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第十四章 マシーナリーのハイウェイ 2

 シェルターに避難してから思った事を、ペイガンは日記に綴り続けていた。


 徐々に、翻訳機無しでも、簡単な言葉は覚えていっている。

 少なくとも、身振りでぶりでも、意思表示くらいは出来るようになった。

 自分も戦いに参加したいのだが、足手まといになるだけだろうなあとは思う。


 まだ、あの赤い天使の姿が焼き付いて離れない。あの天使は、家族や友人を皆殺しにした、それでも放心状態のまま、その姿を美しいと思ってしまった自分は人の理に背徳しているのだ。

 赦せないだとか、悲しいだとか、そんな感情が何処かへと行ってしまった。

 ただ、心に孔が開いていて、それが日に日に広がっていくかのようだった。

 シェルターの中では、人々がダートの連中を皆殺しにしたいといった内容を話し続けていた。

 怨嗟ばかりが、とてつもない程に広がっていっている。

 レウケーという男から、ペイガンは色々な事を聞かされた。

 半ば愚痴ばかりだったが、ペイガンは思わず腑に落ちてしまうのだ。

 ルブルは……ダートは、憎まれれば憎まれる程に、ルブル側の思うツボなのだ。

 レウケーは確かにそう言っていた。


 世界各地には、動乱が巻き起こっている。

 今、クーデターが各地で引き起こされている。

 大国が集って、戦争の準備を始めている。

 冷戦状態の国々に孔を開けたという行為も、ダートは引き起こしてしまっているのだ。そして、各地で起きる内乱は、きっと人々の恐怖心からだ。


 二次的に、三次的に生まれてしまっている人災の方が、むしろシェルター内の恐怖を煽っていた。

 ニュースの情報によれば、ダートのメンバーを騙る者達、そしてダートのメンバーと決め付けられて魔女狩りじみたものまで起こり続けているらしい。

 もはや、人間とは一体、何なのかと考えざるを得なくなっていた。

 何名もの宗教家達も現れて、戦地に祈りの巡礼を行っている者達もいた。

 豊かな国では、復興の為の募金も行われていた。

 人間は善なのか、悪なのか、少なくとも、ペイガンには分からない。考える余裕さえ無いのかもしれない。


 レウケーは苛立ちながら、ペイガンに愚痴る。能力者全員を処刑して欲しいというプロパガンダまで増えてきているのだと。

 ダムはいつか決壊するだろう。

 ペイガンは、能力者という存在を、漠然と知っていた。

 人類に抗う術は無いんじゃないのか?

 それくらいまでに、今、追い詰められてしまっている。どうにもならない現実が立ち塞がっているんじゃないのかと。


 ドーン側は、戦力になる者達を募っている。

 しかし、生半可な戦力は必要としてはいなかった。

 憎しみという名前の呪いは、確実に蔓延していた。

 結局の処、ルブルの目論見はそういうものなのだろう。

 人間が人間を殺し続ける世界は正しく美しい。

 それこそが、魔女ルブルの見ている世界なのだろうから。


 ペイガンは漠然と、自分も討伐隊に入りたいなあ、とは思っていた。けれども、自分なんかが戦えるのだろうか。

 ペイガンはシェルター内の、討伐隊志願の者達と話し合っていた。その中には、ケンタウロスのカシューもいた。討伐隊の者達は強い指揮の下、戦う意志があった。中には、元軍人などもいるみたいだった。

 討伐隊は、レウケーというアサイラムの要の一人が意気消沈している為に、彼の部下である、スロープという男が率いるとの事だった。



 村人達は親切だった。


 この村の長老らしき人物の家に、二人は泊まっていた。

 言葉こそ分からないが、どうやら、二人は神々の巡礼者みたいな存在なのだと理解されたみたいだった。

 のどかな村だった。

 アイーシャは、自身の機械兵を使って農作業を手伝う。

 最初、村人達は驚いていたが、おそらくは神々の奇跡か何かだと思い込んで、理解したみたいだった。

 そういう受け取り方をしてくれて、彼女としてはとても嬉しかった。

 裕福な村には、とても思えなかったが。牛肉とジャガイモのスープは、塩と胡椒がふんだんに使われていて、とても良い味だった。近くの川で魚もよく取れるらしく、摩り下ろされたワサビがとても美味しかった。


 川は澄んでおり、口に入れて飲める程だった。

 何よりも、此処は気候がいい。大気も澄んでいる。

 毛布にくるまりながら、アイーシャは、どうやってルブル達を倒すべきかを考えていた。

 両手両脚が未だ疼く。

 切断された時の恐怖や痛覚が、再び、蘇ってくる。

 今、緑の悪魔の存在を支柱にして生きている。彼女が死に際に見せた、不可思議な善意のようなものによって、アイーシャはきっと支えられている。


 ネクロ・クルセイダーの機械兵は、ルブルのゾンビを倒せるのか……?

 多分、それは可能だ。負ける気がしない。

 しかし、ルブルは死霊術師として、強いというよりも、むしろ“怖い”のだ。

 単純な能力の強さならば、負けるつもりは無い。

 しかし、ルブルの恐ろしさは、やはり強さではなく、どうしようもない程の狂気の量にあるのではないのかと思ってしまう。


 ……私、少し、疲れているな…………。

 そう言えば、グリーン・ドレスが死んで以来、ずっと頭が休まる事は無い。身体をしっかり休めたのは、いつの事だったか。

 アイーシャは、魘され続けていた。

 もっと、彼女と話したかったような気がする。たとえ彼女がどうしようもない悪人だったとしても、自分を暗闇の中から救ってくれたのは事実なのだから。

 未だ、後遺症が拭えそうにない。

 きっと、こういった感情が出てくるのは、自分が“まとも”だからなんじゃないのか?

 人を殺戮する時に、確かに感じた事がある。

 アイーシャは、果てしなく深い、闇の甘さを知っている。

 きっと、それは蜂蜜のような味がするのだ。

 狂気という甘ったるい果実、破壊衝動を心の赴くままに撒き散らしていく感情、それはもうどうしようもないくらいに優しく心を満たしてくれる。


 罪の意識を捨てるという事。

 永遠の暗闇の中に、引きずられそうだ。

 いつか、自分の妄想が現実のものになってしまうのではないかと考えて、とても怖い。

 誰彼構わず、殺していた自分に戻ってしまうという事……。

 戻りたくなんて、ない……。

 村長から借りた寝床の中で、彼女は考えているのだ。

 こんな村くらいならば、彼女の能力で簡単に潰せる。住民を半刻に満たない時間で皆殺しにする事が出来る。


 理不尽で無差別な虐殺の感覚は、まるでドラッグの依存症のようで、とてつもなく怖い。

 あの感覚を覚えている。


 ……殺して、壊している時は、少しだけ憎しみや苦しみが和らいだ。きっと、そういうものなのだろうか。最初の殺人は何歳だったのだろう? 家畜の解体で生き物を殺す事に慣れていったように覚えている。血のベタ付く鉄の臭い。何故だか、段々と安らかな香りへと変わっていく。肉で皮膚を切り開いていく感覚。筋肉を抉り、骨にぶつかった時の感触。命に対する無感覚。


 アイーシャは、寝返りを打っていた。

 怖い、……自分がとても怖い。

 どうしようもないくらいに、自分が未だ化け物でしかないという事実が恐ろしく、もはや人には戻れないのだろうと思ってしまうからだ。

 隣では、バイアスが寝ていた。

 彼は友人達を沢山、殺している。理由なんて、きっとまともに無かったのだろう。

 アイーシャは誓っている。彼を正気に戻さなければならないと、正常な人間にしなければならないと。

 力を手にした瞬間に、人なんて虫みたいなもんじゃないのか? せめて、家畜みたいなものだ。

 そうとしか人間を見れなくなってしまう事が、何よりも自分を人間から遠ざけるのだ。


 拭い去りたい、全てをだ。

 このまま未来が殺されていくのか?

 それはあってはならない出来事だ。



 シェルターの中では、しばしば喧嘩騒動が起こっていた。


 避難してきた者達は、みな、荒んでいるのだ。此処には、家族を亡くした者や、家族を失った者達ばかりがいる。

 ペイガンは、何処か、紙芝居でも見ているかのような眼で、みなを見ていた。自分は、今、何処にいるのか分からない。

 カシューは、ずっと彼に囁いている。ペイガンの話相手になってくれる。

 そう、彼は挫けそうな心をずっと励ましてくれるのだ。


「何で、避難してきた者達同士で争ってるんだよ?」

「連中は、自分達が一番、苦しいと思い込みたいんだよ。最初は共感し合えると思った。でも、違ったんだろ。それから、怒りの矛先だとか、憎しみの向け場が無いんだ。だから、いがみ合っている、それだけなんだろう」

 カシューの口調は、何処までも穏やかだった。

 それが、ペイガンの不安を和らげてくれた。

 


 ダートのメンバーの一人から、また新たに映像の配信があるとの事だった。


 今度は、世界中というわけではなくて、ごく一部の限られた場所に向けて放送するみたいだった。

 大きなTV局の襲撃ではなく、インター・ネットの中継を見て、限られた者達に知られればいい。そういう目的らしかった。

 以前の奴とは、別人なのだろう。

 レウケーは、相変わらずの仕事部屋の中で、ネットの動画から生中継されるのを待っていた。

 白い画面に、暗いシルエットが映し出される。


 その後で、砂嵐の映像へと切り替わる。

 そこには、砂嵐の残像のみの人物が何かを語り出していた。

 そいつは、前置きのように、言った。


 俺は、映し鏡だ、と。




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