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【氷室02/秘宝の意義は】


「お前、結局あの秘宝エリオンをどうしたんだ?」


 長身のトウローは、上から見下ろすようにシズハを観察していた。


 シズハは、後じさりしそうになる己の脚を押しとどめ、ごくごく平然を装った。世間話のひとつに応じるように。

「そんなに、気にするようなこと?」


 だが相手は、なおも踏み込んでくる。トウローがシズハに近づいてきたことで、つむじを見下ろされる形になった。シズハは思わず、身をのけぞらせて片足を引く。


 気づけば、廊下の壁に背中がついていた。

 トウローは、壁に手をつき、シズハを見ながら言葉を続ける。


「あれだけ走り回ったってのに、カシラだけじゃなくて副長……あのひとまで流してるからずっと気になってたんだ。なあシズハ……どうしても気がかりなんだ。あの光、あの輝き、あの秘宝をどうやってしまい込んだんだ?」


 銀海流の出現以降、人間たちの目に触れるようになった特異な宝石……それが、海の秘宝『エリオン』だ。

 海にあっては、海底から水面まで届く光を放っていたとの記録もある、格別な目立ちたがりでもある。


 光を放つそれは今、少年の胃の中だ。臓器と血肉と皮膚との、多重の被覆(パッケージ)で隠しおおせている。


 飲み込んでから数時間が立つが、シズハはいまだにみぞおちに、エリオンの冷気を感じていた。

 つらいことだが、胃で落ち着いていることは幸いでもある。


 アウレー断島=伯父の屋敷へと到達すれば、取り出せる見込みは充分なのだ。医術に長けた伯父ならば手術が可能であり、胃を切開して中からエリオンを取り出すことはできる。


 そうすればこの旅の目的は達成だ。道半ばで囮となり別れた師父の意志を継ぐことにもなる。

 アウレーの土地を継承する、妹フィシーのためにもなるはずなのだ。


 シズハ自身にいかなる後遺症が残るかはともかく……


 追及に対して、シズハはくすりと笑った。

「……それを言ったら、隠した意味がないね」


 拒絶であり挑発である。相手の次の一手を引き出すための。


 脅しに出るか、理詰めの追及か。シズハは張り詰めた意識で待ち構えた。


 だがトウローは、さっぱりとした笑いで返した。

「はっは! ま、そりゃそうだ。大事な品物のありかを、馬鹿正直に言わないよな。初対面の俺を信頼する義理はない」


 覆いかぶさるようだった姿勢をやめて引き下がり、むしろシズハと反対側の壁に背を預けたのだ。


「おい、それでいいのかよ」

 エイラが口を挟んだ。


「当たり前だろ? カシラとシズハの決闘を忘れたか? 今の北蛮海賊(おれたち)の目的は、シズハが自分の故郷にエリオンを届ける、その助けだ」

「そうだった……」


「もしも、もしもの話だが……俺がシズハを痛めつけでもして、秘宝の隠し場所を聞き出してせしめて、その後にどうなると思う?」


 ニナが、のどかな声音で物騒なことを言う。

「ヌがガンギレで氷漬けだね」


「だったらまだマシだわい。どうかするとそのまま砕かれるぞ」

 ロウギが口を()の字に結んで付け加えた。


 トウローはシズハに向き合った。

「と、まあ。別に俺は約束破りなんて考えてない。お前の手中にあるのが欲しいってわけじゃないのさ。わかってくれるか?」


「だったら、どうしたいの?」

 シズハは警戒を解かないように努め、抑えた声で訊く。


「秘宝エリオンってのは、この世に()()()()()()()()()よな? 俺は『次のひとつ』が欲しい。あの兵士たちや、そこらへんの偉ぶった金持ちが探し当てるより先に。この北蛮海賊で次なる秘宝を探し当てたいのさ」


 エリオンは非常に希少なものだが、この世にひとつではない。

 だからこそ、シズハと師父が探し当てられたのでもあり、それを求めて動く者たちもいるのである。シズハのように後ろ盾らしい後ろ盾もない者は、ひとたび情報が流れたら格好の標的だった。


「次、ね……」

 トウローの言葉は、ある程度は本当だと思えた。この男が求めているのは、その場の手近な秘宝というよりも、それを探すための手がかりだ。それをシズハからどうにか引き出そうというのである。


 しかしどこまで言うか言わぬかとシズハが計りかねているうちに、ニナとエイラが口を開いた。

「秘宝ってのがどれほどのものだかわかんないけどさー、そもそもなんでそんな、命を賭けてまで持ち帰らなきゃいけないわけ?」

「まったくだ、そんな宝ひとつでなんになるんだ? 必死こいて持ってくよりも、あの兵隊たちとか、ウチらみたいな荒くれに高値で売っぱらった方がマシじゃん?」


 シズハは思わず言った。

「欲しいのはお金じゃない」


「お金じゃない? じゃあなんで?」

 ニナは純粋な興味で聞いてくる。

 単なる大金ではなく、エリオンであることに意義がある。シズハは、答えないわけにはいかなかった。

 沈黙することもできた。だがエリオンの意義とは、今回の旅にあたって彼自身が言い含められ、自らに言い聞かせてきたことなのだ。


「伯父上の考えなんだ。伯父上の領地、つまりは僕が育ったアウレー断島を栄えさせるための。アウレーの教会や庭園を再び人々の集まる土地にするには、どうしてもエリオンが必要なんだって」

「その必要な理由って? お金じゃどうしようもないって、どゆこと?」


「そりゃ、金で解決しないってことは世の中いくらでもあるが、そのなかでもエリオンじゃなきゃダメだってのは妙なことだな?」

 ニナの疑問をトウローが後押しする。


 まんまと喋らされている、シズハはそう感じつつも、意義を説くべく言葉を連ねた。

「エリオンはお金よりももっと大きなものを動かす。銀海流を呼ぶんだ」

 ニナが素っ頓狂な声をあげた。

「呼ぶ? 海流をぉ?」


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