以外に誰もいないかった。隠れられそうな場所もなかった。
(気のせいか?いや、誰かが確実に見ていたような気がしたが…。考えても仕方ないか)
油断できないことを判断した和貴はとりあえず自身の護衛のためにも理雄と合流する。
「それで、和貴の訳って何だ?こんな休校日に学校に来るんて俺みたいによっぽどのことがない限り来ないだろ?和貴がそんなミスするなんて思えないけど」
こんな時ばかりに勘がいい理雄に和貴は冷や汗を掻く。理雄は梶山の存在を知っている。梶山から頼まれた任務と言えば、理雄は素直に納得はしてくれるだろう。(仮に任務の内容を教えたところで、理雄はすぐに忘れてしまうが。)だが、一瞬とは言え、視線を感じたこの廊下で迂闊に話すことは避けたかった。
どうやって言い訳しようかと考えていると、理雄は何かを察したかのように慌てて和貴に話しかけた。
「いや、答えにくいなら別にいいんだ。人間、誰だって秘密にしたいことはいくつもあるからな」
「ま、まあな。…でも、俺は理雄の秘密なんて聞いたことないな」
「まあな。秘密が無いことが秘密だからな。俺は馬鹿だからそう言う隠し事は苦手だからよ、何も隠さずに相手に伝えちまうからな。最も、聞いた内容の半分以上は覚えていないけど」
それは秘密と呼べるのだろうか?と和樹は理雄の回答に疑問を持つがそんな会話をしていると、いつの間にか新入生の教室に辿り着いていた。
昨日すれ違った時には詳しく教室に中を見ることはなかったが、やはりというか当然ながら教室は綺麗であった。丁寧に並べられた机は何一つ乱れが無く一種の芸術に見えた。
そんな教室をこれから乱すと考えると少しためらいを覚えるが、これも任務のためと考え、和貴は理雄に指示をだす。
「じゃあ、理雄は教室の後ろを調べてくれ。俺は教室の前の方に行って探すから」
「わかった。じゃあ、俺は後ろの方に行って探してくるぜ」
「念のために言っておくが、力の加減はちゃんとしろよな。もし壊したりなんてしたら問題になるからな」
和貴は理雄に破壊しないことを釘を刺しておくと、早速己の任務のために調査を始めた。
和貴が最初に調べた場所は教卓だった。何かを仕掛けるなら、そこが一番怪しいと思ったからだ。だが、教卓は目立つ傷一つすらなかった。新品なのでは?と和貴は一瞬疑うが、よく見たら細やかな傷が目立たないように丁寧に磨かれていた。
ここまで綺麗に磨かれれば何かを仕込むこともできないだろうと思い、次に怪しい場所、黒板代わりの液晶画面を調べ始める。
だが、こればかりは今年から購入された物なのかどこにも怪しい場所は見当たらなかった。この二か所以外にも怪しい場所も調べてみたが、全くと言っていいほど怪しい場所は見つからず、和貴はこの教室は外れだと結論付けた。
理雄の様子を見てみると、どうやらこの教室にはなかったらしくかなり落ち込んでいた。
「まあまあ、次の教室で教科書を探そう。大丈夫だって、すぐに見つかるさ」
「ははは…。そうだな!!そうだな…。そうあってほしいな…」
ネガティブな理雄は珍しいなと思う反面、理雄らしくないと違和感を覚える。理雄がここまで落ち込んでいると慰めの一言ぐらいかけたいが、今声をかけても全て逆効果だろうと考えた和貴はあえて理雄を無視して次の教室へ向かう。こんな作業を数回繰り返していると、いつの間にか次で調べる教室が最後になった。
「…なぁ、和貴。これで俺の教科書が見つかんなかったら俺は一体どうなるんだ?心配してきたんだが…」
「最悪、補習が追加されるだろうな。お前の補習を担当している教師は厳しいことで有名だからな。もしも、代弁するなら『自己管理がなってない!!貴方は学校に来る気はあるんですか!?』とか言ってぶちきれそうだな」
「ふへ~。勘弁してくれよ…」
和貴と最低値までテンションが下がった理雄は最後の教室に一歩踏み込む。たったそれだけで二人は違和感を覚えた。もしも、最初にこの教室を調べれば気付かないで学校を立ち去っただろう。だが、他の教室を見て回ってきた二人からしてみれば、この教室はそれほどまでに違和感を感じた。
二人はこの違和感を感じ取ると即座に教室を出た。先ほどの気持ちを入れ替え、互いに顔を見合わせ小声で話し合った。
「和貴…なんかやばくないか?」
「奇遇だな理雄。俺もだ。ここは結構やばい。いや、最後だからこそこの教室の違和感を感じ取れたのかもしれない」
和貴は教室の扉に耳を当てる。…足音無し、呼吸音無し。そのことを確認すると、和貴は理雄に進めのジェスチャーをする。
理雄は頷き、教室の扉を少し開く。昼間の筈なのにまるで夜の学校のように気味悪く、そして薄暗く感じた。
二人は教室の中に入ると、人がいないことを確認し、和貴は小声で理雄に話しかけた。
「ここはすぐに調べて撤退しよう。じゃないとなんかやばい。そう感じる何かがいるような気がする」
「その意見は俺も賛成だ。和貴は確認だけして俺はさっさと机の中だけ確認して退散するのに限る」
互いの意見が纏まると、その後二人の行動は早かった。和貴は必要最低限の場所だけ調べ、理雄は最速で物を傷つけないように丁寧に調べていく。あと二十秒。それがこの教室にいられるカウントダウンのような気がしたのを二人は感じ取った。
残り十秒。和貴は調べたいことを全て調べ終え、教室から撤退しようとしていた。だが、理雄は教科書が見つからずに戸惑っていた。残りカウント八秒。和貴も残りの机を調べるために周辺の机を調べる。すると一冊の本を和貴は見つける。カウント五秒。すぐに教室を出なければまずいと本能が脳に訴える。
和貴は教室の外に向かって走り出す。理雄は教科書を探すのを諦めたのか既に教室から出ようとしていた。残り二秒。和貴、理雄の二人は教室の外に転がり込むように出た。カウントゼロ。背後から凄まじい殺気の刃が和貴達の背後に刺さった。
振り返ると、教室から黒い影が伸びていた。だが、その影は教室から出ることができずに見えない壁に向かって突き刺しているように見えた。
和貴と理雄っは冷や汗を掻き理雄は呆然と呟いた。
「和貴、これがなんだかわかるか?」
「…さあな。はっきり言えるのはこれは自動防衛システムのようなものだということぐらいだな。何もしてこなかったあの時間は恐らくこの防衛システムが稼働するまでの時間だったんだろうな。だが、こんなやばい物を学校に設置するか普通?」
「そういえば、和貴が持っているその本って俺の教科書か?」
理雄に尋ねられ、和貴はそれを見た。本には『現代文』と堂々と書かれた文字と、その裏には『竹蔵理雄』という名前が書かれていた。恐らくこれが理雄が無くした教科書であるに違いないと考えた。
その考えは当たったようで、理雄はその教科書を手に取るとさきほどのネガティブから一変し、和貴から見ていつもの理雄に戻った。
「よっしゃー!!これで怒られない!!本当にありがとうな和貴!!」
「礼には及ばないさ。…さて、問題はこれだが、理雄はどう思う?」
「どうって言われても、俺は考えるのは苦手だ。そう言うのは和貴が一番得意なんじゃないのか?」
それもそうか、と和貴は一度落ち着いてこの教室についてどうするか考え始める。
黒い影は防衛システムの役割を終えたのか、何事もなかったかのように教室の影と一体化した。もう一度教室に入るか和貴は考えるが、あの影に襲われる可能性が少しでも残っているならやめた方がいいと結論付けた。
「ここは一旦放置だな。幸いにも今日の午後からは人がいなくなる。その間にこのことを誰かに伝えなきゃいけない」
「伝えるって先生にか?でも、先生も危なくないか?」
「逆だ理雄。先生には絶対に伝えるな。こんな殺傷力が高いわなを仕掛けられる奴なんて教師しかいないだろ。念のためにEXクラスにも伝えておこう。俺の勘が正しければ、明日やばいような気がする」
和貴の言葉に重みを感じたのか、理雄は思わず固唾を飲んだ。和貴のいうやばいことが想像できたのか、理雄の額に汗が流れる。
「俺はこんなやばい教室が他にないか調べるが、理雄はどうする?もうやることが無くなったし、家に帰ってもいいと思うけが」
「俺はそうするよ。なんか気分が悪くなってきたからな。それに…いや、なんでもない。じゃあ、俺は家に帰るとするよ」
突如急いで理雄は和貴から離れる様に駆け足で階段に向かって行った。その様子を和貴は見ることだけしかできなかったが、後を追ってはいけないような気がした。
その直感を信じ、和貴は次の調査をするために体育館へと向かって行った。その途中、一階の廊下で職員室を通り過ぎる時、偶然教師に出会った。
「君、今日は休校日だぞ?何で学校に来ているんだ」
「学校に忘れ物をしたので回収しに来たんです。見つけたらすぐに帰ります」
教師は和貴を睨みつけると舌打ちをし、職員室へと戻って行った。機嫌が悪かったのかあるいは別の理由があってイラついていた教師に和貴は怒りを通り越して呆れていた。
「意味が分からん。はぁ、いなくなった相手に怒っても仕方ないし、さっさと体育館に行くとしようか」
そして歩くこと数分。和貴は体育館に到着する。椅子は昨日並べた通りになっており、塵一つ見当たらない体育館は誰も立ち入っていないことを証明していた。
「…この様子だと調べるまでもないが、念のため調べるか」
和貴は革靴を脱ぎ、体育館に入館する。先ほどの教室のように殺気は一切なく、むしろ安らぎを与えてくれるほど穏やかな空気であった。
椅子の下には何も置かれておらず、舞台にもおかしなところはない。あるのは自然とした体育館の姿だけだった。
「…杞憂だったな。ここが一番仕組まれてそうな感じだったが、何もしかけていなくてほっとした」
ここで調べる物はないと判断した和貴は体育館から出て校庭に向かった。次に向かう場所は校庭かと思った矢先、さきほどの教師を和貴は見かけた。
(さっきみたいに怒鳴られるのも嫌だしな。さっさと撤退するに限るか)
そう思って和貴は廊下に隠れようとしたが、その教師は突然体育館へと入っていった。一体何故と思った時には既に和貴はその教師の後を追うように行動していた。
その教師は舞台の上に登ると、用意された机の下にしゃがみ込み作業をし始めた。一体何をしているのかと思い和貴はその様子を観察していると、その教師は突然作業をやめこちらに振りかえった。
「おい、何見てるんだ?さっさと学生は帰れって言ってんだろ」
「一体何をしているのかわかりませんが、明らかに怪しい行動をして見逃すわけないじゃないですか」
すると教師は舌打ちをして、和貴の方へ振り返る。こちらに近づいてくるが、さきほどの影の殺気に比べれば大したことはなかった。
「お前、クラスはどこだ。場合によっては問題になるからな」
「EXクラスですが?何か問題でも?」
和貴は学生書をその教師に見せると、顔をしかめて舌打ちをする。一体何が不満なのかと和貴は考えるていると、教師は尋問するように和貴に問いかける。
「それで、EXクラスのお前が何で体育館にいるんだ?こんなところに忘れ物でもしたのか?」
「既に教室も調べたのですが、忘れ物が見つからなくて。それでもしかしてと思い、昨日手伝いに来た体育館ならあるのではと思ってここに来ました」
教師は溜息を吐き、そしてまた舌打ちをする。ここまで多いと舌打ちをする癖でもあるのではと模索していた。すると教師はブツブツと呟いた後、めんどくさそうな表情をして和貴に話しかけた。
「ならさっさとその無くした物を探せ。俺は忙しんだ。あえて人がいないこの時期に作業をしようとしたのに」
作業という言葉に和貴は反応する。まさか、こいつが侵入者ではと考えるが、教師の説明はまだ続いていた。
「まぁ、EXクラスなら話してもいいか。それに、何も説明しないで自分のことをしてろって言っても、気になって仕方ないって面してるしな。説明してやる代わりに他言無用で頼むぞ?じゃないと、俺の教職員免許が剥奪されるからな」
「…まぁ、自分で言うのもなんですが、口が重いので別に問題ないですけど。それで、、一体何をしていたんですか?」
もう何度目の舌打ちを聞き流して、和貴はその教師が何をやっていたのか説明を聞き始めた。
「この体育館には『転移陣』が刻まれているんだ。毎年この時期になると効果が切れるから入学式の前日にこうやって点検、更新してるんだ」
『転移陣』という言葉に和貴は驚きと隠せなかった。何故なら、転移陣は軍の中でも極秘情報の部類に分けられているからだ。転移陣は文字通り、物理法則の概念を無視して物を転移させることが出来る反則的な技術である。
この技術によって運搬のコストが大幅に下がり、また戦略の一つとしても用いられるようになった。だが、応用が利きすぎるためにその技術だけは国家機密として保管されていた。正確に言えば、転移陣の理屈は一部の人間にしか知らない。そしてこの技術を敵に渡らないように管理されている。
「つまり、先生は政府の役人?ですか」
「いや、少し違う。確かに俺は政府の役人だが、れっきとした教師だ。資格だって本物だ。そして転移陣を弄れる資格も持っている。要は偶然が重なっただけだ。前もって言っておくが、弄るところを見たいなんて抜かすなよ。そうなったら学生であれ、豚箱に入ってもらうことになるからな」
「それは恐ろしいですね。でも納得しました。私は探すものを探したらすぐに学校から出ますので、無視してもいいです」
教師は無言だったが、舌打ちをした。それが了解の意味なのかあるいは不服の意味だったのか分からないが、何も言って来ない時点で了解であることを理解して和貴はもう一度体育館をじっくりと探すのであった。
理雄は廊下を走っていた。教師が一人でもいれば間違いなく呼び止められるだろうが、幸いにも教師が廊下に現れることはなかった。
そして誰も来ないと確信できる場所で理雄は立ち止まる。振り返らずに理雄は背後にいる人物に話しかけた。
「なぁ、お前は誰だ?何故俺を追っているんだ」
理雄は至って冷静だった。何故理雄が追われているのか理解できなかったが、その原因は理解していた。理雄の右腕に傷ついたかすり傷から黒い影が現れている。この影が発信機の代わりとなって教室の侵入者を追跡したのだ。
追ってからの返答はない。理雄は現在、自分が置かれている立場を分析した。
(誰も来ない。武器は無し、加えて逃げ道もない。・・・これってもしかしなくても絶体絶命って奴か?)
「ぷっくははははwwwww。うっわだっせwwww。自分から背水の陣に入ってやがんのwww。しかも、武器も戦略も何もなし!!!草生えるわwwww」
背後から爆笑している人物の言っている半分が理解できなかった理雄だが、たった一つだけ理解したことがあった。それは敵が明らかに油断しているということだけだ。そこを突けば勝機があると理雄は考える。
既に影は理雄の足元まで迫っている。理雄は覚悟して後ろを振り向いた。
「な…んだ…これは?」
理雄の視界に広がったのは影が生み出した暗黒の世界。影は光すらも飲み込み視界を奪う。そして漆黒
の空間は距離感を奪い、方向感覚を狂わせる。そして最終手に残るのは圧倒的絶望感と恐怖感であった。
理雄は逃げ出したかった。だが、逃げるにしてもどこへも逃げることはできない。ここに来てようやく理雄は先ほどの人物が油断する理由が理解した。あれは慢心ではない。絶対的に覆らない、例えで言うのであればトラップに引っかかった猪のようなものだ。
そう理解した時には既に理雄の半身の感覚が無くなっていた。切断や焼却、ましてや衝撃波ではなかった。身体が段々崩壊しているのだ。
「な!?どうなって…」
「驚愕ばっかりだな、うはwwwウケるwwwww。せっかくだし、教えてやるよ。言わなくてもわかるがこの影は俺の能力だ。俺は『霧影』って呼んでいる。この空間にはいったら勝ち目はない。何故なら…いや、どうしよっかな~wwww。このまま焦らして、てめぇが死ぬ瞬間の絶望の表情を見ながら説明してやるのも悪くないなwww。まぁ、それまで精神が保っていればの話だけどなwww」
暗黒空間によって理雄はその人物の表情を確認するこはできないが、その気持ち悪い笑い方と喋り方は明らかに見下していた。
既に足はもがれ、腕もなくなりつつあった。そんな理雄に対して追い打ちをするようにその人物は理雄を挑発した。
「ねぇねぇねぇ!!!一矢報えない気持ちってどんな気持ちwwwどんな気持ちwww。残っている頭で聞かせて欲しいなwww。それとも、負け犬の遠吠え?あるいは苦渋の涙って奴も一緒にお願いしたいんだけどいいかなwww」
ぶちっと理雄の中で何かが切れた。頭部だけになったはずの理雄が動き出したのだ。その目の前で起きた出来事に影の人物は驚いた。影の拘束はさらに強めるが、それでも理雄の前身は止まらなかった。
(あと一歩!!あと一歩で奴に一発殴れる距離になる)
そう行動していた時には先ほど失った手足が戻っていた。否、元々あったのだ。影によって手足が無くなったかのように錯覚されていたのだ。
「ば、馬鹿な!?お、俺の影を振りほどくなんて!!!こんな馬鹿な話があってたまるか!!!」
「穏便な俺でもあそこまで煽られると流石に切れた。待ってろ。今すぐにでもその影に染まった顔面を殴ってやるからよ…!!」
ぶちぶちっと引きちぎれる音がした。この音を聞いて影の人物はさらに焦りをあらわにした。
「や、やめろ!!これ以上進んだら…やばいって!!!ねぇ!?ねぇ!?いったん歩みを止めようよ!?さっきのことは謝らないけど、じゃないとやばいって!!!」
「じゃあ、やめないね。さっさと前に言ってお前を一発殴る!!!」
理雄が一歩進んだ時、ようやく理雄の拳の射程に入った。拘束を完全に振りほどき一発影の人物に殴った。だが、それが叶うことはなかった。何故なら腕が切断されていたからである。
一瞬、また影が生み出した幻覚だと考えたが、腕から伝わる痛みによってこれが現実に起きた出来事であることを強制的に理解させた。
「な、何で…」
「うわーやめてー痛いからー…お前がなwww」
棒読みで明らかに挑発している影の人物は大笑いしてさらに煽り始めた。
「いやーwww、これ以上笑わせてくれないでよwwww。本当www思い通り過ぎて腹痛いわwwww。やべっwww腹痛すぎて明日絶対に腹筋痛いわwww。そしてその表情wwwウケるwwww」
「い、一体何が起きたんだ?」
転びながら爆笑している影の人物は困惑している理雄を見てさらに面白くなったのか得意げになって解説し始めた。
「いやwwwねwww。俺の影は変幻自在なのwwwわかるwwww。まぁ馬鹿なお前に言ってもわからないかwww。じゃあ、さっさと死のうか。俺も満足したしwwwいやwww人間を愚弄するって本当に楽しいねぇwwwwwwwwwww」
そう言い終えたと、漆黒の影が理雄の肉体を貫き、千切りキャベツのように切り刻まれた。そして理雄は最後に何も思うことが出来ずに闇へと屠られた。
この作品を読んで矛盾しているところや誤字があれば指摘をお願いします。もちろん感想や意見もお待ちしております。