第97話 二つの挫折
人生において挫折の一つや二つはある。
私の場合は二つかな。
一つ目は、ファッションモデルをやめて、ファッションデザイナーになろうと決意したとき。
私は自分の可愛さに自信を持っているし、自分のことが好きだけれど、それを全員が好いてくれるとはかぎらない。
もっとかわいい子、もっとスタイルのいい子はいっぱいいる。
努力してきたつもりだけど、努力だけではカバーしきれないなと痛感することが増えてきた。
それと、私は服を着るのはもちろん好きだけど、それ以上に服そのものが好きなんだと気づきはじめた。
それがモデルを辞めた理由。
ちょうどいい頃合いだと思ったのだ。
後悔はないよ。ヒナとアスカも私のデザインしたコスチュームを着てくれて嬉しかったし。
もう一つの挫折は、もっと以前の話。
私はヒナもアスカも好き。
たぶん二人とも、私のことを好きと言ってくれるだろう。
でも。
いま、二ラウンドに入った。
すでに二人は立ち上がって、互いに見合っている。
私は格闘技に詳しくない。
だから目の肥えた人から見たら違うのかもしれないけれど、私には二人とも互角に見えた。
私は指を組みあわせ、祈った。
ヒナもアスカも無事リングから降りられますように。
私にとって二人の勝敗は二の次だ。
どちらかが勝ち、どちらかが負ける。それは仕方ない。
でもその後も二人が何食わぬ顔で、いつもの練習の日々に戻ってくれたなら、と願ってる。
いま、二人は遠い距離から互いに蹴ったり突いたりをしている。
緊張感がピリピリと伝わってくる。
ヒナはずっとアスカだけを見てきた。
アスカもずっとじゃないかもしれないけど、ヒナに関心を持ちつづけてきた。
そんな二人を私も見つめてきた。
けれど二人の視線の先に私はいない。
私は二人の一番にはなれない。
それがもう一つの挫折。
アスカがヒナの顔めがけて飛び膝蹴りを放った。ここまで高く上がるのかというほど跳んだ。
ヒナは、顔面をガードしつつ後ろに下がることでかわした。
二人はいまどんな気持ちで闘っているんだろう。
私は格闘技の経験がないから、わからない。
本来殴らなくてもいい人をわざわざ殴りに行き、自分も殴られに行くというのはどういう精神状態なのか、私の想像を超えてる。
やりたいとは思わない。
でもときどき、二人が羨ましいと思うときがあったんだ。
トギシ戦のあと、ヒナの鼻が治ったとき、家に呼ばれた。
そのときもヒナはアスカの話ばかりしていて、私は少し寂しかった。
格闘技をやっている二人にしか分からない世界がある。
もちろん私にも私の世界があって、ファッションモデルをしていたときに出会った友だちはいる。
それでも、あの子ども時代ほど純粋に、打算抜きに付き合える関係というのはもう築けないかもしれないというのも感じてる。
でも、いいんだ。これでいい。
だから、二人とも、私のことは気にせず、このまま突き進んじゃってよ!
この回は、立った状態でのパンチやキックの打ち合いがつづいている。
ヒナは何回かアスカに組みつこうとしているけど、そのたびにアスカは距離をとっていなしている。
アスカの拳の方が的確にヒナを捕えている気がする。
不意にアスカが高く跳躍した。
さっきはまっすぐだったのが、今度はやや右斜め前だ。
飛び膝蹴り?
ヒナもそう思ったのか、顔を腕で覆って防御の体勢に入った。
「いまだ! 行け!」
アスカの親父さんの怒鳴り声が会場に響いた。
瞬間、アスカの足がヒナの左膝の裏に振り下ろされた。
いや、踏みぬいた。
ジャンプしてからの膝への踏みつけだ。
観客からもどよめきが起こった。
「こわっ!」「下手したら膝がだめになるぞ」、という声がまばらに聞こえもした。
踏まれた勢いで、ヒナは左膝をマットにつけ、バランスを崩した。
そこへアスカがヒナの顔めがけて蹴りを放った。
かろうじて後ろに後転することでかわせたものの、起き上がるときヒナは苦しそうな顔を浮かべた。
当然だよ。
膝めがけてあんな蹴りを浴びせられたら。
それにしてもアスカ、友だちにここまでする?
そしてヒナ、どうして笑っていられるの?




