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舞う花

連日、学校を賑せた連続誘拐・殺人の主犯であり元凶と思われる女の居場所を悠は明かすことはなく(正確に言えば聞き出せなかったと言うべきだった)リーリャは悠を追い出した。

なにより、玲花にこれ以上危険なことへ首を突っ込んでほしくないというのと、こちら安全の為だった。

しかし、玲花は少し違った意見を持っていた。


「もう、こちらがどう行動しようと向こうの方が動き出すでしょう」


確かに魅了するはずの獲物に魅了されたこと自体、異常な事態だ。


「まぁ、隷属を増やしに増やしつくし、男は血を吸いつくす様に仕向ける奴だから黙っていられるはずもないんじゃないかな?」


「でも、玲花ちゃんをこれ以上――んっ!?」


危険な目に合わせたくない、と言おうとしたところで玲花の細い人差し指で唇を封じられる。


「悠と私は同じ蒼龍高校の人間。だから向こうさんも蒼龍高校で粗探しをしてくるかもしれない。その時、どういう形であれど危害が及ぶのは私のクラスメートを含めた生徒……」


リーリャを見つめる紅い瞳は強く訴えかけていた。


「もし私に力があるなら、そんなことさせない。同じ吸血鬼が絡んでるとわかったら許せないから。でも――」


玲花の中で、自分の所為で同じ高校の生徒に危険が及ぶと責任を感じているのだろう。ただ、自分でもいい解決策が浮かばなかった。

犯人の居場所がわかって、そこへ向かってどうする? 戦うのか? それもそうやって?

彼女は恐らく今までの行方不明者を従えているに違いない。敵が多すぎる。

警察を頼るにしても向こうは信じてくれないだろう。


「玲花ちゃん、目覚めた以上もう学校にはいけないかもしれない。今度、クラスメートと会ったとき人の香りに目覚めたての理性が耐えきれる保証はありませんから」


吸血鬼の力を外に晒せば最後、もう高校生活は無理だろう。それでも玲花はそれ以上に今まで騙してきたクラスメートが同族の欲望によって傷つくことが嫌だった。


「リーリャさん……私、どうしたら」


「今はここにいてください。貴女は吸血鬼としては赤子も同然なのですから」


無力な玲花をそう言ってリーリャは抱きしめた。



血の味を覚え、それを求める身体を抑えるがごとく玲花は浴槽に身を沈めていたが、それでも欲望は薄れることはなく増すばかり。はけ口となるであろう餌――悠はリーリャの手でここから追い出された。向こうの居場所を聞こうとした時、彼女は口こそ開いたものの声だけ出てこないまるでパペットの様だったとリーリャは言った。どうも、ご主人に口止めの魔術を施されていたらしく有益な情報を得ることは困難だったらしい。一応、魔術を解こうと尽力はしたものの想像以上に強力で解除はできなかったが、こちらの口止め魔術は効いたらしく、そのうえでこちらと接触した記憶を抹消して追い出したらしい。


「うぅ……」


何も追い出さなくてもと思ったところもあるが、相手方と繋がりのある人物をこちらに置いておくことは危険であるとリーリャは有無を言わずに追い出した。

リーリャを恨む訳ではなくとも、身体の疼きは収まる気配を見せずどこか落ち着かない。


「ん、これは?」


ふと伸びをしたとき、右腕に何か模様が描かれているのが目に入った。植物の蔦を象ったタトゥーがいつの間にか入っていて、まるでそれは腕に絡みつく形で描かれていた。改めて自分の身体を見ると左太ももにも同じ様なタトゥーが入っていた。太腿の蔦を追っていくとそれは背中へ伸びていて、右腕の物も同様に背中へ繋がっていることがわかる。

深い緑で彩られた蔦はまるで本当に肌に絡みついているかのようで、玲花は慌てるどころか恍惚とした表情でそれを指でなぞっていた。


「きれい……」


その蔦は人でなくなった証なのかもしれない。

それでも、玲花はそれを自然に受け入れることができた。それが玲花の元々の姿であり、今までが偽りの姿だったのだから素直に変化を受け入れられることは当然と言える。


「血、飲みたいな」


一人、つぶやくもその欲望を叶えるものはいない。

口さみしさを感じ、自分の人差し指を舐め回す。


「れろっ、んっ、ちゅ」


白く細い指が唾液に濡れ、粘着質な音が浴室に響く。


「んんっ、んくっ」


そして指に噛みつき自分の血を啜る。

肌を破る痛みの後に口の中に甘いものが広がっていく。それは喉を伝い、餓えた身体を満たすと共に胸を高鳴らしていく。でもそれは気休めに過ぎない。


「んはぁ、はぁ、はぁ……欲しいよぉ」


満たされない。

わかっていたこととは言えやり様の無い気持ちに整理がつかない。


――赤子も同然なのですから


リーリャの言葉は的を得ていたな、と少し自分の目覚めたばかりの性に恐怖した。



学校に玲花が突然来なくなった。

このことを気にしているのはクラスメートの中でも何人いたことだろうか。恐らく、拓馬とナズナくらいだろう。玲花がなぜ来なくなったのかは担任も知ることもなく(知ろうとも思っていないのかもしれなかった)拓馬とナズナも玲花との連絡手段もなく理由を掴めずにいた。

授業の最中、拓馬はふと窓から見える中庭を見ていた。そこには、緑化委員の管理する花壇がある。しかし、緑化委員はサボり魔の巣窟で管理は委員の玲花一人が全てしていた。


――綺麗に咲ける時間は少ない。ならせめて少しでも綺麗に咲かせてあげたいんだ。


玲花はこう言って文句一つ言わずに管理を欠かさなかった。

しかし今は、その主を失いどこか花達も寂しそうにしている様に見える。

もしかしたら“あの事件”の被害にあったのでは、と最悪のケースが頭を過ってしまい、授業どころではなかった。

放課後が終わると拓馬は玲花が面倒を見ていた花壇のある中庭にいた。


(鳳仙……)


風に揺れる長い黒髪は疎ましく思えた朝日を優しい光に変えて反射して、白い横顔は無表情に見えてどこかで花に対する愛情に満ちていた。花に水をやる姿を今でも鮮明に思い出しては、焦燥感が募る。

後日、担任に玲花の欠席の件について拓馬は問いただすと、どうやら無断欠席と言うわけでもなく体調不良だと連絡を受けたとのことで、ほっと胸を撫で下ろした。その姿を見てナズナは呆れた様な目線を送っていた。


「何もそんな躍起にならなくても」


「いや、だって事件に会ったかと思って」


拓馬はナズナの口ぶりに少し違和感を覚えた。玲花の事を心配するそぶりが余りないからなのもそうだが、彼女が学校に来なくなってから少しばかり嬉しそうにしている様な感じがしたが、拓馬は担任に休んだ分の授業資料を渡すように頼まれていたことで頭がいっぱいだったのでそれ以上気にすることはなかった。



渡された住所は余り見慣れないもので、住所をスマートフォンの地図アプリに打ち込むと真っ白な個所にピンが刺さった。


「えっ!?」


ただそこにはラズロジェーニエ修道院と書かれているだけで峠道から山中に入ったところにある様でとても人が住んでいるようには思えなかった。


「おいおいウソだろ」


慌てて航空写真を重ねてもただ青々とした森が映されるだけ。

拓馬の自宅は蒼龍高校の位置する山の下の市街地にあるため、玲花の住む修道院は通学途中にあることになる。

いつもの道のりは休日となると人通りが一段と少なくなり、一段と寂しさを増していた。そして冷たい冬の風がまた寂しさを誘う。

峠道をしばらく歩いていると、森の中に小さな獣道が見えたので、スマートフォンを取り出し確認すると近くまで来ていることが分かった。恐らくこの道を進めばいいのだろうとは思ったが、道の中は木々がうっそうと生え、昼間と言うのに暗く不気味な雰囲気を醸し出していた。


「ホントにここなのか?」


担任のミスというわけでもないと信じたいが、この中に入ったら二度と帰れないのではないかとちょっとした恐怖を抱き始めた時だった。


「ふふ~ふん、ふんふふん~」


楽しげな鼻歌と共に人影が近づいてくる。


「え……」


目の前の光景を現実の物と捉えるのに少し時間を要した。買い物袋を下げた、恐らくシスターなのだろうが、拓馬の知るそれとは大きく異なっていた。

彼自身、映画で歌を歌う黒人シスターの姿くらいしか知らなかったが、ああも深いスリットから足を覗かせていただろうか。それも胸元も大きくはだけていて深い谷間を惜しげもなく晒しているのだ。


(シスターってもっと落ち着いてるというか、清純……潔白な印象が)


彼の読んでいた漫画の中では拳銃を振り回すような乱暴なシスターもいたが、ここまでセクシャルな印象を与えてきたシスターは漫画の中でもいなかった。


「……ん?」


こちらに気づいたのだろうか、天使とも形容されそうな顔をこちらに向け小首を傾げている。長い銀髪からはヨーロッパ系の人間なのだろう。しかし、いかんせん恰好が恰好なので関わったら最後な感じがしてならない。ただ、教会の場所を聞くにはちょうどいいのかもしれないと声をかけてみた。


「あの、もしかしてラズロジェーニエ教会の方ですか?」


「ええ」


シスターはにこりと頬笑み答えた。

この人やっぱりシスターなんだ、と驚きを隠しながら要件を伝える。ただ目の前の美女(場合によってはただの変人かも)に緊張はするものだ。


「あの、自分は鳳仙 玲花さんのクラスメートでして、最近休みが連続していましたのでプリントを――」


そこまで言うとシスターはどこか警戒心を帯びた表情でずかずかと拓馬に近づいていく。


「むぅ……」


吐息が肌を掠めていく様な距離でシスターの瞳が自分のそれと重なる。宝石の様な瞳で人の心を吸いこんでしまいそうな、危険な瞳に感じた。

しばらくしてから、だろうか。それも永遠と思えた程後、ふと笑い「ご案内しますわ、わざわざ休日を使って届けてくださってありがとう」と告げて拓馬を教会へ続く森へと案内された。



薄いレースの垂れ下がったベッドから見える景色は常人からすれば、さぞ異常に映るだろうと玲花は思う。

そこはかつて玲花の母――カーミラの部屋で聖堂の丁度真下にある地下にあり、周囲は丸石を詰まれた壁で囲まれている。壁の随所に蝋燭立てが付けられているが、今は火が灯されず部屋は真っ暗だった。それでも玲花は何分構わずにいた。吸血鬼の目は暗闇でも視界を鮮明にしてくれるというのも不自由させない理由だったが、何より目覚めてから衣食住を今までのものを覆してしまっているのが大きい。

よく文献で見られる日の光に弱いということについては玲花も同様だった。ただ、光を浴びれば身体が灰と化す、とまでは行かなくとも余り気分のいいものではなかった。

それ故に出かけるのは日が落ちてからになるが、特に出歩く用事もないと部屋に閉じこもったままで、服装もキャミソール一枚だけで一日中ベッドでごろごろとしているだけ。

堕落を貪っているだけに見えるかもしれないが、この間にも不意に湧き上がる吸血衝動に耐えていた。


「また……うぅ、はうっ」


自分の身体を抱きしめてベッドに埋めた。

胸の鼓動が耳元まで聞こえるほど激しくなり、血を、快楽を求めてお腹の奥ががきゅん、と疼く様な感覚に囚われる。


――血、血、血、血


脳裏からあの味が離れない。

飲んだ時の高揚感と背筋を走る快楽は悦楽その物。

吸われた時、身体に走った束縛感は愛撫その物。


「あぁ、血ぃ欲しいぃ……吸われたいぃ」


欲望に染まる頭の中で少し自らの変化に恐怖していた。

今までの生活と言えばどこか満たされない空虚なものだった。もちろん周りにはリーリャや拓馬、ナズナがいて学校生活だって楽しいと思えたが、どこか欠け落ちていると感じていた。

花に水をあげ、友人と談笑したり、読書をして思いにふけったり……。

そして、その欠け落ちたピースが埋まった今、落ち着きと覚えると同時に今まで感じたことのない渇望は抑えようもなく、自分を破壊してしまうのではと恐怖を抱いてしまう。

今の姿を友人――ナズナと拓馬に見せたらどう思われるだろうか、答えは明白だった。



案内された時、シスターにプリントを渡して帰るべきだったと後悔する間もなくシスターに連れられてしまい、あれよあれよの内に教会の前へとやってきてしまっていた。シスターの恰好だけあってか、教会は一見普通のキリスト教の物と変わり映えしないように見えたが細部が異なっていた。

逆さの十字架、そしてそれに乗った蝙蝠の羽根を生やした人――悪魔だろうか。


「あの……ホントにここに鳳仙さんが?」


失礼と分かっていても異様な雰囲気を放つこの教会に玲花が住んでいるとはとても思えなかった。


「“百聞は一見に如かず”でしょうか? 本人にお会いになってもらえばすぐに証明できますが、今は体調が余り優れないご様子でしたから今はお会いさせることはできません」


どうぞ、と大きな教会のドアを開くシスター。


「外は寒かったでしょう? せめて温かいお茶でも召し上がりになりませんか?」


「じゃあ、遠慮なく」


変な恰好をしていても事件には関係なさそうだな、と思った拓馬はシスターの促されるまま教会へ入った。

中はよく見る結婚式場とほぼ変わらない風景で、木製の長椅子が中央の紅い絨毯を挟んでずらりと祭壇の方を向いて並んでいる。ただ、唯一違う点はやはり逆さ十字とそれに腰かける悪魔の像だろう。先に見た教会の屋根にあった像より大きく、悪魔の形がはっきりとして視界に飛び込んできて拓馬は足を止めてしまう。


「怖がらなくてもいいのです。堕落神様は貴方に害をなす方ではありませんわ」


耳元でシスターは甘い声で言った。

その悪魔はよく見る尖った耳と鼻を持つ醜悪な姿ではなく女性の裸体を成していた。腰には蝙蝠の持つ羽根を生やし、身体つきはグラマラスで母性に満ちた女神よりは娼婦を思わせ、長い髪を書き上げる姿は見る者を誘惑させた。


「いや……見たことないものでビックリしてしまって」


「ふふふっ、無理もありませんわ。好きな所にお掛けになってお待ちください。今、お茶をお持ちしますわ」


鈴の音を思わせる笑いを上げ、シスターは奥にある扉へ消えていく。

しばらくして、お盆にポットと二つのカップを載せてシスターが戻ってきた。


「お待たせしました」


「いっ、いえそんな」


シスターは、お盆を椅子の上に置き、カップに紅茶を注いでいく。お茶を注ぐ度に胸の谷間が見えそうになり、拓馬は慌てて視線を逸らしているとそれに気付いたのか「お気になさらなくともいいのですよ」と一言添えて、カップをソーサーに乗せて渡してきた。


「はぁ、ではいただきます」


「どうぞ」


金色で縁取られた高そうなカップに少し口を付けるのが危ぶまれたが、余り気にかけないように紅茶を口に運んだ。


――少しばかりシスターにツッコミを入れそうになるのをこらえながら……。



「申し遅れましたね、私は玲花ちゃんの保護者でリーリャ――リーリャ・カスタルスキーと申します」


シスターはリーリャと名乗った。

拓馬も自分の名を名乗るとリーリャは、話は幾つか伺っていると語った。


「そうなんですか?」


「えぇ、数少ない友人だと伺っていますわ」


拓馬はリーリャの言葉を聞いて少しばかり安心した。一応は友人として扱ってくれていたのだから。


「また貴方も随分、玲花ちゃんを大切に思っていらっしゃるご様子で」


「いや、別に」


「ふふっ、わざわざ休日にお時間を割いてプリントを届けに来てくださるなんて……友人の間柄でも、そうはいたしませんでしょう?」


図星と言えば図星かもしれない。

彼女が友人と思っていても、拓馬はあの花へ見せる慈悲に溢れた姿を忘れられなかった。単純と言われようと拓馬はその姿から感じる純粋さと健気な所に好意を抱いている。それは事実だ。


「でも、友人に過ぎませんよ。自分と鳳仙さんの間柄は」


「そうですか? 保護者としては貴方のような方がいて助かります」


そして先ほどから引っかかるのが、玲花とリーリャの関係だった。

“保護者”と言うのが他人行儀に聞こえる節が感じられたが、自分が知ったところでどうにもならないことだし、聞ける立場ではないと胸の奥に押しとどめた。


「槍水仙さん、貴方は今回の事件についてどう思われますか?」


「どうって……怪奇的だなとしか言えませんよ」


突然の質問に拓馬は困惑した。


「確かにそうでしょうね。手紋一つ残さず男性は全身から血を抜き取られ、女性は連れ去られ……」


「テレビでは吸血鬼の仕業とか言ってましたけど、そんなのありえませんよね」


非現実的な話だと笑いが混じる拓馬に反し、リーリャの顔は冷静だった。


「そう思われるのが普通ですわ。――貴方なら話してもいいのかもしれませんね」


リーリャは静かに語り始めた自分と玲花の本当の姿を。



誰か来たのだろうか、こつん、こつん、と石畳を伝って足音が聞こえる。リーリャと他の人物だろう複数の足音。


「誰、だろう?」


来客など皆無に等しいこの教会では珍しいことだ。

木製の扉に耳を寄せてみるとリーリャが誰かと会話しているのが聞こえてくる。


『この下に玲花ちゃんがいます』


聖堂からこの部屋に繋がる螺旋階段を下りてくる足音。一体、リーリャは誰を連れてきたというのか、玲花は不安だった。それもなぜ、今の自分と会せようとするのか、疑問でしかない。


『ここに鳳仙が……』


声を聴いた瞬間に背筋に悪寒が走った。

その声の主はクラスメートの拓馬――いま一番求めている、“人の血”が向こうからやって来た。しかし、それは求めてはいけない対象でもあるし、本性を見せる訳にもいかない。

玲花は慌ててドアに鍵をかけて、深呼吸する。


「駄目駄目駄目っ! 今来たら今度こそ自分を抑えられない……!」


やっとで吸血衝動を落ち着けたというのに、この仕打ちである。玲花の混乱する中、足音は着実に近づき、とうとうドアのノックされる音が部屋に響いた。


『玲花ちゃん? クラスメートの槍水仙君が授業で使ったプリントを届けに来てくれましたよ?』


それならリーリャを通して渡してくれればよかったのに、と玲花は彼の行動に素直には感謝できなかったがそれも仕方のない話だ。彼は自分の本性を知らないのだから。


「駄目だよリーリャさん……。今は槍水仙君と顔を合わせられない」


大体、なんでここまで連れてきたの!? とリーリャをドア越しに問い詰める。


『彼にはある程度事情をお話ししましたわ。ですからご心配なく』


なにがご心配なく、だ。

本当に吸血鬼だと話したというのか、それも勝手に。

玲花は憤りを隠せなかった。


「どうして、勝手に話したの!?」


『槍水仙君なら信用に足ると判断したからです』


リーリャの言葉に強い言葉。もうなる様になれ、と玲花は諦めてドアを開けた。

冷えた空気を伝ってくる“人の香り”に一瞬、頭がふらつく。


「鳳仙……」


拓馬が玲花の姿を見て言葉を失っている様子だった。キャミソール一枚で丈も短めでショーツなんて丸見えで、髪も整えていない寝起きも同然で異性に見せれる姿ではない。無理もない話だ。


「ごめんね、人に会うなんて考えてなかったから。わざわざ、届けてくれてありがとう」


感謝の意を述べて、彼からプリントの束を受け取る。量から察するに随分と授業は進んでいる様だった。


「話は聞いた。吸血鬼なんだって――聞いた今でも信じられないけど、別に俺は何とも思ってないから」


拓馬の言葉を聞いて改めて自分と違う生き物と実感させられて、胸が締め付けられる。それでも彼は何とも思っていないと言うがそれはまだ、その目で自分の本性を見ていないからだ。


「そう……」


「学校にはこれそうなのかって……日中出歩くのは難しいか」


ハハッ、と笑い混じりに拓馬は言う。


「まぁ、ね」


ただ心残りがあるとすれば、と玲花は続ける。

空虚な毎日の中での少ない楽しみだったもの。


「花はどうなってる? 中庭の花壇」


「まだ、枯れたり傷んだりしてる感じはなかったよ。まぁ、放置状態なのは察しが付くかもしれないけど」


やはりそうだろうとは思っていた。緑化委員は委員会に入りそびれた連中の掃き溜めだったのだから、自分以外は手を付けるわけがない。もう、学校に行くのが困難なら最後に朝早く人が少ない間を縫って水やりに行こう。

人との交わった生活――人としての生活はもう無理なんだから。今も拓馬との会話の間に起きる吸血衝動を抑え込むのに必死なのだ。

玲花は感謝の言葉を拓馬に伝え、ドアを閉める。素っ気ない応対に思えたかもしれないが、拓馬の為だった。



翌朝、蒼龍高校の中庭に玲花はいた。

黒いセーラー服を着るのも今日に最後にしよう。

学校にくるのも今日で最後にしよう。

花壇に水をやりながら玲花は短いながらの学校を楽しむと同時に今までの生活への別れを惜しんでいた。


「玲花ちゃんだ!」


まだ学校が開いて間もないと言うのに懐かしい声が響く。ナズナだった。


「ナズナ……!? っ!?」


ふと身体を駆け巡る違和感。それは恐怖に近いものだった。


――この感覚、私知ってる!?


吸血鬼の力、支配。

身体に力が入らなくなり、玲花はその場に倒れてしまう。ぼやける視界の中、はっきり捉えられたのは自分と同じ不吉に輝く紅い瞳だった。



「ぐふっ!?」


腹部を蹴られた鈍い痛みで眼が覚める。頭に綿が詰まったかの様に思考が回らない。どこかの空教室の隅に自分が床に座っているらしいことは確かで、身体は泥の様に重く言うことを聞かず、ただ痛みに耐えるしかなかった。


「はぁ、くっ、なに?」


「ねぇ、玲花ちゃん、私ね吸血鬼になったんだよ? 凄くない?」


ナズナは何を言っているんだ。玲花は混乱する。

誰が好き好んで吸血鬼なんかになるものか。まさか事件の被害にでもあったのか?

それにしても目の前のナズナは人懐っこい笑顔を浮かべてこちらを見ていた。


「なんでこんなこと……」


玲花は腹部の痛みをこらえるように、手で押さえてナズナに問う。恨みを買われる理由が思い当たらないのだ。


「え? わかんない、のっ?!」


「うぐうっ!」


ナズナの蹴りがまた腹部に飛び込み、玲花は吐血してしまう。


「ごほっ、けほっ……はぁ、なん、で、こんあこと」


「あ~むかつくわ、その澄ました態度。まぁ、ぼこぼこにした後で拓馬を魅了して私の物にしちゃえばなんでもいいんだけどさ、私さ玲花に嫉妬してたんだ」


何に嫉妬してこんなことに及ぶのか玲花の中では繋がらなかった。


「だってさぁ、拓馬がずっと貴方のこと気にしててね、休んでた時なんてずっと鳳仙~、鳳仙~って。私がいるのに、私の方が付き合い長いのにさぁ、あんたみたいにいきなり出てきた奴に横取りされたんじゃ、堪ったもんじゃないもの……」


被害者気取りなのか自分に酔った様な口調に玲花は呆れていた。

だったら私なんかと関わらなければよかったのに、と悪態を付こうにも口を利く気力もなかった。


――馬鹿な娘……


自分を痛めつけている時間があるなら、さっさと拓馬を魅力の力で物にしてしまえばいい。ナズナの行動には無駄が多すぎる。


「フフッ、ごほっ……。ナズナ? 私の相手するくらいなら拓馬を手籠めにすればいいじゃない?」


馬鹿だ、と一方的に暴力を振るわれた状態にもかかわらず玲花は笑みを浮かべていた。魅了なんて簡単だ、欲しいと思った相手を見つめて『血を吸わせて? 気持ちよくしてあげるから』と念じればいいのだから。


「うるさいっ!」


「っ!」


髪を掴まれ、怒りのまま床に叩き付けられる。痛い。それでも玲花は可笑しそうな笑みを乱れた長い髪越しに浮かべていた。


「クスッ……ねぇ、痛めつけるくらいならさっさと殺せばぁ?」


煽るように玲花は言う。その声には狂気が含まれていた。


「ナズナが銀の剣でも持ってない限り私を殺すのは無理だと思うけどね……」


「どういう意味よ!?」


つくづく馬鹿な娘、と玲花は嘲笑を交えながらナズナに言い放つと激昂し、制服の襟を掴み壁へ押し付ける。


「はぁ、はぁ……こんなうるさくするとぉ、誰かに見つかるんじゃない?」


「うるさい! うるさい! なんであんたはそんな余裕な顔してんのよ!?」


余裕と言っても髪はぼさぼさだし、口から血は出たままだし、とてもよそ様に御見せできる顔ではないな、と思える程に玲花は余裕があった。

自分でもそれは根拠のないものに近かったが、一つ分かってきたのはナズナは本気で自分を殺しにかかっていないことだ。


「あ~なんか喉渇いてきた。あんたの血なんか吸いたくないけど、めんどくさいからいいや。次いでに殺してあげるよ、もう苛めるのも飽きたし」


子供が遊び飽きた玩具を投げ捨てるように玲花は床に落とされ、頭を掴むと無理矢理傾げさせ首筋を露わにさせた。


「随分乱暴だね? 私の知ってる吸血鬼はもっと上品だったよ?」


玲花の言葉を無視し、ナズナは捕食するかの如く首筋に噛みつく。


「んぐっ……んくっ、んくっ」


「んあぁあ、はぁ……」


ナズナが血を嚥下するたび玲花は恍惚として吸血される快楽を享受していた。

背筋のゾクゾクする感覚と身体中に流れる切なさに玲花は思うがまま、感じるまま、なすがまま、ナズナの耳元で媚びる様な甘い声で鳴いていた。

快楽と共に命を削られることを分かっていながら……。


「ナズ、ナぁ、あうぅ、んああぁっ」


突然、吸血を受け入れる玲花からナズナは首筋から口を離した。


「なんでぇ、どうして――」


もっとすってよ、と離れるナズナへゆらゆらと手を伸ばすも彼女は離れていく。まるで触れてはいけない物に触れてしまい、恐怖に怯える子供の様で身体を震わせていた。


「あぁ、なんで? あんたも吸血鬼なの? しかも“お姉さま”より断然強い魔力じゃん……あんたなんなの!?」


気付くのが遅すぎやしないか、と言おうにも血を吸われた分だけ身体がもう言うことを聞かなくなり、視界はゆっくりとブラックアウトしていく。


「うぅ……ん」


――死ぬのかな?


まるで、操り糸が全部切れてしまった人形みたい。

そんなくだらない空想を最後に玲花は意識を手放した。



リーリャは学校へ車を走らせていた。しかし、その姿はパンツスーツ姿で長い銀髪は結い上げられていた。

日が傾き始めた頃になっても玲花は帰ってくる様子はなく、リーリャは心配の色が隠せなかった。今日は花へ水をあげたらすぐに帰ると言っていた為、寄り道などすることもないはず。


「こんな事なら無理矢理でも携帯電話を買ってあげるべきでしたね」


そうすればすぐに連絡の取り様もあったが、リーリャと玲花共々に公的身分(玲花に至っては、ほぼ偽装されたもの)が無いも同然なので買うことは難しかったのだ。念のため、学校に電話をしたものの担任は出席はしてないと答え、だとすると登下校の合間に何かあったとみるべきかもしれない。

そんな思慮をしながら運転していると見慣れた人影が視界に捉え、車を止める。


「槍水仙君」


声をかけた少年――拓馬は豆鉄砲でも喰らったような顔をしてこちらを見ていた。誰だか分かってないのだろうと、リーリャは結った髪を解く。


「リーリャさん!?」


「お帰りのところ悪いのですが玲花ちゃん見てませんか? まだ帰ってないのです」


花壇に水を撒いたら帰ると言っていたのですが、と続ける。しかし、拓馬も玲花の姿は見ていなかったのだ。


「学校の方では見てませんけど……もし、探すなら手伝いますよ?」


「そうですか? 助かります」


拓馬を車に乗せ、リーリャは車を発進させた。



学校では放課後の部活動だろうか、運動部の掛け声と吹奏楽部のばらばらな演奏音が響いていた。事件の被害は減ってはいるものの、被害者は後を絶っていない中でこうも練習を許す学校は如何なものか、とリーリャは疑問でしかなかった。


「鳳仙玲花の保護者のリーリャ・カスタルスキーです」


「ええっと、今日はどういったご用件で――」


一応、校内に玲花がいないか探させてほしいと、事務室に要件を伝えに来たが、事務員は困っている様子だった。

要件を伝えると事務員は「すみません、少々お待ちいただけますでしょうか? 担任をお呼びしますので」と受話器を取り内線で担任を呼び出した。

しばらくすると二階にある職員室から担任が下りてきた。


「すみません、わざわざお呼び立てして」


「いえいえそんなことはありませんよ。事件の事もありますからね。まず、教室の方にご案内しますので、こちらへどうぞ」


「ありがとうございます」


どこか嬉しげな担任の後ろにリーリャは付いていく。

いつも仏頂面の担任がリーリャに媚びへつらう態度を取っているのをみて隣を歩く拓馬は小さく悪態をついた。


「んだよ。あの野郎、面倒臭そうに来たくせにリーリャさんの顔見た瞬間これかよ……」


するとリーリャが拓馬の耳元に顔を寄せて耳打ちした。


「気になさらずに……。ここは玲花ちゃんの為ですわ、利用できることはなんでも利用しないと、ね?」


「リーリャさん、それじゃあ自分も利用されてるみたいな言い方に聞こえるのですが?」


あなたは峰不二子ですか、と言う拓馬にリーリャは話し声で使うべきでない色香混じりな声で続けた。


「槍水仙君は違います。貴方はもう玲花ちゃんの物同然ですからね」


「うっ!? リーリャさん!?」


顔を真っ赤にして慌てる拓馬に一瞥もせずリーリャは歩を止めずに教室へ向かう。玲花のことが少し羨ましいと思えて、リーリャは頬が緩むのを堪えきれなかった。

教室は施錠されていていたが、扉に付いている窓からは誰もいないことが分かる。


「こちらにはいない様ですが、開けて確認してみますか?」


「いえ、お聞きしたいことがあるのですが、校内で一日中日当たりが悪くて人気の少ない教室はありますか?」


奇妙な質問に担任は少し考えるように唸る。拓馬はその質問の意味を理解し、思い当たる教室を記憶な棚から探し出していた。


「それならリーリャさん、三階の物理準備室なら人の出入りがそこまで多くないし、日当たりも良くないと思いますよ?」


「そこはどこにありますか?」


「位置なら分かりますよリーリャさん。でも鍵掛かってたはずだから……」


「いや、マスターキーだからこれで開けられるぞ」


「じゃあ早く行きましょう?」


小走りで向かった物理準備室は、拓馬の言う通り薄暗いことが廊下からでもわかる。拓馬がドアに手をかけると、普段なら鍵がかかっているはずがすんなりとドアは開いた。


「あれ、開いてる」


部屋の中は見たこともない実験器具の置かれた棚で圧迫されていて、その殆どには埃りが被り長く使われず放置されていたことを訴えている。


「!? 玲花ちゃん!」


玲花は、その棚と棚の間の壁に寄りかかる形でへたり込んでいた。セーラー服は腹部に靴跡らしい物で汚れていて、スカートにも綿埃が付いていた。無防備に晒された首筋には噛み痕が残されている。


「これって、まさか吸血鬼事件の?」


担任の顔からすっ、と色が抜けて動揺の色へ移り変わる。リーリャは取り乱すことはなかったが、また玲花を守れなかったと己の無力さと迂闊さを自責していた。ただ吸血鬼は不死の存在である。同じ吸血鬼に襲われたとしても殺されるとなれば相当の魔力を要求される為にそれを感じ取ることができるが、魔力――エーテルの流れは感じられなかった。そのことからリーリャは気を失っているだけだろう、と玲花を背負い上げる。


「リーリャさん、鳳仙は……?」


「大丈夫、おそらく気を失っているだけですから」


「しかしお子さんに何かあってからでは遅いですよ! 今、警察と救急車を――」


「結構です。私の方で何とかしますから」


病院なんか連れて行ったところで治療は意味をなさない。警察も呼ばれるだけ面倒だ。リーリャは心配を余所に玲花を背負い物理準備室を後にする。

扉を開けると、一人の少女が立っていた。普通の少女ではないのはリーリャでしかわからない。周りのエーテルがざわつき威圧するものに変えているのは、その娘だったからだ。


「ここから帰すわけにはいきません……」


「あら? どなたか知りませんが、私に刃向うと死にますよ?」


「大口を叩けるのも今の内です」


目を紅く光らせ、彼女の周りに血の色をしたエーテルが可視化し光を帯び、その手に集まっていく。元来、魔法とは空気中に存在する目に見えない分子、エーテルを用いる物であり、その使い方は無限である。攻撃から治癒、相手の動きを止めることだってできる。目の前の彼女はエーテルを収束させ剣でも生成させようとでもしているのだろう。リーリャからすれば取るも足らない魔法で、なおかつ相手のスキルも酷いものだった。収束に時間がかかり過ぎている。


――主人に大した魔法も教わることなく、殺しに回されるなんて……


一瞬こそ少女に同情したがリーリャは玲花を下ろすと同時に上着の下、ショルダーホルスターに収めていたリボルバー――マテバ2006mを引き抜き、正面の少女を容赦なく撃った。


「アンチ・エーテル弾ですから回復しようとしても無駄です」


発砲音の余韻が響きわたる中、リーリャは心臓を打ち抜かれた少女に告げた。


「う、か、はぁ……」


少女は崩れ落ち、胸元からは血が泉の様に湧き出て、廊下を鮮血に染める。


「あ、あんたは何者だ!? それにさっきの光はなんだあ!?」


担任はリーリャをまるで化け物を見るような目(正しいと言えば正しい見方)で腰を抜かしその場にへたり込み、混乱したように叫び散らしていた。

拓馬だって驚いていない訳ではなかった。あの鼻歌を歌いながら買い物から帰ってきたリーリャと、今目の前で躊躇なくリボルバーの引き金を引いたリーリャが違う人物なのではないか、どれが本当のリーリャなのか。あの赤い光の粒子と血だまりに倒れる死体は灰になって朽ちている。視界にある物は現実の物なのか、頭の中で処理できず口どころか身体が動かなかった。


「こういう世界もあるんですよ、先生。人間だけでなく吸血鬼や淫魔が巣くう世界が」


一言、リーリャは告げると玲花を再び背負って拓馬を連れて車へ戻っていった。



日の光は沈み、空気が冷たさ帯びて肌の温もりを浚っていった。それでも今、抱き留めている玲花の温もりと甘い香りは本物で、これが現実なんだ。拓馬は玲花を抱える形でリーリャの運転する車の助手席に座っていた。二人乗りのイタリア製スポーツカーに無理矢理三人乗るとなるとこうするしかないと、拓馬は渋々な所半分と不純な嬉しさ半分でこうしていた。


「もう、てっきり逃げ出すものかと思っていましたが……以外と肝が大きい方なのですね?」


リーリャが沈黙していた車内でそれを破った。


「いえ……ただ、色んな事――信じられない事が一瞬で目の前でたくさん起きてパニックになって身体が動かなくなっただけですよ」


ああも人を――人であったものを簡単に殺してしまう人に付いて行ってしまっていいのか、もう自分は普通の生活はできない異常なラインに来てしまっているのではないか、と拓馬は逡巡した一方で目の前に現れた明確な敵の存在を見た時に自分は何もできず、リーリャが居なかったら死んでいた。それも玲花に何一つ力になれずに、思いを告げることもできずに。


「ふふっ、それでも貴方は逃げずに目の前の出来事を受け入れようとした。だからあの場から逃げなかった。それだけで十分ですわ」


「ただ今でも怖いですよ、自分が踏み込んではいけない世界に踏み込んでしまって、もう戻れないのではないかって……」


あの時、担任は朽ち果てる死体を見てあのまま気絶してしまっていた。あれはあれで幸運だったのかもしれない。目覚めてしまえば全て夢だったと言い聞かせられるのだから。


「確かにそうかもしれません。でも、心配いりませんわ。もし貴方の身に何かあれば私が守りますから、ね?」


バックミラーにリーリャのウィンクが反射して見えた。

今は踏み込んでしまったこの非常識な世界でリーリャに頼るしかない。改めて自分の無力さとまだ見えない非常識な世界の恐怖を隠すように正面を見据える。


「!?」


漆黒に包まれた闇夜の中で揺らめく紅い光点。最初は二つ程の小さなものだったが、やがて無数に増えていき、群れを成していく。


「一人では無理と分かって手数で攻めてきましたね」


リーリャは車を止めて、収めていたマテバを片手に車を降りていく。


「待ってください!! あの数相手に一人で行くなんて無謀ですよ!」


拓馬の制止をバックにリーリャは闇夜に銃口を向け、トリガーを引く。

大きな破裂音と共にオレンジ色のマズルフラッシュがリーリャの冷徹なハンターの姿を曝け出す。


「わうっ!」


躊躇ない射撃に拓馬は塞がった両手で耳を塞ぐことが出来ず、驚くばかりだった。

剣を片手に突っ切ってくる少女はリーリャに胸を撃たれるとそのまま灰となり風に消えていく。他の少女もたどる運命は同じだった。

五発撃った後に空薬莢が地面を叩く高い音が鳴る。


「まったく、そこまでして楽園を守りたいのかしら」


シリンダーに.357口径アンチ・エーテル弾を装填している間にも少女達は迫ってくる。


「しかし、数を持って潰しにかかる者ほど小物でしたわ……」


マテバ特徴の上方向へスイングアウトするシリンダーへ六発を装填しそれを振り戻してハンマーを下ろし、狙いを定め少女の胸を流れるような動作で射撃していった。

一人また一人、次々と少女達が灰になっていく。その灰が風に舞う時に拓馬は薄らと少女達の声が聞こえる気がした。最初は幻聴ではないかと自分の耳を疑っていたが一人、一人と増えていく度にそれは明瞭になっていく。


――やっと解放される

――もう、終わったんだ

――これで彼のところへいける

――怖かった、怖かったよぉ


恨みや未練の声ではなく、それは血に縛られた解放への安堵であった。


「そんな……」


知れぬ少女達だろう安堵の声と共に灰となった亡骸は、オーロラの様にエメラルド色の光となり消えていく。

不意に目元から熱いものがこみあげて、拓馬は涙を拭う。決して彼女達は自分の意志ではなく誰かに操られていたのだろう、と。


「ごめん、ごめん……」


拓馬は意味も解らず泣きながら誰にでもなく謝り始めていた。


「大丈夫ですか?」


リーリャは空になった薬莢をリリースし再装填すると、車内を覗く。


「……いきなりここまで多量に感情を帯びたエーテルに当たってしまったから……」


車内で玲花を抱いたまま涙を流す拓馬を見て、リーリャは昔の自分を思い出す。今でもでもエーテル越しに伝わる死者の感情には慣れない。それを魔法を知らないも同然の人間が一瞬に浴びてしまったのだから、仕方のない反応なのだ。


「もう、終わりましたから。皆、“解放”しましたから」


全て倒したから、と言わなかったのは拓馬がエーテルから全てを感じ取っていることを分かっているからだ。


「リーリャさん、俺なんか変な声が聞こえてきてそれで――」


「大丈夫、だよ?」


「え!?」


耳元を擽る久しぶりながらも聞きなれた声。

子供をあやすようにゆっくりと拓馬撫でる手は玲花の物だった。


「玲花ちゃん、気が付いたのですね?」


「うん……なんだか、声が聞こえたの。どこか幸せそうだけど、悲しい声でさ……聞いてたら切なくなってきて目が覚めたら、槍水仙君がいた」


「あ、すまん……こんな俺で」


気が失っていた事を理由にずっと抱きしめていたのだ。それもずっと。急に申し訳なくなって思わず拓馬は誤っていた。


「ううん、いいよ。傍にいてくれてありがとう。私もいきなりの事で怖かったから」


玲花は拓馬の背中に両手を回して抱きしめる。


「まったく……玲花ちゃんは」


もうこれで安心か、とリーリャが車に乗ろうとしたときだった。

暗闇の向こう、紅く光る四つの目がこちらへ近づいてくる。その二人の内、一人はナズナだった。

玲花はその内の一人から強いエーテルの波を感じていた。恐らく彼女が今回の事件の主犯である人物だろうと想像が容易につく。


「ねぇ、槍水仙君、私に血を分けてくれるかな? もう全て終わらせたいから。同じ吸血鬼がこんなことするの許せないから」


拓馬の首元に顔を埋めると鼻腔が魅惑的な香りでいっぱいになる。欲しくて欲しくて堪らなかった人の血、人の香り。


「鳳仙……?」


「私の理性が飛ぶ前に答えを聞かせて? 無理矢理吸いたくないから――きっと私が槍水仙君に牙を立てたら最後、際限なく血を吸って、槍水仙君は快楽に堕ちてしまうから……」


牙を立てれば彼をもう人の道――吸血鬼に身を捧げる以外の道しか残されない。それを思えば簡単には求められない。しかし拓馬は躊躇することはなかった。


「いいよ、鳳仙。それが俺に出来ることなら……鳳仙になら吸われてもいい」


「ありがとう……んぐっ」


許してくれた拓馬の顔を見ずに、玲花は首に牙を突き立てた。

口に広がる精に満ちた香りと舌を転がってゆく甘い血が身体の隅々に染み渡っていく感覚は今までに感じたことのない物だった。血を通して伝わる思いに愛おしくなって玲花は彼の頭を撫でる。

自分か彼かわからない程、鼓動が五月蠅いくらいに耳に響いて、渇き、力と欲望に餓えていた身体は求めていた物が喉を伝う度に震えた。

身体が満足し、玲花は首から牙を抜くと拓馬は目を閉じていて、気づけば抱きしめていたはずの両手も力を失い垂れ下がっていた。

玲花はもう一度「ありがとう」と拓馬にささやいて頬にキスをし、車から降りた。冷たい風には殺意と憎悪が混じって、長い髪を靡かせる。


「リーリャさん、後は私が全部片付けるよ。拓馬の事、よろしく」


もう、何も満たされない血を血で洗う様な殺戮は終わらせよう。


「玲花ちゃん……」


リーリャの心配を余所に、玲花は紅い瞳の待つ闇夜の向こうへ歩を進めていった。



「貴方がナズナの言っていた娘ね?」


開いた口から覗く長い牙。

口調こそ温和に聞こえたが、周囲のエーテルは彼女の思惟に触れて、棘を成しているのを感じる。


「そうね、そうなるね」


主犯と思われる少女はゴシック調の服に身を包みいかにもステレオタイプな吸血鬼を演じている。顔立ちは可憐そのもので異性ならず同性だって虜にしてしまうだろう。玲花にしてみればそんな顔を歪めて喚き喘ぐ顔を見てみたいと、サディスティックな思考が頭を犯していく。

女の影に隠れ、ナズナは女越しに玲花を覗いていた。まるで人見知りの少女の様で、昼間の威勢の良さはどこかへ消えていた。


「なにを怖がってるの? ナズナ」


問を投げかけてもナズナは陰で震えているだけで答えることはなかった。


「この子、貴方の所に行ってから様子がおかしいの。怖かったって、震えるばかりで。もしかして貴方がなにかしたの?」


正直、この悪趣味な女に答える義理もなかったし、会話をしたいと思わなかった。こちらと言えばナズナに蹴られ、投げられ随分な扱いを受けたというのに。


――いろいろ話を聞きたいのはこっちなんだけど


どうせなら、無力化して話を聞けばいい。

じゃあ、どうしようか。

魅了する? それじゃつまらない。だって、あの人は色んな人に迷惑を掛け過ぎたんだから、気持ちよくするだけじゃ癪だ。


だったら――四肢を殺げばいい。


「ちょっと? 聞いてるの!?」


黙れよゴスロリ女。

苛立つ女を無視して玲花は念じる。本能的に理解していることで、これで奴を潰せるかと言えば懐疑的だったが、きっと殴るより上品で痛みでよく泣くだろうと思い、目を閉じてイメージを固めていく。


痛そうで、同時に何か所も刺せて、それも殺したい時は確実に、無力化したい時には威力を抑えられて――そうだ


ファンタジー小説など読んだ本の中で出てきた武器や道具を思い浮かべては違うと、他の物をイメージすることを繰り返している内に良いと思った物を組み合わせれば良いと、イメージを纏めていく。


「まったく……私を前にして無視だなんていい度胸ですね? 私以外の吸血鬼がいては邪魔ですからね。ここで消えてもらいましょう」


女の右手にエーテルの光が集まり、それは剣の形を成す。剣を片手に女が玲花へ間合いを詰めようとした時だった。


「ぐああぁぁあぁああっ!」


レースのあしらわれたさぞ豪勢なニーソックスに包まれた女の右足に短剣が刺さったのだ。その短剣の柄からは鎖が伸び、その鎖をたどれば、それは玲花の白い手に握られている。


「まぁ、良く泣くこと」


玲花は鎖を躊躇なく引っ張り、女の足から短剣を勢いよく引き抜く。


「あぁああぁああぁあっ!!」


玲花は左手に血に濡れた両刃の短剣を、そして右手にはその短剣の二倍以上もあろう刃渡りのエストックを持ち、痛みに倒れる女に近づいていく。

エストックの柄と短剣の柄は鎖で繋がれていて、玲花が歩を進む度に無感情な金属音が鳴る。

それは、レクイエムか、無慈悲な死の宣告か。


「はぁ……貴方、一瞬でエーテルをぉ、ぬぁあぁあああぁあぁっ!!」


予想外の事態にうめく女に構わず、伸ばされた右手へエストックを突き刺した。


「喚いて死者が戻るならいくらでも聞いてあげるけど、泣こうが喚こうがアンタの罪は消えない。無抵抗の人間を誘い、同族へ陥れ、好きな様に血を貪り、誰かから誰かを奪っていった!」


何故こんな奴が息をしているのか、もう理解できなかった。誰かが吸血鬼に抗えないなら自分で手を下そう。自然とエストックを握る手に力が入っていく。


「うっ、はうぁ……人間を守るヒーロー気取りですか? 貴方だって私と同じ吸血鬼。なんら変わりあぐあぁあああぁあぁああっ」


銀の刃が女の腕を穿り回す。


「ヒーロー? 誰が? 私はアンタみたいなやつが嫌いなだけ。殺せるなら殺す、それだけよ」


もう、用はない。

玲花はエストックを女の腕から引き抜くと女の首に突き刺した。


「くはぁう、か、あ」


女の血が路面を濡らし、喉元から空気の抜ける音が一瞬の静寂を少しだけ埋めていく。

ナズナはその場にへたり込み、玲花を見つめていた。


「どうするナズナ? 私の事、憎いなら決着付ける?」


視線に気づき玲花はナズナに問いかけるが、彼女は首を横に振った。


「じゃあ、私のこと通報する? 殺人犯が目の前にって」


それでもナズナは首を横に振るだけだった。

なら、もう終わりだ、と玲花は二つの剣を光の粒に戻して、リーリャの所に戻っていった。



私があのゴスロリ女の首を刺した後、あの事件は一切起きなくなった。解決と言えば解決なのかもしれないけど、それは世の中の人たちが吸血鬼の存在を信じればの話。結局、テレビはこの話題とは別の話題に噛みついて、報じられることはなくなった。

死んだお母さんの力は自分でも恐ろしいもので、あの一件以降は自分のことが何より怖いし、非常識の連発で状況が飲み込めきれてないのが本音。

それでもリーリャさんは私を変わらず支えてくれるし、槍水仙君――拓馬も、人でない私と怖がらずに接してくれる大切な人と一緒に少しずつ、非常識を常識へ受け入れてる。



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