19.問答
川の魚は大物だった。
ナタリーが火を付け直している間に、クサヴェルが両手で抱えて戻ってくる。どうやって獲ったのか、二匹とも人の腕くらいの全長があった。
「こんな大物、どうやって食べきるんだ?」
「お腹すきっぱなしだから食べれるよ。あー、あったかい」
「そう思うなら服を着ろ。一匹くらいは刺せる」
「本当? ありがとう」
クサヴェルがいそいそと着替えている間に、ナタリーは太めの枝を魚に刺す。口から尻尾までどうにか貫通させて、焚火の傍に挿した。
遅れてクサヴェルももう一匹を刺して焚火の傍に置く。
そのまま二人で、じっと魚が焼けるのを待った。
「……よかった」
不意に、クサヴェルが呟く。
「なにがだ?」
「魔物じゃないご飯、用意できた」
ナタリーはかすかに目を見開いた。
「……貴様なりに気にしていたんだな」
「そりゃあ、あれだけ苦しそうな顔をして食べられたら、こっちも……悲しい? 苦しい? 気持ちになるよ」
「罪悪感を植え付けられたのならなによりだ」
「ひどーい」
並んで言葉を交わす。そこに前のような刺々しさはない。
「……こんなに穏やかな気分でいられたのは、初めてだ」
ナタリーがぽつりと零す。
「そっか」
「ああ。聖騎士として、副団長として、常に模範たれと気を張っていた。眠っている時ですら、な」
「それは、しんどくない?」
「あの時はそれが当たり前だったからな。辛いという感情もなかった。だが……もし仮に聖騎士に復帰できたとしても、以前のようには振舞えないだろうな」
「……そっか」
また、沈黙が下りる。
「……ん? 復帰?」
しばらくして、クサヴェルは首をかしげた。
「復帰ってなに? もう戻れないって思ってるの?」
「逆に聞くが、貴様は戻れると思っているのか?」
じろりとナタリーが睨む。クサヴェルは虚空を見た。
「おれが連れ歩いている状態だから、うまく話をすれば戻れるのかな、って思ってた。戻す気なんてないけど」
「悪魔憑きに攫われた時点で、私の聖騎士としての品格は地に落ちた。以前と同じように振舞えていればまだチャンスはあっただろうが……。この状態では、異端者として処刑されるだろうな」
「……なにそれ」
周囲の温度が一度下がったように思われた。
「聖騎士ってそんなに冷たいんだ。この前まで仲間だったのに、おれと一緒にいたせいで君が死ぬの?」
「教会は潔癖だ。穢れを許さない」
「ひでえ」
クサヴェルは吐き捨てた。
枝を回して魚に火が当たる場所を変えてやる。ナタリーもそれに倣い、細い枝をくべた。
「そういうものだ。……と、以前なら疑いなく言っていただろうな」
その言葉に、クサヴェルはナタリーの方を見る。
彼女は火や魚をじっと見つめたまま続けた。
「貴様と出会ってから、おかしなことばかりだ。今までなら見て見ぬ振りができたのに、それができなくなった。……村から徴収した食べ物は、ほとんどが祭壇に上がる前に我々の食料となる。逆らえば異端者として処されるから、盗賊よりも質が悪い。……あの少女だって、その父親だって、生きる分を守ろうと必死だったはずだ。それを踏みにじった私たちが、平気な顔でこの世を正すと言っている。……ぜんぶ嘘じゃない。でも、絶対に正しいと、私は……今の私は、言えない」
ゆっくりと、ナタリーの顔が膝にうずめられる。
クサヴェルは難しい顔をしていた。洞穴の壁を睨んだり、天井を見上げてみたり。腕を組んで唸って、言葉を絞り出した。
「うーん……。おれ、難しいことはよくわからない。でもさ、自分に嘘をついていたら、苦しいよ」
ナタリーが膝に額を押し付けたまま、ゆるゆるとクサヴェルの方を見る。
「おれは君を死なせたくない。だから教会から逃げる。場合によっては戦う。そう決めている。おれはおれに正直でいたいから。君は? 君が正直になったら、どうなるの? おれにできることってある?」
クサヴェルの目がまっすぐにナタリーを見つめる。
ナタリーは考えるように視線をそらし、膝に顎を乗せた。
魚を、火を、じっと見つめる。
クサヴェルは彼女の言葉が出るまで待った。
「…………。正直に、なったら……か」
ぽつりと、ナタリーは言う。
「正直になったら、私は聖騎士でなくなる。今までの在り方に異を唱えてしまう。異端者として処罰される。……貴様が簡単に言うことが、私にはできない」
「……どうしても、聖騎士でなくちゃダメなの?」
「……それすら、わからない」
パチッ、と火がはぜる。
クサヴェルは自分の方にある魚を取った。
「食べよう。焦げちゃう」
「……ああ」
ナタリーもゆっくりと、自分の方を取る。
「あ、いいこと思いついた」
かぶりつく直前、クサヴェルは言った。
「美味しいとか、不味いとか、骨がしつこいとか、そういう感想を聞かせてよ。食べ物を食べるときって、意外と正直になるじゃん?」
「……なるほど、名案だ」
ナタリーは頷いて、食前の祈りを捧げる。隣でクサヴェルはすでにかぶりついていた。
「うん、美味い。君は?」
「そう急くな」
小さく、一口。皮がパリッと焼けている。それでいて、中はふっくらとしている。味付けなんてしていないのに、魚本来の味がじんわりと口の中に広がった。
「……美味しい」
「良かった」
クサヴェルは笑って、もう一口食べる。
「あっ、骨、刺さった」
「がっつくからだ」
ナタリーは呆れて、同じように食べた。
美味しかった。
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