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第十五章 死と絶望が行進していくのだから 1

 スロープは、突撃班と狙撃班の二つへと連絡を取ろうと通信機を弄り続けていた。

 どちらからも、通信が途絶えてしまっている。


 スロープは獅子頭の額を押さえながら、項垂れていた。

 ペイガンは、そんな彼を見て、不謹慎にも滑稽さを感じてしまう。


「みなに伝えるが、突撃班と狙撃班の二班からの連絡が無い。40名近い者達が帰ってきていない、という事になる。……残るは、狙撃班から敢えて分けて作った爆撃班だが、俺達は彼らに期待するしかない。強力な能力者は、その班に入って貰った。爆撃班には、そう、ファタラとガンギャという二人の強力な使い手がいる。もし、彼らが敗北したならば、俺達は迷わず、撤退するぞ」

 スロープは苦渋に満ちた顔をしていた。

 救護班は、十名近くを割いている。

 そもそも、勝てる可能性が薄い事を前提に戦いを挑んでいるのだ。

 それでも、避難シェルター内の怒りを静める為に、そして、大切な人々を失った者達の情緒を組むというレウケーの意思から結成されたのが、ダート討伐隊だ。

 所詮は、寄せ集めなのだ。

 スロープは、勝てないと思っていた。


 あの、ニーズヘッグを見た時に、確信してしまっている。彼の上司のレウケーもそうなのだ。グリーン・ドレスという女と対峙して、絶対的な実力差というものを痛感してしまっている。

 各地では、イゾルダの生体兵器が未だ暴れ回っている。その駆除を何とかしなければならない。

 それでも、……それでも、微かな希望を持って、人々はダートとの決戦に挑もうとしているのだ。


「貴公は、レウケーさんから、気に入られているだろう?」

 ふいに、ペイガンは獅子頭から言葉を振られて、息を飲む。

 気に入られている? 自分みたいな奴がだろうか?


「みな、倒したいだろうからなあ。悔しいし、勝利したいだろうなあ。しかし、我々は本当に、脆いな…………」

 スロープは、通信機を弄っていた。

 そして、通信機に向けて喋り始める。


「ファタラ、ガンギャ。目に物を見せてやりたいのだろう? もし、貴公達が死ねば、我々はみな、即座に撤退するが、いいか?」

 通信機の向こう側にいる者は、覚悟を決めたような声を上げていた。

 スロープの表情は重々しかった。

 ペイガンは、確信する。

 取り外した翻訳機を使わずとも、表情を見れば理解が出来る。

 ああ、これは負けて帰るんだろうなあ、と。…………。



 マッシュは、腹と胸を抉られながらも、なおも生きていた。

 次々と仲間が殺されていった。


 彼は、地面に倒れながら、血反吐を吐き続けていた。

 隊長のホーンが、変形した地面に食べられてしまった後、マッシュは涙を流していた。

 次第に、肉体の血は止まっていく。

 マッシュは、立ち上がる。

 再生がようやく、完了したのだった。


「ルブルと言ったか」

 魔女は、彼が生きていた事に気付いたみたいだった。


「お前は、本当に人間か?」

「あら?」

 ルブルは、へらへらとした顔をしていた。


「さあ? もしかして、大昔に人だったかも。でも、どうでもいいじゃない。私は化け物、悪魔の類、その理解の仕方でいいんじゃないかしら?」

 マッシュは、どんな罵倒も、この女の耳には届かない事を理解する。

 この女は、自分を人だとも思っていない。

 だから、人なんて紙屑みたいにしか思っていないのだ。


「俺は死に掛ける度に、強化していく肉体を持っている。そして、俺は怒りの力によって、拳の速度が上昇する。俺は怒りや闘志によって、強くなる能力者だ」

「あら、そう。凄いじゃない?」

「俺はお前ら化け物共を殺す、人類の怒りそのものになりたい……」

 マッシュの全身から、灼熱のオーラが噴出し始めていた。


「あら? 人間なんて愚かで脆いだけのものよ? だから、私は死体にしてあげるの。死体なら、とっても綺麗で素敵な素材になるから」

 ルブルは、今にも、踊り出しそうだった。

 実際、軽く両脚でステップを行っていた。


「人間なんて、さっさと止めてしまえばいいじゃない?」

 ルブルは哄笑する。

 人間は、そんなに美しくない。

 生命は、そんなに美しくない。

 人々の望む幸福なんてものは、そんなに面白いものなんかじゃない。

 その眼は、そう言っている。

 どうしようもないくらいに、その声は、冷徹さを孕んだものだった。

 地面から突き出した、昆虫の脚が、マッシュの腹を突き刺す。彼は、腹を貫かれたまま、脚を両手で受け止める。

 マッシュは、あらん限りの彷徨を発していた。

 自らの腹に突き刺さった脚を、引き千切る。

 地面から、頭が二つあるカミキリムシが飛び出してくる。

 マッシュは、拳で、その怪物の頭を即座に砕いていた。

 そして、そのまま勢いを殺さずに、ルブルの顔面目掛けて、拳を振るっていた。

 マッシュの拳が、空へと飛んでいく。

 彼は、上半身と下半身も、切り分けられていた。

 地面から新たに姿を現した、カマキリが彼の腕を飛ばし、更に現れたカミキリムシが、彼を二つに分けていたのだった。

 マッシュは、崩れ落ちる。


「あのね、力押しで私に勝とうとするの止めた方がいいわよ? 怒りは状況を見失わせる。ねえ、貴方は、まだ再生出来るのかしら? 何なら、私のペットの餌になる? 楽に殺して上げてもいいのよ?」

 マッシュは、笑っていた。

 ルブルは、カマキリに命じて、彼の首を落とすように指示する。

 彼は、血反吐を吐きながら、内臓を撒き散らしながら、強い意志の灯る眼でルブルを見ていた。


「地獄へ、お、落ち、れ…………」

 二秒だろうか。

 ルブルが気付くのが遅れていたら、だ。

 ルブルは、振り返る。

 後ろから、炎を纏った拳が、彼女の腹へと目掛けて飛んできたのは。

 ルブルは、咄嗟に、それを避けていた。

 宙を飛び跳ねていた、マッシュの肉体から切り離された拳は、大カマキリを弾け飛ばして、そのまま、しばらく低空飛行を続けて、そのまま燃えて炭へと変わる。

 ルブルは鼻で笑った。


「ふふっ、貴方、私を殺せていた、かもね?」

 マッシュは、どうやら、もう眼が見えないみたいだった。

 しかし……。

 彼の残った左腕が、ルブルの右足を掴んでいた。


「のこ……、力、爆発、させ……。殺して、や……る」

 ルブルは、……命の危険を感じていた。冷や汗が、流れ続ける。

「嘘……?」

「死ね、よ……、クソ野郎…………」

 彼の肉体が、弾け飛ぼうとしていた。ルブルは、彼の能力は、おそらく自身に致命傷を与えるだけのエネルギーを有しているのだろう。

 ルブルは。

 …………追い詰められて、切り札を使わざるを得なかった。

 彼女は、地面から何かを取り出す。


「クルーエルッ!」

 彼女が取り出したのは、小さな男の子の人形だった。

 それが、破裂しようとしているマッシュへと近付けられる。


「やれっ!」

 人形から、灰色の煙が吐き出されていく。

 マッシュは、……止まってしまっていた。

 心臓の鼓動も、爆発の力も、……何もかもがだ。

 怒りを強さに変えて戦おうとした男は、物言わぬ石像と化して、地面に転がっていたのだった。

 ルブルは一息付いて、地面に横たわる。

 そして、彼女は、彼に賛辞を送る。


「凄いじゃない? 人間の底力、見せたんじゃないの? 私に弟のクルーエルを使わせるなんて。ほんの少し、貴方が、もうちょっと、ほんの少しだけ、強かったなら。私を倒せていたかも? でも、悲しいものねえ? 何一つとして、何も出来ずに、死んでいくのって? 貴方の怒りも憎しみも、全て無為だったわね?」

 そう言うと、ルブルは通信機を取り出して弄り始める。


「そろそろ、ミソギ。助けてくれないかしら? 私の作り出すゾンビ、……どうにも、見かけは強そうだけれども。実際は、脆いのよねえ……」

 気だるそうに、彼女は言う。


「このままじゃ、アイーシャを倒す事が出来ない。あの子じゃ、クルーエルで嵌める事も出来ないし。余裕いっぱいで、雑魚を返り討ちにしても、ねえ…………」

 ルブルは、ふうっ、と、溜め息を吐く。

 一歩間違えれば、そのまま敗北してしまっていた可能性はある。しかし、それでもなお、ルブルは平然と超然とした態度をまるで崩さなかった。

 しばらくして、敵の討伐隊が来た場所とは反対方向から、大型トラックが現れた。

 そして、そのトラックを運転していたのは、普通の生きた人間だった。


「あら、貴方は……」

 トラック運転手の男は、積荷を開けてやる、と言う。




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