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第十一章 罪の十字架が広がるから…… 3

 一面に、廃墟が広がっていた。


 此処は、無法地帯と化していっていくのだろう。既に、何名かのグループが、他の住民から食料を奪い合っているらしい。

 そこは、軍の施設跡だった。

 彼らは、小さな火を焚いていた。

 火は忌むべきものだったが、暖を取る為に、あるいは肉や魚を焼く為に、必要なものだ。炎のトラウマが湧き上がってくるが、それでも彼らは必死で生きようと、トラウマを克服しようとしていた。


 彼らの中には、女子供もいた。

 小さな赤ん坊を守る女もいた。

 幸い、軍の地下シェルターにあった食料は綺麗に残ったままだった。

 機械兵達は、何処かへと行ってしまった。

 つい、昨日の事のように思えるのだが、もう数週間も経過しているのだ。

 皇帝であるパルスは死亡している。

 それ処が、此処はもうどう考えても、国の体裁を取っていない。

 ただ、廃墟の残骸なのだ。


 此処は、亡んでしまった国なのだ。

 生き残りばかりが、此処には寄り添っている。

 他にも、生き残りがいれば、見つけようと思う。

 食料が不足している、傷薬も不足している。

 傷の深いものは、仕方無く、刃物で刺し殺して楽にしていった。

 おそらく、まだ数千名くらいの者達が、国に散り散りになって生き残っているに違いない。彼らは、百名余りの人間で固まっていた。

 みな、口々に呪詛の言葉を吐いた後、しばらくして、誰かが諌めようとする。


「ドーンのハンターになるんだ。奴ら、絶対に殺してやる」

 男達はいきり立っていた。

 禿頭の大男が、大きな斧を手にして、先陣を切るつもりでいるみたいだった。

 彼らは、グリズリーに住まう者達の生き残りだった。

 家族を殺され、国を焼かれた。

 その代償は、とてつもなく大きい。

 男は、どうやら気付いていなかった。

 それこそが、ダートの……メアリーという存在の目的である事をだ。

 憎悪を撒く者、それがメアリーだ。

 その禿頭の男の頭は、大きな杭によって、吹き飛ばされる。

 そして、彼はそのまま廃墟の壁へと撃ち付けられた。

 まだ二十にも満たない少年だった。

 彼らは、此処に住まう者達を、自分が手にした力で、殺して、殺して、殺し続けた。みなが、何かを口々に叫び続けていたが、お構いなしだった。


「楽しいんだ、こんなに楽しいんだ。天使はこんなに楽しい事をしてくれたんだ」

 彼は、自分の力を使い続ける。

 次々と、同胞達の肉に、骨に、内臓に、彼が作り出した杭が刺さっていく。彼らは磔刑へと変えられていく。

 子供を抱えた母親の姿を眼にする。

 彼は、悲しそうな顔で、右手を母親と、彼女の子供に掲げた。


「生まれなければよかったんだ。この場所でな。可哀想だろ? そいつもお前も死なせてやるよ」

 そう言って、彼は母子共、殺した。

 彼の全身は、真っ赤な紅で染め上げられていた。

 人々は、大きな針によって頭や、胸を壁に打ち付けられて死んでいた。

 そう言えば、彼らは数日前までは、大切な友人だったような気がする。一緒に、食べ物を分け合っていた。

 けれども、そんな事は、どうだって良かった。

 彼にとっては、とてつもなく瑣末な事だった。

 彼は、ダートの侵略により生まれた者だった。

 まるで、それは星を見ているかのようだった。

 それは、とてつもなく美しかった。

 燃え殻の中で、彼は、星を見ていた。

 機械兵達が、侵攻してくる。

 それを、彼は遠くから眺めていた。

 ウイルスのように、憎悪や思想は伝染していく。

 この戦いによって、様々な能力者達が立ち上がった。

 通信機から、それは聞かされている。

 グリズリーにも、多くの能力者達がいた。

 けれども、あの天空から舞い降りてきた赤い悪魔を倒す事は誰も出来なかった。

 きっと、彼女を再び呼ぶ為にはそれなりの代償が必要なのだろう、だから。

 生贄は必要だった。

 七名いる家族の全てを殺す事。

 殺して、殺して、殺して、殺し尽くす事。

 おそらく、そこに正常なものなど、存在しないのだから。


 彼の名前は、バイアスと言った。

 元々は、普通の人間だったのだが、この災厄の影響で覚醒のようなものをしたのだと思う。彼は、星になりたいと思った。

 天空に、祈りを奉げたかった。

 だから、沢山の生贄を用意した。


『クリムゾン・サクリファイス』


 それが、彼自身の力に付けた名前だ。

 焦がれる感情が、彼の心を支配する。

 出来れば、あの焔を操る女と、機械兵達に、また出会ってみたい。

 それが、彼の願いだった。

 だから、彼は、レジスタンス達を、みんな殺害した。生贄が必要だったから。

 きっと、大切な友達になれると思った。

 感動的だったし、とてつもなく美しかった。

 きっと、自分の為に、彼女達は、あのような行いをしたのだろう。

 胸がどうしようもない程に、躍り出してしまいそうだ。

 破壊はとてつもなく美しい。その空虚さが、胸の空虚さを埋め合わせてくれるのだから。

 万象の声が聴こえてくる。

 それは、どうしようもなく美しい。

 彼は、音を感じているのだと思った。

 悲鳴が、どうしようもない程に感動的だった。

 何もかもを、生贄へと奉げてやろう。みな、供物になっていけばいい。

 生きている者が、下らなくて仕方が無い。

 せっかく与えられたチャンスは、使いこなすべきなのだ。

 バイアスは、軍事国家グリズリーにおいて、軍人の父親を持っていた。

 厳格な父親の下で、育てられていた。

 軍隊に入って、銃の訓練が行われる。

 そういう人生ばかりが、目の前に広がっている。

 彼はつね日頃から、この国に対して違和感を持っていた。

 グリズリーは、色々な国を搾取して、強大な国家になっていた。何もかもが、欺瞞に満ちているような気がした。

 あの天高く舞い上がる、焔の怪物。

 それから、地上を侵攻する機械兵達。

 機械兵は、グリズリーの兵達を次々と挽肉へと変えていくと、そこら辺の鉄骨や機械などが変形していき、死体を飲み込んでいく。すると、挽肉になった死体は新たな機械兵へと変わっていく。その光景を見ていると、バイアスは自分も解放しなければならないと思った。


 あの紅の魔王達の下で戦いたい。

 それが、彼にとっての強い望みだった。そして、救いだったのだ。

 赤い花を咲かせよう。赤い花畑で、いっぱいにしよう。

 大きな、墓を作ろう。

 どうしようもない程に、とてつもなく大きな墓をだ。

 あの赤い天使と、機械兵を作り出した者の下へ行こうと思った。

 それぞれ、二人いるんだろうなあ、と彼は漠然と思った。

 機械兵を作り出したのは、赤い天使ではない、何故だか、そんな確信だけはあった。何故ならば、彼は手に入る力には、制限のようなものがあるんじゃないのかと、感覚的に理解してしまったのだから。

 バイアスは歩み出した。

 自分の進むべき道は修羅だとか、悪鬼羅刹だとか、そういったものなのだろう。けれども、それでも構わないと思った。自分は真っ赤な存在になりたい。

 かつて、彼に真っ赤で綺麗な色彩を網膜に植え付けてくれた者達に対して、最大限の敬意を示さなければならない。

 そう、あの者達に会えたなら、もし自分が殺される事になったとしても、付き従いたい、と誠意を持って頭を垂れようと思ったのだった。



 バイアスの能力が、刃の吹雪となって、メリサの作り出す植物達を串刺しにしていく。

 バイアスは鬼気迫る顔で、さながら自身の君主に対して道を開けるように、敵の作り出した怪物達を始末していく。

 アイーシャは剣を変形させながら考えていた。


 メリサは自分なんだ。

 それは、確信だった。

 アイーシャは、苦しい程に痛感していた。

 自分は、ルブルの城にいる時、ずっとメアリーの手によって汚され続けていた。身も心もだ。乗り越えなければならなかった。

 幸福を感じ取れないのならば、間違いなく不幸なのだと思う。


 アイーシャも、何度も戦おうとした。過去の傷からだ。

 どうしようもない憎悪と自分自身に対する嫌悪感が、交互に湧き上がってくる。自分は汚れているんじゃないのか? そんな思いでいっぱいになる。そして、自分を汚した対象を、あるいはどうしようもない程に生きるだけで苦しい、この世界を破壊したくなる。

 眼を反らすわけにはいかない。

 そう、メリサは自分の鏡だった。

 彼女は、おそらくかなり苦しんでいるのだろう。

 もはや、正気というものを失ってしまっている。

 アイーシャは、自分の思考を整理する為に、自分が“何を憎んで”、“何を憎むべきではないか”を切り分けようとしていた。

 憎むべき相手と憎まない相手を峻別しなければならない。

 そして、憎むべき相手は可能な限り少ない方がいい。


「……そうだな、たとえば、セルジュも、まだ好きだったかな」

 そう言いながら、アイーシャは、手にした剣を振るっていた。

 剣は、バラバラに分解されて、中心をワイヤーで通されて、メリサの肉体を叩き潰していく。そして、くるくると回りながら、彼女の上半身を覆っていく。


「奴は、私の知る限り、最後まで正気を保っていたのと。お前みたいな自我が崩壊しなかったからな。お前は、きっと死んだ方がいいんだ。そして、私の在り得たかもしれない可能性なんだ。お前なんて、大嫌いだ」

 メリサの腹が膨れ上がり、腹が破れ、巨大な食虫植物が生え出してくる。それは、幾つものメリサの頭部が融合していた。メリサの頭部は増え続けていく。みな、歌い、唱和し、恨み言を言い、涎を垂らし続けていた。

 バイアスが、アイーシャの背後で、彼女を援護として、巨大な杭や釘を幾つも、メリサの腹へと撃ち込んでいく。


「…………どうして?」

 メリサは、立ち上がる。


「あなたも、あなた達も、この世界が憎く無いの? 最初、憎んでいるのは、自分を傷付けた相手だけだった。けれども、被った苦しみとか絶望は消えないの。みんな、そんなものを抱えずに生きている。私が受けたのは、男からの凌辱だけではなくて、この世界から振り下ろされた不条理なんだって分かった、だから、私はみんな憎くて仕方無いの……」

 べきりっ、べきゅりっ、と、メリサの全身の骨格が歪んでいく。

 そして、無理やり、巻き付いた剣を振り解こうとする。しかし、アイーシャの剣は、しっかりと、メリサの肉体に深く食い込んでいた。

 彼女の両腕が、槍のような形へと変わっていく。


「だから、セルジュとグリーン・ドレスはマシだったって言っている。私は“切り分けている”。憎悪するべき相手と、まだマシだと思える相手をだ。好きと嫌い。それは、ほんの些細な部分でいい。ほんの小さな違いでいい。それが、“赦す”って事なんじゃないかって、漠然と思った」

 アイーシャは、分解して、蛇のように巻き付けた剣の柄を強く握り締める。


「いくぞ、『ネクロ・クルセイダー・ヒート・ソード』」

 すると、蛇のような形になってメリサの上半身に撒き付いていたアイーシャの剣が、高熱を帯びていく。


「熱い、……何、これ…………? ううぅぅうっ、ひぃぃぃいいいいぃっ!」

 メリサの顔が苦痛に歪む。


「私は、切り分けている。ルブルとメアリーは絶対に倒す。そして、お前も生かさない。お前はあったかもしれない私だからだ。とてつもなく醜悪だ。鏡なんだ。セルジュも、醜い自分自身と戦っていたな。今になって、彼の事がちらつくのは、お前は私の鏡だからなんだっ!」

 メリサの全身が、燃えていく。

 ぼろぼろと、皮膚が崩れ、肉が溶けていく。

 バイアスが、追撃として、針の束を撃ち込み続ける。どうやら、彼は用途によって、杭、釘、針など、生み出して撃ち込めるものを変えられるみたいだった。

 メリサの命は消えていく。

 枝が落ち、葉が散り、幹が裂け、根が朽ちていく。


「お前、多分、ダートのメンバーに入れられていないんだろう?」

 アイーシャは、冷淡な口調で訊ねる。

 この敵は、弱過ぎるからだ……。

 もはや、メリサの命は消え去ってしまっていた。後には、炭化した人のような形のものが転がっているだけだった。

 アイーシャはバイアスの方を向く。

 どうやら、二人とも肉体的にはほぼ無傷だ。

 しかし、アイーシャは心をズタズタにされたような気分に陥っていた。

 アイーシャは、地下室を出る際に、バイアスに命じて、メリサによって変形させられた男達の命を絶つ。男達は、頭蓋を叩き潰すと、あっさりと死んでいってしまった。

 おそらく、メリサはルブルの能力である、『カラプト』によって植物の死体と合成させられたのだろう。ルブルは人の苦しみさえも、自らの道具へと変えてしまう奴なのだ。

 絶対に倒さなければならない。

 彼女はふと、どうしようもない不条理を思い出す。

 構造は読めてしまっていた。

 おそらく、メリサを凌辱したとかいう男達、彼らはこの辺りに住まう住民と同じような血筋の顔立ちをしていた。

多分、貧困か何かで盗賊に落ちぶれて、メリサを襲ったのだろう。


 男という生き物は死の恐怖を性欲で隠そうとする。実際、アイーシャが知る限り、戦争に向かう男達は、侵略する国々の女達を強姦する者が多いのだと聞かされている。

 そう。

 被害者が加害者になり、被害者を増やし続けていくのだ。

 それこそが、憎悪が連鎖していくという事なのだろうから。

 だから、それを乗り越えなければならない。

 バイアスは、アイーシャの顔を見て、にこにこと笑っていた。

 彼は、アイーシャに、そしてグリーン・ドレスに親兄弟、友人などを殺されている筈なのだ。それでも、彼は彼女に笑いかける。挙句に崇敬していうと言う。


 彼は、彼女にとっての罪なのだ。

 だから、きっと彼を守ったり、何かしらの代償を払わなければならない。

 ……私に何が出来るんだ? 私は何をしたいんだ?

 何も分からない。どうすればいいのか答えが何も出来ない。




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