第十四章 マシーナリーのハイウェイ 1
アイーシャは、バイアスを連れて、魔女の森を出ようとした。
そして、機械兵をネットに接続させて、全世界から現在の情報を受け取ろうと考えていた。その為には電力が必要だったし、端末も欲しかった。
とにかく、今、ダートとドーンがどうなっているのか、知りたかった。
この魔女の森は、時空間が歪んでいるのか、時間間隔がよく分からない。一体、どれくらいの間、森の中にいたのか分からない。そもそも、この森はどのくらいの広さがあるのだろうか?
此処は、迷いの森なのだ。
ルブルの城の位置こそ覚えていたが、そのルートから少し外れると、すぐに場所がよく分からなくなる。
昼頃には太陽が昇っているのだが、森の中は果てしなく暗い。
乾燥した物ばかりを食べてしばらくの間、過ごしていた。
野営にはなれている。かつての経験が生きた。
しばらくして、ようやく森の外が見え始めてきた。街道の辺りを眼にする。
バイアスは、ごくりごくりと、水筒の水を飲んでいた。
アイーシャはふうっ、と息を漏らす。
結局、敵らしい敵は、メリサという女だけだった。そして、ルブルはもぬけの殻だ。もう少し、あの家の中を調べれば良かったかもしれないが、トラップの可能性を考慮すると、とてもずっといられる場所じゃなかった。
本能的に、危険察知の力が働く。何かが変だと感じた。
アイーシャは、街道に出る前に立ち止まる。
今は昼なのに、やたらと気温が肌寒い。
何かが、近付いている。
あの独特の、得体の知れない嫌悪感が漂ってきている。
「お前は何だ?」
アイーシャは森の中に向けて訊ねる。
彼女の声は残響して返ってくる。
すすり泣く声も、同時に広がってくる。
暗闇の中に、一人の女の顔が浮かび上がる。それは、花に包まれていた。
「何だ? お前は?」
若い女だ。平凡な顔立ちをしている。
「私、殺されたの、……私、私……」
女は涙を流し続ける。
アイーシャは、迷わず、バイアスに指示を出す。
バイアスは、自身の能力で、頭部だけの女へと釘の放ち続ける。
「酷い、酷い、酷い、痛い、痛い、痛い、痛い、…………っ!」
「何か知らないけれども、バイアス。気を付けてっ!」
ぼうっ、と。
別の場所から、老人の首が浮かび上がる。
また、別の場所からは、犬の首が浮かんでいた。
更に、別の場所から、男女二つの顔が融合して浮かんでいた。
「何だ? お前らは? お前らはルブルの刺客か?」
バイアスの攻撃を食らった女が、崩れて目玉や脳髄が飛び出した顔のまま囁き掛ける。
「ルブル……? なあに、それ? 分からない。分からないけれども、私達は殺されたの。此処で、剣や斧を手にした、身体の崩れた化け物に殺されたの……」
アイーシャは、腰から剣を引き抜く。
「そうか、お前らはこの魔女の森から独立的に自然発生した化け物なんだな。怨念って奴の集合体か何かか? 人間はそんな姿になっても、死後も生きられるの? 人間の精神エネルギーってのは、凄いな」
明らかに、この顔達からは敵意を感じた。
生きている者、全てに対する敵意をだ。
アイーシャは、自らの指を弾く。
すると、袋の中に仕舞っていた、自身の機械兵が動き出していく。
梟の姿の機械だ。
「ほら、これマツタケ。そして、こっちは山菜。あげる、あげるから。……」
若い女は口から、キノコや山菜などを吐き出していく。その後、何かの生き物の内臓なども含まれていた。寄生虫らしき虫がうねうねと、内臓の中を這い回っていた。
「丁度、お腹が減っていたし、キノコ嬉しいけれど。気持ちだけ貰っておく。何、貴方達、私達も、貴方達の仲間に入って欲しいんでしょう?」
頭達は楽しそうに笑っていた。
そして、空中をくるくると飛び回っていた。
数えると、全部で、十二頭程、浮遊していた。……融合した二つの顔があるから、計十三頭か。それらは、時計のように、くるくる回り続けている。
「あの道に行ってはいけないよ」
老人の頭が囁く。
「あそこ、崖だから」
完全に骸骨となった、頭が告げた。
「あたしは、落ちて死んだから」
顔半分が腐って、溶けた脳味噌を垂らし続ける妙齢の女が言う。
「焼け、『ネクロ・クルセイダー』」
アイーシャは、もう一度、指を弾いた。
すると、梟型の機械の頭部が開いて、辺り一面に熱線を照射していく。
頭達は、炎のレーザーによって、焼かれていく。
「さっさと、死ねよ。死に損ない共。やかましいのよ、生きている人間の邪魔をするな」
バイアスは、腹を鳴らしながら、貰ったキノコや山菜が食べられるかどうか、真剣に悩んでいるみたいだった。
「バイアス、さっさと撃ち殺せ」
アイーシャは、冷徹に言う。
彼女は焦っていた。
先ほどから、体温を奪われている。
全身から、悪寒が込み上げてくる。おそらく、こいつらの攻撃なのだろう。心臓が激しく鳴っている。そのうち、今にも、鼓動を止めそうだ。
頭達は、悲鳴を上げながら、宙を這いずり回っていた。
アイーシャは蝿でも叩くように、剣で叩き落としていく。
「おれはおれ、此処で迷って死んでぇっ!」
「アタシの子供、とっても可愛かったのよ。九歳になって」
「誕生日プレゼントは何にしよう? 今年の冬頃にはちゃんとしたモミの木を買って」
「助けて、助けて、助けて、苦しい、苦しい、痛い、痛い、痛い」
「人間に戻りたいよ、戻りたい、戻りたいんだよぉ」
生首達は、くるくる、ぐるぐると、回っていた。
犬の生首が、動かなくなった人の頭を噛み潰して脳を啜っていた。
赤ん坊が一人いた。泣いている。
耳障りな不協和音が、森全体を支配していた。
「やかましい、さっさと死ね」
アイーシャは自身の機械兵に命令し、バイアスに指示し、自身も剣を振るっていく。
死者達が、何かを叫び続けていたが、二人は一切を聞き流していた。
「お魚もあげるってさ」
最初の女が囁いていた。
今や、その女は、顔面全体が焼け爛れていて、半ば炭化していた。
ぽんぽんっ、と、生きた鯉が、何処からとも無く転がり落ちてきた。
もぞもぞと、それは動き出していた。どうやら、アンデッドではなく、生身の魚みたいだった。
生首達を全滅させた後、アイーシャ達は疲弊しきった顔をしながら、森を抜けていく。すると、街道だと思っていた場所は、大きな崖になっていた。
地上まで、数百メートル程はあるだろうか。
「ああ、そっか。一応、本当に心配してくれていたんだ。余計なお世話だったけれども」
バイアスは、女の生首から貰った、キノコや魚などを手にしていた。
「これ、食べられると思います?」
「そうだな……。食中毒とか、最悪、未知のウイルスとかゾンビ化エキスとか入っていたら嫌だけどな。どうしたものかな、お腹空いているしなあ…………」
そう言いながら、アイーシャはゆっくりと、崖を降りていく事を考えていた。
お腹が酷く鳴っていた。
バイアスは、我慢出来なかったのか、魚を生のまま口に入れて噛り付いていた。
アイーシャはそれを見て、思わず、尻餅を付く。
崖の上から見える景観は美しかった。此処から先には、近くに村らしき場所が見えた。煙突らしき場所から、煙が上がっている。アイーシャは、後、一、二時間くらいは食事を我慢しようと考えていた。
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