乙巳の変の刻、離宮にて
645年、旧い暦で6月12日。
私も大海人皇子も数え十五を迎えた年でした。
すでに草匂い、風の蒸す、夏の半ばの日でありました。
◇
「あまさま、これはなんですか」
「子が授かりやすくなるらしい」
そう言うと再び、海人様は私の口を覆った。口と口の先を形を合わせてくっつける、これに何の意味があるのか。これをしている者を見たことがない。
その唇の重なりが外れると、私は再び若く麗しい方に問いかける。
「食と気を入れる場所でございます」
私は眉を寄せた。返しのよろしくない私に、尊き人は呆れたろうか。
「女に良いものと聞いたが、お前はどうか」
「わかりません」
「じきに良くなる」
「これがですか」
「おれは良かった」
そう言ってまた唇が近づいてくる。私の口を狙ってくる青年は、離宮の床板にあぐらを組み、身分の高さを示す鮮やかな朱華を上下に纏っていた。そうして私の背に手を伸ばして抱き寄せてくるので、その方に自分の体の重みを少しばかり預ける。
「こんなもの、どちらでお知りになったのです」
私は恨めしげに海人様を見上げた。同じ年の生まれだが彼の方のほうがもうずっと上背があった。
「女から教わったのではないよ」
薄く笑うその顔をじっと見続けるが、いつも真意が読めないお方である。
彼は名を大海人皇子といい、出仕を始めてすぐの年からの馴染だ。お小さい頃から飛び抜けて賢い皇子様であったそうだが、青年になってからは風格を増し、いかにもただ者ではないご様子だった。けれど当の本人はそれをひたに隠すうえ、これっぽちも野心がない。
私は海人様のお顔を細部まで見る。
御父に舒明天皇を持ち、御母に皇極天皇を持つ。両の血がことさら尊いものだから容姿の端麗さもひときわ輝かしい。
とりわけて見目も血筋も良い方であるのに「大兄が二人もいるのだから」と十五になっても日々遊ぶばかりで、細雲のように定まらず、山吹のようにふらふらとなさっていた。
今日にしたって、母君でもあられる皇極天皇の本殿では渡来の方々もお顔を見せる、大事なお集まりが催されたというのに。海人様は「おれは出なくともよい」などと言って、本殿とは反対側の旧殿の離宮へ私の手を引いた。
飛鳥の宮は、朝や号が変わるたびに本殿を新たにする。広大な敷地のどこそこに、使われない旧殿や離宮が寂しくただずんでいた。なので、先の舒明天皇のときに建てられた離宮のひとつに、私たちはよく示し合わせて身隠れした。
私も父方が何代か前の大王の子孫であると聞くが、当代様の皇子様に比べれば神の血はずいぶん薄まる。私がこの玉のように美しく聡い皇子様に惹かれるのは当然として、海人様がなぜ私をお気に召したのかはわからなかった。けれど同い年の私たちは子どもの頃から仲良しだった。
「先ほどここは気を入れる場所と言ったな。その通り。元の書にはこうあった。男と女で陰陽の気を入れ替えるのだと。こうして」
よほどこれが気に入ったらしい。口重ねをされるたびに変な顔をすると、海人様は宥めるように私の髪を救って撫でてきた。私はこれが好きだった。
「そう嫌がるな。西では並々にあることのようだよ。おれも、唐戻りの者が隠し持っていた書で知った」
「なんと。唐の書でございますか。私もそれを見たく思います」
「ならない」
「なぜですか」
「もう焼いてしまったから」
「まあ、なぜ」
「隠し事が割れれば、持ち主は首が離れるだろう。それに陰陽の学書かと思えば、房中術だったのだよ、他に渡ればおれが困る」
「困るとは」
「お前が落とされるかもしれないからな」
あぐらを組み、海人様はご自分の頬に手を添える。もう片方の手の指で私の口をぐるぐるとなぞった。
「おれ以外には、されるなよ」
「このように奇妙なこと、許すのはあまさまにだけでございます」
「ならば、よいよい。さきよ、こちらへ」
海人様は私のことを二人の時は「さき」と呼ぶ。近づくと頭を優しく撫でてきた。
そんなふうに甘やかされていると、急にぐるぐるぐると雷雲の唸る音が轟いた。渡来の使節団がくるというから、神殿の大婆様の占いでとりわけ天の調子の良い日を選び抜いたと聞いたのに。
ぼんやりと雨足を心配していると、次の瞬間、どかんと大きな音を立て、離宮の横壁をうち破り、何かの塊が目の前に飛び込んできた。
「ひいぃぃぃぃ!!」
ごろりと音を立てて、飛び入った塊がこうべをあげてこちらを見る。蘇我入鹿様の御首だった。先ほどは大きな音に驚き、そして再び生首の恐ろしさに悲鳴を上げる。海人様は微動だにしなかった。
御首は、私をちらと見たがすぐに興味が失せたようで、じいっと海人様を見ている。「ああ、変が成ってしまったようだの」と海人様は呟いた。
私たちのところまで首がぴょんぴょんと跳ねながらやってきたので、海人様は私を背に隠し、首から距離を取るように片手をかざす。
「われは色恋しか好かぬ。成仏されよ」
海人様がそう言って目を細めると、蘇我様の御頭は「それはつまらぬこと」と首を傾げて、しかし傾げすぎたのか、そのまま自らの頭の重みで横に倒れた。
床に横向きになったまま、蘇我様はさらに問う。
「鎌足は何処へ」
「さあ知らぬ。政には立ち入らぬ」
海人様は飄々と言って退ける。海人様は政から遠ざかろうとしている。そうだろうなと内心思っていたが、口に出しての表明は初めて耳にした。
「なぜ立ち入らぬ」
「他にいくらも良き方がいるだろう」
実際、次代の大王候補は何人もいた。血筋が良い方なら、この方の上に大兄様と中大兄様が、血筋を問わねば他にいくらもいる。
海人様と御首様はしばし睨み合っていたが、互いにさして殺意がないことを読み取ると、その緊張を緩め、ひとこと、ふたこと時候の言葉を交わした。こんな時にまで、皇族や上位貴族の雅な性である。
海人様は、私を守るため掲げていた腕を下ろし、一歩二歩ゆっくりと進むと、蘇我様の御頭の前に膝をつく。それからそっと横に倒れた御頭を上下に直した。
「成仏されよ」
「いいやまだまだ」
そう決起し、御首は勢いをつけた。跳ねるように浮いたかと思うと、先ほど自分で開けた壁の横穴をぐんとすり抜けて、離宮の外へ飛んで行った。
創作上の名前はこちらです
むらさき→額田王
あまさま→大海人皇子(天武天皇)
かつらさま→葛城皇子(中大兄皇子/天智天皇)
日本史のおさらい
蘇我馬子(祖父)ー蘇我蝦夷(父)ー蘇我入鹿(御首)
鎌足→中臣鎌足(藤原鎌足) 平安時代に勢力を伸ばした藤原氏の始祖
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以下の箇所を修正しています。
彼は名を大海人皇子といい、出仕を始めてすぐの年からの馴染だ。




