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グロウ・ソウル  作者: PIERO
始業式襲撃編
2/57

彼の日常

速いですけど次の話です。短いですけどしばらくはこれくらいの文字数で投稿したいと思います。もし、短いと感じる方がいれば一話に対してどれくらいの文字数がいいのか指摘をお願いします。

 部屋のカーテンから日差しが入り込み、薄暗い部屋を程よく照らした。日差しは部屋の主の顔面に直射さて、主は光が眩しく無意識に布団で光をシャットアウトする。刹那、目覚まし時計のアラームが部屋中に鳴り響いた。

 

 ベットの上で丸まっている布団がもぞもぞと動き出し、先ほどまで熟睡していた人物、霊峰和貴(たまみね かずき)は今日も朝を迎える。

 

 眠気の余韻に浸りつつも、和貴は目覚まし時計の鬱陶しいアラームを止めに布団から出る。アラームを止めると同時に今の時刻を確認した。現在の時刻は六時半。まだ一時間も余裕がある。そう思った和貴は二度寝を検討するが、今日の用事をぼんやりと思い出す。


(そう言えば、今日は始業式前の準備をする日だっけ?…はぁ、面倒たが、起きなきゃいけないよな)

 

 欲望に負け、二度寝をしてしまえば間違いなく手伝いに遅刻してしまうだろうと考え、和貴は夢の世界へ飛び込もうとする気持ちを抑制し、机の上に置いてある眼鏡をかけ、洗面台へと向かう。

 

 洗面台に設置されている電球は煌々と光り、鏡を輝かせる。その鏡を見て自身の灰色の髪に寝癖が立っていないか、何かおかしなところはないか確認する。全て確認し終わった後、和貴は制服に着替え、既に用意された朝食を食べながらテレビを見始める。


 必要な情報を頭に入れ、玄関に用意していた荷物を手に取る。最後の確認として玄関に置いてある鏡を見て制服が乱れていないか確認し、家を後にした。


 学校へと向かおうとする道中で和貴は今のご時世に珍しく残る一つの豪邸の前で歩みを止める。何故ならその豪邸から一人の少女と少年が出てきたからだ。


 服装は和貴と同じ学生服であり、その顔を和貴は知っていた。そして少女は和貴を見つけると優雅に近づき、生活習慣の一環のように和貴に挨拶した。


「おはよう和貴。…今日はやけに不機嫌そうだけど、どうしたの?」


「ただ眠いだけさ。いつもより一時間早く起きたからな。そう言うお前も、声の低さから十二分に機嫌が悪いことが分かるぞ」


「余計なお世話よ。でも、機嫌が悪いことは間違ってないわ」


 大きな溜息をついた少女の名は墓守詩奈(はかもりしいな)。先ほどの豪邸の一人娘であり、今の政治界の中でも有力政治家の墓守厳宗(はかもりげんしゅう)の孫娘でもある。


 詩奈は日英系のハーフで、青い碧眼に栗色のやや長いショートカットヘアと母方の血を多く引き継いでいる。身長も普通の日本人に比べてばやや高く、モデルのようにスタイルもいい。だが、詩奈に寄り添おうとする異性が圧倒的に少ないのだ。


 その理由の一つが厳宗の過保護にある。詩奈が変な男に捕まらないように余計な手出しをしてくるのである。それ故に、男子は下手に手を出すことが出来ず、なかなか声をかけることが出来ないのである。


 だが、それでも極稀にその手出しに負けずに彼女に話そうとする勇者が現れる。しかし、ここで第二の理由が発生する。


 第二の理由。それは詩奈自身の性格である。彼女の性格を一言で表すと嵐である。生まれつきなのか、或いは厳宗による影響なのか、詩奈は口より先に手が出てしまう性格であり、彼女と話した勇者は大抵敗者となって肉体精神両方がボロボロになって帰ってくるのである。


 余談だが、詩奈自身「私と付き合いたいならそれくらいの度胸が無ければ論外」と言っているので和貴はあまり考えないようにしている。


 そしてそんな詩奈の後ろにいる満身創痍の男子学生はふらふらと歩きながらもしっかりと詩奈について行く。和貴は目を覆い隠したかったが、あまりにも無残なその姿に肩を貸すことにした。


「大丈夫か幸成(ゆきなり)?今日は一体何をしたんだ?」


「…きょ、今日は…詩奈を起こしに部屋に入ろうとして…そしたら詩奈が着替え中で「余計なことは喋らなくてもいい!!!」ぐふぅ!?鳩尾は…あかん…。でもご馳走様です。ありがとうございました」


 詩奈の鉄拳が満身創痍の男子学生の鳩尾に入り、法悦な表情に変わり道路で悶絶する変態、景山幸成かげやま ゆきなり。詩奈の家で働いている彼女の執事である。


 無表情の幸成はまさしくイケメンの部類に入るだろう。髪は普段からワックスでオールバックに整えており、背筋も伸び、身長も高い。加えて、詩奈とは違ってちゃんとした常識人でもある。…この後天性マゾヒズムの部分を除けばの話だが。


 そんな幸成は詩奈の幼馴染であり、代々墓守家に仕える執事の家系の一人息子である。そんな彼が何故詩奈の家から一緒に出てきたのか。それは彼の家がこの世に存在しないからである。


 幸成の実家は不幸にも日本の防衛線の被害に遭ってしまい、両親は他界してしまっている。そんな身寄りのない天涯孤独となった幸成を引き取ったのが詩奈の祖父、墓守厳宗である。


 詩奈曰く、厳宗が若い頃、幸成の両親に命を救われたらしい。それ以来、厳宗は幸成一家のことをよく見ていたそうだ。だが、幸成の両親が死んでしまい幸成だけが生きていたことを知った時には号泣していた。そして厳宗は幸成の両親の代わりに自身の手で彼を育てると言っていたらしい。


 当然、墓守一族の多くは反対したが、厳宗が幸成を見習い執事という立場で育てるという結論ならぬ鶴の一声によって、一族全てを説得させ、詩奈の執事を務めてさせた。


 だが、時折幸成が聞く噂では「彼女の性格に耐えられる執事がいなかった」という理由もあったため、幼馴染である幸成の方が他の執事よりも肉体的にも精神的にも耐えることができたという理由もあったそうだ。事実、幸成はこのように詩奈の暴力に耐え(?)彼女の執事を十年近く続けていた。


 虫の息となった幸成を見て和貴は冷や汗を掻き、これ以上今朝何が起こったのか聞くことをやめようとした。そうしなければ幸成と同じ末路を辿りそうな気がしたからだ。


「その出来事は聞かないでおくよ。詩奈の名誉のためにも、俺自身のためにも。それより、詩奈達も学校の手伝いに呼ばれたのか?」


「違うわ。私達のクラスって戦術披露(せんじゅつひろう)があるでしょう?だからその為の練習よ」


 戦術披露という言葉を聞いて和貴は納得する。詩奈達のクラスは入学式のプログラムの一つとして、新入生に戦術を披露するというイベントがある。基本的に相手となるクラスは二年生がほとんどだが、極稀に二年生の成績が一年生のクラスに劣っている場合、一年生が相手になることもある。


 詩奈が学校に行く理由を聞いて和貴は納得した表情で頷いた。


「なるほどな。場所は確か軍の基地が管理している人工林だっけ?」


「そうよ。私達三年生はハンデとして二年生に大きなアドバンテージを与えるってうちの担任が言ってたわ。少なくとも、私達が不利になることは変わらない。でも負ける気は毛頭ないわ。だから今日は暇な人だけ集まって作戦の手順や欠点、相手の考えられる戦術とか色々話し合う予定なのよ」


「因みに俺は厳宗は様から『詩奈が余計な男に捕まえらないようにしっかりと見張っとけ』って頼まれたんだ。心配する気持ちはわかるけどさ、ちょっと過保護すぎると思うけどな」


 悶絶からいつの間にか復活していた幸成に多少驚きつつも、腕時計を見てバス停の時間が迫っている事に気が付く。和貴は詩奈達にもそれを伝えるべく、バスの時刻が迫っていることを話した。


「いけねぇ、バスの時間が迫ってる。急がないとバスを乗り過ごしちまう。詩奈、幸成。少し速足でバス停に向かうぞ」


「あら?本当ね。じゃあ急がないと。幸成も復活したし、急いでバス停に行きましょう」


 和貴達は乗り遅れることはないだろうと思いつつも、心の中でひやひやとし、やや駆け足でバス停へと向かって行った。


 バス停に到着すると同時に丁度いいタイミングでバスが到着しようとしていた。駆け足のまま、和貴達はバスに飛び乗り、乗り遅れるギリギリのところでバスは出発を始めた。


 息を切らしている和貴達は近くの椅子に座ろうと思い、辺りを見渡す。すると丁度三席分空いている場所を見つけた。


 和貴達はそこへ行き、 学校前に到着するまでの間、走ってきた疲れを癒そうと呼吸を整えていた。


「危なかったわね。あと十秒遅れてたら乗り遅れるところだったわね」


「全くだ。和貴が時間を指摘しなかったら今頃遅刻してたよ」


「いや、大したことしてないさ。当たり前のことを指摘しただけだからな。まぁ、バスに乗ればこっちのもんさ。着くまで俺は本でも読むとするよ」


 和貴は持ってきた鞄から一冊の本『神仏族の研究』を取り出し、それを読み始めた。


 怪物が地球を侵略してきて長い年月が経った。敵の弱点や特徴も大方解明されてきたが、未だ解明できていない種族があった。それが神仏族だ。神仏族とはその名の通り、神話で語られている神々に等しい力を持っている正真正銘の化け物である。詳しいことはわからないが、その中でもわかっていることは二つある。


一つは並の能力者では相手にならないことだ。怪物側においても神仏族に勝てる可能性がある種族は龍神族の中でも極一部だけと言われているが、その龍神族を倒すにも、凡才の能力者では対抗できない。それほどまでに神仏族との実力が離れているのだ。


 そしてもう一つは神仏族の個体数である。神仏族は極めて強大な力を有しているためか、発見されている個体数が極端に少ないのである。


 侵略してきた当時に確認されている神仏族は十二体だったが、今ではたった七体しか確認されなくなった。神仏族の五体に一体何があったのかを知る方法はないが、それほど神仏族の個体数が少ないということだけは分かっていた。


 この内容に加え、筆者の根拠のない推測が書かれているこの本が気になったのか、詩奈は読書中の和貴に話しかけた。


「和貴、その本は何?学校の図書館でも見かけなかったような気がするんだけど…」


「これか?これは『神仏族の研究』っていう神仏族の論文みたいなものだ。学校だと神仏族はまだ理解できてないって理由で説明されていないだろ?だからわざわざ本屋に行って買ったんだ。まぁ、内容はお察しだけどな」


 和貴ががっかりすると詩奈は少し興味を持ったのか和貴との話を続けた。 


「確かに詳しいことは教わっていないけど、そもそも私達じゃ相手すらならないじゃない。それなのに何で和貴は調べたがるの?」


「まぁ、詩奈の意見は尤もだ。俺が神仏族に勝つなんて万が一にも有り得ない。だけど、神仏族は不死身じゃない。身体の構造が人間と違っているだけで生物には変わりない。人を蟻に例えるなら神仏族は象に等しい強大な力を持っている。もしかしたら万能かもしれない。だけど、どんな生物でも()()()()()。仮に弱点は無くても、何か他種族との共通点はあるはずだと俺は考えている。実際、過去の記録にどうにかして天災の英雄が倒した記録だってある」


 熱弁する和貴に呆れたのか詩奈は溜息をつき、そして少し羨ましいそうでどこか嬉しそうな表情で和貴にポロリと言った。


「熱心ね。私なら姿を確認しただけで即座に逃げるわ。死にたくないもの」


「それが普通だ。俺みたいな熱心の方が今の時代では、変人なのさ」


「ふーん。そう言えば、最近日本に怪物が上陸したっていう噂は知ってる?」


「詳しくは知らないが、なんとくなくな。まぁ、ここに攻めてくることはないと思うがな」


 すると、突然バスが大きく傾いた。一体何が起きたのかと思い和貴達は乗ってきた人物を見た。だが、その人物を確認すると、三人はバスが傾いた理由を納得しそのまま各自やっていたことを続けた。


 すると、バスを傾けた張本人である二メートルを超える大男は和貴達を見かけるとのっそのっそとヒグマのようにゆっくりと歩いてきた。その大男は和貴達がよく知っている人物であり、一番長い友人付き合いと言っていいほどの腐れ縁でもある。


「おはよ!!和貴!!今日もいい天気だな!!」


「ああ、おはよう理雄(りお)。それと、バスの中では静かにな。周りの人に迷惑がかかっちまうからな」


 大男の名前は竹蔵理雄たけくら りお。和貴の親友であり、心の底から信頼している相棒でもあった。身長二メートル強の巨体から考えられないほどの童顔が特徴であり、身体の筋肉はもはや鎧と言っても過言ではないほど制服からあふれんとしている。


 そしてその筋肉量と先ほどバスに入っただけで傾けさせたその体重は百二十キロは超えており、一歩一歩の踏み出しがプレス機のような威圧感を滲み出しいている。


 最大の特徴はその巨体が能力によって生み出された物ではなく、天性の才能であるということである。故に、軍からは理雄のことを『期待のエース』、『マッスルベアー』、『最も天災の英雄に近い男』、『自動破壊兵器』、『人類の最後の希望』などと呼ばれている。


 理雄はわりぃわりぃと大きな身体で和貴に謝罪し、近くの手すりをに手を掴んだ。すると、めきっと大男の手の中から金属が曲がる音が聞こえた。


「あ!?やべ!?また壊しちまった!?」


「はぁ~。理雄、今月器物損害一体何件目だよ。まだ上旬だぜ?本当に力加減をしているのか?」


 あははと理雄は手に持っている手すりを笑って誤魔化しているが、和貴は呆れて何も言う気はなくなった。すると、詩奈は頭の上に疑問符を浮かべた表情で理雄に質問した。


「そう言えば、何で理雄がこんな朝早く学校へ登校してるのよ。あなたが手伝いに呼ばれる筈がないでしょう」


 詩奈は理雄が制服を着ていることを指摘すると理雄はそれは…と口を濁し始めた。和貴も同様の疑問を持った。


「そう言えばそうだな。文化祭の手伝いをさせれば理雄が持った装飾品は全て破壊して台無しになるし、かといってその腕力を荷物運びに使ったら目的理に到着してる頃には届け物が原形を保っていないなんて言う摩訶不思議な現象が起きる理雄が呼ばれる筈がない。一体何をしたんだお前は?」


 すると理雄は突然真顔になり、真剣な表情で和貴に話した。


「何って、テストで赤点を取って呼び出しされた。それで、今日はその補習だ」


「あーうん。納得した。そう言えば、お前は壊滅的に頭が悪かったな」


 幸成の的確なコメントはこの場にいる和貴と詩奈を納得させるのに充分すぎる理由だった。


 より正確に言えば、理雄は頭が壊滅どころの話ではない。脳みそまで筋肉でできているのか、理雄は勉強において例外(効率よく筋肉を鍛える方法)を除き、学習能力や記憶力が皆無に等しいくらい物覚えが悪い。それを補うかのように和貴がいつも理雄が分からないところを教えているが、毎度の如く和貴が今まで教えてきた時間を無駄だと言わんばかりに悪い点数を取ってきている。


「…理雄、今回の学期末テスト。一体何点だった?よほど悪くなきゃ入学式が始まる一歩手前まで補習なんて有り得ないぞ」


「ふふん!!聞いて驚け。なんと俺もびっくりオールゼロ!!一点すら取れなかったぞ!!」


 理雄の点数を聞いた時には既に和貴の拳は理雄の腹を殴り終えていた。だが、鋼鉄の鎧ともいえる理雄の筋肉は非力な和貴の拳を受けてもいたがる様子がないどころか何事もなかったかのように平然としていた。対して和貴は、まるで高密度に固められたコンクリートブロックを殴ったかの痛みが全身に響き渡っていた。


 理雄の馬鹿さ加減と自身の非力さの怒りを込めて、和貴は少し涙目になりながら理雄を叱り始めた。


「何であれほど教え込んだのに全く点数が取れていないんだ!?わざとか?わざとと言ってくれた方が俺の疑問がむしろスッキリするんだが!」


「仕方ないだろ。わからない問題はわからない。それが全部だったっていう話だ。納得してくれたか?」


「納得するわけがないし、したくもない!!第一、その為の勉強だろうが。俺が今まで教えていた時間を返せ~!」


「静かにしなさいよ。周りの人達に迷惑でしょ」


 和貴と理雄が言い争っているとしびれを切らした詩奈が二人に注意する。和貴と理雄は周りの様子を見てみると、こちらの会話が耳障りだったのか、近くに座っている数人は顔をしかめてイラついているように見えた。


 その乗客に対して和貴は軽く会釈をし、小さな声で理雄に話しかけた。


「とりあえず、この話は置いておく。さっさと補習を受けてこい。全く、今度はどうやってこの馬鹿に知識を植え付けさせようか…」


 了解、了解っと理雄が返事を確認するといつの間にかバスは目的地に到着しようとしていた。体感的には数分としか感じられなかったが、どうやら十数分も経過していたようだった。


 和貴達はバスを降り、学校へ向かおうとした。すると幸成がふと思い出したのか、和貴だけに聞こえる声で耳打ちをした。


「そう言えばなんだけどさ、この入学式で『サプライズ』があるって言う話は知ってるか?」 


 サプライズとは、和貴達が通っている学校の恒例事項で大きな行事があるときに、何も予告なく突然プログラムを台無しにするぐらいの先生達がこっそり作った裏のプログラムの事である。


 いきなりそんな情報を聞いた和貴は驚くも、冷静に幸成の質問を返答する。


「いや、初耳だ。そんな情報も聞いたことが無かった。だが、仮にあるとして何でそれを幸成が知ってるんだ?」


「いや~な。偶々廊下を歩いてたら偶然それを聞いちゃったのさ。だから多分あるんじゃないかなって思っただけさ。もちろん、信じなくても良いけどね」


 それで幸成の会話が終わった。何故なら、既に校門に到着していたからだ。


「それじゃあ、俺と詩奈はグランドに行くからここでお別れだな。何か用があれば俺に連絡してくれよ」


「わかった。じゃあ、俺は一度教室に荷物を置いて始業式の手伝いをしてくるから。理雄は俺と同じく一度教室に向かうのか?」


「俺はこのまま補習を受けに行くよ。ってことは一階でお別れか」


「じゃあ、玄関までは一緒か。じゃあ、さっさと学校に入ろうか」


 和貴の意見に賛同した理雄は詩奈達と別れ、各々の目的を果たすために目的地へと向かって行った。


 霊峰和貴が通っている学校「日本軍事第三高等学校」は一般的な学校とは違って、兵隊を育てるために

ある特別な学校である。


 クラスは成績がいい順からS、A、B、Cと四つ存在し、これらとは評価の対象が違う特別なクラスEXクラスが存在する。


 Sクラスは学問だけでなく軍事、能力において成績が優秀な者が集まるクラスであり、三年の夏合宿ではこの国の防衛線に訪れる機会がある。今回行われる戦術披露を行うクラスも詩奈達のクラスである。そして特別な理由が無ければ基本的に軍へ配属されることが決定されている。


 残るA~Cクラスはそれぞれが得意な分野を伸ばし、その分野においてはSクラスに匹敵する力を身につけることを目的としたクラスである。ただし、こちらはSクラスと違って必ずしも軍に行く必要ない。


 そして最後の教室、EXクラスは既に軍に行っても即戦力として期待できる実力者が集う特別な教室である。この異質な教室故にこのクラスは毎年あるわけでもなく、年に数人いるかどうかのクラスのため、またの名を「幻の教室」と呼ばれている。


 そしてその教室の住人である霊峰和貴はその教室に着き、自身の机の上に荷物を置いた。誰もいない無人の教室からさっさと出て手伝いに行こうと教室から出た時、丁度同じクラスメイトの人が現れた。


 赤髪を逆なで、耳にピアスを付けている少年はまさしく十人中十人がイケメンと答える完璧な容姿。服装はあえて着崩れさせているが、彼の態度によってそれすらもファッションと思わせる整った肉体。


 その男の名は神崎有樹(かんざきゆうき)。才能に恵まれ、まさしくこのEXクラスにいて当然ともいえる実力者である。だが、彼の独特な考え方と性格がかなり曲者で近づく者は少なかった。そして何より、和貴を目の敵にしていた。


「よう、お前も始業式の手伝いか?()()()


「そういう有樹も手伝いか。それで、俺はさっさと体育館に行って準備を手伝いたいから先に行ってもいいか?」


 互いに挑発的な言い回しをしつつも、険悪にはならずにいつも通りに返事をした。


 和貴にとって有樹は苦手な人物の一人である。基本的に有樹は才能がある故に無意識的に見下していることがある。事実、有樹はこの学校における全ての科目は常に上位であり、彼が持っている能力も使い方次第ではこの学校すらも崩壊させることが出来るほど強力である。


 そのことを理解している有樹は自身以下の才能を持っている者を守ろうと判断している。特に和貴みたいな無能力者は充分にその対象に入っている。だが、有樹の捻くれた性格によって素直になれないため、結果として他人を見下しているように見えてしまうのだ。


 それだけが原因ならば単純に有樹が嫌いで切り捨てられるが、それでも嫌いになれない理由があった。


「先生の頼み事だからな。誰だって断るわけにはいかないだろう?才能以前の問題でさ」


「まぁ、一理あるな。後、才能うんぬんの話は今関係ないだろ。俺はお前ほど優秀じゃない。それでいいじゃないか」


 すると有樹は和貴の肩を叩き、さきほどの態度を改め何故か真剣になって和貴に話しかけた。


「あまり自分を過小評価するな。()()ほどの戦略家が才能がないなんて言ったら、この世の戦略家が怒り心頭になるぞ?俺だってその発言は少しイラついた。他の面はともかく、その一点だけはこの俺が認めているんだ。だからこそ、次の戦略のテストでは必ず勝つ」


 有樹はそれだけ言った後、教室に荷物を置きに入っていった。


 この言動と態度こそ、和貴が有樹を嫌いになれない最大の理由である。有樹は決して自身の才能に溺れているわけではない。自分以上の才能の持ち主を見るとそれを超えようと必死に努力する一面を持っているのだ。しかも、決して慢心せず、適切に評価し、必ずその相手を追い抜こうとする精神はまさに強者が持っている精神そのものである。それが表面上に現れる有樹の癖が先ほどみたいに名前を正確に呼ぶことだ。


 和貴は有樹に対して唯一戦略のテストを全勝している。有樹はそのことに関してかなり評価しており、そしてかなり悔しがっていた。その為、戦略のテスト前になると有樹はプライドを投げ捨て、頭を下げ、そして見下した態度すらも改め和貴と一緒に勉強することもあった。


 そしていざ、戦術の案を二人で考えると普段の敵対しているようが無くなり、和貴の友人である理雄以上のコンビネーションが働くのだ。


 こんな面倒な性格のため、和貴は有樹に対して苦手意識を持っていた。


 教室から出て階段を下りている時、和貴は有樹の態度に関して愚痴を呟いていた。


「やれやれ、せめて日常生活でもその見下している態度を改めて欲しんだけどな」


「いや~、それをユウちゃんに求めるとのはちょっと厳しいと思うよ?ほら、だって素直じゃないし。むしろツンデレだし」


 そう言ったのは、階段の近くに立っていた細目の黒髪の学生であった。和貴はこの学生を見て「何だ鋼矢か」とやや驚いたように呟いた。


 上城鋼矢(かみしろこうや)。彼は有樹の数少ない友人の一人である。鋼矢は有樹が幼年の時からの長い付き合いであり、有樹にとって一番信頼している親友でもあった。 


 鋼矢自陣の成績はあまりいい方ではないが、学業は有樹に劣らぬ成績を取ったことがあることで一躍有名になった人物でもある。


 突然声をかけられたことで驚いた和貴は溜息を吐き、やれやれとした表情で鋼矢に話しかけた。


「いるならせめて姿ぐらい現してくれ。そんな死角にいる場所で話しかけられたら誰だって驚くぞ」 


「いや、驚かすのが面白くってついね。特にユウちゃんと和貴君は特に面白い反応してくれるし、二度同じ手は通用しないから驚かしがいがある」


「はぁ、卒業までこの脅かしは続くのか。…じゃあな、俺は手伝いに行ってくるからな」


「はいは~い。俺はここでユウちゃんを待つから。彼、一人だけだと対人関係でトラブル起こりやすいしね」


「そう言えば、何であいつはあんな性格をしてるんだ?いくらなんでも素直じゃなさすぎだろう」


「さぁ?俺にはわからないね。でも、俺にも知らないきっかけ的な物はあったんじゃない?あんな性格になったのは能力が開花してからだしね」


 そうか、と興味を無くした和貴は体育館へ向かって行った。和貴の考えが正しければ既に集合が始まっている筈だと考え、ゆっくりとその歩みを体育館へと向かって行った。

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