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第44話 広島大会

 大会当日、場所は広島県にある小さなホールだ。

 いつもはライブ会場として使われている。


 ここで行なわれるのは、私がアマチュア時代からお世話になっている『昇竜』の大会だ。

 総合格闘技の歴史はさほど古くはないけれど、その間にたくさんの格闘技団体が生まれては消えてを繰り返してきた。

 正直なところ昇竜よりも稼げて強い選手を抱えていた団体はいっぱいあった。

 それでもこの団体が生き残ってきたのは、それだけの地力があるのと、アマチュア選手の研鑽の場ともなっているからだ。


 前日入りしたホテルからタクシーを使って会場まで行く。

 今日の同行者は、ヒカリ先生と沙世さんと美香さんだ。

 なぜやる気のなかった沙世さんと美香さんが来ているかというと、私が二人に大会の補助業務を頼んだからだ。


 セコンドにヒカリ先生がついてくれるものの、試合に出るにはあと二人、付添いが必要だった。

 二人とも、アマチュアの試合経験があるので、拳を守るために、グローブの下につけるバンテージを巻いたり、血を拭いたり、水を準備したりといった補助業務を任せられる。

 私が頼んだとき、最初は嫌そうだったが、回らないお寿司をごちそうするという約束で来てもらった。

 すでにおごっており、財布の中身がすっきりした。

 

 もっとも、二人に頼んだのは、補助業務のためだけじゃない。

 おこがましい話だけれど、私の試合を観て再びやる気を取り戻してほしいと思ったからだ。

 試合が面白くなるかどうか、熱戦になるかどうかは、自分のファイトスタイルと対戦相手との相性などもあり、約束されたものじゃない。

 でも今回ばかりは、情けない試合は見せられない。

 二人の闘志に火がつくような試合をしてみせる。


 会場は地下のように薄暗く、殺伐とした雰囲気を醸し出していた。

 まだ開演前なので、観客は一人もおらず、選手とそのセコンドたちがまばらに出入りしていた。


 私たちはさっそく選手の控室に向かった。

 控室は狭くて、対戦相手同士が接触しないよう、敷居が設けられているが、同じ部屋だ。


「沙世さん、美香さん、今日は無理を言って来てもらってありがとう」

 沙世さんはそっぽを向いた。

「別にあなたが勝っても負けてもどっちでもいいから。大きな怪我だけはしないでね」

 美香さんは頷きつつ、「頑張ってくださいね」と小さな声で言った。

「うん。前日の計量もクリアできたし、コンディションは万全だよ]

 ちなみに、私の闘っている階級はストロー級だ。

 理由は簡単。アスカちゃんもストロー級だからだ。


 そのときだった。敷居がバタンと倒れた。

 私はあわてて飛びのく。

 すると、隣に黒くて長い髪をポニーテールに結っている女性と、ブロンドよりの髪色をした背の高い女性があらわれた。

「あら、ごめんなさい。軽く運動しようとしたら敷居にぶつかっちゃって」

 黒髪の女性が謝ってきた。

 女性は黒い半袖のTシャツを着用しており、二の腕から前腕にかけて赤い薔薇の刺青が覗いている。

 ブロンドよりの髪色の女性は今日闘う選手だろう。

 上下に分かれたファイティングウェアを着ている。

 肩には龍の刺青が彫られていた。

 まさかこんな再会をするとは。


「麗艶さん、お久しぶりです」

 おじぎをする私に対し、麗艶さんはしばしの沈黙の後、口を開いた。

「ごめんなさい。どこかで会ったかしら」

 覚えられていない。軽くショックだ。

 でも仕方がない。

 今も名が知られているわけじゃないけど、あのときの私は無名のアマチュアだったのだから。

「ずっと昔、新藤アスカ選手と同じチームで、応援に行ったんです。そのときに同じ席に座っていて、不良二人組みから助けてもらいました、あとセイラさんとも闘いました」

 私はセイラさんに笑顔を向けるも、そっぽを向かれてしまった。

「あら、そんなことがあったわね。いま思い出したわ」

 隣にいたセイラさんは殺伐とした雰囲気をまとっていた。

 身長は一七〇は越えていそうだ。

 もともと背が高かったが、さらに大きくなっている。

「レイエンさーん。敵と思い出話をしないでくださーい」

 そう言うなり、このたびの私の対戦相手、九条セイラは私を睨みつけてきた。

「セイラさんも久しぶり。今日はいい試合にしよう」

 私はセイラさんに握手を求めたが、拒否された。

「ノー。アマチュアのときと同じように一方的になぶり殺しまーす。あなた弱すぎる」

 私は薄茶色の目を見つめ返す。心拍数が上がる。

「かつての私と同じだと思っていたら、痛い目を見るよ」

 すると高らかに笑われた。

「プロになったあなたの闘い、映像で観ました。小手先のテクニックが巧くなっただけで何も変わってない。猪突猛進の牛みたいな闘い方、私がいなしてさしあげまーす」

 牛か。大いに結構だ。

 このすかした闘牛士を角で突き刺してみせる。

 ヒカリ先生が応戦してくれた。

「強さは不変のものではないわ。ヒナさんは急激に強くなっている」

「強くなったは、私もでーす。レイエンさーんが引退した後の次の王者は私でーす」

 

 え?

 麗艶さんが引退?

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