第十一章 罪の十字架が広がるから…… 2
アイーシャは、バイアスと一緒に、ルブルの森の中を彷徨っていた。
もし、メアリーがいるとするならば、おそらくは、幻影によって霍乱してくる筈だ。森の木々を増やしたり、地形を変えたりなどをしてくる筈だ。
以前も、城の数を増やして、ドーン側を寄せ付けないようにしていた。だから、念入りに、相手の出方を伺った方がいい。
メアリーの幻影の対策は取れている。
単純な事だ。それは、グリーン・ドレスから学んだ事だった。
それは、体温だった。
幻影には、体温が存在しない。だから、森の木々に住む小鳥やリスなどを探せばいい。
彼女は緑の悪魔を真似して、体温を感知する機械を創り上げていたのだった。
先に機械の斥候を送って、それから慎重に攻める。
それが、メアリー達と戦う為の必須条件だった。
森の中を進みながら、アイーシャは機械のレンズ越しに奇妙な物を見つける。
「……何だ? 此処は?」
そこは、大きなコテージだった。
以前は、こんなものは無かった筈だ。
どうやら、切られた丸太を、木の枝や蔓、根で編まれて作られている。酷く妙だった。
どう考えても、不自然極まりない。
無視して横切ろうかと思ったが、そう言えば、ルブルの城はどうなったのだろうか。グリーン・ドレスが破壊した後、彼女達はどうしているのだろう?
ルブルは城を建造する際に、死体を必要としていた。こんな短期間に、あの戦力で城一つを作れる程の死体を用意出来るとは思えない。
「バイアス」
アイーシャは、ひとまず新しく出来た味方を試しに頼ってみる事にした。
「何ですか?」
「あのコテージ目掛けて、お前の能力を全力で発動させる事は可能か?」
「ええ、やってみます」
バイアスは、両手を翳す。
コテージが、虚空から生み出された杭の群れによって、孔だらけになっていく。
中に誰かがいるとすれば、ひとたまりも無いだろう。
アイーシャは、慎重を来たしながら、ズックの中から、ネクロ・クルセイダーで作り出した梟型の機械鳥を取り出して、孔の開いたコテージの中へと差し向ける。
そして、彼女は中継用に、小さなスクリーンの付いた電子機械を取り出した。
機械鳥は、コテージの中を中継している。アイーシャには、それが分かる。
コテージの中は、無人だった。動く者が誰もいない。
しかし…………。
「何だ? あれは…………」
地下室へと続いている階段を見つけた。
もしかすると、あの中に、メアリー達が潜んでいるのかもしれない。
どうしても、その疑念を拭い去る事が出来なかった。
恐怖が背筋を駆け上ってくる。
しかし、そんなものは克服しなければならなかった。
これからの人生の為にも、そして彼女達によって喰い潰されていく多くの者達の為にも、自分はメアリー達を討たなければならないと思った。
きっと、それは信念のようなものなのだろう。
かつて、プライドの高かった自分を取り戻さなければならない。
†
地下室を、ゆっくりと降りていく。
死体の臭いが、何処かしら充満してくるかのようだった。
中を進んでいると、此処がどういう場所かを理解する。
それは、牢屋だった。
牢屋が並んでいる。
アイーシャは、この中に、何者かが潜んでいる事に気付く。
……新たな、ダートのメンバーか?
分からないが、とにかく警戒するに越した事は無かった。
セルジュなんかは、鏡のトラップで、一撃で相手を葬り去る事が出来る。だから、この地下室の奥に潜む何者かも、警戒し過ぎという事は無いのだった。
「でも、……私は、臆病者なんかじゃない。奴隷じゃない、屈服なんてしたくない」
彼女は、腰元に指していた長剣を掲げる。
現れた敵を、いつでも両断出来るようにしなければならなかった。
それは、大きな鳥篭だった。
中にいる者達を見て、アイーシャは絶句していた。
それは、複数の男達だった。
男達は、顔や背中、胸や腹などに女性器のようなものを縫い付けられて、皮膚と一体化し、男性器のような形をした植物の蔓に犯され続けていた。男達の快楽に酔い痴れ、苦痛に戦慄く声が同時に聴こえてくる。もはや、性欲と肉体の苦痛以外には感じていないのかもしれない。
見るに堪えなかった。
アイーシャは、思わず眼を反らす。
奥には、一人の人影がいた。
それはゆらゆらと、蝋燭のように揺らめいていた。
「あなたも、素敵な芸術品にしてあげようか? あたしが感じた絶望、あたしが感じた恐怖、あたしが感じた苦痛、あたしが感じた殺意、あたしが感じた屈辱感をみんなに分け与えたくなってきたの。贈り物にしてあげたい、とっても素敵な贈り物に。そうすれば、私はきっと幸せを感じる事が出来るからぁ」
奥の方から何者かの声が聞こえてくる。女の声だ。
声はかすれている。まるで、それが当たり前であるかのように、酷い憎悪を押し殺している。
空間一帯が震えているかのようだった。
アイーシャは、嘔吐感を抑えながら、その女を切り伏せようと考えていた。
「お前は、何だ?」
「あたし?」
涎を垂らしながら、女は笑う。
「あたしの名前、メリサ、って言うの。あはっ、あははっ、あなたも仲間に入りに来たの? 気持ちいいらしいわよぉ? 植物に強姦され続けるの? ほら、男達を見てよ。私を輪姦した男達。彼らはずっとずっと、二十四時間、植物のエキスを注入され、生かされながら、快楽の絶頂を味わい続けている」
アイーシャは、自らの額を押さえる。
この女は、狂っている、完璧にだ…………。
何をどうやったら、こんな精神状態になったのか理解が出来ない。
醜悪過ぎる。
それは、どうしようもない程に。
人間という存在を、人格というものを凌辱して、物としか扱っていない。
頭が痛くて仕方が無かった。
アイーシャは、しばし呆然としていた。
何かが、おかしかった。まるで、歪んで反転してしまった世界を見せられているみたいだった。もしかすると、ルブルの城にいた時の自分は、このような顔付きをしていたのだろうか?
おぞましい姿をしていたのだろう。身も心もだ。
アイーシャはこの空間にいるだけで、気分が滅入っていく。恐怖よりもむしろ、強い自己嫌悪に襲われる。
奇形の植物が、一面を支配していた。それらは、まるで蜘蛛の糸のように辺りに伸びている。
「お前は、……罪悪感というものを感じないのか?」
アイーシャは、頬から一筋の汗が流れるのが分かった。
背筋に、僅かな悪寒が走り出す。
「あたしが?」
女は、歌うような声質をしていた。
罪悪感、という言葉に強く反応したみたいだった。
かなり、やばそうだ。
アイーシャは、大剣を手にする。
「だって、この男達は私を散々、慰め物にしたのよ? 怖かった、苦しかった、憎かった。身体中が痛くて、頭の中がバラバラに壊れていった。……あなたも女なら、分かるでしょう? 危険な日だったのよ? 真っ赤な血が体内から流れる日。私、産みたくないのよ。可哀相でしょう。可哀相。大丈夫だった、私は化け物になったから。でも、代わりに彼らを私の子供にするの」
その歌声は、怨嗟だった。その両眼は、この世界全てを憎んでいるものだった。
彼女は両眼を剥き出しにしながら、地下へと入ってきた二人を舐めるように見つめていた。
ずりぃ、じゅりぃ、と、壁や天井などから、人型をした頭部がウツボカズラのような形状をした食虫植物達が生え出してくる。その数は、次第に増えていく。
アイーシャは、心が折れないように、強く剣の柄を握り締めていた。
†




