スプーンとフォーク『お』
4月22日(日)
【視点:鯨】
巻先輩と買い物に出掛けた先でたまたま会った人物は、
巻先輩の彼氏だった。
「マキちゃんも買い物?」
「うん、食料品とか大分減っちゃってさ」
「わかるっ!米とかいつの間にかなくなってるよね」
「そうなんだよー、丸男くんはなに買いに来たの?」
「俺はおつまみとお酒。今日友達と居酒屋行ってから宅呑みも出来るようにって思って」
「そっかー、でもあんま呑みすぎちゃだめだかんね」
「わかってるよー」
にこやかに二人とも話している。
二人が話している間にレジを済まして袋に買った品物を詰め込んでいった。
「あ、終わった?ありがとね」
「え、あ、…っす…」
急に巻先輩がこちらに話し掛けてきて少しびっくりした。
疚しい関係とかでは断じて違うが、
なんとなく気まずい。
いい空気とは到底言えない。
「…」
さっき喋ったことで俺の存在に気が付いたらしく、
巻先輩の彼氏は少し不思議そうにじっと俺を見ている。
なんとなく、その視線に居心地の悪さを感じる。
「えと…ごめんね、その人誰?」
当たり前の反応だと思う。
「高校ん時の後輩。今同じアパートに住んでんの。だから今日は荷物持ちで来てもらったんだよ」
巻先輩は誤解を生まないように?俺の説明をしてくれた。
嘘は何一つ付いていない。
俺はどうもと頭を下げた。
彼氏さんの反応がわからないが、なんとなくまた居心地が悪い。
「そうなんだ、俺呼んでくれてもよかったんだよっ?マキちゃんの為ならいつだって飛んでくし」
「あはは、ありがとね!」
「うん、でもほんと結構量あるねー…」
…そんなものなのか
案外あっさりと信じてくれた。
いや、有り難いのだが。
有り難いのだか、
もう少しぐだぐだと怪しまれるんじゃないかと思っていた。
それだけ巻先輩のことを信頼しているということなんだろう。
「俺半分持とうか?」
彼氏さんが半端じゃない量の買い物袋を見直して聞いてくれた。
だけど巻先輩はんーと少し悩んだ素振りをした後、軽く首を横に振った。
「いいよ、丸男くんもなんか用事あって来てたんでしょ?あたしら二人だしぎり持って帰れるから。ありがとね」
「そっか、わかった!でも量すごいし気を付けてね?」
「んー」
この二人の回りにある空気が似てる気がした。
急になんだと思うかもしれないが、
楽天的な考え方が多い巻先輩と同じで、この彼氏さんもきっとそんな感じに物事を考える人だと思う。
だから気が合っている、そんな感じに見える。
気がする…たぶん。
「じゃあ後輩さんも気を付けて!」
「はい…」
彼氏さんはばいばいマキちゃんと手を振って
自分の用事を済ましに酒売場に足を向けた。
「…」
「まさか丸男くんに会うなんてねー」
「…」
「びっくりだった」
「俺は無駄に疲れました」
「そう?丸男くんあんまし細かい事気にしないタイプだから大丈夫だよ」
「…そうすか」
だろうな。心でそう呟いた。
言葉にしてしまうとなんか申し訳なくてしなかった。
まず大丈夫ってなんだろうか…とか、愚問にも程がある。
「でも実際、いい気はしないもんだと思いますけどね…」
彼女が他の男と休日出掛けてるっていう事について。
自分言うのもなんだが。
「そうかー、まぁそうだろうね。鯨も?」
「…まぁ…?」
「愛されてますな」
少しからかい混じりに言うもんだからなんか照れた。
…事実だから仕方ないのだが。
「丸男くんは嫉妬とかしなさそー」
「…そうなんすか?」
「…や?案外してくれてるかも?」
「どっちっすか…」
「どーかなー」
さっき自分で言った言葉に自分で照れたのか
巻先輩は誤魔化すように買い物袋を二つ持って歩き出した。
ちゃっかり重たい方は置いといて。
*
「そういえば、鯨のところはどうやって付き合い始めたの?」
「唐突すね」
「うん、急に気になったから」
「えー…、…どうって…普通ですよ」
帰り道の暇潰し。
唐突に振られたその話題、少し躊躇いを感じた。
「どんなの?」
「…なんか、」
話出した途端、大きな音が鳴り響く。
カンカンカンカン…
耳障りに感じるその音。
「タイミング悪いねー、遮断機降りるとか」
「…そうすね」
カンカンカンカン…
少し、冷静になれた気がした。
耳障りに感謝。
「で、どんなだった?」
「だから、普通っすよ…お付き合いしましょうかーはいそうですねーみたいな」
「学校ん時の友達とか?」
「別に違いますけど」
「じゃあ出会ったのはどこだった?」
「…駅のホーム?」
「へー」
遮断機の音が聞こえる、駅のホーム。
「切っ掛けは?」
「…声」
「ほー」
質問の答えになってるのかわからない曖昧な返答に
巻先輩は軽く返事してる。
別にたぶん興味があって聞いた訳じゃない。
「そうなんだ」
飽きたのか聞きたくなかったのか、
巻先輩は早々に話題を切り上げ始めた。
「そんな感じです。巻先輩は?」
お元気すか?はい元気です、あなたは元気ですか?
くらいの気持ちで聞き返してみた。
切り上げたがったのは間違いないと確信してる。
それが俺の話を聞きたくなかったのか、
はたまた自分の事について聞かれたくなかったのか、
そこまではわからないが…。
まず質問してきたのは先輩の方だし。
その時の巻先輩の表情が気になって、深く掘り下げたくなった。
だから、凄く軽い気持ちで。
「んー?あたしんとこも普通だったよ?」
「普通?」
「ん、丸男くんが言ってくれたんだ」
「へー向こうからだったんすね」
「…嬉しかったよ?」
「よかったっすね」
なんか、幸せそうだった。
さっきのは気のせいだったみたいだ。
「凄く丸男くんらしくてね、初対面だった時に顔が好みですって言われたんだ」
「えらく…まぁ、素直な…直球すね」
「笑っちゃうでしょ」
巻先輩はくすくす笑いながら話してる。
買い物袋を元気よく振っている。
「でもほんと、そんなこと今まで言われたことなかったから嬉しかった訳よー」
「え、じゃあそのまま?」
「そー、初めましてでお付き合い開始」
巻先輩はまだ笑ってる。
足取りが軽いのはきっと今の話題が楽しいからと予測。
さっき会った彼氏さんを思い出す。
丸い髪型で巻先輩と雰囲気が似てる…くらいしか覚えていないが、
でも凄くこの人達らしいと思ってしまった。
「その展開なかなかないと思いますよ?お互い知らないのにとか」
「ねー、あたしもそれ思った。連絡先交換してからね、あれこの人悪い人だったらどうしようとか」
「悪い人じゃなくてよかったっすね」
「ねー、丸男くんが悪い人ならあたし今ここにいなかったと思うし」
「でしょーね」
いい人でよかったよーとまたまた笑った。
太陽の所為か、いつもより巻先輩がきらきらしているように思えた。
買い物帰りの道のり
*
4月22日(日)
【視点:丸男】
駅近くの居酒屋。
少し古びたその場所はいつも年配者の溜まり場になっている。
だけど今日は日曜日なだけあって、ちらほら若者も見受けられかなりの賑わいを見せていた。
「丸男遅い」
暖簾を潜り抜けてすぐ、
俺が入ってきたのを見ていたのか
入り口から一番遠いテーブル席に陣取って座っている男二人の片方が立ちながら声を上げた。
「お前らが早いのー」
俺はそいつに文句を返しながら
その席へと歩いて行く。
そいつ改め菱鍋は、癖の付いた自身の髪の毛を少し鬱陶しそうに耳に掛けつつ俺への文句を続ける。
「お前が言い出した飲み会だったよな?なのに遅刻とか有り得ないだろ…」
「もー悪かったって。でも俺が時計見た時はまだ余裕だったんだけどなー、変なの」
「時間は進むもんだし」
そんな俺と菱鍋のやり取りを横目に
御通しで来たキャベツをむしゃらむしゃら食べていた角漢がふと声をあげた。
「そういえば、菱鍋今日はデートじゃないんだな」
鳶職見習いをしている角漢はその逞しい腕をテーブルにほっぽり出しながら、
いつも通りの半目で菱鍋に聞いた。
「いつもじゃないし、それに彼女も仕事とデートばっかりなんて大変だしね」
菱鍋は座り直しながら角漢同様、御通しキャベツを口に放り込む。
菱鍋は飲み会誘ってもデートだのでよく断ることが多いので嫌味として聞かれたみたいだ。
ちなみにこの三人で角漢だけ彼女なし。
「で、丸男はなにすんだ?」
「とりま生かなーやっぱ」
「おっけー、じゃ三人生な…」
すみませーん、と角漢が店員さんを呼ぶ。
今の時間帯忙しいのか
店員さんははーいと声を返すだけで一向にこちらに来る様子はない。
まぁいつものことだから気にしない。
「で?」
「…で?」
「だから彼女さんとお付き合い続いてんの?」
菱鍋は俺に問うてきた。
問うてきた!
「もちろんだしー!俺の彼女超可愛いんだよっ!」
俺の声は店に響き渡るくらいでかいものだった、みたいだ。
店中の人がこちらを一斉に見たので間違いない。
菱鍋は変な顔で、まだ喋り続けようとする俺の口を紡ぎわかったわかったと繰り返している。
「聞く俺が悪かったね」
「丸男の彼女好きは凄いな」
角漢も頷きながら続ける。
「…っ、は!苦しいって、でさでさ、彼女ちゃんの話すげぇしたいんだけどいいっ?」
菱鍋の手を払い除けて俺は喋る。
呆れた菱鍋の顔が目の前にあるがそんなもの気にならない。
喋りたいのだ。
のろけたいのだ!
「声量考えてくれんならどーぞ」
角漢はメニュー表を見ながら言ってくれた。
どーでもいいと顔面に書かれているのがそれも気にしない。
菱鍋も眉毛を下げてどーぞーと許可をくれた。
やっとのろけられるようになり、
俺は嬉しくなって今日たまたま買い物中にばったり出会った事を話始めた。
声量なんて気にしない。
「今日お前らと呑むし、どーせ家で呑み直しすんだろなって思ったから宅呑み用にって酒買いに行ったのよ、そしたらびっくりだし!出会っちゃったんだよこれが!!運命じゃないここまでいったら!食料品とか買ってたみたいなんだけど、あ、高校の後輩くんと一緒だったんだけどね、会う約束とかしてなかったのにだよーっ?まっさか会えるなんて思ってないじゃん!!ちょーラッキーだったんだけど!!しかもいつもデートん時の感じじゃなくて普段着ーみたいな服だったし!まじ可愛かったーっ!あ、デートん時ももちろん可愛いんだよっ?でもやっぱ違うんだよねー、普段って感じでさー…」
「うっさいし長い」
「はぁっ!?」
気持ちよく喋っている途中にぶっ込んできた角漢の言葉に眉間に皺を寄せる。
「興味ないし」
「お前の数少ない友達の惚気話くらい聞いて損ないだろー」
「いや普通に時間の無駄だって」
「んだよーっ」
俺は戦闘態勢と言わんばかりに両手を拳に丸め、まるでボクシンブの構えのようなポーズで角漢を威嚇した。
やんのかえぇこら、かかってこいやこらぁ!
そんな俺を完全スルーしながら角漢は
もう一度、すみませーんと店員さんを呼んでいた。
それでも俺は全くその威嚇を止める気はない。
だって話聞いてくれないこいつが悪い。
「惚気はどうでもいいけど、そんだけ?」
横揺れし始めた俺に次は菱鍋が話し掛けてきた。
が、ちょっと言っている意味がよくわからない。
「は?そんだけってなにが?」
「いや、後輩くんだよ…お前の大好きな彼女さんと二人きりで買い物だったんだろ?」
「そうだけど?」
「日用品を?」
「日用品を」
「なんで?」
「同じアパートに住んでるらしいよ?」
「…そんだけ?」
「そんだけ、…え?そんだけってなにが?」
「同じアパートって…、え、同居してんの?」
「え、なんでそうなんの?」
「いや、…日用品を一緒に買いに行くって」
「荷物多くなるみたいだし、荷物持ちって言ってたし」
「…へー…」
「…なんだよ」
「んや…」
「…」
なんでだろう、
あんなに楽しかった心の中が
急にぐるぐるとした、黒いもやもやで支配されていった。




