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第二十章 世界の調律者 2

「貴方の名前は何……?」

 ルブルは、膨大なまでのエネルギーから発せられる、その声に耳を貸す。


<私の名前は“フルカネリ”と言いますの。貴方のような者を待ち望んでいましたわ。ダートというものを創って、結果として、ドーンと戦おうとした。メビウス・リング、あの子と、あの子の子供達と戦おうとしました>

「貴方は……何?」


<メビウス・リングの生みの親とでも。あるいは、ドーンの全ての始まりなのかもしれませんわね>

 ルブルは、しばし困惑していた。


<ルブル、貴方達は“混沌”を引き起こし続けました。全て、私が計画していた事なのかもしれませんわね。メビウスという存在を創り、メビウスがアサイラムを創った>

 ルブルは鼻で笑う。


「あら、そう。そんな凄い片を最後のメンバーに入れられるなんて、とても嬉しい限り。ふふっ、楽しませてくれるんでしょう?」

<ええっ>

 ルブルは宇宙の夢を見る。

 フルカネリが見せているのだろう。

 虹色に光り輝く巨大な樹木の図式が現れて、部屋全体に枝を伸ばしていた。

 何度も生まれては消えていく、宇宙の光芒と深淵。

 それらが、錯綜していく。


<世界の改変も、運命の末路も思いのままに私は規律しようと思いましたの。だからこそ、全て崩壊させる事も出来ますわ。大いなる混沌、そして、私の子供であるメビウスは秩序を司る。私と彼女はいつか対決せねばならなかった>

 人類の成り行きが、映像となって濁流のように溢れ出してくる。

 こいつは、一体、いつの時代から存在したのだろうか。

 立体映像が、ルブルの前に現れる。

 そいつは、腰元まで撒いた金髪の髪を伸ばした女だった。

 中世の貴族風の服に見える。赤いベルベットのドレス。金色のコルセットを付けて、ふくよかな胸元を強調している。


 おぞましいくらいの美女だった。

 あのデス・ウィングとは、まるで違うタイプの絶世の美女だ。この女からは、妖艶さばかりが漂っていた。


「ふふっ、美しい女性なのね、貴方は」

<いいえ>

 フルカネリはとても楽しそうな微笑を浮かべていた。

<私、両性具有ですの。陰と陽の性、二つがこの身体を形成していますのよ。スカートの中、見てみます?>

 ルブルは吹き出して、首を横に振った。

 …………。

 がちゃり、と、扉が開かれる。

 そこには、メアリーがいた。


「あら、どうしたのかしら? メアリー」

「倒されたわ……」

 メアリーは蒼白な顔をしていた。

「ミソギもペイガンも。そして……、セルジュも……」

 彼女は下唇を血が出る程、噛んでいた。

 鬼気迫るような感情が空間を満たしていく。


「クルーエルを貸してっ!」

 メアリーの眼は血走っていた。

 完全なまでの、怒気を放っていた。


「ケルベロスも、インソムニアも。そして……アイーシャも生き残ってしまっている。このままだと私達は負ける。ルブル、私が皆殺しに行くっ!」

 ルブルは椅子の一つの上に置いてある男の子の人形を、メアリーへと渡す。

 そして……。


「そう、行くのね。なら、クルーエルが“全力で戦えるように”。封印を解いておいて上げるわ」

 メアリーは、ルブルの隣にいたフルカネリになど興味を示さなかった。

 ただひたすらに、大切な人間を傷付けられた恨みばかりが、その眼には灯っていた。


「ああ、そうだ。メアリー、私の一番、強いゾンビも貸して上げる。これで全滅させられると思うから」

 ルブルは自身のカラプトの波動を城全体へと送っていく。

 彼女の自信に満ちた口調で、ほんの少しだけ冷静さを取り戻す。


<私は行きますわ>

 そう言うと、フルカネリは崩れるように何処へと消えていった。



 そいつは、当たり前のように、そこに現れた。


 どうやって、此処までやってきたのだろうか。

 明らかに、この空間には立ち入れなかった筈だ。

 アビス・ゲートと、ウロボロスが蔓延した空間だ。

 他の何者も、立ち入れるつもりは無かった。

 メビウスは感情が無いにも関わらず、明らかに狼狽したような顔をし。

 ニーズヘッグは露骨に眉を顰める。


「お前は……」

 メビウスは人で言うならば、明らかに敵意を剥き出しにする態勢を取る。


「何だ? お前は俺様にとって邪魔なんだよ。失せろ」

 長い長い巻き毛の女は、ニーズヘッグへと手を伸ばす。


「私の力はこの世界の者達には、まだ余り関与する事が出来ませんが。何しろ、ずっと眠っていましたから。けれども」

 女は唇を歪める。


「貴方のような神の世界の住民になら、充分に影響を与える事が出来ますのよ?」

 ニーズヘッグは、一瞬、何をされたのか分からなかった。

 彼の生み出していた、辺り一帯の暗黒空間の磁場が消えていく。


「はあっ?」

 彼は本当に困惑しているかのようだった。

 ニーズヘッグは、魔方陣を幾つも重ねられた、光の柱の中へと押しやられていく。

 そして……、そのまま、何処へと消え去ってしまった。

 後には、メビウスとその女だけがいた。


「お前は私を創った者なのだろう……?」

「ええ、名をフルカネリと申しますわ」

「ニーズヘッグはどうしたのだ?」

「貴方達の世界を助けてあげましたの。彼はルブルの意思によって、この世界に介在出来ていましたが、今やルブルは彼に興味を無くし始めている。私に興味が移り始めているのかもしれませんの。だから、弱体化された彼を、元の世界に押し返し、この世界にやってこれなく致しました」

「成る程…………」

 メビウスは注意深く、女の動向を見ていた。


「お前はダートか?」

「ええ、今しがた、メンバーに加えて戴きましたの。そして、貴方達人類の手助けもして差し上げましたでしょう? ニーズヘッグは人の力では倒せる代物じゃない。だから、私が貴方達の手助けをして差し上げましたの」

 女は露骨に高慢そうな笑みを浮かべていた。


「そうか。しかしだ。そのニーズヘッグをどうにか出来るお前がダートにいるのならば、更なる脅威が人の世界に現れたという事にならないのか?」

「いいえ」

 フルカネリは首を振る。


「私自体が神の世界の住民、不在の世界の存在にいる者ですわ。ですから、私は同じ存在をどうにかする事が出来たとしても、私自体は未だ、この世界にそれ程、関与出来ません。ドーン側の人類が行うべき事は、ルブル様やメアリー様を倒す事ですわ。そして……」

 フルカネリは恭しく言った。


「貴方もまた、神の世界の意志が降下した存在。マシーナリーの地底城で待っておりますわ。そこは、私がかつて端末の一つとして使っていた場所。貴方が本腰を入れて、人の世界の混沌を駆逐しようとした為に、私はこの世界に再び、介在しようと思いましたの」

 そう言うと。

 慇懃無礼な口調の女は、何処へと消え去ってしまった。


 メビウスは、即座に追う事にした。

 インソムニアから、地底城の居場所は伝えられている。

 どうやら、自分もまたあのフルカネリを倒しに、地底城へと向かうしか無いみたいだった。


 ……ウロボロスの力がまだ上昇を続けている。これならば、かなりの短時間で、マシーナリーにまで向かう事が可能だな。


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