第1話「アキバの路地裏に天使が落ちていた件について」
ちょっと試作で作った作品です。
第1話「アキバの路地裏に天使が落ちていた件について」
◆
世界には天使がいる。
神の使いで、天界の住人で、人間とは次元の違う存在。
そして私は——今日、アキバの路地裏で天使を拾った。
◆
始まりは、羽だった。
時刻は夜の十一時。推しの地下アイドルの観てにやけて、秋葉原の裏路地を歩いていた。我ながらに他所様にはお見せできない姿だったであろう。私——神崎あかり、十八歳——の足元に、白い羽根が一枚落ちていた。
でかかった。
鳥の羽根とかそういうレベルじゃない。長さ三十センチはあった。しかも微妙に光っていた。
普通の人間ならスルーする。
私はスルーできなかった。
オタクなので。
「……なにこれ」
拾い上げた。
軽かった。でも確かに実在した。夢じゃなかった。光っていた。本当に光っていた。
私の脳内データベースが全力で検索を始めた。
(天使の羽根。既存作品における天使の羽根の描写。白くて大きくて光る羽根といえば——多い。多すぎる。でもこれはリアルだ。三次元だ。アキバの路地裏に落ちてる天使の羽根。こんな展開、どの作品にもなかった)
拾い上げた瞬間、羽根がふわっと浮いた。風もないのに。
そのままゆっくり、路地の奥へ向かって流れていった。
私はついて行った。
オタクなので。
◆
羽根が止まった先に、人が倒れていた。
ゴミ捨て場のわき。コンクリートの上にうつ伏せで、金髪が地面に広がっていた。そして背中には、でかい羽根が二枚。さっき拾ったやつと同じ、白くて光る羽根が。
私は三秒固まった。
次の三秒で、最悪の想像が全力で展開された。
(死んでる? いや、胸が動いてる。生きてる。じゃあ気絶? なんで? 倒れてる外国人を路地裏で発見、これ通報案件では? でも羽根が生えてる。羽根が生えてる人間を警察に連れてったら私が逮捕されない? 「羽根の生えた外国人を誘拐した女」とかニュースになったりしない? SNSで晒されたりしない? 就職に響いたりしない? そもそも私フリーターだけど)
三十秒で思考がひと回りした。
結論:とにかく声をかけるしかない。
「あの、すみません」
返事がなかった。
「もしもし」
返事がなかった。
「……起きてください」
返事がなかった。
肩に手を伸ばしかけて、止まった。代わりに、背中の羽根にそっと触れた。
その瞬間だった。
「——っ」
女の人が跳ね起きた。
すごい勢いで起き上がったので、私は後ろに転んだ。コンビニ袋がガサッと鳴った。
女の人は目をぱちぱちさせて、私を見た。
金髪・・・ギャルだった。目がキラキラしていた。モデルかアイドルかそういう次元の顔だった。そして背中に羽根が二枚、きっちり生えていた。
・・・コスプレ?
私のオタク知識がまた全力で動いた。
(天使。大天使クラスの可能性がある。羽根が二枚なのは一般的な天使の描写と一致する。光り方がソフトなのは敵対的でない証拠——いや待て、私は今なんの知識を使ってるんだ。これはアニメじゃない。現実だ。でも現実に天使がいる。いるじゃないか。本当にいた)
女の人は口を開いた。
「…………」
言葉が、わからなかった。
英語でもなかった。フランス語でもなかった。そもそも人間の言語かどうかも怪しかった。きれいな音だったけど、意味が全然わからなかった。
「え、えーと」
私は立ち上がった。女の人も立ち上がろうとして——よろけた。
とっさに支えた。
軽かった。体の割に、不思議なくらい軽かった。
女の人は首をかしげた。私も首をかしげた。
お互い、言葉が通じないのがわかった。
◆
ジェスチャーというのは難しい。
私はとりあえず「大丈夫ですか」のつもりで、相手の体を指して、首をかしげた。
女の人は首をかしげた。
私は自分を指して「あかり」と言った。
女の人は自分を指して、何か言った。聞き取れなかったけど「ノエル」っぽかった。
私は「ノエル?」と繰り返した。
女の人はにっこりした。正解らしかった。
次に私は自分の家の方向を指して、歩くジェスチャーをした。
ノエルはきょとんとした。
私は自分のお腹を指した。それから食べるジェスチャーをした。
ノエルの目が輝いた。
さっきよりずっと、はっきり輝いた。
どうやら腹を空かせていたらしかった。
◆
家に着いて、私はとりあえず冷蔵庫にあるものを全部出した。
残り物のご飯、卵、ハムチーズ、昨日買ったコンビニのシュークリーム。
ノエルはテーブルの前に行儀よく座って、私の動きを目で追っていた。
卵焼きを作ったら、ノエルは目を丸くした。
皿を出したら、またきょとんとした。
「どうぞ」のジェスチャーをしたら——
ノエルは食べた。
ものすごい勢いで食べた。
行儀よく、でも、ものすごいスピードで。
卵焼きを食べて、ハムチーズを食べて、ご飯を食べて、最後にシュークリームを食べた。私のシュークリームだったけど、まあいいかと思った。
食べ終わって、ノエルは私を見た。
何か言った。言葉はわからなかった。
でも、わかった。
「おいしかった」って言ってるんだと思った。
私は「どういたしまして」のつもりで頷いた。
ノエルはにっこりした。
その日はそれで終わった。ノエルはソファで眠った。私はとりあえず毛布をかけた。
布団に入って、天井を見た。
私は今日、天使を拾った。
アキバの路地裏で天使を拾って、家に連れ帰って、ご飯を食べさせた。
……我ながら、何をやっているんだ。
でも「見捨てて帰る」という選択肢は最初からなかった。オタクというのは、推しが倒れていたら全力で助けるものだ。いや推しじゃないけど。でも羽根が生えてたら助けるものだ。そういう生き物だ私は。
今夜のライブBDもアニメも見られなかったけど、不思議と全然悔しくなかった。
◆
翌朝、目を覚ますと、ノエルはキッチンにいた。
鼻歌を歌っていた。
声を聞いた瞬間、私は固まった。
すごかった。
鼻歌が、すごかった。
テレビもラジオもスマホも鳴っていないのに、部屋の空気が変わった気がした。音楽というより、もっと根本的な何か。この世界の仕組みに直接触れているような声だった。
「おはよー!」
ノエルが振り返った。日本語だった。
「……え?」
「昨日寝てる間にいろいろ見てた。これ」
ノエルは私のスマホを掲げた。
「勝手に使ったのか」
「動画、いっぱいあるじゃん。日本語、おもしろいね」
一晩で習得していた。
動画で。
「……天使ってそういうもんなの」
「どうだろ。私が特別なのかも」
ノエルはにっこりした。自信満々だった。
「あと、卵あったから焼いといたよ」
皿を出してきた。卵焼きだった。昨日私が作ったやつより、なんかきれいな形をしていた。
「一晩で卵焼きも上手くなったの?」
「動画で見た」
動画で何でもできるらしかった。
私は卵焼きを食べた。甘くておいしかった。
「ねえ」とノエルが言った。「お姉さん、昨日しまってたやつ、何?」
机の引き出しを指していた。昨日、ノエルが来る前に慌てて突っ込んだ、あれ。
「なんでもない」
「ポエム帳?」
「なんでもない」
「見ていい?」
「ダメ」
「いつか見せてよ」
「見せない」
「絶対見せてよ」
「絶対見せない」
ノエルは笑ったままだった。なんかこいつには何を言っても効かない気がした。
「ところで」と私は言った。「いつ帰るの。天界に」
「帰る気ないけどね」
「は?」
「だってまだ全然楽しんでないし。もうちょっといる」
「もうちょっと、って」
「よろしくね、お姉さん!」
ノエルは最高の笑顔で言った。
私はため息をついた。
卵焼きは、甘かった。
引き出しの中のポエム帳のことを、なぜか思い出した。
あの中の言葉たちが、昨夜聴いたあの声に乗ったら——
なんて、馬鹿なことを考えた。
反応次第で続き作ります。




