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第十一章 罪の十字架が広がるから…… 4

 狂気の先に、何があるのだろう?


 ダートは、異常性欲を在りのままの肯定し、暴力を疫病のように蔓延させていく。

 ルブルとメアリーの二人は、全てのモラルを踏み躙る。

 つまり、そういう事なのだろう。

 そういう事がやりたいのだ。


 憎悪は、伝染病のように広まっていっているのだろう。それこそが、メアリーが望んだ目的なのだから。

 疫病の進行を止めなければならない。

 不条理なまでに圧し掛かってくる、破壊の意志という衝動。

 それらは、きっと誰もが持っているものなのだろうから。

 ドーンの者達だけでは駄目だと思った。

 何故ならば、ドーンはメアリーの目的を理解していないだろうから。だから、彼らもまた憎悪に飲み込まれていくのだろう。終わる事の無い憎しみの環の中に押し込められるのだろう。それこそが、メアリーの、ダートの目的なのだろうから。


 そして。


 ルブルは、きっと純然たる悪だ。


 この世界に背信する者だ。

 在ってはならない、混沌そのものなのだ。

 アイーシャは、傍らにいる少年の顔を見る。

 バイアスは、アイーシャにとっての、業のようなものだった。

 アイーシャは、かつて正義とかいうものを、漠然と信じていた。

 その為に、剣を振るった。祖国の為に忠誠を誓おうと思った。

 何の為に自分は戦ってきたのか。

 自分の原点を取り戻さないといけない。


 切断されたのは、手足だけではないのだから。

 きっと、大事な意志だとか、信念だとか、そういったものも切り落とされたのだろうから。けれども……、自分の現状を冷静に認識するならば。

 そう、大した事なんかじゃない。

 戦争に赴けば、刃物や爆弾の負傷で手足を無くしていく者達なんてザラにいる。

 敵軍の捕虜にされて、異常な拷問を受けて、全身の皮を剥がされたり、顔のパーツを削ぎ落とされたりなんて、話もよく耳にする。爆弾で両手両脚や加えて、顔のパーツを失って、病院で生命維持装置に繋がれたまま生き長らえざるを得なかった者達の話もよく耳にする。


 自分は、機械だが、手足が生えてきた。

 だから、幸福なのだ。

 メアリーから受けた性的な汚辱さえも、大した事なんかじゃない。敗戦国の女は、次々と売春婦にされた国だって知っている。

 自分は、もっと強くなければならない。マゾヒズムに屈してはならないから。

 苦痛に屈する事は快楽なんかじゃない。


 戦って、おそらくは希望だとかいったものを手にしなければならないのだ。

 だから、自分がメアリーから受けたものも、戦士として戦う以上は受け入れなければならない。敗北者は、奪われるだけなのだから。

 言うならば。

 自分の憎悪を乗り越えた上で、メアリーを倒さなければならない。

 その為に、アイーシャは、一度、グリズリーに戻ろうかとも思った。あるいは、せめてグリーン・ドレスが破壊した街を見て周る旅も行いたい。

 彼女は、首を横に振る。


「……いや、今、倒しに行く。バイアスには、奴を倒した後で正気に戻る事を考えて貰う」

アイーシャのネクロ・クルセイダーは、人間や動物などの死体に、金属加工を施して、それをロボットや、乗り物などへと変える能力だ。

 喪失した手足を復元させようとする執念によって、手にした力だった。

 この力の意味を、これから刻んでいくしかないのだ。



 ルブルの城があった場所は、焼け跡ばかりが残っていた。


 近付くと、何か罠が仕掛けている可能性もあったので、ひとまず遠くからゴーグルで焼け跡を監視する。特に、変わったものは無い。

 そう言えば、森中に放たれていたアンデッドは、先ほどのメリサを除いて、一体も徘徊していなかった。


 更に、暫く森の中を調べていた。

 すると、塹壕のような形をした家を見つけた。

 アイーシャは、例によって、梟型の機械を使って内部を除く。

 生活感が漂っている場所だった。冷蔵庫もあり、機械に翼で開けさせると、食べ残しのパイなどが見つかった。


 戸棚には、ラズベリーのジャムなどが置かれている。確か、セルジュの好物だったか。

 家の質感を見る限り、明らかにルブルが腐肉で作ったものだ。

 部屋の一つ一つを見ていくと、何と明らかにセルジュの部屋らしき、鏡の間まで見つかった。更に、ルブルが暗黒魔術に使う壷まで置かれている。

 誰もいない。

 何処かへと、出払ったか?

 しかし、魔術に使う壷が残されている。得体の知れない液体が壷の中に入り、壷を燃やす為の薪が置かれ、つい先ほどまで、使っていたかのような状態で置かれている。この壷で、彼女は何者かと交信しているのだと、緑の悪魔から聞かされている。そんな大事な物を置いて、何処へと去っていくものなのだろうか? いや、こんな壷くらい簡単に用意出来る筈だ。


 アイーシャは苛立ちを覚え始める。

 此処は、正直、不気味だ。

 罠の可能性も充分ある。

 何かしらの仕掛けが置かれていても不思議ではない。少なくとも、ルブルとメアリーの能力を考える限り、そういう事が得意な力なのだから。


「……もぬけの殻かな…………」


 普通に考えて、彼女達が、この魔女の森にいつまでもいる道理は無い。

 しかし、もし何処かへと潜伏場所を変えるのならば、一体、何処へと向かったのだろうか?

 大体、数十分程、経過した頃だろうか。

 まるで、痕跡が見つからない。

 罠だったら罠だったで、それでも構わない、という考えだった。

 だが、ある意味で一番の罠は……。


「……駄目だ。やはり、もぬけの殻だ。此処にはいない、か。…………。時間の無駄だったかな。メリサって女を置いておいたのが、そもそも罠だったのかも。此処には、誰もいない。私に無駄足をさせる為の罠なのかな」

 深く、溜め息が漏れ出してくる。

 アイーシャは、バイアスの肩を叩いて、塹壕の家を後にする事にした。


「もう、魔女達は、この森にはいない。場所を変えられたんだ、これ以上は時間の無駄だ。行こうか」

 彼女は、少し、鬱々としたような顔になる。

 もし、一番の罠があるとすれば、それは懐疑心に苛まれ続け、ひたすらに無意味に時間を消耗してしまう事なんじゃないのかと思ってしまう。まだ急いで打つ必要は無かったが、それでも、迷わせる、という事はそれだけで精神を削られる。


 もしかすると、本当にただの留守で、ルブル達が戻ってくる可能性も高いが、アイーシャは此処から離れる事を決断したのだった。




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