第43話 石段ダッシュ
スポーツバッグは先生に車で運んでもらい、走ってお寺まで向かうよう言われた。
これから向かうお寺は、大晦日に私がアスカちゃんと友だちでなくなった場所だ。
そういえばアスカちゃんもあのとき、走ってきてたんだったな。
そう考えると、練習で疲れ切っていて怠けたくなっていた肉体に気力がみなぎっていた。
おそらく大晦日の日もアスカちゃんは何食わぬ顔で練習をしていたにちがいない。
だったら私もこの程度でへばっているわけにはいかない。
私は走るペースを速めた。
これから石段ダッシュが待っている。
でもそれがなんだ。こんなもの地獄でも何でもない。
へっちゃらだ。
息を切らせてお寺までやってきた私を、目を丸くしたヒカリ先生が出迎えた。
「驚いたわ。こんなにすぐ着くなんて」
私はぜえぜえ息を吐きながら親指を立てた。
「私は新藤アスカと闘う選手なんです。このぐらい、なんともありませんよ」
「そうね。じゃあ早速始めましょうか」
ヒカリ先生は蛍光色のラインが入ったジャージの上下に着替えていた。
いちについて、ようい、どん!
ヒカリ先生の掛け声とともに、二人同時に駆け出した。
金曜日の夜のお寺は閑散としている。
人通りを気にせず石段ダッシュができる。
外灯の薄暗い灯りが照らすなか、転ばないよう注意しつつ、でも素早く足を上下させていく。
ヒカリ先生は私よりも速く、五段くらい前方にいた。
薄闇で光る蛍光色のライン目がけて負けじと加速していく。
大晦日のあの頃とは対照的な、静かなお寺の雰囲気にも、もう慣れた。
これが四十五回目だ。
でも、はじめに石段ダッシュでこのお寺を訪れたときもそんなに嫌じゃなかった。
大晦日にはつらくて大泣きしていたけれど、振り返ってみれば嫌な思い出じゃなかったから。
やっぱり仲直り、ではなかったけれど、アスカちゃんともう一度話してお別れできたからだ。
走りながら私はアスカちゃんのことを考えていた。
アスカちゃんはプロデビュー後、一年に三、四回というハイペースで試合を続け、無敗記録を更新し、ただいま一五連勝中。
現在、ランキング一位で次がタイトルマッチだ。
王者である麗艶さんに勝てば、プロの試合では無敗のまま史上最年少のRFCチャンピオンになれる。
私は必ずアスカちゃんが勝つと信じてる。
ちなみに大晦日の日からいままでアスカちゃんとSNSはおろか、電話のやりとりもない。
さらにテレビや動画でアスカちゃんを観るくらいで、対面で会ったことすらない。
避けているわけじゃないけれど、不思議と会わないのだ。
いや、嘘だ。
電話をかけようとすれば、いつでもできたはずだ。着信拒否されていなければ。
そうしないのは、私がアスカちゃんとの約束を重く捉えているからだ。
私とアスカちゃんの約束。
いつか必ず、王者になったアスカちゃんの隣に立つ。
そのときまで馴れ合いをしたくないのだ。
気づけば一〇〇本はあっという間だった。
ヒカリ先生がいなくなったと思いきや、振り返ると私の後ろから息を切らせてよろよろと石段をのぼってきた。
「ヒナさん、スタミナついてきたわね。正直なところ、私の想像以上に成長してるわ」
「ありがとうございます。二か月後のセイラ選手との試合、絶対に勝ちます!」
私の意気込みに、ヒカリ先生は強く頷いた。




