第十五章 死と絶望が行進していくのだから 2
救護班の下に、突撃班のジープが戻ってきた。
男が一人だけ乗っていた。彼の顔は蒼褪めていた。
スロープはそれを見て、息を飲む。
救護班のみなは、少し困惑した顔をしていた。どうするべきか、判断に迷っているのだろう。他の者達はどうしたのだろうか?
スロープは、斧を手にしていた。
「お主、これ以上、近寄るなよ。何があったか知らぬが。済まないが、死んで貰うぞ?」
「おいっ……」
男は、ジープから降りる。
「何だよ、何で、冷たいんだよ。おい、俺は一人逃げ帰ったけどさあ。ホーンさん達を置いて逃げてきたけどさあ。それはあんまりじゃねえか、怖かったんだよ……」
男の両腕は無かった。
代わりに、彼の腕にはヒルのようなものが張り付いており、それがハンドルを運転して、ここまで来たのだ。
彼の背中が裂けていく。
「逃げるぞっ!」
スロープが叫んだ。
男の身長が伸びていく。彼の全身は、数メートルの大きさへと変わっていく。脊髄が伸びているのだ。彼の肉体は、背骨が露出して、蛇のような姿へと変わっていた。彼は口から、長い舌を伸ばしていく。
いつの間にか、この男の両腕は、ある道具へと変わっていた。身体の中に仕込まれていたのだろうか。それとも、ヒルが姿を変えたのだろうか。ペイガンは、走っていた。
男はひゅうひゅうと、妙な金切り声を上げ続けていた。
逃げ帰ってきた、突撃班の男の両腕が、チェーン・ソーへと変わっていた。刃が回転している。救護班のメンバーの一人の頭が、回転する刃によって割られていく。更に、別の物の首を落とす。そして、その死体の腹へと刃が潜り込んでいく。異形へと姿を変えられた男は口から涎を垂らし続けて笑っていた。
スロープは通信機を弄りながら、逃げ続けていた。彼は逃げながら、大斧を、化け物と化した男へと向かって、放り投げる。
男の身体は、斧で縦に割られる。
スロープは立ち止まって、叫んだ。
「我々の中で、今、殺された者は何名だ?」
救護班のメンバーの一人が、二人です、と告げる。
スロープは再び、叫んだ。
「爆撃班に今、連絡を取っている。我々は逃げる、と。元々、爆撃班は自殺志願者ばかりだった。だが、俺は彼らを説得しようと思う。俺はレウケーさんの命令で此処にいるが。これ以上は付き合い切れない。何故なら、“無駄死”にばかりだ。貴公達に言いたい。命は大切にして欲しい。まだ、ドーンは負けたわけじゃないからなっ!」
スロープの心は、完全に折れてしまっている。
巨体に似合わず、臆病なのかもしれないなあ、とペイガンは思った。
「俺は臆病者に見えるか?」
まるで、考えている事を見透かされたように、ペイガンは獅子頭からそう聞かれる。
「さあ、俺には分からない」
「今、戻ってきた男……。シェルター内で親しくなった者だった。元々、この作戦は成功率が低過ぎた。繰り返し言うが、元々、討伐隊を募る事自体が無謀だった。しかし、親しい者達を殺された者達の怒りが堰を切ってしまっていた……。ドーンは負け続けている。どうにもならない」
スロープは、通信機を弄り、通話相手に怒鳴っていた。
ファタラ、ガンギャ、の固有名が呼ばれる。ペイガンにも、その者達をスロープはかなり買っているのが分かる。
それは、突然だった。
化け物化した男の死体が蠢き始める。二つに分けられたその男の内臓が蠢きながら、怪物を形成し始めていた。そいつは、スロープを狙っていた。
スロープは通話相手と口論を続けて、それに気付いていない。
ペイガンは、どうするべきか、焦る。
銃声が鳴り響いた。
スロープは、新たに現れた者に賞賛の眼差しを送っていた。
死体の中から出てきた怪物は、爆裂し、灰へと変わっていく。
銃弾を撃ち込んだのは、全身を黒い戦闘服に身を包み、顔をマスクで隠した男だった。
「ゲルググ……」
スロープが、男の名を呼ぶ。
「通話、変わっていいかい? スロープの旦那」
ゲルググと呼ばれた男は、奪うように獅子頭の男の手から、通信機を借りる。
「おい、俺っちもそこに向かうぜ。全員で化け物の親玉を仕留めよう。俺達は復讐者だ。なあ、失う者なんて、もう何も無いんだろ?」
そう言いながら、彼は通話を切ると、煙草に火を付ける。
「じゃあ、俺っちは行くぜ。スロープの旦那、そこのガキや他の奴らも連れて逃げな。頑張って、犬死にしてくるからよ?」
「ああ、…………」
スロープは、もう何も言えないみたいだった。
†
トラックは去っていった。
他にも、“手配”はしているらしい。
それは、幾つもの収納ケースだった。
ルブルは、ケースの中をまじまじと見た後、ううん、と唸っていた。
「ミソギ、私、さっき化け物って言われたけど」
彼女は鼻を鳴らす。
「いいの? 貴方、普通の人間じゃないの? 私達に加担して、いいの? それとも、これは貴方の利益の為? メアリーから聞いているんだけれども。一度、会って話したいわね。…………」
ルブルが指を鳴らす。
すると、辺り一帯の死体達が動き出す。
人型に変えるつもりだった。その方が、使いやすいだろうから。
「おい」
何者かが、彼女を呼び止めていた。
「あら? また、遊んでくれるの?」
ルブルは唇を歪める。
今度は、男が一人だった。
彼は、金色の髪を風に靡かせている。全身に、まるで鳥の羽のような飾りを纏っていた。
「俺はファタラ。お前のせいで、俺の弟は死んだ。両親もだ」
「あら、そう。それはお可哀相ね?」
ルブルは不敵に笑う。
ルブルは、気付くと、全身を宙へと浮かせていた。
どうやら、腹の辺りに拳か何かを当てられて、吹っ飛ばされているのだという事に気付く。
彼女は、地面を転がる。
ばちりぃ、ばちりぃ、といった激しい音が鳴り響く。
「死んで貰うぞ? 俺の『クラッシュ・シュート』で心の臓を止めてやる」
彼の全身は発光していた。
ルブルは、すぐに理解する。
こいつは、おそらくは、電撃を扱う能力者なのだ。そして、それなりの手練だ。
ファタラの前に立ちはだかる者がいた。
そいつは、両手に拳銃を構えた大男だった。
大男は、ファタラへ向けて、銃を撃ち続ける。
「それ。ある男からのプレゼントなんだけれども、色々と兵器一式くれるんだって。そうすれば、その男の利益になるらしいから」
ルブルは立ち上がって、服の埃を落とす。
彼女は、少し冷や汗をかいていた。
そして、おもむろに、収納ケースの下へと向かっていく。
「ねえ、これサンプルらしいんだけれども。貴方に聞きたいけれども、貴方は言うのかしら…………?」
ファタラは、電撃で、ルブルの作り出したゾンビを焼き払う。
大男のゾンビは地面に倒れる。
ルブルは、収納ケースから取り出した物を、ファタラに突き付けるように、見せていた。
「あのね。最初、兵器をくれる、って言うから、鼻で笑ったの。銃や爆弾でもくれるのか、って。そんなもの、今更、役に立つのかな、って。グリーン・ドレスが裏切って、死んだ穴を埋める為に、仕方無いかな、って。『武器商人』に私達のメンバーに入って貰ったんだけれども……」
ルブルは、少しだけ、おぞましそうな顔をしていた。
それは、瓶詰にされている、何か、だった。
ファタラは、首を傾げている。
「この瓶の中に入っているものは、『天然痘ウイルス』みたい。……銃や爆弾よりも、よっぽど、悪質…………。発症すると、死亡率40パーセントくらい。それから、これだけじゃない。所謂、ペスト菌、炭疽菌なども、そのケースの中に入っている……」
彼女は、懐から手紙を取り出した。
「“好きなように使え”って書かれているわ。“何に使って、どうなろうが俺の知った事じゃない。俺の金が増えればそれでいい”だって。貴方達の世界で金の亡者、っているじゃない。この男、本当に、狂っているんじゃないのかしら?」
ファタラは、しばしの間、呆然としながら、彼女の話を聞いていた。
「私は魔女で、何百年も生きているけれども。この武器商人、っていう異名の男。能力者で無い普通の人間だけれども、本当に、自分の金儲けの為になら、幾ら他人が不幸になろうとどうだっていいみたいよ? 貴方達の世界で、お金ってそんなに大切な物なのかしら? 彼、まだ直接は会った事無いけれども、“戦争は金になる。良い事だ”が口癖らしいわね…………」
ルブルは、少し困惑したような顔をしていた。
ファタラも、彼女が一体、何を言っているか判断に困っていた。
「私を倒しに来たんでしょう? 仇討ちがしたいんでしょう? でも、全て、私達の目的に加担している、って事を理解していないのかしら? メアリーが望んでいるの、人間は憎悪によって生きるべきだっ、って。憎しみの感情をぶつけ合う瞬間においてこそ、人間は美しいんだって。貴方が私を殺したいという感情を、私達は肯定する」
彼女は飄々とした顔をしていた。
「処で聞きたいけれども、貴方達は、私やダートを殺す事って意味あるのかしら? ねえ、イゾルダは自分を実験体として生んだ人類を憎んだ。ヴェルゼは、生まれた時から奴隷だった。武器商人は、貧困国で凌辱されながら育った。ねえ? 貴方達が、私達を生んだんじゃないのかしら? 私は見届けたいだけなのよ。行動を起こしているのは、彼らだけれども、私は、集めているだけだから。全ての人類は、平等じゃないんでしょう? ねえ、貴方……お名前、何て言ったかしら?」
「ファタラ、だ…………」
彼はルブルの異様なまでの話に気圧されて、攻撃出来ずにいた。
「戦争は復讐によって広がっていく。人類ってのは、平等じゃないのよね? 私を殺す事が、私達を殺す事が、貴方達の人生の目的になっているのかしら? 完全に、掌の上で動かされているって、どうして、気付かないのかしら?」
ルブルは腹を抱えて、笑い続けていた。
「もう、侵略を止めてもいいのよ? 全ては完成してしまっている気がするから。貴方達の存在が、きっと、メアリーを喜ばせる」
そう言うと、ルブルは次々と、地面を動かしていく。
「もう、私は貴方を殺すつもりは無いわ。拾った命、大切に使えばいい。ねえ、私達をずっと憎悪しながら、ひっそりと生きるのも、案外、楽かもしれないわよ?」
そう言うと、彼女は、彼に興味を無くしてしまったみたいだった。
ファタラは、全力の電撃を両手から、生み出していた。
それを、ルブル目掛けて、撃ち込もうとしていた。
ルブルは笑っていた。
もはや、自分の命さえ顧みない程の高揚感に包まれていた。
彼は小さな、稲妻を作る中で、思考がめまぐるしく回転していた。
それは、赤い炎の翼を生やした女に焼き払われた街の事だった。彼は、確かに彼女の両の瞳を見ている。あれは支配欲に取り付かれた者の瞳だった。
ファタラは、思春期の頃を思い出した。彼は傲慢な人間だった、他人を傷付けても、良心が痛まず、むしろ自らが傷付けて苦しむ相手を余計に追い詰めるような人間だった。スクール内において、彼はある弱い少年を、仲間達と共に追い詰めていた。その少年が陰気で、ひ弱そうだと認識して、その少年から金に金をせびり、殴り蹴り、毎日、嘲笑の言葉を放ち続けた。その少年の物を破壊し、性的に侮辱し、恋路を潰し、人格否定を繰り返し続けた。ついにその少年はスクールに来なくなった。彼は仲間達と、その事に関して、ずっと笑っていた。数年後に、その少年が家から外に出られなくなり、自宅で首を括っていたという事実を知った時も、ぼんやりと聞いていただけだった。
スクール時代、彼は小さな世界の中における権力の頂点にいた。そして、社会の中で、少しずつ丸くなっていった。自分の暴力性や破壊衝動、支配欲、それらはまるで爪や牙を少しずつ削がれていくように、彼は穏やかな人間になっていった。
ある日、彼の街が、赤い炎の翼を生やした女に焼かれるまで、彼は暴力というものを忘れていた。支配して追い詰める、という感情を忘れていた。
あの女の顔を見て、あの女の表情を見て、あの年齢の頃、鏡に映る自分の姿を思い出してしまっていた。
街が焼かれ、大切な友人が死に、家族が炎に包まれて、彼は力に目覚めていた。電気を操作する、という力をいつの間にか手にしていた。彼には、もうじき二歳になる娘がいた。彼女は、火の海の中に、彼の妻と一緒に包まれて、黒焦げになりながら、この世界から、命を消し去ってしまった。炎の中で、彼が自殺に追い込んだ少年の残像が浮かんで、彼を嘲笑しているかのように思えた。お前の幸福は欺瞞だ、と、その少年から言われたような気がした。彼は此れまで、何一つとして不自由の無い家庭や、環境、友人関係、職場に恵まれて生きてきたのだった。
時空が歪んでいくかのように、錯覚する。
二つの出来事が、いや、三つの出来事が、映像となって、彼の網膜に入り込んできていたのだった。
瞬時、ファタラは、目の前の敵であるルブルと眼が合う。
彼女の両眼は果てしない程に、彼の愚かさを嘆き、そして嘲っているかのように思えた。
何に、怒りを向けているのだろう?
……お前は、お前の罪を知れ。
耳元で、何者かが、自分の声で言っている。空耳だと分かっていても、消えてくれそうにない。
ごろり、と。
ファタラの首が、地面へと落下していく。
雷撃は、あらぬ方向へと飛んでいく。
そして、途中で雲散霧消していく。
「おい、ルブル。何、やっているんだよ?」
ルブルは現れた者の顔を見て、とても嬉しそうな顔をする。
「あら、セルジュ。遅かったじゃない」
「まあ、色々な。しかし、俺はアイーシャを名指しで呼んだが、来るのかな? 奴は」
「さあ、あの子の事、私はよく分からないから」
†
ガンギャは、林の中に隠れていた。
ファタラが殺された。
かなり、拙い事態へと変わっていっている。
漆黒のドレスを身に付けた女の他に、もう一人、黒衣を纏った黒髪の女が現れた。そいつが、ファタラの首を落とした。その女は、右腕の肘の辺りから、刃を生やしていた。
ガンギャは、風の刃を操る力を持っていた。
それで、遠距離から、敵を殺すつもりでいた。
しかし、どうしても、あの“収納ケースの中身”が気になって、狙撃出来ずにいたのと、もう一つは、あの敵の首領らしき女は、確かに……ガンギャのいる方向を見て、笑っていたのだ。
それは、とてつもなく不気味だった。
得体がまるで知れなかった。
しかし、臆病風に吹かれて、攻撃出来ずにいたのも確かだ。位置が何故か、“ファタラを巻き込みかねない距離にいる”事を気にせず、何が何でも攻撃するべきだった。
……何だ? この威圧感は?
分からない。
だが、もう一人、敵が出てきたという事は、考え方を変えれば僥倖物なのだ。敵を纏めて、二人、始末出来る、という事も意味しているのだ。
彼は近くで見守っていた、アムルという討伐隊メンバーの女に指で指示を出す。
このまま、突撃してしまおう、と。
しかし…………。
絶望が、目の前に広がった。
そいつと、眼が合ってしまった。
大体、数十メートルは離れていた筈なのだ。
しかし、距離なんて意味を為していなかった。
数秒の間だったのだろうか。
「おい、お前、何だ?」
新たに現れた、黒髪の女が、ガンギャの前に立っていた。
アムルの方は、動けずにいるみたいだった。
次の瞬間。
ガンギャの肩が掴まれて、勢いよく、道路の中へと投げ飛ばされてしまう。
次の瞬間。
ガンギャは、気付くと、敵の首領の女と対峙してしまっていた。
「何か、視線を感じたような気がして、この辺り一帯の樹木や岩盤の姿に擬態させた、ゾンビ達に監視を行わせていたんだけれども、気付かなかったのかしら? 一応、ゾンビ達、私にモールス信号のようなものを送って、貴方達の存在を教えてくれていたのよ?」
そう言いながら、ルブルはガンギャを見下げていた。
「ああ、ちなみに俺の名はセルジュだ。宜しくな」
完全なまでに、そいつは彼を見下していた。
「貴方の名前は何? 私はルブルと言うのだけれども、私の名前はちゃんと伝わっている?」
「俺は、ガンギャだ。ファタラとは、旧知の友人だった」
ガンギャは、もう覚悟するしか無かった。
彼は、自身の能力を全力で、発動させる。
辺り一帯に、風が渦巻いていく。
†
「成る程、風使いなのね?」
ルブルはくすり、と笑った。
ガンギャは両手で、風をコントロールしているみたいだった。
余りにも、あっさりと勝負は決まっていた。
セルジュが収納ケースを縦に置く。
収納ケースの鉄製の表面は、つるつるに磨き上げられていて、それは綺麗にガンギャの姿を映し出していた。
風の刃によって一帯を消し飛ばそうとするガンギャを映し出すケースに。
セルジュは右肘の刃で深く傷を入れる。
すると、ガンギャの胸元が勢いよく切り裂かれる。
何度も何度も、セルジュはケースを刻んでいく。
収束された風の砲弾が投げられるが、ルブルとセルジュへ向かわずに、在らぬ方向へと飛んでいく。二人の髪が風に靡いた。
「三回……、いや、四回かなあ、って思うの。もっと多いかもしれない」
ルブルは少しだけ、笑い顔に呆れたような表情も混ぜていた。
「これ、貴方達が私を倒せたであろう、チャンスなんだけれども。特に、あの電撃使いは私を殺せていたんじゃない? 貴方も狙い撃ちにしていたでしょう? 何で、出来なかったの? まさか、単に私が怖かっただけ? 何で、そんなに心が弱いのかしら?」
ガンギャは、倒れながらも、まだ全身に風の刃を纏っていた。
このまま触れようとすればおそらくは、バラバラになるのだろう。
彼の作り出す風の刃は、地面を深く抉り続けていた。
回転するノコギリにでも触れるようなものだ。
しかし…………。
「まさか、人間の限界? いざとなって、震えが止まらなくなったの? こんなに、私は隙だらけだったのよ? もし、まともな手練だったら、何度も私を殺している。でも、貴方達は駄目だった」
ルブルは、大地に転がるガンギャを見下ろしていた。
「そう言えば、グリーン・ドレスもアイーシャも、私を殺し損ねた。ねえ、種明かしをすると、私のやっている事って、つまり“ブラフ”なのよ? まさか、この程度で勝てるわけが無い、って思い込んじゃっていない? もうちょっと頑張れば、私を殺せていたのに、みんな駄目にしている。それは疑心暗鬼から。思わないでしょう? まさか、敵の首領が、本当に隙だらけだって。少し、全力を出せば、もっと意志が強ければ、私を殺せていたんじゃないかしら?」
ガンギャは再び、怒りで風の刃を作り出そうとしていた。
それは、大きな鳥のような姿へと変えていく。
セルジュは。
無慈悲に、収納ケースを深く抉って、ケースに映し出されたガンギャの喉に傷を入れる。
すると、ガンギャの首が半ば切断されて、彼はそのまま絶命したみたいだった。
そして。
「ルブル、……お前、本当に油断し過ぎだ」
セルジュはそれだけ言うと。
眼にも止まらない速さで、収納ケースの中を漁ると、中から、ショット・ガンを取り出す。
そして、道路の外にある暗い林の中へと銃弾を撃ち込んでいく。
小さな、悲鳴が上がった。
†
アムルは、悲鳴を押し殺す。
……ガンギャ、やられちまうか? 俺が何とかしてやるよ。
男は、そう言って、今、颯爽と現れたのだった。
彼の名前はゲルググと言うらしかった。
しかし……、余りにも無残だった。
丁度、ガンギャが捕まった後に、すぐ先ほど現れた、黒尽くめに、黒いマスクの男、ゲルググの頭が吹っ飛んでいたからだ。
彼は、ファタラとガンギャの応援を行おうと、先ほど駆け付けてくれて、ライフル・スコープで狙い撃ちにしようとしていたのだが、今、まさに照準が巧い具合に合って、敵の首領の女の頭を吹っ飛ばせるだろう、という状態まで持ち込めた処だった。
アムルは、冷や汗を流し続ける。
爆撃部隊は、後、何名残っている?
何か、連携がどうも取れていない。
何で、連携が取れていないんだ? 即席で作った部隊だというのも大きい。
アムルは、通信機を手にして、スロープに電話を入れていた。
スロープは、残念だが、諦めて逃げろ、とばかり言う。
彼女は、通話を切る。
自分の能力では、ガンギャを助けられない。
そう、悟っていた。
彼女は、林の中を駆けていく。
身体が少しだけ浮かんで、足の裏から蒸気のようなものを発射させて、走る速度を上げていた。しかし……。
彼女の全身に、矢のようなものが、撃ち込まれていた。
彼女は、地面に倒れて蹲る。
見ると、樹木の一つから手が生えていて、弓と矢を手にしていた。
「ああ、うううううっ…………」
その樹木の傍には、幾つかの、生首が転がっていた。
爆撃部隊の仲間達の変わり果てた姿だった。
苦痛に満ちた表情を浮かべている。
更に、後ろの辺りから、ごとり、ごとり、と物音が聞こえた。
アムルは振り返る。
すると、知った顔が暗闇の中に浮かんでいた。
「ホセ…………?」
ホセと呼ばれた男は、蒼白な顔をしていた。
彼はサーベル使いの男だ、手に自身の長サーベルを手にしている。
彼の下半身から下は、幾つもの犬や人の脚、人間の上半身が生えていた。
「アムルかい? なあ、お前も俺の俺達の仲間になろうぜ?」
そう言うと、ホセは転がっている生首を手にして、自分の身体に張り付けていく。すると、生首達は、けたけたと、水を浴びた魚のように動き、笑い出していた。
「仲間になろうぜ。気持ちいいぜ。ルブル様の仲間になろうぜ。気持ちいいぜ」
アムルは、ひたすらに震え続けていた。
「永遠の命だ。永遠に生きられるんだ、俺は、俺は嬉しいんだ」
ぐるり、ぐるり、と、ホセの顔が……首では無く、顔が、目鼻口ごと一回転し続けていく。
アムルは、右手に彫られていたタトゥーを見せる。そこには、人食い植物のような怪物が彫られていた。それが、べりべりっ、と剥がれていく。そして、その怪物が、ホセに食らい付く。
「ああ、ああ、痛くないなあ。何でかなあ? なあ、むしろ気持ちいいんだ。仲間に、仲間になろうぜえ?」
アムルは、どうやって自害すればいいかばかりを考え続けていた。
†




