「佐助は何処だ」
小早川家と黒田家、藤堂家は改易とした。加藤家は領地を増やし、その代わり、小西家と長年にわたる境界線争いには加藤家側が譲ることで解決を図らせた。
長崎港は豊臣家の直轄領となった。小早川家は当初改易を拒み籠城を開始したのだが、豊臣軍側の大軍に包囲されて四か月後に食料が尽き降伏した。
大阪に帰る少し前、筑前国を流れる川岸に来ていた時だった。たまたま幸村やトキ、家臣達は離れたところにおり、佐助と一緒に居たおれが渡し船の船頭に声を掛けたその直後、
「――!」
「んっ…」
何が起きたか分からないまま、後ずさったおれは足が絡まり仰向けに転んでしまった。
「なに者!」
叫んだ佐助が刀を抜いた。見るといつの間にか船頭の手にも刀が握られているではないか。
やっと起き上がったおれも刀を抜いたが、小太刀しか持っていない。
手拭いで頭を覆っている船頭は、無言でじりじりと間合いを詰めてくる。
こいつは侍だ、発する殺気が尋常ではない。
――これはまずい事になった――
船頭はまず佐助に鋭い太刀を浴びせて来た。忍びと言ってもやはり女子だ。刀でかろうじて受け止めた佐助の身体がぐっと下がる。
おれは思わず横合いから船頭の顔に向かって刀を振るう――
船頭は佐助を突き放すと、返す刀でおれをなで斬りにした。
「あっ」
「殿!」
腕が熱い。
くそ、切られたのか。
いや、これは、もっと深刻だ。
刃がおれの身体にずるっと入って来たのを感じた!
「殿!」
「こやつ、なに者――」
「切れ、切れ!」
ただならぬ気配に気づいた家臣達がやっと駆けつけて来たようだ……
「殿」
「幸村、船頭は何者……」
「申し訳御座いません。聞き出す前にこと切れてしまいました」
「そうか」
改易に納得いかない者はあるだろうが、戦の結果で仕方のない事だ。
「佐助は何処だ」
「殿、私はここに」
仰向けに倒れたおれを、佐助が両手で支えていた。
「佐助か、これはもう、だめだ……」
「しっかりなさいませ!」
おれは体中の血液がどんどん流れ出ていくのが分かった。佐助の腕を掴んだおれの指が血で真っ赤になっている。
もう時間がなさそうだ。
「幸村」
「はい」
「大阪にも長崎以上の港を造れ」
「殿、あまり話さない方が――」
「いや話しておこう。国際港として世界に恥じない港をだ」
「港でしたら、今でも堺――」
「大阪城の西に、堺以上の港を造るのだ」
今の神戸港である。長崎に次ぐ港を造り、イギリスなどの商船を招こうというのだ。
「佐助」
「……はい」
ぼろぼろと流れ始めた佐助の涙が、おれの顔に落ちて来る。その涙を見て、おれは自分の状況をはっきり理解した。
「港が出来たら、開港祝いにガールズ・コレクションを開けよ」
「……分かり……ました」
佐助は泣きじゃくりそうになりながら、なんとか返事をした。幸村の横にトキが居る。
「トキ」
「はい」
「やっぱりそなたの言う通りだったよ」
「…………」
「おれの最後がこんな事になるなんて、思いもしなかった」
「殿」
「トキ、ひとつ、だけ……」
――くそ、まだ話すことがあるのに。口が動かなくなってきた――
「頼、み、が……」
秀矩、幸村、佐助ら三人のタイムトラベラーが降り立っていた大阪城。その地下にうず高く積まれた黄金は、次は何かと出番を待っている。
大判をオークションで売るという案は失敗した。さらには場所を特定して埋め、現代に来て掘り起こすという案も考えたが、別な世界に来てしまうのなら何にもならない。やはり豊臣の政権で有効に使うのが一番なのだ。
戦乱の世も終わり、庶民は平和の持続と変革を求めている。信長が新しい感覚を取り入れ、秀吉がそれを押し広げ、秀矩が莫大な財力を背景に効率的な経済の基盤を固め、文化を発展させていく。
歌舞伎座宝塚歌劇団に、豊臣幌馬車運輸株式会社と次々繰り出す新構想に終わりは無い、はず、だった……
だが、おれが居なくなっても豊臣政権による、さまざまな天下統一事業を背景に花は開いた。勝家は政治経済を動かす実質的な大物として育ち、佐助は日本のファッション界をリードして、女性の地位向上に努めた。安土桃山文化で知られる時代は、こうして始まったのだった。
二人のトキの会話が、
「終わった?」
「うん……」
「元気出しなさいよ」
「でも」
「…………」
「最後の頼みって、なんだったのかしら?」
「元の時代に戻りたいとか」
「それは無いような気がするわ」
「そうね」
地下石垣の発見
昭和三四(一九五九)年、秀吉時代の大阪城を研究する者達が興奮するような、思わぬ発見があった。
豊臣秀矩記念館敷地の地質調査をするために行ったボーリングで、地下約三mの位置から石垣と考えられる花崗岩が確認された。秀吉が建てたと思われる大阪城の石垣が発見されたのだ。
改めて発掘調査がなされ、見つかった石垣は高さ四m以上もあった。
だがその調査でとんでもない物も見つかっている。コンパクトなサイズの薄い金属のようなものが出てきた。
ボロボロになってはいるが、液晶パネルや本体がさびにくい素材のため、それが何なのかははっきり分かった。
「これはまさか」
「パソコンじゃないか」
「悪戯か」
「古いものを埋めておいたんだろう」
「それにしてもこんな手の込んだ悪戯をする奴がいたのか」
蓋の端には、二頭のゾウが向かい合っているステッカーらしいものが貼られていた。
しかし、そのパソコンが四〇〇年以上もの歳月を経ているなどという事は、誰も思い至らなかった。
前作の「おれは鶴松、江戸城を攻撃する」を短編で書こうと思いついてから、ここまで一気に書いてしまうことになりました。
出来ればもっと先を書きたかったのですが、ちょっと息切れがして来たので、ここで一区切りとします。
感想を書いてくださった方、評価をして頂いた方に感謝いたします。
有難う御座いました。