第二十一章 まるで、それは世界最期の日のようで…… 1
ケルベロスを先頭にして、アイーシャとインソムニア、そしてバイアスの三名は進んでいく。
色々と愚痴り、敵の能力の後遺症を話し続けるインソムニアを相手にして、アイーシャは適当にあしらい続ける。
地底城は相変わらず、家具がさかさまに付いており、鎧などが天井に張り付いていたりする。アイーシャはゾンビが擬態していないかどうか、入念に警戒するのだが、何処吹く風で進んでいくインソムニアに対して、多少の苛立ちを覚えていた。
「なあ、アイーシャさ。この戦いが終わったら、もう一度、私と再戦しろよな?」
「ああ、はいはい、分かった。分かったから」
ケルベロスとバイアスは無言のまま進んでいる。
……ルブルとメアリーは、全力で来るだろう。満身創痍の私達で勝てるのか?
トラウマは乗り越えられたのだろうか?
アイーシャは個人的に、グリーン・ドレスを殺された恨みも、ダート側に対してはある。
だから、その恨みも晴らさなければならない。
地底城は幾度となく螺旋階段によって、階層を行き来する事になり、扉を開ける際も、天井に張り付いたドアをわざわざ開けて這い上がる、という形になったのだが。途中、途中の寝室や食堂らしき部屋を覗けば、迷う事無く進む事が出来た。
大体、三人が合流して、二十分くらい経過した頃だろうか。
ぽっ、ぽっ、と、鬼火のようなものが回廊に現れた。
そして、その先に、メイド服を纏い、両耳に細長いピアスを身に付けた女が現れる。
彼女はメイド用のカチューシャを床に投げ捨てて、黒や茶色が混ざる金髪を掻き上げる。
「よく来たわね。そして、よくも私達ダートのメンバーを沢山、負かせてくれたわね?」
メアリーは明らかに引き攣り、怒りを露にしていた。
アイーシャは。
不思議と……恐怖は無かった。覚悟して来たからだろうか。あるいは、メアリーの焦りのようなものを強く感じ取ったからなのだろうか。
メアリーはアイーシャを罵倒するかと思いきや、まずケルベロスに向けて剣呑な表情を浮かべていた。
「ドーンは本来なら駆逐される筈だった。でも、お前はよく這い上がってきたわね?」
「さあな。まあ、人間は不滅だ、とでも言っておこうか」
ケルベロスは冗談めかした口調になる。
「あら、そう。でも、此処で人の希望も潰えるわねえ。全員、バラバラにしてゾンビとして再利用するか、ゾンビのディナーにしてやるから此方においで。いや、貴方達は殺しても殺し足りない」
メアリーは、そう言うと。
奥の回廊へと消えた。
「行け、インソムニア。頑張れっ! お前強いんだろっ! 私にその強さを見せ付けてみろっ!」
アイーシャは叫ぶ。
「……えっ? 分かったっ! 見てろよアイーシャッ! お前らの出番なんて無いぜっ! 私があんな下品そうな女倒して来てやるよっ!」
そう言いながら、インソムニアはダンス・マカーブルの大鎌を振り回しながら、回廊の奥へと進んでいく。
後には、ケルベロスとアイーシャ、バイアスの三名が残される。
アイーシャは淡々としながら、ケルベロスの顔を見ていた。
「どうする? メアリーは誘っているみたいだけれども。インソムニアがどれだけ持ってくれるかな?」
「そうだな……。明らかに、奴は“これは罠です”と言わんばかりに誘っていたが。どの道、進むしかないんだけどな」
アイーシャは懐から、板金加工が施されたネズミを手にする。
「ルブル側がゾンビで襲撃してこないのは、私に死体を再利用されない為だ。けれども、城の中に徘徊していたネズミが結構いた。これなら偵察に使えるっ!」
そう言いながら、彼女はネズミを通路の奥へと向かわせる。
小型スクリーンが、アイーシャの目の前へと作られる。
……成る程。
「ケルベロス、進もう。やはり、インソムニアを捨て駒にして良かった。奥の通路に何かいるっ!」
「……捨て駒……。分かった、行くぞっ!」
ケルベロスは全身から刃を生やして。アイーシャは大剣を構えて、バイアスは針や杭で撃ち抜く準備をする。
回廊の奥へと向かう。
すると、そこには床下に幾つもの薪が置かれて、炎が燃え盛っていた。
メアリーは奥で、両腕に鉈を構えて、此方を見ていた。
そして。
インソムニアがぐしゃぐしゃのバラバラになって、散乱していた。
「あら、遅かったわね。お仲間さん、この通りよ?」
アイーシャはメアリーの背後にいる怪物をしげしげと眺めていた。
「メアリー、そいつは何だ?」
ケルベロスは訊ねる。
巨大な白骨ドラゴンだった。
肋骨の部位が幾つものナイフのように避けて、しゅりしゅりっ、と不気味な音を立て続けている。両翼は更に巨大な大鎌を幾つも携えている。
顎は鉄の処女の内部のごとく、針のような牙が無数に突き出ていた。
そして、尾の部分は毒虫の尾のように、幾つもの毒針があった。
「ルブルの最強のゾンビらしいわ。何でも、『スプリガン・クイーン』というお名前らしいわ。まあ、女王の守護者ね。最強のドラゴン・ゾンビにして動く拷問器具とでも言えばいいのかしら?」
そして、メアリーは指先を弾く。
スプリガン・クイーンの右翼が動き、それは振り子のように部屋全体を動き回っていた。
バイアスが。
問答無用で、メアリーの辺りへと杭を乱射していく。
メアリーの肉体は孔だらけになるが、すぐに消滅して、再び別の場所から出現する。
「ふふっ、うふふっ、早く部屋に入ってきなさいよ? この子と戦わないの?」
アイーシャは冷淡な口調で、その光景を眺めていた。
ケルベロスが部屋の中へと突入する。
巨大な白骨ドラゴンの化け物がケルベロスへと刃を振るう。
「『アケローン』」
それは、一瞬の出来事だった。
一瞬にして、ルブルの最強兵器がバラバラに砕け散っていく。
「あらっ?」
メアリーは明らかに狼狽した顔をしていた。
ケルベロスは、ふうっ、と溜め息を吐く。
「俺の能力は骨格を組み変えるんだぞ? 調査済みじゃなかったのか? セルジュから聞かなかったのか? どんなに巨体でも、骨格があるならば俺の敵じゃないな」
そして、更に。
アイーシャが指先を弾く。
バラバラになった骨達の上に、鉄の塊を被せていく。
そして、何体もの剣や槍などを構えた人型の機械ゾンビを創り出していく。
「で、ルブルは言わなかったの? ゾンビは私のネクロ・クルセイダーに再利用される、ってっ!」
メアリーは明らかに、呆けたような顔をしていた。
そして、頬を引き攣らせながら、ケルベロスの下へと近付く。
「お前はミソギを死へと追い遣った事を悔やんでいる。だからお前は罪悪感がある。そして、お前は恐怖している。お前の鍛錬された肉体は弱さを隠して纏うだけ」
メアリーはケルベロスを呪詛するように言う。
「『クラウディ・ヘヴン』、何者も貴方は貴方の罪から逃れられない……っ!」
アイーシャは、ケルベロスが、メアリーの術中に嵌まった事を知る。
ケルベロスは周囲に眼をやりながら、明らかに、何かの幻影に怯えていた。
だが。
地面に撒かれていた、インソムニアの腕がケルベロスの足首を掴む。
そして、ケルベロスの中に膨れ上がっている負の感情を、どうやらインソムニアは吸い取っているみたいだった。
アイーシャの創り出したゾンビ達は、何も無い空間へ向かって、剣を指し示す。
すると。
インソムニアの右手が、ケルベロスから集めた負の感情を弾丸にして、キルリアン・ストリームを撃ち続ける。
部屋全体に、破壊の衝撃が渦巻いていく。
アイーシャは、ひゅうっ、と巧く鳴らない口笛を吹く。
……勝てる。戦略をある程度、立てていて良かった。ルブルのゾンビも、メアリーの幻影も、メアリーの切り札のクラウディ・ヘヴンも、この面子なら全て破れるっ!
ぞわり、ぞわりっと、悪意のようなものが、部屋の中に満ち満ちていくかのようだった。
「アイーシャ、貴方も部屋に入ってくる事ね」
冷たい声が響き渡る。
部屋全体は、大広間になっている。
アイーシャは、慎重に、部屋の中へと入っていく。
メアリーは平然とした顔で、撃ち込まれたインソムニアの攻撃を防いだみたいだった。
「ルブルの好意に付き合って、多分、役に立たないだろうドラゴン・ゾンビを使わせて貰ったけれども。此処からは本気で行くわよ。ああ、それから、クラウディ・ヘヴンも、もう使わない。通じない事は、よく分かったから」
メアリーは超然とした態度を取っていた。
ケルベロスは正気に戻ったみたいだった。
インソムニアは、再生を終えていた。
魔女の城のメイドは、まるで怯む事無く、むしろ猛々しささえ感じる表情へと変わっていく。
「此処からは、クルーエルと私の更なる能力『ソウル・ドリンカー』を使わせて貰う。貴方達が此処にやってきた事を後悔させてあげる」
メアリーはただただ、ほくそえんでいた。
明らかに、その顔には余裕さえ見られた。
何らかの勝ち手段があるのだろう。一人一人が、ダートのメンバーを倒した強力な能力者数名を相手にしてもなお、悠然とした態度を取り続けている。
メアリーは両手を構えていた。
……四対一で、その余裕? いや、私の機械兵達もいる。
本当に勝つ気でいるのか?
メアリーは舌なめずりをする。
「クルーエル」
彼女はそいつの名前を呼ぶ。
ケルベロスは、咄嗟に、おそらくは“殺気”と呼ばれるもののようなものに気付いて、後方へと飛んでいた。
びきり、びきり、と。
ケルベロスのいた地面が、石へと変えられていた。
そして。
次々と、剣や槍を手にしていた機械兵達が、動かぬ石の彫像へと変えられていく。
アイーシャは少しだけ離れながら、その様子を見ていた。
部屋全体に、触れたものを石へと変えていくガスが撒かれているのだ。インソムニアもそれに気付いて、焦りながら部屋の外へと出ようとしていた。
大広間と通路の途中の辺りが、鉄格子によって閉められようとしていた。
アイーシャはバイアスを強引に突き飛ばし、抱えると、素早く身を翻して、通路の場所へと滑り込む。
インソムニアとケルベロスの二人が、大広間の中へと閉じ込められたみたいだった。
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