019話_十歳の節目
村の広場には、朝から賑やかな声が溢れていた。
屋台の並ぶ通り、飾り付けられた旗、あちこちで弾ける子供たちの笑い声。今日は、俺を含めた三人の十歳児を祝う、村の祭りの日だった。焼いた肉の匂い、蜂蜜酒の甘い香り、あちこちで奏でられる、素朴な楽器の音色。すべてが、一つになって、村中を、包み込んでいた。
「アオ、こっち来い!」
ダリオに手を引かれ、俺は広場の中央へと連れて行かれる。すでに他の二人の子供たちが、それぞれの家族に囲まれて立っていた。皆、緊張した面持ちながらも、どこか誇らしげだった。
オーレンが、村人たちの前に進み出る。長年、村を治めてきた、その堂々とした佇まいに、広場が、自然と、静まり返った。
「今日は、村の未来を担う三人の子らを祝う日だ。この村で生まれ、この村で育まれた者たちが、これから先も、自分の足で、自分の道を歩んでいけるように」
簡素だが、温かみのある口上だった。
三人それぞれに、村の伝統らしい小さな木彫りの護符が手渡される。俺の番が来て、オーレンと目が合った。
「これから先、お前がどんな道を歩むのか、正直、儂には想像もつかん」
小声で、俺にだけ聞こえるように言う。周囲のにぎわいに紛れて、その言葉は、俺の耳にだけ、確かに、届いた。
「だが、どこへ行こうとも、この村がお前の"帰る場所"であることだけは、忘れんでくれ」
「……はい」
護符を受け取る手が、少しだけ震えた。手のひらに乗った、その小さな木片は、思っていたよりも、ずっしりと重く感じられた。
式が終わると、祭りは一気に賑やかさを増した。屋台の食べ物、大人たちの酒盛り、子供たちのはしゃぎ声。フェンも村人たちに囲まれ、撫でられまくって満更でもなさそうにしていた。ダリオは、早速、屋台の食べ物を頬張りながら、俺に何かをしきりに勧めてきた。
「アオ」
人混みから少し離れた場所で、リゼットが待っていた。焚き火の明かりに照らされた、その横顔は、いつもより、少しだけ、大人びて見えた。
「約束、覚えてる?」
「もちろん」
「村を出るとき、あたしも連れてって。それか、絶対戻ってくること」
「分かってる」
俺は頷き、それから、夕日に染まり始めた村を見渡した。
畑、森、家々の屋根、笑い合う人々。この十年で積み上げてきたものの、一つ一つが、確かにここにある。あの日、赤ん坊として目覚めたあの瞬間からの、すべての記憶が、静かに、胸の中に、蘇ってきた。
いつか、この村を出て、冒険者として色々な場所を見て回りたい。誰かに命令されるでもなく、自分のペースで、それでも困っている人がいれば、そっと手を差し伸べられる――そんな生き方がしたい。
その想いは、今もまったく変わっていなかった。
ただ、この十年で、一つだけ変わったことがある。
自分の力を、隠すべき厄介なものだとは、もう思っていない。
誰かを助け、誰かの力を引き出し、誰かと繋がっていくための、大切な一部。今の俺は、そう思えるようになっていた。
「なあリゼット」
「なに?」
「もう少し先の話になるけど――一緒に、この村を出る日が来たら、よろしくな」
「うん」
リゼットは、迷いのない笑顔で頷いた。
夜空に、村の焚き火の煙がまっすぐに立ち上っていく。無数の星々が、その煙の向こうで、静かに、瞬いていた。
静かな幼少期の日々は、この夜をもって、一つの区切りを迎えた。
広場では、まだ、祭りの余韻が続いていた。子供たちの笑い声、大人たちの談笑、そして、フェンの元気な鳴き声。その賑やかで温かい光景を、俺は、目に焼き付けるように、見つめ続けていた。
「アオ、疲れてないか?」
ガインが、隣に腰を下ろしながら、声をかけてきた。
「大丈夫。今日は、本当に、いい日だった」
俺の言葉に、ガインは、満足そうに、頷いた。夜風が、心地よく、頬を撫でていく。
次に俺を待っているのは、村の外に広がる、まだ見ぬ世界だった。それでも、この村が、これから先も、ずっと、俺の帰る場所であり続けることだけは、確かだった。
リゼットが、少し離れた場所から、こちらに向かって、大きく手を振っていた。ダリオも、フェンを連れて、楽しそうに、駆け回っている。
護符を、そっと、胸元に押し当てる。木の温もりが、じんわりと、伝わってきた。この村で育まれたすべての想いを、俺は、これから先の道のりへと、大切に、持っていくつもりだった。




