表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5

5  聖女とは――。


 先に天寿にて、穏やかに亡くなられたこの国の聖女さまが神から授かった恩寵は「会話」。


 彼女は動物と会話できた。


 それは使ってみればとても有能な力だった。


 とある行事で訪れた他国の客人が悪巧みしていると、城に住む鼠さんたちから話を聞いて先回り。他にも政敵を見逃すな。

 急に暴れるお馬さん、とっても優秀だったのにどうしてか。理由は新しい鞍の出来が悪くて小さな棘が。軍事的に助かったそれは軍馬。

 人里に間違えて降りてきた熊さんを無事に誘導。棲み分け大事。言うこと聞かない子は仕方ない。

 山野にて行方不明になったものがどこそこにいると、空高く飛ぶ鳥さんから。人命救助。

 国堺に見慣れない服装のあやしい人間がいるよと、スパイ発見伝令。動物たちのネットワーク――などなど。


 もちろん、聖女がつつがなく暮らしているだけで国は平穏であるということもあり、存在自体がありがたい存在である。


 だが。

 問題は起きた。

「……お肉ぅ」

 聖女さま、お肉が、さすがに食べられなくなった。

 聖女となる以前はふつうに食べていたから。父親の晩酌のときにつまみ食いする焼き鳥や揚げた鳥が好物だった。

 さすがに自分とお話ししてくれるものたちを食べられない。話は聞いたと自ら羽をむしろうとした鳥を必死で止めて。


 神さまも授けた力で、まさかそんなことになるとは思いもよるまい。

 だが!

 救いの道が。


 どうやら聖女さまの会話は、「もふもふとしたもの」限定であった。


 つまり――魚は大丈夫。

 きらきらしたお目々も罪悪感なく。

 香ばしく焼かれた、パリっとした皮やほくほくした身。揚げ物もまた違う旨味。幼い頃は苦手だった煮物もいつしか。え、生でも新鮮ならいけるの?

 魚介類の中には、調理によっては肉に近しくできるものもあり。

 聖女の食生活は、魚介類という存在によりかなり救われた。何より、野菜生活でどうしようもなく偏っていた栄養補給が、多少なりとも改善された。

 ご飯美味しいの大事。


 そうして晩年。

 聖女は新たに作られた街に、さらに。自らの救いを得た。


 王弟が作った街。海賊たちの。

 話を聞いてそういうことで差し伸ばされた救いの手であったかと合点がいった海賊たち。そんな裏話、下心と――いや。

 それを。

 聖女さまを――国にとっての最重点をわざわざ理由にして。

 誰もが、他の国民が、かつての被害者たちが……海賊どもを怒れぬ理由にしてくれたのだと。

 そしてそれはこんな自分たちが、少なくともひとりの女性の食生活を――誰かの救いになっていると知ったら。


 こんなどうしようもなかった自分たちにも、誰かを。


 彼らは俄然と、よりまっとうに生きる気になった。活力になった。


 それは、かつての被害者であるこの国の民たちにも、である。

 やがてゆっくりとではあるが国民たちもこの街を認めた。かつての被害を、恨みを薄れさせていった。魚美味しい。美味しいの大事。


 もともと、この国の周辺の海は潮の流れが難しく、漁は不得手な国であったのだ。前身であった漁村が寂れた理由はそこに。

 聖女さまが国にいても、仕方が無いことだってある。全振りは無理というもの。


 海賊たちは頑張った。

 持てる技術と知識を。海で生計して(生きて)いたのは伊達じゃねぇ、と。

 聖女さまが余りまくっていた個人資産にて、永続性のある氷の魔石――とっても高価――を贈ってくれたときの海賊たちのテンションは、またすごかった。

 魔石は聖女さまがいる王都への運搬だけじゃなく、他の街や村にも使って良いとされて。

「自分のように肉が食べられなくて困っている人もいるかもしれない。それにお魚美味しい」

 お優しい。魚を無事に食べたかった個人の食欲もあるでしょと王弟は苦笑したけど。

 それにより、国民たちがまた海賊たちを許したのであった。聖女さまがそこまでしてなさるなら――魚美味しいし。


 そうして頑張って受け入れられた海賊たち。新たな国民として。


 そして今日に至り。

 もしや聖女さまのお力添えがあったことも、フィラを聖女と勘違いしての誘拐騒ぎとなったのか。

「……どうしようもないな、あの国」

 かつての故郷であるが、いまだに変わっていないのか。

 まっとうに変わってきた彼らだからこそ。

 海賊が減ったのも、その理由にもいまだに気がついていないのだろう。この、海を挟んだ遠い向かいの国のおかげだと。


 でなければこんな恩もなく、非道いことができるものか。


 年長で、故国で暮らした記憶の長いものほど複雑な気持ちになった。怒りと、哀しみで。

 元海賊たちが、この誘拐犯たちをよりいっそうのこと許せないと――各々の得物に無意識に手をかけていた、その時。



「あのー、ちょっとよろしいですかー?」



 フィラは自分を奪われまいと最後まで手を繋いでいてくれたお姉さんが無事だったことに目を輝かせた。フィラもまた心配していたのだ。

「お姉さん、良かった……!」

「あのひとがフィラがさらわれたって、街まで報せてくれたんだ」

 そうじゃなかったら、今頃こうして追いつけて取り戻せていたか。

 フィラだけでなく、街の皆さんの恩人になったお姉さん。

 しかし、今は。

 ようやく渡れたと、ふらふらのお姉さんであった。

 船と船の間に渡された細い綱渡りを頑張ってきたところ。船に乗ったのも生まれて初めてならば、綱渡りもと、ひっそり心臓がドキドキだ。

「あらあら、大変」

 彼女は血溜まりに落ちていた、皆に忘れられていた手首をひょいとつかむと、持ち主はどこだと見渡して――血の気が物理的に引いている美形をみて「げ」と何とも嫌そうな顔をした。落ちていた手首には何ともなかったのに。

 もっと酷いケガとかも見て(・・)たからねと、お姉さんに尋ねたらそんな返事がきただろう。それこそ幼子の頃から、容赦なく、見せられた。診る(・・)目線になったのはいつからだったろうか。

「あー……まぁ、しょうがないか……」

 お姉さんは手首を嫌々つまむように持つと、ジャスバーグに近づいた。海賊たちによりすでに縛られているし、手首もきつく縛られ、一応の血止めはされていた。それを解いて、一応診る。

「あらきれいな断面。これなら簡単ね。時間もそんなに経ってないみたいだし」

「な、何をする!?」

 お姉さんが何をしようとしているのか。呆気にとられていたのは甲板にいた皆だったが、ジャスバーグは自分にこれ以上なにをする気かと怯えていた。

「はい、くっついた」

「え……?」

 しかし、一番びっくりしたのも彼だろう。

 切られた手首を押し当てられ、麻痺してきたところに――血が通ったのか熱くなった。押し当てられた、それだけで。切られたあとすらない。まるで何事もなかったように。

 しかし、鮮やかに血は残っているし、直前までの痛みが。幻ではなかったと言っている。

「な、あ、あ、て……?」

 彼だけは手首のこともあり、他の者のように後ろ手に縛られていなかったら、己でも直に見ていた。動かしたら指先までなんら違和感なく。


 自分の手首がくっついた――治ったのを。


「これなら大丈夫ですかね? 貴方には伝言伝えてもらわなくちゃなので」

「え……」


 ただで治してやったのではない。彼にはこれからしてもらわなくてはならないことがある。


「孤児を集めて、優しい言葉で騙くらかして酷いことしようとした奴らの国には、もう百年は聖女あげられない……ですって」


 それは。

 その意味は。


 孤児であった自分たちは、優しい王様のために、聖女を、この国から。

 王様はわざわざ、ジャスバーグの肩を叩いて見送ってくれた。期待していると。その期待に応えるために……そういえば……どんな手も使わなくちゃと……思い込んだのは。


 でも、でも――騙くらかして?


 どうして自分達は、聖女を人攫いしようとした? そんな恐れ多いこと――国に連れ帰ればどうにかなると、誰に聞いたんだった?


 いや――まて。

 この娘は。いま何をした。そして何からの伝言なのだ。


 数ヶ月前。

 とある国が聖女を取り上げられたと噂になっていた。聞いて、自分たちが憐れなその御方を国にお連れできたらと、一度ならずも考えた。

 見つかったら――我らの目の前に現れてくれさえしたら。

 大事にして、幸せになっていただくから。

 大事にして……。


 その聖女は、噂では神とも話ができるという、すでにお伽話の世にしかいなかったほどの力を持っていたのでは、と……。


 その聖女の持つ恩寵は確か――「癒し」。


 聖女の癒し――それはどんなに深い傷も、絶望的な病も、治癒するという。


 今まさに、見た。直に。いや、その力を受けた。


「いざ不都合あれば、自分たちも盗まれた側だっていう言い訳は見苦しいとも伝えてって。もうまるっとお見通しだから」


 紋章つきのナイフ。それを見せたら皆がいうことを聞くと渡された。船だって、水夫だって集まった。

 それを、盗っ――?


「王様とやらに、しっかりお伝えくださいねー?」


 太陽のせいで逆光となり、縛られた自分たちからは娘の顔を良く見えない。だが、その口が三日月のような笑みを浮かべているのだけ……。


 ああ、自分たちはすでに間違えていた。

 願いは叶っていたのに。

 神はきっと、望みを聞いてくれていた。その差し伸ばされた慈悲を自分たちから――!


不細工(わたし)に用はない、ですものね?」


 ――本当の聖女は。目の前に(ここに)いたのに。




 当のお姉さんも自分で不思議なことがある様子。

「それにしても私、「癒し」しかできなかったはずなんだけど……」

 いや、風を呼んだり、砲弾から護ってくれていたりしてませんでしたか?

 同船していたギルバートたちもそれを不思議だなぁと思っていたのだ。

「何だか、殴られて瀕死になったおかげで……そう、何だか一段階、昇ったみたいで?」


 神さまとより繋がったみたい?


 古来より、死出の扉を開く寸前より帰還したものは、よりいっそう生き物としての格を上げると言われている。

 つまり、ランクアップ?

「あの時、殴られて死にそうになってたら、神さまに起きろ起きろてめちゃくちゃ呼びかけられたからかしら? 起こされたからかしら?」


 聞いた青年たちの表情よ。

 己たちが逃した魚のデカさを思い知る。しかも自分たちのやらかしでさらに能力の、聖女としての位階の高い存在になったという。


「フィラちゃんがさらわれて、神さまも、焦ったみたいだったし」

 と、お姉さんは謎のつぶやきを小さく。


「お嬢さん、どうやら……私の勘違いではなければ、あなたは……」

 アスランに問いかけられて、お姉さんはにっこり。あ、この人も美形だわと、内心。それは防衛本能的な笑顔。

「あ、貴方にも伝言あります」

「はい?」

「身分差ぁ……とか、あんまりうるさくしなかったら、新しい聖女となる子はもうあと十年くらいで生まれるそうです」

 十年。

 神の間隔なら如何程か。それをまだ(・・)十年ととらえるか、たった(・・・)十年のうちとするかは、人間の物差し。

 お姉さんの視線の先は、従姉妹と仲の良い海賊の少年。お姉さんが指で「らーぶらーぶ」とハートマークを作ってくれたが、アスランとて察することはできる。

 確かに身分差。大事な従姉妹を――と、思わなくはないが。うちの大事な娘を、と……父親代わりの気持ちも。

 だけれども。


 もしもそれをうるさくしたら(・・・・・・・)、新たなる聖女の誕生は遅れると、今、予言のように。


 その意味を解らないようでは王族――為政者ではいられない。

 国の民のため。

 そしてやっぱりかわいいフィラの幸せのため。

「……しかと、心得ておきましょう」

 胸に手を当て頭を下げる王弟に、あら美形なひとでも顔だけが取り柄じゃないひともいるのね、とひっそり失礼なことを考えてしまうお姉さん。

 神さまもフィラがさらわれて、ちょっとばかし慌てていたが、今はほっとしている。大事な聖女が死にかけるし、母となる予定が連れ去られそうになるわ……大変な一日だった。まぁ、この国のせいではないのは解っている。


 責任はジャスバーグたちの国の王にある。

 過去も、現在も。

 海賊たちがいなくなったのに、何も変わっていないのが――いや、だというのに、より悪くなっているようだ。


 アスランは彼らを解くと、そのまま逃がした。それが神の意志だと察することができる王弟であった。本当に美形()なだけでなく。

 彼らは伝言を伝える大事な役目がある。それがある以上、嵐にあっても不思議と生きて国に戻れるだろうが、国に着いて伝言を伝えたあとは知らないことで。

 それからが彼らの罰となるだろう。

 この国からも、当然、何かしら処罰は求めるが。





 そうして海の街に、いつもの日々は戻った。

 後始末や難しいことはギルバートの父や、王弟たち大人のやることで。


 いや、ちょっとばかし変わったこともある。

「はい、ちょいちょいっと」

「おお……動ける! 痛みが消えた。ありがとよ、お姉ちゃん!」

「いえいえ、どういたしまして。でもちゃんとお礼言われるって良いわぁ」

「うん? 治してもらったら礼言うのって当たり前じゃろ? いや、こんなぎっくり腰で申し訳ないんだけど」

「ですよねー? お礼、当たり前ですよねー?」

「ねー……?」

 お姉さんはタダ飯は申し訳ないということで、街にて治療師として働き始めた。

 何でも治せる凄腕であることは、街のひとたちもまだ知らない。いや一部はこっそりと察してはいるが、お姉さん自身がただの治療師というなら、そうしておく所存。

 それがきっと、一番良いこと(・・・・・・)

 この国のひとたちは、それを良く知っていた。



 だから、今、彼女がここにいる(・・・・・・・・・・)



 お姉さん本人も「いつまでここにいるかわからないから」ということだし。できるだけ気持ち良く過ごしてほしいから。

「アンナさーん、お昼ご飯にしようー?」

「今日はアンナさんの好きな牡蠣もたくさん揚がってますよー」

 フィラちゃんも元気だ。今日もギルバートくんと一緒にお昼に誘いに来てくれた。今では名前も。

 お姉さんは――アンナは、美味しいご飯を友人たちと食べるのが今の楽しみ。数ヶ月前まで、知らなかったことばかり。

 あの国は、それすらなかった。聖女(アンナ)も、そもそも知らなかった。思い出せば、友人すらいなかった。そんな、環境だったのだ。まだまだ世間知らず。人間知らず。

「はーい。それじゃ、おじさま、お大事に。もうひとりで酒樽持ち上げちゃだめですよ」

「おう、ありがとなー」

 お礼だって。たった一言。それがとても大事なこと……――。






 聖女とはときに国を映す鏡のようにといわれるが。


「私も必要とされたらね。大事にされたら大事にするし。あと、ご飯美味しいってことも、すっごく大事よ。ねぇ、神さま?」




 聖女とは――神に愛された存在。

 そのおかげで不思議な力がちょっぴり使えるけれども。


「聖女とはなんぞや?」


 そう問われたら、聖女自身も今はこうこたえるだろう。



 嫌なことをされたら嫌だし、優しくされたら嬉しい。どちらもお返しをしたいと思うのは当然なこと。


 聖女とは――神に愛された存在ではあるが、決して神ではない。



 聖女だって、ひとりの感情ある人間だもの――と。






「魚、やっぱりおいっしー!」

「ほら、今日の煮物はつくねにしてみたよ!」

「つくね? あら、お団子ですか? こないだフィラちゃん家でいただいた? 甘いのでは?」

「お姉ちゃん、それもしらなかったんだねぇ……」

「お子達もたんと食べな!」

「はーい!」

「いただきます!」



 ――幕。

 


 食べ物、好き嫌いない、大事です。アレルギーは別として。バランス良い食事をとりたいもので。


 内容はあれですから、楽しんでいただけるような文体にしてみたつもりですが、はてさて。


 2話くらいまでフィラちゃんが聖女と思われていたら私は嬉しい。思惑通りw

 実は聖女ではなく後々、聖母的な定めの少女でした。だから神さまもちょっとばかし目を向けていた。

 お姉さんは、はい。前作のアンナ嬢。ひっそり、人間をやめるぞやスーパーな野菜のひとな存在になってしまい…そんな聖女がひとりくらいいたって良いさな神さまもいたり。

 聖女のブランク期間が十年から二十年は普通か早い感じで。四、五十年はちょっと国を見直して、な世界。百年は……。


 さらにひっそり、実は先の聖女様はそれほど力の強い聖女様ではなかった(だからお魚食べれて逆に幸い)。けど、良い環境にあったので力をフル活用できていました。もしももっと力強かったらソロモン王レベルな恩寵だった。

 つまり、アンナ嬢はあの境遇にいてもそれだけ強い能力をもっていた、と…。はい、実は元々強々だった。それを知ることがない暮らしでした。

 もしも、大事にされていたら。

 そうして…大事にするんだよね?と目の前に用意されたのに――。


 これにてひとまず。

 短編を序章としたシリーズ展開したら、どうぞよしなに。

 先のや他の聖女さまや、ママンと未登場パパンの話を語り足りないのでw



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ