突然の知らせ(修正完了)
今日の授業が終わり、学校にいるほとんどの学生は放課後どのようにして過ごそうかと楽しんで話していた。EXクラスの生徒もそれは例外ではない。だが、たった一人、和貴は機嫌が悪く、一人で考え込んでいた。
(あのくそ教師の言うとおりだ。現実を見れば確かに無能力者の俺がいきなり作戦司令官になれるわけがない。理解していたが…頭ではわかっていたが…よりによってあいつに指摘されたことに腹が立つ!)
苛立っている最中、その人物、草部はやってきた。しかし、普段と違った様子であった。というのも、普段の草部はHRの際、何も荷物を持たないのだが、今回に限ってはプリントを手に持っていた。
一体何のプリントだろうか。そんなことを考えている中、草部は頭をかきながらHRを始めた。
「えーそれじゃあ、HR始めるぞ。まず最初に一言。明日修学旅行があるからそのつもりで。内容はこのプリントにって、そんなに驚くことかい?」
「当たり前だ!草部先生!あんたが職務怠慢だってことは充分に理解していたが、まさかここまでとは…。さっさとそのプリントを渡してください!」
有樹はプリントを草部から受け取ると、すぐに舌打ちをする。軽く見たところで有樹は草部の教卓までより詰め、プリントの一文を指さした。
「これはどういうことだ草部先生?このプリントが完成したのが一週間前だぞ?つまり、本来なら一週間前にこのプリントは俺達に渡されたということじゃないですか?」
「知るか。印刷ミスだろ。それじゃあ、そういうことだからみんなちゃんと準備してね。遅刻したらぶっ飛ばすからな」
有樹の威圧を風のように受け流した草部は堂々と教室を去っていった。しばらく教室は無言になり、怒りを募らせた皆はそれぞれ愚痴を言い合った。
「わかっていたけども!わかっていたけどここまでとは!!!本当にいい加減な奴め!いつか痛い目を合わせてやる!」
開口一番に愚痴を言ったのは有樹であった。その意見に賛同する凍原や炎星もうんうんと頷く。三人はどうやって草部を陥れるか考えるために話し合いが始まった。その会議に和貴も参加する為、和貴は有樹の肩を叩いた。
「おい、その話一枚噛ませろ。俺もあのくそ教師には我慢の限界なんだ」
「…まさか、あの日以来で手を組むことになるとはな。和貴なら聞き流すと思ったんだがな」
「今までならな。だが、今回の件で完全に堪忍袋の緒が切れた。あの給料泥棒に制裁を加えなきゃこの苛立ちがいつまでたっても治らないような気がする」
無言で和貴と有樹が手を握ると、二人は話し合いに入った。完全によそ者となってしまった凍原と炎星は二人の楽しそうな表情を見て恐怖を感じた。
「なあ、炎星。俺は悪夢を見ているのか?あいつらが手を組むってこんなにも怖いことなのか?」
「知らん。だが、この恐怖心はただならぬな。どれ、俺達もその話し合いに混ざるか」
炎星と凍原も二人の悪だくみに参加し、一時切り上げとなったが、どうやって草部を陥れるか意見を言い合う充実した時間を過ごした。余談だが、この正気を疑う作戦会議の空気に耐えられず、ほとんどのEXクラスは即座に教室から出て行ったらしい。
空は茜色に染まり、沈みゆく太陽が一種の芸術かと思えるほど綺麗な景色を楽しみながら、和貴はその背景と一体化して歩く。下校途中に過ぎ去る町の様子は半年前に事件が本当にあったのかと疑いたくなるほど、活気が心地よく伝わってきた。
「まさか、草部制裁作戦があれほどまでに長引くとは…。これじゃあ、姉さんに心配されちまう」
今日は重力王こと自身の姉、綾華に会う予定があることをすっかり忘れていた和貴は急いで月宮殿に向かっていた。先ほど会議が終わってスマホを見たところ、凄まじい量のメールが来た時には半年前にクルベルトと初めて出会った程と同じ恐怖感を感じた。
急いで和貴はメールを返信すると、綾華からのメールが止まったが、これ以上遅れてしまえば倍以上のメールが届きそうに感じたため、普段よりも早めに歩くスピードを速めていた。
週に何回もここにくると門番に顔を覚えられ、簡単に扉を開けてくれる。(二度目に来たときは開けずに職務を全うしていたが、そのことを知った綾華は門番を叱り、減給されるという嫌がらせに等しい行為をさせられたそうだ。)軽く挨拶を交わした後、和貴はいつものように彼女に会いに行く。
「行き始めた頃は広すぎて梶山さんの案内無しでは迷って大変だったが、今となっては自宅の様にどこにどの部屋があるか把握できるようになったな」
そんなことを呟きながら和貴は月宮殿の中を迷わずに見覚えがある大きな扉の前に立つ。この大きな扉の中こそ、綾華と普段話合っている部屋である。
綾華がいる部屋の前でノッカーを一定間隔でノックする。この一定間隔のノックは和貴と綾華が決めた合言葉のような物だ。すると、扉の奥からドタバタと何かが倒れる音が聞こえた。和貴は何事かと思ったが、しばらくすると扉が開いた。
「姉さん。大丈夫ですか?」
「痛たたた…。和貴か。ちょっと本を運んでいたらうっかり落としてしまって…」
玉座の隣に置いてある小さな机には多量の本が積み重なっていた。どれもこの国の政治についてや経済学、帝王学についてなど、普段和貴が決して読むことができない本ばかり置いてあった。床に転がっている本もその一種だろう。和貴は散らばった本を拾い、片付け始めた。
「手伝いますよ姉さん。この本はどこに置けばいいですか?」
「裏の書庫に置いてほしい。っと、そういえば和貴はまだ書庫に行ったことがなかったな。…どうした?そんなキラキラした目で私を見つめて。私個人としては非常に嬉しいが!生憎まだその心について答えるわけには「書庫があったなんて初耳です!どこにあったの!?ぜひ行きたい!今すぐにでも!」…あ、うん。…そうだな、和貴はそういう性格だったな」
何故かがっかりしてる綾華の様子を見て和貴は疑問に思ったが、そんなことよりもこの玉座に置いてある本について気になった和貴は楽しみで仕方なかった。綾華は片づける本を持ち、玉座の裏に隠れているカーテンをめくった。すると、そこには鉄で出来た頑丈な扉が存在していた。
「こんなところに書庫があったなんて気づかなかった。一体どんな本があるんだろうか…」
「和貴が楽しんでくれて何よりだが、和貴が期待している本はないかもしれないぞ?さて、鍵を開けるから少しどいてくれ」
綾華は鍵を使い、鉄の扉を開けた。綾華はその鉄の扉を押し、暗い空間に入っていった。和貴も綾華の後に続き、暗い空間に入っていく。しばらくすると、鉄の扉はガチャンと閉まり、部屋全体に明かりが灯された。
「…すごい」
和貴はただ一言、それだけ言った。書庫はこの世に現存しているどの図書館よりも広く、周囲を見渡してもあるのは様々な本ばかりであり、和貴にとって天国に等しい空間だった。
「私は基本的に図書館はここだけしか使ってないからこの図書館が一般の図書館よりもどれくらい広いのかわからんが、和貴のその表情を見れば理解できるな。さて、今日はここで過ごすか?」
「いいの!?それなら是非ここの本を一冊ずつ見ていきたい!ああ、明日から修学旅行がなければ毎日ここに入り浸っているのに…」
ピシっと綾華の体に亀裂が入る。和貴が言った一言を理解できなかったのか、綾華はもう一度和貴に質問する。
「和貴よ。今聞き捨てならないことを聞いたんだが!?修学旅行とは一体どういうことだ!?」
「今日、連絡が入ったんだ。確か配られたプリントからして、三日の間修学旅行に行くんだ。場所は確か新潟の駐屯場だったはず」
パリン、ガシャン。表現する擬音語があるならそれが正しいだろう。綾華がもしもガラスでできていたのなら、罅が入り今すぐでも崩れているだろう。明らかに落ち込んでいる綾華は珍しくおろおろとした様子で話しかける。
「きょ、今日だと…。和貴よ。お前の担任の名前は何というんだ?」
「グズ草部くそ椿。それがどうしたんだ?」
すると、先ほどまでの態度はどこへやらと言わんばかりに、綾華の機嫌が悪くなった。こめかみに血管が浮き、笑顔の状態で綾華は懐からスマホを取り出し、誰かと電話し始めた。
「もしもし私だ。一つ聞きたいのだが……。ふむ…。…死ね。今すぐ死ね。後で覚えてろ」
ふつふつと怒りを込めて綾華は電話を切り、電源を落とした後、懐にスマホをしまった。普段と違った綾華を見て和貴は萎縮してしまう。綾華は頭を抱え、和貴に謝罪した。
「すまない和貴。その教師は私の知り合いなんだ。後でしばくからそれで勘弁してほしい」
「むしろありがとうございます。感謝です。本当に。自分達だけじゃあ、アイデアこそ浮かんでもどうやっても避けられるイメージしか浮かばなかったので」
そうか、と綾華は何気ない返事に和貴は心の中が妙にスッキリしたような感覚に覆われた。すると、綾華は近くに置いてあった椅子と机を和貴のところに持ってきた。
「せっかくだから立ち読みではなく、この椅子と机を使って本を読むといい。ここまで歩いてきたのなら、なおさら足が疲れているだろう?」
綾華の言う通り、和貴はここまでずっと歩いてきたため、足が少し疲れていたところだった。綾華の言う通り、和貴は椅子に座ることにした。
「そうします。ですが、その前に読みたい本を探してから椅子に座ることにします」
「そうか、なら私はせっかくだから紅茶を入れておこう。作り立てを準備する故、しばし待ってくれ」
そう言って綾華は書庫から出て行った。その間に和貴は読みたい本を探すために、書庫のあらゆる場所を探索し始めた。
改めて書庫がどのようになってるか探索したところ、書庫は円柱状に造られており、天井の高さはおよそ二十メートル程、五階の建ての建築物のように五層によって本が分けられていた。一層から三層までは一般の図書館でもよく見られる本が多彩に存在したが、四層と五層は見たことがない書籍ばかりであった。
和貴はまずは四層の本を全て読破しようと考え、四層の本を十冊取り出し、一階に用意された机の上に置き、本を読み始めた。この瞬間、和貴は至福の時間を感じていた。
(ここまで幸せを感じたのは久しぶりだ…見たことがない資料や書籍。頭の中に刻まれていく知識…。はぁ、たまらない…)
本の虫ならぬ本の獣となった和貴は貪る勢いで本を一冊、また一冊と読破していきあっという間に十冊読み切ってしまった。和貴は新たな本を読もうと再び四層に行こうとしたとき、鉄の扉が開いた。
「随分と楽しそうだな。そんなにここの書庫は気に入ったのか?」
「当然!ここまで感動を覚えたのは久方ぶりだよ。早く次の本を読みたい…」
「まぁ、とりあえず紅茶を入れてきたのだ。一度頭をリセットしたらどうだ?」
綾華の言う通り、一気に読みすぎたのか和貴の脳は非常に疲弊していた。和貴もここは一度集中力を回復するために休むべきと考え、綾華の提案に乗った。
綾華は机の上にティーカップを置き、紅茶を注ぎ始める。和貴は自分が注いだほうがいいかと考え、席を立とうとした瞬間、綾華に頭を軽く押され耳もとで小さく囁く。
「偶には私が注いだ紅茶も飲んでみてくれ。こういう機会はそうないからな。それとも紅茶は嫌いだったか?」
「いや、弟の俺がやらなきゃなって思っただけさ。それに綾華は王様だろ。それこそ、玉座で座って待ってなよ」
「嫌だ。あの玉座に座るときは名目上、王である時の私か、少し威厳を見せたいときにしか座らん。だが、今はただの姉だ。ならばこうやって向かい合って座るのも悪くない。何せ和貴は私の立った一人の弟だからな」
そう言って綾華は和貴の髪の毛を撫で始めた。いきなり撫で始められ、少し驚いた。照れてしまう和貴だが、あの時みたいに匂いを嗅がれるよりは断然ましだった。
撫でられている状態の中、和貴は綾華が注いだ紅茶を一口飲む。すると、甘やかな味と香りが口の中に
広がっていった。初めての姉の贈り物に和貴は感動する。
「その様子だと大分気に入ったようだな。うん、私も嬉しい。悪い気分じゃない」
「おいしいよ。姉さん。にしてもどうやってこんなにおいしく注げるんだ?」
「特別なことは何もしていないさ。小さいときからそれだけが私の楽しみだったからな。長年の経験で自然とうまくなったんだろう」
珍しく自慢げに語る綾華を見て和貴はクスリと笑う。綾華はむっとした和貴を睨む。しばらく沈黙し、無言の空気が続いたが、たまらず二人は笑い出す。ここにいるのはただの姉弟であり、彼らにとってはただの日常である。しかし、だからこそ非日常が日常となっている綾華はそれが恋しく、今まで姉弟がいなかった和貴もまた恋しかった。
「ごちそうさま。紅茶とてもおいしかったよ姉さん」
「それはよかった。和貴は笑顔が一番似合ってる。先ほどみたいに何やら深刻そうな表情よりはましだな」
「そんなに表情が悪かったのか?俺は普段通りだと思ったんだが…」
「姉の観察眼を見くびる出ないぞ。姉弟だからこそわかる表情というものがあるのだ」
誇らしいげに(あるいは自慢げに)綾華は天狗になったかのように胸を張る。和貴は無意識であったが故に自身が悩んでいるということに気が付かなかった。だからこそ、気が付いた綾華に和貴は自身の悩みについて相談しようと決意した。
「姉さん。実は相談したいことがあるんだけどいいかな?」
「うむ。存分に相談するといいぞ。何せ、私は姉だからな!」
そこから和貴は自身の悩み、『このままでは司令官としてなれるのか。それ以前に軍に所属することができるのだろうか』という悩みを綾華に解き明かした。
話を聞いている綾華は途中までは優しい姉であったが、話を聞き終わると綾華は普段の、王としての雰囲気を漂わせていた。和貴は見慣れたその綾華の雰囲気に恐れず、どうすればいいのか問いかけた。綾華は一度目をつぶり、そして答える。
「大変いいがたい事実だが、このままでは和貴の心配通り、軍に入ることはできぬ。理由は言わなくてもわかるな?」
「はい。無能力だからですよね?」
「違う。能力があるなしの問題ではない。和貴には最低限の戦闘能力というものが皆無だからだ。自分の身すら守れぬ司令塔など、いつの時代も、名将というのは、戦闘もでき、知略も回る者を指す。撤退する能力もない司令官など邪魔以外の何物でもない」
和貴が考えていた答えと違い、和貴は納得と同時に理解した。半年前に事件も、クルベルトが襲撃した時、自らに戦う手段があればあんな無茶な作戦を立案しなくても楽に撤退できた筈だと。しかし圧倒的な力の差に和貴はそのことを考えず、思いつきもしなかった。
「それじゃあ、今から強くなるしかないということですか?」
「まぁ、それしか方法はない。それともう一つ和貴には大きな誤解がある。これは今の軍全体に言えることだ。これを理解しているのは私と同じ天災の英雄だけだ。心して聞くがよい」
和貴は綾華の一言に集中して耳を傾け、綾華の言葉を聞いた。
「能力は手段だ。戦闘に必ずしも直結するものではない。あくまで戦闘で役立つものは自身の戦闘技術だ。これをよく覚えておくがいい。最近の奴らはこれを理解していない。能力が全てのあの法律は即座に撤廃させたが、いまだにその風潮が残っている。本当に忌々しいな。そのせいで何人才能ある戦士をスカウトしなければいけなかったか…っと、途中から私の雑談になってしまったな。他に相談ごとはあるか?」
和貴は綾華の言葉を聞き、特にないことを伝えた。綾華は「そうか」としか言わなかったが、和貴の表情を見て、満足した回答を手に入れたのだなと理解した。
「姉さん。悪いけど、本を読むのはまた今度にする。今はやりたいことができたからさ」
「そうか、なら、そのやりたいことに向かって必死に努力しろ。その努力は決して裏切ることはない」
その言葉を聞き終えた和貴は書庫から出て行った。綾華はその後姿を眺めていた。しかし、その表情は別れ惜しむ悲しい表情ではなく、これから進化する若者を、肉親の弟を応援する母親そのものであった。
月宮殿を出た和貴はすぐにスマホを使い、和貴の友人である理雄に電話した。ガチャという音がスマホから流れる音を聞き、和貴は理雄に要件を言った。
「理雄。頼み事したいんだけどいいか?」
「和貴か!不機嫌さは治ったっぽいな!それでどうしたんだ?和貴から電話って初めてのような気がするが…」
「そういえばそうだったな。頼みって言っても簡単なことだよあのさ…俺に体術を教えてくれないか?」
その先の言葉を伝えたとき、突然スマホの通話が途切れた。家に帰る途中、どうして電話を切ったのか和貴は理雄に直接聞いたところ、驚きにあまりスマホを握りつぶしてしまったらしい。




