第30話 恋を知らない天才魔術師と、その助手は
「不愉快だ」
久しぶりに王太子に呼び出され、行きたくないと盛大に駄々をこねるユリウスを、なんとか宥めて研究室から追い出してから数十分後。
ユリウスはますます不機嫌になって戻ってきた。
どこか既視感がある流れに、イザベラは手にしていた書類を机に置き、立ち上がる。
大股で研究室に入ると、ユリウスは真っ直ぐ自分の席へと向かい、荒々しく腰を下ろした。
「まったく、またくだらんことで呼び出しおって...時間の無駄だった」
背中でユリウスの恨み言を聞きながら、イザベラは給湯スペースで魔術陣付きコーヒーポットに水を入れる。
湯気と一緒にコーヒーの香りが立ち上がる中、少し大きくなったユリウスのコーヒーカップを用意する。
そのコーヒーカップにコーヒーを注ぎ入れ、ユリウス好みの温度に下がるまで少し待つ。
コーヒーカップから伝わってくる温度で問題ないと判断したイザベラはそれをユリウスへと持っていく。
イザベラから手渡されたコーヒーカップを両手で包み、念入りに息を吹きかける。
つい先日、初めてイザベラが贈った大きめのコーヒーカップを使った際、いつもと違うサイズのせいなのか温度調整を誤り、ユリウスが口内を火傷させた。
それからいつも以上に熱さを警戒するようになったユリウスはとっくに湯気が出なくなったコーヒーをやっと口に含んで、一息ついた。
「それで、今回は何をしたんですか?」
王太子直々に呼び出しを食らうなど、絶対に何かやらかしたのだろうと最初から疑いの目を向ける。
その視線が不服だったのか、ユリウスは拳を強く机に叩きつける。
「わたしの問題ではない!!あの馬鹿が悪い!!!」
例によって王太子を馬鹿呼ばわりとはあまりにも不敬だが、この場にはイザベラしかいないので大目に見よう。
「と、いうと?」
「あの馬鹿、わたしが作った惚れ薬を不良品だと文句をつけてきたのだ!!!不愉快極まりない!!!」
「あー...、なるほど」
ご立腹のユリウスとは裏腹に、テオドール王太子の言い分に納得してしまったイザベラの視線が宙を仰いだ。
最終的に恋を定義することができなかったユリウスが作った二つの惚れ薬を王太子殿下は早速意中の相手に使ったらしい。
不完全品だというのに、だいぶ切羽詰まっていたんだなと思う反面、そこまでして添い遂げたい相手とは一体誰なのだろうと少しだけ興味を抱いてしまう。
「ちなみに、どっちを使用したのですか?」
「両方、試したと言っていた」
「どっちもですか!?」
まさか増幅型と植え付け型、両方試したとは思いもよらず、イザベラは目を丸くする。
というか、両方試したことよりも、そのどちらにも効果が出なかったことのほうが気になった。
本当に恋するかは置いといて、どちらも服用したイザベラからすれば、恋に似た反応を引き起こす効果は絶大だったと体感しているため、やはり腑に落ちない。
「やはり失敗作だったのでしょうか」
「そんなわけない!!あいつが試した相手に想定していた効果が得られなかっただけで、わたしの作ったものが失敗作なわけあるか!!!」
不完全品を渡したくせに激しく憤るユリウスを尻目に、イザベラは腕を組んだ。
ユリウスの他にも惚れ薬の効果が出ない人物が現れたということは、魔力耐性が高かったから効かなかったという言い訳が通用しなくなったということだ。
「ちなみに、先生はどうしてだと思っていますか?」
作製者としての意見を聞くと、あれだけ憤っていたユリウスが一瞬にして真顔に戻った。
「あの男...既に、自分に好意がある女に対して薬を使っていたんだ...」
「...なるほど、それなら植え付け型が効かないのは納得がいきます」
元々好意を抱いている相手に偽物の好意を植え付けたところで、本物が既にそこにあった場合、植え付けた瞬間に砕け散る可能性は十分にあり得る。
「増幅型はどうしてでしょうか?感情があるなら反応が出てもおかしくないですよね?」
純粋に疑問をぶつけると、ユリウスは苦虫を噛み潰したような顔をして、イザベラから視線を逸らした。
「......おそらく、増幅にも許容量に限度があるのだろう。それを超えたら、薬の効果が出んのだろう」
「......」
それは相手に抱いている感情が大きすぎるから効果が出ないという、イザベラの仮定が正しかったということになる。
つまり、ユリウスはイザベラに相当大きな感情を抱いていると告白したようなものだった。
それに気付いてしまった照れ隠しなのか、ユリウスが露骨に嫌そうな顔でこれ以上聞いてくれるなとイザベラを威圧してくる。
それにしても王太子は最初から両想いの相手に惚れ薬を使おうとしていたことになる。
なんとも肩透かしな結果にイザベラは肩を落とした。
「完全に骨折り損だったということですね...」
最初から、惚れ薬など必要なかったと思い知らされ、半年間の苦労が走馬灯のように脳裏に流れてきたイザベラは現実逃避するように明後日の方向に視線を向ける。
「そうでもない」
ちょっとした無気力状態になってしまったイザベラと相反して、ユリウスは思ったよりも気にしていない様子だった。
普段なら時間の無駄だったとか悪態をついてもおかしくないのに、さすがに自分の興味だけで引き受けた依頼ということでついにユリウスにも責任というものが芽生え始めたということなのだろうか。
そうなると、人間的成長が著しすぎるので、そろそろ赤ちゃんから幼児に進化することにイザベラは期待の目を向けてしまう。
「このくだらん惚れ薬のおかげで、お前との関係も変わったのだ。そう考えると、無駄ではなかった」
しかし、返ってきた反応はイザベラが期待していたものとは程遠かったが、この変人が簡単に変われるわけないかと何故だかわからないが安堵してしまった。
それよりも含みのあるユリウスの言葉にイザベラは引っかかっている。
ユリウスとイザベラの関係が変わったというのはどういうことだろうか。
惚れ薬ができたからといってイザベラはこれまで通り、ユリウスの助手であることは変わりないし、異動の話だって出てきていない。
万が一、そんなことがあったとしてもイザベラは全力で拒否するつもりなので関係ないのだが、それにしても気になる。
逆にイザベラがユリウスの助手を続けられなくなる可能性を考えてみる。
色々と模索した結果、今回の騒動で起こりうる一つの可能性が浮かび上がり、イザベラの血の気がさーっと引いていく。
「先生、もしかして...先生じゃなくなるんですか?」
「.........は?」
紫水晶の瞳が数回瞬く。
「とぼけないでください!わたしとの関係が変わるってことは、上司とその助手ではなくなるということ!!つまり、先生が先生じゃなくなってしまうということなんですよね!?」
切羽詰まったイザベラは机越しで話していたユリウスの隣まで詰め寄る。
「今回の件で、王太子の逆鱗に触れてしまい、ついに研究室が没収されてしまうんですか!?」
目の前のユリウスの顔がみるみるうちに不機嫌で歪んでいく様子を見て、イザベラはますます焦り出す。
「さすがに職場が無くなるのは困ります!!どうしましょう、先生!!?」
切実な叫びをぶつけると、ユリウスは苛立ちを隠すことなく盛大に舌打ちをする。
「何故、そうなる!?今回の件も、わたしに非はない!!!」
「じゃあ、なんだっていうんですか!?」
すると、言葉を詰まらせてしまったユリウスはバツが悪そうに視線をイザベラから逸らす。
少ししてから、口ごもりながらユリウスが言葉を絞り出す。
「...お、お前と...その、こ、恋人...になれたから、悪いことばかりではなかったと言っているんだ」
「......は?」
「は?」
言われたことが理解できず、素っ頓狂な声を上げると、ユリウスがすぐに反応してくる。
「な、なんだその反応は?まさか違うというのか!?」
急にユリウスが立ち上がり、焦ったように身を屈め、イザベラへと距離を詰める。
いつの間にか詰め寄られる側へと立ち位置が逆転したイザベラは、ユリウスの必死な表情を目の当たりにし、自分がまだあの重たすぎる告白に返事をしていなかったことを思い出した。
ユリウスがイザベラを必要として、イザベラもユリウスの傍にいることを選択し続けるということ。
これもある意味、一つの両想いというものなのかと今更になって、イザベラはそのことを意識し始める。
なんだかこそばゆいなと感じたものの、イザベラはもうその原因を探ろうとはしなかった。
その代わり、今もなお、不安げな視線をイザベラに向けるユリウスの手の上に自分の手を重ねる。
「先生、わたし、これからは恋人としても頑張りますので、末永くよろしくお願いしますね」
重ねた手を握ると、ユリウスの指が僅かに強張る。
紫水晶の瞳が彷徨うように視線を動かすも、最後にイザベラへと焦点を当てる。
「......勝手にするといい」
ぶっきらぼうにそう言い放つユリウスだったが、イザベラの手を握り返してくる。
素直じゃないユリウスに、イザベラは目を細め、これからいつまでも続く変わらない日常に微笑んだ。
こうして、恋を知らなかった天才魔術師と、その助手は、長すぎる遠回りの末、お互いの恋を見つけたのであった。
完
遠回りしすぎた二人の物語を最後まで見守っていただき、ありがとうございました。
惚れ薬編は終わりましたが、日常編も書きたいと思っています。
準備でき次第、投稿させていただきます。
ブクマ、評価していただけたら大変嬉しく思うので、どうかよろしくお願いいたします。
本当に、ありがとうございました。




